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臨床心理士採用試験-2

軽躁状態の人の話を聞いていると、
あれこれを考える。

*****
臨床心理士採用試験
問い 以下の論文を読み、現代に析出しつつある
躁的因子に対して精神療法的にどのように対応するか、
自身の方針を述べよ。

*****
臨床精神医学34 (5) : 605 - 613, 2005
うつ状態にみられる躁的因子-内因性の再評価
大前晋 ・内海健

はじめに

従来の精神科臨床においては, 「うつ状態」と
はあくまで状態像であり, その原疾患が躁うつ病
か, 神経症か, 適応障害などの反応性病態か, な
どの診断が留保されている場合にのみ暫定的診断
として付されてきた。背景としては, 「うつ状態」
はうつ病性あるいは内因性うつ状態と, 非うつ病
性あるいは反応性うつ状態とに二分する理解が支
配的であり, 内因性うつ状態の診断学として, 日
内変動などのリズム失調を伴う生気的悲哀, 悲哀
不能, 生成抑止などの症候論が有効性を保ってい
たことが挙げられる。しかし, Weitbrecht により
提示された「内因反応性気分失調」という折衷的
な疾患概念に示されているように, 実際には内因
性うつ状態と反応性うつ状態の症候学的分離が困
難なことも少なくなかった。
1960年代後半以降に, 大規模な家系調査をも
とに単極性うつ病と双極性障害が分類されたこと
を期に,うつ状態についても, 「単極性」と「双
極性」という二分法が, 先の内因性, 反応性の分
類にとってかわっていく。さらに, この二分法を
踏襲した1980年のDSM-Ⅲにおいては, うつ状態
の病因論および病態構造論が完全に棄却された。
こうした中で, 診断名としての「うつ病」と, 状
態像としての「うつ状態」の区別については次第
に顧みられなくなり, 従来いう内因性うつ状態,
神経症圏のうつ状態のみならず, 非病的な反応性
うつ状態までもが, 「大うつ病エピソード」の診
断名のもとに, 一括してまとめられることとなっ
た。現代はさらにSSRI などの新規抗うつ剤の導
入や, うつ病の啓発活動などもあり, 臨床医には
種々雑多な「うつ状態」への理解および対処が求
められている。ここでは, 「うつ状態にみられる
双極性成分bipolarity 」として表現される「躁的
因子」を取り出し, 臨床指標として明確にすると
ともに, 従来からの「内因性うつ状態」概念につ
いて, 再評価を試みようと思う。

2 うつ状態にみられる躁的因子,あるいは双極性成分bipolarity

1. うつ状態における双極性の指標

はじめに, 単極性うつ病におけるうつ状態と双
極性障害のうつ状態の相違について, 従来指摘さ
れてきた傾向性をまとめておこう。一般に, 双極
性においては発症年齢が低く, 病相はより短いが
反復性が強く, 状況因の見いだしがたい自生的な
発症が多い。病像としては, うつ気分や悲哀より
も精神運動抑制が前景に立ち, 妄想産出性が強い。

表1 双極性になりうる抑うつ患者の特徴
・過食/ 体重増加
・過眠
・メランコリー性の特徴
・耐えがたい快楽喪失
・季節性の気分変動
・精神運動性の遅延
・精神病性の特徴
・病歴にて, 抗うつ剤への反応が不十分である
・病歴にて, 再発性だが短期のうつ病性エピソードをもつ
・痢歴にて, 抗うつ剤が躁状態あるいは軽躁状態を引き起
こしたことがある
・家族歴にて, 一親等の親族に双極性障害患者がいる
・発症年齢が早い
・分娩後の発症
(文献18 より)

家族内集積性が強く, アルコール依存症者や自殺
者が多い, などが挙げられる。病前性格としては
メランコリー型性格よりも執着性格, マニー型が
多い。薬物療法に関しては, 三環系抗うつ剤では,
躁転を招いて病相が不安定となるこ,とが多く, リ
チウムヘの反応が良好であるとされている。ちな
みにMarchand が要約した双極性の指標を表1に示しておく。

