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クレペリンと躁うつ病概念

臨床精神医学34(5):543-549,2005
クレペリンと躁うつ病概念
古茶大樹

本稿では今日の気分障害概念の基礎となった,
クレペリンの躁うつ病がどのように生み出された
のか,クレベリンの教科書の記述をもとに検討し
たい。躁うつ病の原型である周期性精神病,退行
期疾患として位置づけられたメランコリーを簡単
に紹介し,これらが統合された完成型としての躁
うつ病(教科書第8版)については詳しく論ずる。
最後に比較のために,今日の気分障害概念(ICD-
10)についても簡単に要約した。

2 クレペリンの教科書にみる躁うつ病概念の誕生までの歴史

1.周期性精神病一精神医学ハンドブック

精神医学ハンドブックCompendiumder
Psychiatrie(全384ページ)は教科書第1版に相当
するものだが,この当時すでに躁うつ病の原型と
考えられる周期性精神病PeriodischePsychosenの
記述がある。周期性精神病は「病間期の正常では
ない基盤の上に,ある特定の病的な症状群が周期
性に発生するもの」と定義されている。そしてそ
の本質的な精神病理は,個々の発作にあるのでは
なく,心的かつ身体的な個人の独特な変質にあり,
その下位群には,周期性マニー,周期性メランコ
リー,そして循環精神病が挙げられている。この
第1版の分類は基本的には状態像分類であるの
で,後の躁うつ病に統合されることになる諸病型
は,あちこちに分散している。表1は躁うつ病に
関係のありそうな項目を第1版,第3版,第4
版から抜き出したものである。マニーManieと
ワーンジンWahnsinn(比較的予後のよい一過性の
幻覚妄想状態を含んでいた)は当初雑多な病態
が含まれていたものだが,第4版までに限定縮小
され,第5版ではマニーは主に周期性精神病に,
ワーンジン中の抑うつ型はメランコリー
Melancholieにそれぞれ吸収されたようである。
周期性精神病は徐々にその疾病範囲を広げなが
ら,第6版でいよいよ躁うつ病manisch-depressives
lrreseinが登場する。ただし,第6版,第7版
では次項に述べるメランコリーは別項目に含まれ
ており,第8版の躁うつ病に比べるとその疾病範
囲はまだ狭い。

2.メランコリー-教科書第5版-

状態像分類を止め,疾患単位による分類が確立
したのがこの第5版である。全体がA.後天
性精神障害とB.病的素質に基づく精神障害とに
明確に二分されているのはこの第5版だけであ
る。表2にあるように,周期性精神病は体質的精
神障害に含まれているが,メランコリーは後天性
精神障害に,老年痴呆とならんで退行期の精神病
の中に位置づけられており,病因論的見地からは,
この時点では両者は大きな隔たりがある。今日わ
れわれがいわゆる退行期うつ病の病像として思い
描くものは,このクレペリンの第5版のメランコ
リーである。
メランコリーは「中高年のすべての病的な不安
性気分変調で,それが他の精神障害の経過におけ
る一時期を示すものではないものをメランコリー
と呼ぶ」と定義されているが,さらにこの後に続
く一文もまたメランコリーの重要な特徴を指摘し
ている。すなわち「感情性の障害のほかには,通
常,妄想形成が,特に罪責妄想,ただし被害念慮
や心気的観念もまた,メランコリーの臨床像を構
成している」とある。クレペリンは病像の中核を
なす症状を不安性気分変調に限らず,その著しい
妄想形成にも等しい価値を置いている。この罪責
妄想は当時からすでに,抑うつ気分から二次的に
発生するものと解釈する立場(これは今日的な見
解でもある)と,感情の障害とならぶ一次性・中
核的な症状とみる立場があり,この第5版でのク
レペリンの考えは明言を避けてはいるか後者に近
い。この罪責妄想の特徴をクレペリンの記述から
読み取ると,行動や体験すべてが自己非難と常に
結びついていること,周囲からの隔絶感や手遅れ
と修正不可能の感覚があること,罰の恐怖つまり
被害妄想が二次的に発展することである。またメ
ランコリー性気分変調の特徴は,単なる抑うつで
はなく,多少なりとも明らかな不安・重い圧追
感・内的な重圧感と表現されている。より高齢発
症群では,妄想内容が怪奇で現実離れし,外界の
著しい変容観を伴う。虚無妄想・罪業妄想・自殺
傾向・痛覚消失・不死妄想で構成されるコタール
症候群に相当する症状も記載されている。
疾患経過と予後については,長期の慢性的な経
過をたどり,消長を躁り返しながら徐々に疾患が
消え去るとしている。しかし,全体の予後につい
ては,完全寛解32%,不完全寛解23%,未治
26%,死亡19%であり,これを55歳で区切ると,
55歳以下では40%,55歳以上では25%が寛解す
るとして,高齢発症ほど予後が不良となっている。
そして全体の15%が反復傾向を示している。この
不良な転帰もメランコリーの重要な特徴となって
おり,なんらかの老化に関係する病的過程を想定
する根拠にもなっている。ただし,その後1907年
に弟子のDreyfusが発表したモノグラフ(クレペ
リンのメランコリー症例の長期予後調査)によれ
ば,これらの症例の多くが寛解ないしは寛解に向
かいつつあったとして,メランコリーの予後不良
説は否定されるのである。これがクレペリンをし
てメランコリーを躁うつ病に帰属させることにつ
ながった。
このクレペリンのメランコリーはすでに100年
以上前に記載されたものだが,その病像,経過,
転帰は,今日のわれわれの臨床経験に照らし合わ
せても異和感がなく,いたるところで,なるほど
と感心させられる。第5版メランコリーの病像は,
ICD-10においてはF32.3精神病症状を伴う重症う
つ病エピソードに相当するものだが,筆者はこの
第5版で示されたメランコリーを独立した疾患単
位としたクレペリンの考えは再評価する必要があ
るのではないかと考えている。

