Tellenbach 型うつ病からBeard 型うつ病へ
もう一つ、「職場結合性うつ病」について。こちらは加藤先生の論文です。
「Tellenbach 型うつ病からBeard 型うつ病へ」Bulletin of Depression and Anxiety Disorders Volume 5, Number 1, 2007
労災の適用となるような職場の仕事の負荷によって生じる職場結合性うつ病は,IT 革命によって進行する高度資本主義を背景に大量出現をみている
残業限度について、80時間とか100時間とかいわれていますが、そういわれると今度は、残業をつけないようになるとのことでした。多い人では瞬間最大で200時間との話もあり、強制的ストップをお願いしています。
職場結合性うつ病では,病像として不安・焦燥感が前景にでるものが多いため,うつ病の診断がつきにくく,過換気発作を含むパニック(様)発作を起こして,総合病院を受診することがしばしばである。
そうですね、でも、治療は、SSRIで、うつ病にもパニック障害にも効くわけですから、便利です。
時には,不安・焦燥の頂点で自殺企図がなされてしまう。
はい、そうですね。
従来,成人のうつ病というと,制止(優位)型うつ病がモデルとされ,自殺(企図)の好発期として,うつ病の病態の極期に入る前の時期と回復期があげられていたわけだが,最近の勤労者の不安・焦燥(優位)型うつ病にあっては自殺の好発期は病態の極期にこそあるとみるべきである。
これが新型うつ病ですね。
この種のうつ病は,とりわけ初診時など,DSM によって操作診断をすると大うつ病性障害の基準を満たさないと判断され,不安障害,ないしパニック障害と診断されることが少なくない。 DSM では不安症状を呈する病態は不安性障害へ,そして制止関連症状を呈するものはうつ病性障害へ分類するという具合に,表出症状による単純な区分けがなされており,そのためDSMのうつ病と不安障害のカテゴリーは実際の臨床の現実にはそぐわない部分がある。
はい、そう思います。
プライマリーケアの現場では,不安症状とうつ病性症状をともに併せもつ事例が多いことを強調し,ICD では診断カテゴリーにあげられている混合性不安抑うつ障害(mixed anxiety depressive disorder)をDSMでも正式採用する必要性が述べられている。今日改めて,(少なくとも理念的には)抑うつ神経症,ないし不安神経症と内因性うつ病の区別は有用であると考える筆者としては,混合性不安抑うつ障害というとき,これら二つの病態レベルについて,つまり神経症と内因性うつ病のそれぞれについて混合性不安抑うつ障害が問題にされる必要があると考える。
フムフム。
うつ病と不安障害の歩み寄りは,不安障害とうつ病の病態が重なり,場合により移行するうつ病-不安(パニック)障害中間(移行)領域を想定するよう促す。筆者としては,混合性不安抑うつ障害のカテゴリーはこの中間領域を指し示したカテゴリーであるとポジティブに評価したい。抑うつ神経症が内因性病像を帯びて,こちらが優勢になり内因性うつ病に一時的に移行するなどといった現象も,うつ病-不安(パニック障害)障害中間(移行)領域を舞台にして生じていると理解できるだろう。
図
内因性うつ病を制止優位と不安・焦燥優位に分類するのは、伝統的です。
不安神経症、抑うつ神経症については、もう少し議論が必要かもしれません。
職場結合性うつ病に陥る人の人格特性について述べると,確かに一部にはきわめて几帳面,完全主義で,強い他者配慮性が際立つ,かつてドイツの精神病理学者Tellenbach が提唱したメランコリー親和型の典型例が認められることもあるが,多くはむしろ社会人としてのまっとうな勤勉さと社交性を備えた平均的な人格の持ち主である。なお,病相時の面接での患者の言葉からメランコリー親和型と判断される際,前うつ病状態が始まり,二次的に強迫性が前面に出てきて偽性のメランコリー親和型の振る舞いをする事例があることにも注意しなければならない。
「前うつ病状態が始まり,二次的に強迫性が前面に出てきて」という観察に私は賛成します。これを「偽性のメランコリー親和型」と呼ぶことには疑問があります。
「社会人としてのまっとうな勤勉さと社交性を備えた平均的な人格の持ち主」の場合、「二次的に強迫性が前面に出てきて」、メランコリー親和型の振る舞いをしたら、潜在的にメランコリー親和型だったのだと思うのですが。それ以外の何でしょうか?