2 . Akiskal によるsoft bipolar spectrum

ところで, Akiskal はこうした気分障害の単
極/ 双極二分法に対して疑義を呈し, 1983 年に
単極/ 双極の連続性を認めるsoft bipolar spectrum
を提唱した。これは, 単極性といわれている病
態の50% 近くは, 双極性となりうる可能性を保
つ擬単極性pseudo-unipolar であったという自らの
知見に基づくものであり, こうした症例から最
重症の精神病像を伴う双極I 型までに至る連続体
を, soft bipolar spectrum として描き出したもので
ある。この研究はいまなお進行中で, Ⅲ型からⅣ
型, さらにV 型, Ⅵ型への拡張も目論まれてい
る 。
双極Ⅱ型障害におけるうつ病像はKupfer らの
提示したように, 大うつ病性障害のうつ状態に比
較して, 制止, 過眠, 過食, 妄想などの特徴をも
つ傾向があるといわれる。例えばAkiskal の挙
げた双極Ⅱ型の症例は, 結婚の失敗を躁り返すと
いう主訴をもって初診した, フィクション作家の

表2  大うつ病患者の自己申告にみられる将来の
軽躁状態を予測する気分不安定傾向
・気分のたぴたぴの変化, 幸せな気分から悲しみへ,
その理由をわかっているときもいないときもある
・頻繁な気分の上下動, 明確な理由かあるときもない
ときもある
・十分な理由もなく, しばしば罪悪感をおぽえる
・感情が多少, 傷つけられやすい
・未来が暗黒に思えることが何度もある
・考えが頭の中を駆けめぐるために眠ることができない
・ほぼ一定の精神状態を保っている(負の予測因子)
・その日に起こったことを考えて, 寝つくことに困難を
おぼえることがしばしばある
・しばしば不機嫌になる
(文献5 より)

38歳の女性であり, けぱけばしい派手な外見な
どからして抑うつ的には見えず, 元来, 気分の上
下動を有するどころか激しく情熱的でさえあり,
男性の私生活を破壊してしまうことを躁り返し,
また, 軽躁エピソードにて創造性をいかんなく発
露する症例である。この症例は, 抗うつ剤では
なくリチウムなど気分調整剤を投与することでは
じめて, うつ病期の苦しみと軽躁期のもたらす社
会的不利益から逃れることができた。ここにみら
れるような社会的不安定性, 派手な立ち振る舞い
などは, 従来の単極性うつ病や双極Ⅰ型の臨床に
は見いだしがたい。うつ状態は, うつ気分および
悲哀は目立たず, 運動抑制が前景に立つ。また今
極度の疲労を呈しながらも, 脳裡には考えが駆け
めぐるために早口でイライラして見え, 内的不穏
を隠そうとしない。緊張とパニックを多く呈す。
過眠と過食により体重はむしろ増加し, 性欲はむ
しろ亢進する, などのうつ的要素と躁的要素を併
せもつ混合状態を呈する。Akiskal はKretschmer
と同様に性格面の気分の上下動と双極性障害のそ
れを連続体として捉えており, 気分循環症cyclothmia
や気分発揚症hyperthymia における, 気
分不安定性, 上機嫌と不機嫌の間を短時間で揺れ
動くムラ気を将来の軽躁エピソードの予測因子と
して把握し, まとめている(表2)。
近年のAkiskal の関心は, 双極Ⅱ I /2 型障害, す
なわち現在の診断基準に即せば「循環気質者(気
分循環症者) の単極性うつ病」概念を確立するこ
とにあり, その意図するところは, 現在境界パー
ソナリティ障害など人格障害に分類されている者
の少なからずが, この気分循環症者の単極性うつ
病であり, 薬物療法の利益を受けうることを立証
することにある。そのため最近の彼は, DSM の
軽躁エピソードの項目および期間について閾下と
なる症状群が診断妥当性をもつものであると主張
し, また双極Ⅱ 型の軽躁エピソードが衝動に
駆られた上機嫌という陽性の特徴をもつのに比し
て, 双極Ⅱ l /2 型のそれは怒りっぼい, 危険をお
それない(risk-taking ) 軽躁状態を呈すと論じてい
る 。