3 躁うつ病概念の確立-クレペリンの教科書第8版

クレベリンの教科書第8版における疾患分類体
系を表3に示す。原著は4巻で構成されているが,
第1巻は総論,残り3巻が各論でその内訳は,第
2巻が器質性精神病,第3巻が内因性精神病,第4
巻が心因性精神病に相当している。第3巻は内因
性痴呆(早発性痴呆と妄想性痴呆,今日の統合失
調症にほぼ相当),てんかん,躁うつ病の順に構
成されているが,この分類体系での並び順を見る
限り,クレペリンは内因性痴呆をより器質性精神
病に近いものとしてとらえ,一方,躁うつ病は鈍
化に至らず治癒するものであるから,体質性(性
格異常)あるいは心因性により近いものと位置付
けたようである。

1.概念規定

この躁うつ病には,これ以前に取り上げられて
いた諸病型,つまり周期性精神病と循環性精神病
の領域全体と,単純躁病とメランコリーの病像の
大部分,そしてアメンチアの症例のかなりの部分
が包含されている。さらに,これらの諸病型より
も軽い,周期性または持続性の病的な色彩の気分
もまたここに算入される。これは重い障害の前段
階とみなされるからであるが,その一方では,明
確な境界なく個人的な資質の領域に移行するもの
でもあるという。このようにクレベリンは従来さ
まざまな形で記載されてきた諸病像を,躁うつ病
という1つの大きな枠組みに統合することを試み
たわけであるが,その根拠をクレペリンの記述か
ら読み取ると次のとおりである。
①一定の基本的な諸障害から状態像が構成され
ている
②諸病型は互いに移行しあう
③単一経過をとるものと周期性経過をとるもの
とを確実に区別することができない
④予後が単一である,原則的には症状は完全に
消失し,決して深い鈍化には至らない
⑤遺伝的にも諸病型が同じ家族の成員に見いだ
すことができる
以上のように,原因論・臨床症状・経過様式・転
帰の見地から諸病型を躁うつ病に総括することが
できると判断したわけである。