発病の主たる要因は,会社,職場自体の「メランコリ-親和型化」であるというのが筆者の最近の論点である。つまり,今日,職場は勤労者に対し間違いを許さない厳密性と完全主義を徹底し,消費者,あるいは利用者(お客さん,患者さん)などに対し不都合やミスがないよう細やかな配慮を行き届かせる他者配慮性を前面にうち出す。そのため,勤労者は仕事課題において高い水準を要求される。それはある意味で職場の「過剰な正常規範」であり,医療に端的に示されるように,確かにそれ自体はたいへん正しく,善い行為規範を示し,正面から異を唱えることはなかなか難しいものの,普通の人が従うには心身の限界を超える危険を内蔵する。いうまでもなく,職場の「メランコリー親和型化」の背景には,生産性と(国際)競争力をできる限り上げようという企業の論理,および職場のミスや虚偽があれば最終的には訴訟にでも訴える構えをみせる消費者,ひいてはマスコミから注がれる厳しい視線の増加が控えている。
厳しいわけです。
1970 年代は,Tellenbach の発病状況論が盛んに導入され,この図式にぴったり合致するうつ病の事例が確かに多かった。ちょうど日本の会社が,家族的なまとまりをもちながら高度成長を続けている時代にあたる。そこでは,うつ病のなによりの病因は,患者の側のメランコリー親和型性格であり,彼らは際立った几帳面さ,完全主義,他者配慮により,自分に課された仕事を自分の強い信念に裏打ちされて,けっして手抜きをすることなく,全力を尽くしてやり遂げることを目指した。
つまり,前うつ病者は毎日の生活をうつ病が発生するのを促す方向で状況構成(situieren)する。それゆえ,うつ病の病因には,患者自身が自分で招いてしまって,出口のない袋小路に入りこむという自家撞着の側面が強い。そのため,この種のうつ病の患者に対して,「ほどほどにする」「いい加減がいい」などといった言葉の処方箋が適応となったのであった。ところが,現代の職場結合性うつ病患者に対しては,この種の言葉は見当はずれであることが多い。
グローバリゼーションの時代に入り,会社,職場が勤労者に先んじてメランコリー親和型規範を採用・徹底させているからであり,彼(彼女)らが「ほどほど」「いい加減」に仕事をするものなら直ちに解雇や降格という厳しい現実に直面しかねない。職場結合性うつ病の場合,発病過程の端緒において職場の側の「メランコリー親和型化規範」が大きな要因を果たすのであり,そのその意味で,この種のうつ病は,19 世紀中葉,イギリスに引き続くアメリカの産業革命下で出現した新種の病態としてBeard によって記述された神経衰弱(神経疲弊)の延長線上にあるとみることができる。
Beard のいう神経衰弱は,今日ならICD でいう,先に指摘した混合性不安抑うつ障害と診断される病態におおよそ対応するように思われる。それゆえ,社会要因,症状などの面からして,現代の職場結合性うつ病は第二の神経衰弱(神経疲弊)と位置づけることが可能である10)。Tellenbach の発病状況論があてはまるうつ病を「Tellenbach 型うつ病」と呼ぶなら,職場結合性うつ病はさしずめ「Beard 型うつ病」と呼べるだろう。もちろん,この対比はあくまで理念型なものであるが,わが国の職場関連性うつ病は,一定の勤勉さと社交性を備えた堅固な人格の持ち主の勤労者におけるうつ病に限っても,ここ30 年余りの時代のあいだに,Tellenbach 型うつ病からBeard 型うつ病への重心移動をしているのではないだろうか。そして,Beard 型うつ病へのシフトにより,わが国のうつ病はアメリカ,イギリスにおける勤労者のうつ病に接近をみせた。
概して,グローバリゼーションの時代において,職場関連のうつ病はBeard 型うつ病に収斂する方向でグローバル化し,各国のあいだでの病態の違いが減少してきているように思われる。付け加えれば,Tellenbach 型うつ病では罪責,自責の主題がよく観察されたのだが,現代の職場におけるBeard 型うつ病ではこの種の症状は少なくなり,代わりに職場や上司に対する攻撃的感情,あるいは批判的態度,ひいては労災申請をするといった行動がみられているのである。
というわけだ。座布団3枚だ。勉強になりました。
加藤先生の文献
加藤 敏.現代日本における不安・焦燥型うつ病の増加.精神科2002; 1:
344-9.
加藤 敏.職場結合性うつ病の病態と治療.精神療法2006; 32: 284?92.
加藤 敏.現代日本におけるうつ病の自殺とその予防.精神神経学雑誌
2005; 107: 1069-77.
加藤 敏.現代の仕事,社会の問題はどのように精神障害に影響を与えてい
るか.精神科治療学2007; 22: 121?31.
加藤 敏.現代日本におけるパニック障害とうつ病―今日的な神経衰弱.精
神科治療学2004; 19: 955-61.