3 . うつ状態にみられるbipolarity

内海は双極Ⅱ型臨床の経験をふまえたうえで,
その抑うつ状態にみられる特徴を, “soft bipolarity ”
としてまとめている。この“soft bipolarity ”
は, 軽うつ状態と軽躁状態の混合状態ともと
らえられるだろう。抑うつの病像は次の3 つの特
徴を示す。まず第一に, 抑うつ状態は「不全性」
を示す。すなわち, 気分, 精神運動, 思考一認知
などのすべての面で一様に出そろうのではなく,
不揃いになる傾向が強い。第二に抑うつは「易変
的」であり, 数日単位で改善あるいは増悪する傾
向がある。また些細と思われるようなイベントに
反応するかのような変動を示す。第三に「部分的」
ないし選択的なこともあり, 休日など負荷の少な
いときには比較的活動的であったり, 本業から離
れた領域ではむしろ熱中したりするなど, 抑うつ
と一見相いれない状態を示すこともある。また周
辺症状としてはしばしば焦燥が顕著となることが
あり, これは内的焦燥のような「あせり」やじり
じりした感じというより, いらいら, ぴりぴりと
した不機嫌さが特徴的である。
副次的な症状としては聴覚過敏がみられるが,
物理的,即物的にうるさいという感じで, ぴりぴ
りとはしているが自己関係づけは希薄である。過
量服薬や手首自傷などの行動化や自殺企図の頻度
が高く, 飲酒, 薬物濫用, 過食, 性的放縦などの,
抑うつの打開のためと思われる, 気晴らし的で刹
那的な行為もしばしば行われる。Comorbidity が
高く, パニック障害, 摂食障害, アルコール依存,

表3 仰うつ状態の“soft bipolarity”
抑うつの出現様式
不全性(症状発現が不揃いになりがち)
易変性(変動しやすい, 特にendoreactive な変化)
部分性(抑うつの出現に選択性がある)
比較的特異な症状
焦燥(いらいら, ぴりぴり, 不機嫌)
聴覚過敏
関係念慮
行動化(過量服薬, リストカット, 飲酒, 過食など)
comorbidity が高い
パニック障害, 摂食障害. アルコール依存など

病前性格
マニー型成分の混入

抗うつ剤への反応
しばしば軽躁転, 病相頻発
非定型的な反応

薬物濫用, 注意欠陥/ 多動性障害, 社会恐怖, 人
格障害的傾向などへの「領域横断性」を示す。
病前性格は「マニー型」成分の混入がほとんど
の事例で認められ, 特に「境界内停滞性( インク
ルデンツ) 」を忌避する心性が顕著であり, また
単極型うつ病や双極I 型障害の病者に比べて, 豊
かな創造性やオリジナリティを示すのも特徴的で
ある。
抗うつ剤, 特に三環系抗うつ剤に対してはかな
りの頻度で不安定な反応を示し, また病者はいっ
たん軽躁病相を経験すると, それが長期的には自
らに不利益をもたらすことがあっても, 再度軽躁
状態となることを望んで抗うつ剤の投与を求める
こともしぱしぱ見られる(表3)。
このように抑うつ状態に含まれるbipolarity ,
すなわち軽うつ因子と軽躁因子の混合について概
観したが, これらは実際のうつ病臨床において,
少なからず見いだされる所見である。あるいは仔
細に検討すれば, 多くの症例において認められる
ものであろう。ひるがえって考えるなら, 「純粋
の」うつ状態, 「純粋の」躁状態というものは,
むしろ理念型であり, 実際の臨床像については,
ほとんどの場合に多かれ少なかれbipolarity が含
まれているのではないだろうか。それゆえここで
示したように, 現代の精神科臨床にあたっては,
うつ状態に含まれる躁的成分を見逃さぬことが,
臨床上重要な課題となる。以下では, このbipolarity
について, 「混合状態」 「内因性」 「軽症」と
いう3 つの観点から吟味を行い, より広い臨床的
視点から論を展開したうえで, あらためて内因性
うつ状態の症状構造について再検討を加えようと
思う。