2.精神症状

本文ではまず,この病気が健康時とははっきり
と区別される発作性の経過をとること,それぞれ
の発作は等しいことも違っていることもあるが,
非常にしばしば全く逆であることがあると述べら
れている。基本的にはまず二種類の発作を区別す
ることができて,その1つは躁状態であり,これ
は観念奔逸と高揚した気分と活動欲があるもの
で,もう1つがメランコリー性,抑うつ性の状態
であり,悲しい,または不安な気分変調と思考・
行為の抑制が組み合わさった発作である。この2
つの逆の形をとる病像から,この疾患が躁うつ病
と名づけられた。しかし,この他にもさまざまな
形で現れる,この2種類の発作の臨床的な「混合
型」があって,これは躁とメランコリーの症状が
互いに結びついていることを示しているという。
原著では把握・理解,注意,意識,記憶,妄覚,
観念進行,作業能力,妄想形成,気分,意志欲動,
身体症状といった観点からこの病気の特徴が述べ
られ,さらに,代表的な2つの状態である躁状態
と抑うつ状態について詳細な症状の記載がある。
われわれにとっても馴染み深い症状がよく観察さ
れているが,すでに今日と同様に,昏迷,拒絶,
反響現象,蝋屈症といった緊張病症状が躁うつ病
に随伴することがあることも述べられている。ま
た,それぞれの発作において,躁性,メランコリ
一性の症状が混在することが少なくないというこ
とが強調されており,それは次の混合状態でさら
に明らかになる。

3.混合状態

クレペリンの躁うつ病概念で特に重点を置かれ
て論じられているのが混合状態である。原著では
混合状態の説明に20ページが割かれているが,
これは躁状態にほぼ匹敵する分量である。1899年
のWeygandtの論文が引用されていることから,
この発想は彼自身のものではないのかもしれない
が,第5版の周期性精神病の循環型のところで,
混合型として躁性昏迷の記述があり,同じような
構想をクレベリンも持っていたのかもしれない。
これまでに記載されてきた諸病型を躁うつ病と
いう大きな枠組みに統合することができたのは,
この混合状態の観察とこれを説明するための部分
的抑制partiellen Hemmungという概念の導入に
あるのではないかと思う。精神生活を思考,気分,
意志の3領域に分け,多くの症例を観察してみる
と,これらは必ずしも一致して変化するものでは
ないことがわかる。したがって,精神症状の合成
によって,さまざまな混合状態が生ずる(図を参
照)。数字は順に1.躁病,2.抑うつ性躁病・不安
性躁病,3.興奮性躁病,4.思考僅少性躁病,5.
うつ病,6.躁性昏迷,7.観念奔逸性うつ病,8.
抑制躁病を示している。こうしてみると,混合状
態こそが躁うつ病の基本であり,むしろ特殊な表
現型として,純粋な躁病相とうう病相があるよう
にもみえる。事実,クレベリンはこれら3領域が
健康人の精神生活でもしばしば食い違っているこ
とを指摘し,混合状態を躁うつ病の自然な表現型
として積極的に肯定している。さらにこれら3領
域については,実際上は1つ1つが単位ではなく,
それぞれの領域をさらに細分化した諸小領域を抑
制と興奮が別々に侵すこと,つまり躁症状と抑う
つ症状とが相反するのではなく,むしろ互いに結
びつきあって発作を構成しているという。例えば,
患者は精神的に甚だ動きが鈍いのに,同時に思考
の飛躍と言葉の音響連合の傾向がみられることが
あり,ここでは観念奔逸と思考抑制とが互いに並
びあって観察されている。この第8版の混合状態
の記述の中に,第5版メランコリーの多くの症状
記述をそのまま見いだすことができる。躁うつ病
への統合にあたって,最もクレペリンを悩ませた
のはメランコリーをここに包含すべきかどうかで
あったに違いない。典型的な混合状態は,蹟病相
とうつ病相の移行期に一過性に観察されるものだ
が,不安焦燥を大きな特徴とするメランコリーに
ついては,混合状態が持続しているものと解釈し
た。ただし,クレペリン自身はメランコリー全体
を躁うつ病に組み入れることには最後まで慎重で
あり,一部は初老期精神病という別項目に帰属さ
せている。この初老期精神病priisenile lrreseinに
は遅発緊張病Spaetkatatonieに相当する病態が含ま
れている。
混合状態はもちろんICD-10にも含まれている。
F31.6双極性障害混合性エピソードでは「混合性
の双極性障害の診断は,両方の症候群がいずれも
現在の病気の大部分のエピソードで顕著であり,
しかもそのエピソードが少なくとも2週間続く場
合にのみ下すべきである」とあり,クレペリンよ
りもその範囲は限定されており,特殊な病態とい
う印象がある。躁うつ病といえば,典型的な躁状
態とうつ状態を思い描きがちなわれわれにとっ
て,この混合状態を重視する姿勢は,むしろ新鮮
であるし,日頃の診療を振り返ってみるとクレペ
リンの考える混合状態は決して少なくないのでは
ないかという思いがする。

