SSブログ

臨床心理士採用模擬試験-2

臨床心理士採用模擬試験
以下の優秀論文を読み、問に答えなさい。
問1.変化した内因性うつ病に残存する「不変項」は何であるか、かみ砕いて、述べよ。
問2.治療論について、自分のカウンセリングスタイルの中に取り入れることができる要素があれば、それを具体的に述べよ。

*****
精神療法第32巻第3号
うつ病態の精神療法
現代型うつ病
松浪克文*上瀬大樹*

はじめに

われわれが,1991年に発表した「現代型うつ病」(松浪ら,1991a)は,比較的若いサラリーマンなどに典型的に見られる軽症の内因性うつ病の変異型で,抑うつ気分よりも制止症状が前景に立ち,恐怖症的心性に関係すると思われるいくつかの特徴を有する。われわれは当初,この病像を,大都市における職場倫理・生活意識の現代的変質や現代人の性格傾向の変化が内因性うつ病の病像を修飾しうることを例証するものとして提示した。病像が変化したのだとすると,うつ病像のうちの何か変化したのかがまず問題となるが,われわれはむしろ何か変化していないのかを明確にとらえることもまた重要ではないかと考えた。なぜなら,あるものが「変化した」といいうるためには,変化の前後を通じて不変のままとどまっている成分が存在することが論理的に要請されるが,その不変のままの成分や性質こそ,そのものの同一性を保証するものだからである。つまり,現代的な病像変化を被ってもなお変わらないでいる特徴,つまり変化した内因性うつ病に残存する「不変項」の抽出がうつ病の本態を知る上で貴重な手がかりとなると考えたのである。

I 症例呈示

1991年の発表において提示した症例を再度提示する

34歳の地方出身の技術者。2人兄弟の長男。国立高専卒業後,入社。共働きで子どもはいない。長身で痩せ型,色白,神経質で几帳面な性格。妻によると,家では何でも一人でやってしまって手がかからないとのこと。謙虚な態度で物腰柔らか,気弱な感じである。和太鼓を趣味にして9年になる。また中学時代にやっていたバレーボールを今でも続けている。入社時,希望とは異なるコンピューター部門に配属されてがっかりした。コンピューターは時代の花形分野だが,「緻密で先端的なものは嫌いなんです,もっとひっそりと自分のペースでやれるようなものがいい」と述べた。学生時代に初めてコンピューターに接して,これはいやだなと直感したそうで,「機械が好きで論理的に動くものは嫌いじゃないけど,どういうわけかそう思った」と言う。朝,家を出るときに会社に行きたくないと思う,ということを主訴に精神科初診。2年前から出社するのが嫌だという気持ちがあったが,初診前年の2月ごろがいちばんひどく,1週間続けて休んでしまった。今の仕事は続けたくないと思う。休んでいる日は,家でテレビをつけて,ぽけーっと観ている。初診時の5月から9月まで4ヵ月の病休をとった。嫌なヤツがパートナーになった頃から休みたい気持ちが強くなった。
それまでの本社勤めでは,仕事は嫌だったが気持ちはフレッシュで頑張っていた。「今考えると,なぜあんなに馬鹿みたいに頑張っていたのか不思議でしょうがない」と当時を述懐し,今は仕事中もぼーっとしていて,集中力かなく,能率は半分以下に落ちている,と訴える。入眠困難,熟眠感のなさ,早朝覚醒が続いている。「何かいい仕事はないかな,と思うけど自分に合う仕事がわからない。……会社は辞めたくないけど,出たり休んだりではねえ……。内心,困ったなあという感じです」と斜に構えたような当惑顔。4月の病休明けから制限勤務(50%~80%)を続け,6月にはパートナーを変えてもらったが,症状がなくなり抗うつ剤を中止する段階になっても,「自分のペースを守るために」制限勤務を希望した。さらに8ヵ月間の制限解除状態を続けた後に配置替えとなった。なんとか出勤していたが,2ヵ月後に再び集中力低下,易疲労感を訴えて1ヵ月間の病休をとった。この病休から復職するとき,動悸,発汗,めまいを伴った強烈な不安に襲われ,会社の社屋の前で身体がふるえて中に入れず,帰ってきてしまうというエピソードがあった。職場が恐いと言い,あのあわただしい仕事の流れの中に戻ることがつらい,と語った。

以下に,この症例記述に即して,いくつかの特徴的な点を項目に分けて整理してみる。

1)主訴(主症状):「会社に行きたくない」というのが初診時の主訴であった。患者は,一旦は会社に適応したようで「フレッシュな気持ち」で「馬鹿みたいに頑張っていた」のであるから,会社に行きたくないと思うことは患者にとって,異常かつ異質な事態であり,これが主訴となったのであろう。しかし,初診時には他にも「集中力がなく,能率が半分以下」と訴えており,また職場復帰途上で挫折し再び病休をとる時にも「集中力低下,易疲労感」を訴えている。これらは制止症状ととってよいと思われるが,こちらの方が患者の社会的機能を深刻に損なう障害を直接的に表していることは明らかである。ただし,初診時に苦境を訴える話しぶりは比較的要領を得て,とつとつと話すがさして滞ることがなく,質問にもほぼ的確に応答するので,制止症状の程度は比較的軽いと言えるだろう