3 内因性うつ状態の本質としてのbipolarity

1. 混合状態の再評価

理念としての純粋な躁状態と純粋なうつ状態と
いう呪縛を解かれるとき, 混合状態は気分障害の
本源的ものとしてその姿を現わす。操作的診断学
のみならず, Kraepelin 以来の伝統的診断の多く
もまた, 混合状態を, 単なる躁-うつの急激な交
代あるいは重なりととらえるにとどまり, その臨
床的意義を十分にとらえきれてはいない。
1958 年, 日本において, 干谷の主宰する東京
女子医科大学教室から栗野「内因性鬱病と強迫症,
恐怖症」, 柴田「躁鬱病と渇酒症および遁
走」 , 赤田「内因性鬱病とヒステリー」 の研
究が相次いで発表されたことは特筆に値する。こ
こには現在でいう気分障害のcomorbidity の問題
に加えて, うつ状態に観察されうるbipolarity が
すでに先取りされている。すなわち不安障害(強
迫性障害, 恐怖症性障害) , 物質依存性障害( ア
ルコール依存) , 解離性障害(遁走) , 身体表現性
障害( ヒステリー) , そして人格障害について,
双極性の病態心理から解明が試みられている。通
常, 千谷による単一精神病論は, 統合失調症を気
分障害に吸収, 解消させるものと理解されている
が, それにとどまらず, 当時でいう神経衰弱, 変
質者。神経症, 精神病質なども気分障害の文脈で
とらえようとしていた点も記しておきたい。千谷
によると, 強迫症, 恐怖症についてはうつ状態
においてその覚東なさ, 心細さを背景とする積み
重ねとして現れるものであり, 渇酒症, 遁走とヒ
ステリーは, うつ病発現がある種の葛藤を醸し
て, ある期間の葛藤期を経過している間に, 何ら
かのきっかけで発作的に出現する, いわば葛藤の
放電現象であると説明されている。また, これら
の症状はうつ状態が軽症にとどまる際にのみ発現
し, そこには防衛的意味も認められるが, 重症う
つ状態においてはもはや観察されないという重要
な指摘を行っている。
1965 年, 森山は混合状態に着眼することで,
「躁」と「うつ」が決して独立に交替して現れる
ような事象ではなく, その両極構造を, 人間存在
に内在する「上昇と落下」の弁証法的相克状態,
すなわち「現世秩序への執着」と「飛翔への希求」
との間の潜在的葛藤, 言い換えれば「落下への強
い恐怖」と「上昇へのあくなき希求」との潜在的
葛藤といった契機から論じている。その際に
彼は, うつ状態の不安焦燥について「焦燥の時期
においては, 患者はいまだ外界とかかわりを持ち,
或いは持とうとしている。( 中略) しかもこれら
の試みは常に挫折せざるを得ず, 患者はクヨクヨ
し, イライラし, 焦るのである」と述べ, 先の千
谷らの論じた諸症状をこの焦燥状態における防衛
あるいは葛藤解消の試みとして把握することを支
持した。
1968 年に森山はこれを病前性格論へ敷桁し,
さらに発病状況, そして臨床症状の類型化を試み
ている。まず彼は, 平澤が単極性うつ病を
語るにあたって執着性格の特徴を「熱中性」から
「几帳面」へと移動させたことに注目し, 前者を
共感性向すなわち「飛翔への希求」「気負い」の,
後者を対象化傾向すなわち「現世秩序への執着」
「怯え」の表現であると見なし, これらの潜在的
葛藤が発病状況において露呈した場合に, 躁状態
あるいはうつ状態を発症すると論じた。性格につ
いては, メランコリー型性格とマニー型性格に本
質的相違はなく, 「怯え」優位なものが前者, 「気
負い」優位なものが後者となるという。ここでは
Zerssen がまとめたメランコリー型とマニー型の
特徴を掲示するが(表4) , 森山のいうように,
これらの性格特徴は截然と分かたれた独立事象と
はいえず, 実際にはメランコリー型性格とマニー
型性格の両極間には移行が存在している。