4.基底状態

躁うつ病は発作をなして経過するが,それが現
れるのは一般的には外部の影響を受けない。この
ことから,躁うつ病の原因は『発作が出ていない
時にも存続するに違いない何かの病的な持続状態
にある』とクレベリンは述べている。つまり体質
性・素質性の障害があると考えたのだが,この発
想はすでに精神医学ハンドブック(1883)5)の周
期性精神障害の定義の中にみることができるし,
第5版で周期性精神病が体質的障害の大項目に含
まれていることでより明確になった。しかし,ク
レペリンの第8版での記載は,単なる素質や体質
には留まっていない。「絶えず比較的軽い障害が
一般的精神状態にずっと続いていて,このものは
躁うつ病の症状のかすかな現れにあたる』とあり,
これを躁うつ病の基底状態Grundzustaendeと名付
けている。その名の下には,発病していない中間
期にしばしばみられる障害とともに,この病気が
十分に発展してこないような症例でも躁うつ性の
素質が特徴となっているような障害をも組み入れ
ている。基底状態には,抑うつ性素質,躁性素質,
刺激性素質,循環性素質がある。
おそらくクレベリンは躁うつ病をある種のスペ
クトラムとしてとらえでいたのだろう。この考え
方は,循環気質一循環病質一躁うつ病という連関
を想定したクレッチマーとも,そして,気分循環
症Cyclothymiaや気分変調症Dysthymiaを包括す
る今日の気分障害概念とも共通するものである。

5.全般的経過と予後

全般的経過は極めて多様である。発作の種類,
頻度,間隔,回数などによる区分や分類はことご
とく失敗するという。しかし経過の多様性とは裏
腹に,予後については躁うつ病の個々の発作につ
いては良好である。一方,躁うつ病は一生のうち
で何回も反復する可能性がある。また,退行期に
は以前の発作が再発しやすく,また違った色彩の
発作が生じやすい。個々の発作の予後は基本的に
は良好であるが,高齢になっての発作は,精神的
荒廃が発生する危険が多少ともある。予後良好を
前提としながらも,高齢者ではそうでない場合が
あることに含みを持たしているのは,(退行期)
メランコリーを念頭に置いたものであろう。

6.躁うつ病概念の裾野の広さ

クレペリンの躁うつ病概念は,一方では混合状
態を広くとらえることで,多様で典型的でない病
像を含み,また一方では基底状態により性格異常
へと緩やかに移行するスペクトラムを想定した。
予後についても,それぞれの発作は良好であると
しながらも,退行期以降の発症の場合には不良な
転帰を取る可能性があることにも含みを持たせ
た。さらに,精神病質者やヒステリー者とみなさ
れている患者の一部や,周期性のパラノイアや神
経衰弱といった病像を示す者も,躁うつ病の領域
に含まれるのではないかと述べており,クレペリ
ンの躁うつ病概念は広大な疾病範囲をカバーする
ものとなっている。

4 今日の気分障害概念-クレペリンの躁うつ病概念は継承されたか-

クレベリンの躁うつ病概念は継承されたか。こ
の問いには簡単に答えることはできない。継承さ
れた部分もあれば,そうでない部分もある。すで
に本文中に指摘したところもあるが,最後に
ICD-10の気分障害概念の特徴を整理・要約し
ておく。
①基本障害を気分あるいは感情の変化とみて,
躁うつ病ではなく気分障害と呼んでいる
②病因を問わない症候学的概念である
③典型的には抑うつへの変化(不安を伴うこと
もある)と高揚への変化とがあり,この気分
の変化と連動して活動性も変化する
④単一エピソードと反復するものとを区別して
いる
⑤従来なら心因反応(抑うつ反応)と診断され
ていたケースも含まれている
⑥すべての年代に生じた気分障害をここに含ん
でいる
⑦躁病と重症うつ病を気分障害スペクトルの両
極と考えている
⑧幻覚や妄想,昏迷を伴うものを「精神病症状
を伴う」と付記をつける。ただし未解決の問
題として,気分状態に調和しない妄想をどの
ように扱うかということがある
⑨混合状態は躁ないしは軽躁と抑うつの両症候
群が同時に顕著であるものとしており,その
範囲は狭い
⑩予後や転帰は診断・分類には考慮されていな
い,あるいは明記していない
⑨気分循環症,気分変調症をこのカテゴリーに
含み, クレペリンと同様の広い気分障害スペ
クトラムを想定している。



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