2 . 内因性うつ状態のリズム性と身体性

さて千谷や森山は, いずれも内因性精神病の表
徴としてのリズム性を重要視しているほか,
Tellenbach も「内因性といわれるような特徴をは
っきり示している現象」として第一にリズム性の
変化を取り上げている。彼によれば, リズム性の
中には, 生命的事態の基本形態が示されており,
有機体は環境と波長を合わせて自己のリズムを環
境に同調させようとして, いわば自分の方から環
境のリズムを探し求めるが, 内因性のメランコリ
ーでは, 睡眠・覚醒リズムが特有の睡眠不足と早
朝覚醒というかたちで障害されているという。
つまり, 普段人間は特に自覚せずに身につけ,
習得してきた生命的なリズム感覚とリズムを通し
ての根源的なコミュニケーションをもって生活し
ているが, その生活リズムの感覚が, 自然や文化
との共振性を失いはじめると, 睡眠, 覚醒のリズ
ム障害や日内変動に彩られた, 種々の症状を呈し
はじめることとなる。これは, Schneider の理論
を借りれば, 心情的感情( seelische Gefuehl ) より
深い層を構成する生命感情ないし生気的感情
(Vitalgefuehl ) における, 身体全体に浸透するもの
の言語的な明細度が低い, 曖昧な身体感情であ
る 。宮本はこういった漠然とした違和感につ
いて, 「その限りではうつとも躁とも限定されな
い, まさに「混合」とか『混和』としかいえない
状態であろう」とし, さらに「この混合した生命
感情は, やがて成立するうつ状態や躁状態におい
ても, その基底を一貫して構成し, 一種の通奏低
音のようなかたちで鳴りひびいているのではない
だろうか」と述べ, 内因性気分障害の本質を, こ
の混合した漠然とした身体感情に求めている。
このように, リズムの失調をめぐる病理は, 内
因性とbipolarity との密接な関連を示唆するもの
であり, その重要性を改めて評価すべきものとい
えるだろう。しかし, こういったリズム性の病理
は, 近年みられる気分障害の軽症化に伴い, 生気
的悲哀感のような明確な現れ方をすることは少な
くなっている。それゆえ軽症病像における内因性
指標を改めて同定する必要があるだろう。

3 . 軽症うつ状態の臨床像

これまで挙げてきた, 気分障害の本源的なもの
を混合状態に求める研究においては, 「躁」と
「うつ」の葛藤が症候学的に現れるのは, 主に発
病初期ないし回復期, そして軽症像においてであ
り, 重症像においては, もはやこれらの相克は見
いだしがたくなるとされてきた。そうなると, 議
論を重症像のみに限定するならば, 純粋のうつ病
像を設定する立場と, 混合状態を本源的なものと
する立場とのあいだで, 症候学的には大きな違い
はなくなる。これらの相違が明らかとなるのは,
軽症像においてである。純粋のうつ病像を設定す
る立場では, 軽症うつ状態においても重症うつ状
態の症候学は堅持されており, 軽症とはあくまで
も量的な差異をいうことになる。他方, 混合状態
を重視する立場からは, 軽症うつ状態においては
「躁」「うつ」の引き込みあい, すなわちbipolarity
という, 重症うつ状態との質的な差異を指示す
るものとなる。
これらをふまえたうえで, 躁的因子という観点
から内因性軽うつ状態の症候学的特徴をまとめよ
う。先述したように, 軽うつ状態では生体リズム
遅延の身体水準での表現として, 睡眠覚醒リズム
の障害および日内変動, そして漠然とした身体感
情の違和感を生じる。この違和感が情調面に表現
されたものが「生気的悲哀感」であり, 推進面に
表現されたものが「生気的制止」 であるが,
いずれも軽微にとどまる。これらは丹念な診察の
うえにはじめてとらえられるものであり, 病者の
表現力いかんによっても容易に見逃されうるもの
である。リズムの遅延が軽度ならば, 病者にとっ
てそれは, ほんのわずかな自我違和感あるいは自
覚/ 他覚所見のずれとして表現される。生気的悲
哀感, また生気的制止については, 個人の生活リ
ズムが環界のそれに比較して遅れをとってしまう
という当惑, あるいはその代償としての性急ない
らだちなどとして解釈しなおされる。こういった
リズム遅延について病者たちは精神疾患との認識
を持つことは少ないが, このずれがごく軽度なも
のにとどまる範囲内では, 医療者の指摘によって
病者が疾患としての認識を持つことは可能であ
る。
軽症うつ状態の場合, リズム遅延は個人の内的
エネルギーをリズム推進に傾注することで, ある
程度の代償は可能である。ただしそのためには体
質的な熱中性, 精力性, 強力性などの躁的成分が
要請される。その際に現れる症状には, 病者の性
格あるいは状況に応じて, 不安, 恐怖, 強迫, 依
存, 嗜癖, 解離など多彩なものがあり, これらは
むしろ生気的悲哀, 制止などの基本症状を圧して
症候の前景に立つ。睡眠覚醒リズム障害も, アル
コールや薬物の乱用によって覆われる可能性があ
り, また, 手首自傷, 大量服薬などの行動化は,
環界との共鳴性を取り戻そうとする試みとして解
釈されうる。このように軽症うつ状態においては,
重症うつ状態とは異なり, 疾患特異的, 無名的な
症状よりも, 病前性格や本人をとりまく状況を反
映した症状群が前景をなすこととなる。
なお, この代償活動も回復軌道が見いだされず
遷延する場合には, 早晩破綻に至り, 個人のリズ
ムは外界のそれと全く共振しえない孤立したもの
として定着してしまう。その場合には, 症状から
病者固有の人格特性は背景化し, 重症うつ状態に
一般的な, 個人の特徴を覆い隠すような絶望感,
罪業感, 微小妄想, あるいは昏迷へ至る外的制止
などが主景をなすようになる。病者はこれらの症
状について自我違和感を持つことはなく, またそ
の病者の訴えは, もはや周囲への共鳴性を全く有
さない。
軽うつ状態においては, 病者の視点が通常より
も悲観的な側面を強調し過ぎていたとしても, 非
病者がそれと気づかずに見過ごしているような,
新たな, ときには人間の実存を挾りだすような鋭
い視点を与えてくれたりするかもしれない。また
軽躁状態では, その尽きせぬ発想力が創造的には
たらく場合もあるだろう。しかし病態水準が重症
化すると, 病者の表現はもはや外界への共感性を
呼ぶことはない。また, 躁状態の活動性は空転し,
実現化するいとまもなく次の発想にとびついてい
くこととなり, そこにはもはや創造性は望み難い
ものとなる。

4 単極性(メランコリー型)軽症うつ状態から双極性軽症うつ状態へ

ここまで論じてきた, bipolarity を特徴とする
軽症うつ状態は, これまで日本のうつ病臨床にお
いて中核的な病像とされていた, 躁的成分を含ま
ないメランコリー型軽症うつ状態とはかなり病像
を異にする。ただ, これまでの議論からすでに明
らかなように, むしろメランコリー型うつ状態の
方が特異な位置を占めるものと考えられるのであ
る。
ここで, メランコリー型性格を背景にした単極
型うつ病についてごく簡単にまとめておく。この
病型は, メランコリー型性格, すなわち他者配慮
に基づく几帳面, 常識的, 義理堅さなど, 当時の
社会状況において適応的とされてきた性格の持ち
主が, 転居, 昇進などこれまで慣れ親しんできた
生活様式の急激な改変, すなわち生き方の戦術転
換を迫られる局面に柔軟に対応できず, 抑うつ,
内的制止, 焦燥, 軽い希死念慮などの定型的な精
神症状と, 中途覚醒, 食欲低下, 体重減少などの
身体症状を, 日内変動を伴って呈する, という
「内因性うつ状態」である。そして多くの事例は
外来治療が可能で, 休息と抗うつ剤の処方によっ
て数カ月で治癒する「軽症うつ状態」である。躁
的成分が前景化することはほとんどない。
この類型はわが国における社会的状況, とりわ
け1955 年11 月からの神武景気にはじまる右肩上
がりの高度成長期と, 深い関連がある。19 59 年
には日本でも初の抗うつ剤トフラニール が市販
され, 1961 年には国民健康保険制度が定着し,
外来治療の経済的負担は著しく減じた。抗うつ剤
の開発が続く一方で, 1966 年には平澤による軽
症うつ病に関するモノグラフが発表され,
1960 年代後半からは「仮面うつ病」の啓蒙活動
などもあり, 精神科医のみならず一般身体科医も
抗うつ剤を処方するようになった。1973 年の第
一次石油ショックをもって, 高度成長は終わりの
はじまりを迎える。そして1975 年, 笠原一木村
によるうつ状態分類において, 第Ⅰ型として
メランコリー型性格者の単極性うつ病が掲げら
れ, ここに「軽症うつ病」は病前性格, 発病状況,
症状, 経過, 治療について一定のまとまりをもっ
た病型として確立された。
几帳面, 勤勉, 努力家, 常識的などを特徴とす
るメランコリー型性格者あるいは執着性格者は,
伝統志向性の強い発展途上の社会において適応的
な性格類型であろう。明治以降, 日本社会は農村
的な地縁的共同体, 血縁集団における贈与一互酬
の関係を旨とする「共同体社会」から, 西欧的な
等価交換関係を旨とする「市民社会」へと変遷を
遂げてきた。この移行は敗戦を機に加速度的に進
行し, 都市化, 近代化に応じて地縁的共同体と大
家族制とが急速に失われていく。その一方で, 企
業体が終身雇用および年功序列制を守ることでこ
れらの共同体をかろうじて代行していたのが
1970 年代頃である。
こういった変化の中で, メランコリー型性格者
は自らに内面化されている倫理に即して強迫的,
熱中的な努力を重ねてきた。社会が発展途上期に
ありその価値意識が一元的であるうちは, こうし
たあり方が適応的であり, 彼ら自身も経済成長の
成果を享受することで充実感を得ることかできて
いた。すなわち社会と共振できていたのである。
しかし社会が一定の経済成長を果たし終え, 切迫
した衣食住の心配がなくなると, 価値基準の多元
化は避けられない。そうした状況は彼らにとって,
その躁的因子すなわち熱中性の向かい場所を見定
めることができない, 発病危機状況を意味する。
こうして, メランコリー型性格者の倫理は有効性
を失い, 彼らはたえず存在の基盤を掘りくずされ,
発病の危機にさらされることとなった。精神
科医がメランコリー型うつ病を把捉したときに
は, それらの正の標識はすでに失効しつつあり,
その破綻が問題になっていたといえよう。
このようにメランコリー型性格者は, その熱中
性, 精力性などの躁的成分を, 社会の上昇志向が
吸収しているという意味において適応的に利用
し, 躁状態として事例化することを免れてきたと
もいえる。そしてー元的な価値基準にしたがって
きた「常識的な」彼らの示す軽症うつ状態は, 躁
的要素の目立たない画一的な病像を示したと思わ
れる。しかし, もとは比較的短期で治癒するとい
われたメランコリー型うつ病も, 時を経るにつれ
て遷延例, 慢性化例が多く見られるようになり,
またその病像も1970 年代のものとは異なり, 依
存性, 攻撃性, 恐怖症などを呈する, さきに述べ
た混合状態に近いものとなっている。
こうしてメランコリー型性格がその適応性を失
った一方で, その後のメランコリー型に代る内因
性うつ状態として, 広瀬の「 逃避型うつ病 」 ,
「不安発作-抑制型うつ病」 や阿部の「未熟型
うつ病」 ,松浪らの「現代型うつ病」 などが
提唱されてきた。これらの病者は, 自らの価値意
識を職場に限定させることを当初から断念してお
り, むしろ趣味などの個人的活動に価値をおくた
めに, 従来のメランコリー型性格とは一見異なる
特徴を示すが, これは社会の価値観多元化に対す
る彼らなりの対処とも解釈できる。彼らは, メラ
ンコリー型性格者と異なり, 躁的成分を職場でな
く, 趣味などの個人的活動に向けてきたわけであ
る。そしてその価値基準が多元的であるがために,
彼らはメランコリー型性格のようなある程度のま
とまりをもった性格特徴を呈することはなく, ま
たその病像も画一的なものとならず個人の性格特
徴を残している。
構造的不況が続く現在, 終身雇用制度と年功序
列制度の解体をもって, 企業体も地域的共同体の
役割を代行しうるものではなりつつある。社会人
としての生活基盤をこれらの制度に依存し, 個人
的活動の方面に自己実現を求めてきた彼らも, そ
の生活スタイルをおびやかされる事態に至った。
とはいえ, 彼らが勤勉道徳をふたたび体得すると
いうわけにはいかない。山田は実質GDP 成長率
が- 1 % を示し, それまで2万2 , 00 0 人あたりで
推移していた年間自殺者数が約1 万人増えて約3
万2 ,000 人を記録した1998 年をもって, 「努力が
報われる見通し」という意味での「希望」という
物語が効力を失った年であるとしている。こ
うした中, 希望を喪失したままに努力を強いられ
たある者はその理不尽さに反発し, それがかなわ
ない者は絶望し, あるいは逃避することとなる。
これらの状況のもと, 気分障害者の躁的成分は,
適応的な志向性をふさがれていくことで発症は若
年化していき, また彼らの呈するうつ病像は不安,
焦燥, 依存, 嗜癖, 攻撃性, 行動化などの躁的成
分を交えたものが常態化しつつあると考えられ
る。
以上はまだ素描に過ぎないが, 大まかにはこの
ような病像の変遷が確認されるのではないだろう
か。治療について付言するなら, 近年の躁的成分
の常態化した軽症うつ病においては, 躁的因子が
その方向性を見失っている限り, 抗うつ剤による
薬物療法のみで社会機能を回復することは困難で
ある。それどころか躁転によって病者の社会的不
利益を招くことも珍しくないことに留意しなけれ
ばならないだろう。初期治療はむしろ, 基本に忠
実に, 休息, 鎮静を図るべきである。場合によっ
ては, 早期から炭酸リチウムなどの気分調整薬や
少量の抗精神病薬の処方が望まれよう。また病者
との対話から今後の生活の方向性を見いだすこと
も必要になるだろう。発動性を高めるような薬物
療法は その治療の方向性が確立した後からでも
遅くはあるまい。

おわりに

うつ状態にみられる躁的因子について紹介し
た。Akiskal のsoft bipolar spectrum において重要
視されている混合状態の諸研究をふりかえり,
「内因性」うつ状態の特徴を, 病者の躁的成分と
うつ的成分の相克あるいは葛藤としてとらえる見
解を取り上げ, そのリズム性, 身体性の関連につ
いて検討した。そのうえで, うつ状態における躁
的因子は軽症うつ状態において顕著に観察される
ことを示し, 内因性軽症うつ状態においては, 躁
的因子が観察されることの方がむしろ常態的とさ
えいえることを提議した。最後に, こうして「う
つ状態」の「躁的因子」が現在改めて問題となっ
ていることについて, 古典的なメランコリー型軽
症うつ状態においてはその躁的成分が社会適応的
に吸収されることで, 臨床像に表現されなかった
という可能性, そして現代のうつ状態においては
躁的成分が行き場を失って空転しているという事
態について論じた。



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