2)恐怖症:復職時に吹き出した「動悸,発汗,めまいを伴った強烈な不安」もまたこの症例の症状論的特徴である。「あのあわただしい仕事の流れの中に戻ることがつらい」という述懐からは,この恐怖症の対象が「あわただしさ」の中に身を置くことなのだと推測される。初診時には取り立ててはっきりとした恐怖症的心理は訴えられなかったからか,復職時にパニック発作様の恐怖が出現したことは治療者にとっては,予測不能と言うわけではなかったものの,やや唐突に思えた。遷延化したうつ病例に時に見られる復帰時の恐怖症の状態と酷似しているが,後述するように,遷延化例でこのような恐怖症状が出現するときには,すでに何回かの復職に失敗し,復帰に難航している場合が多い。換言すれば,初発の病相からの復帰時において早くも,遷延化例におけるような恐怖症状が出現することが特徴的だと言えるだろう。この恐怖心の背景には次項に述べる忌避感が存在する。

3)忌避感:患者は現代社会に含まれる何らかの属性を忌み嫌うという心理を学生時代(おそらくそれ以前)から自覚している。この症例では忌避の対象が「コンピューター」「先端的なもの」と表現されている。この心理は当然,主訴の「会社に行きたくない」「仕事を続けたくない」という心理の背景に潜在していたものと思われる。初診後,会社を休むようになったのは「嫌なヤツ」がパートナーになったことがきっかけだったが,しかし,この特定の人物への嫌悪はそれ以前から訴えられた忌避感とは異なるようである。というのは,後に「嫌なヤツ」がパートナーではなくなってからはこの嫌悪感は消失したのに,何かに対する忌避感は存続しつづけたからである。実状は,心底にある忌避感に耐えて勤続してきたところに「嫌なヤツ」が現れ,それがきっかけとなって忌避感がつのってはっきりとした拒否感となった,ということであろう。この心理の移り変わりについては,まず漠然とした忌避感があり,それが発病時に明確な拒否感と形を変えて自覚され,復帰時には恐怖症的心理になったという道筋が考えられる。

4)当惑感:患者の「斜に構えたような当惑」もこの症例の特徴である。「ぼーっとする」ことや能率の低下に困り果てているという風情のこの陳述は抑うつ気分の表現だと解せなくもないが,休日に家でテレビをつけてぼーっと見ていると述べており,抑うつ感ははっきりとは言語化されうる程には深まっていない。(私見だが,テレビを観られるかどうか,どの程度楽しめるかは,うつ病の症状の重症度をかなり正確に反映している)。この当惑感は苦境の中にある人間の呻吟というよりも,むしろ自分の能率低下や意欲低下の状態から少し距離をとった視点を保持し,第三者的に自分の状態を見ていることを示している。また,「何かいい仕事はないかなと思う……」という後の述懐には半ばあきらめたような醒めたトーンがあり,“もともと嫌だったが,やはりはっきりと嫌いになってしまった,やはりだめだったか”とでもいうような心理がうかがえ,患者にはこの苦しい事態の到来が以前から察知されていたように見える。

5)所属意識の希薄さ:患者は「何かいい仕事はないかな,と思うけど自分に合う仕事がわからない。……会社は辞めたくないけど,出たり休んだりではねぇ……」と述べており,自分の勤める会社にさして執着はないように見える。辞めたくはないけど,辞めることもしかたないかなとでもいうようなこの述懐に,会社への帰属意識の希薄さが伺える。もちろん,この所属意識の希薄さの背景にも上述の忌避感が存在するのであろう。患者は入社後,仕事をこなすという意味での適応努力をしたが,上述した忌避感のために,職場に緊密に同化する気持ちには至らなかったものと思われる。また,34歳になっても「自分に合う仕事がわからない」と述べていることから,特定の社会的組織への帰属意識が希薄なために,アイデンティティが分化しておらず,一種のアイデンティティの混乱が重畳しているように見える。

6)性格:患者は「長身で痩せ型,色白,神経質で几帳面」であり,「謙虚な態度で物腰柔らか,気弱な感じ」の人物である。身の回りのことでも「何でも一人でやってしま」い,妻に負担をかけない,というところからは,助け合うことに含まれる負債や返済という連携を避けているような心理が伺える。おそらく返済が重荷となることを予想して緊密な一体感を抱くことに危険を感じるようなタイプで,配偶者に対してでさえ相互依存的関係性に至らず,どこかあっさりした関係性を保っている。

7)趣味:和太鼓やバレーボールなどの趣味的活動を長年続け,職業を続けていくことが困難になった時期にも維持された。患者にとっては,これは1週間のうちの決められた定期的活動であって,なぜずっと続けているのかと聞いても,上手になるのが楽しいとか,趣味を通じた人とのつきあいが楽しいなどの理由は述べられなかった。職場では比較的明瞭な制止症状が出ているのに,趣味は続けられるという点で,広瀬の「逃避型抑うつ」において「選択的制止」として記述された症状と,少なくとも現象面において同一であるが,趣味的活動が必ずしも楽しみのために行われているのではないように見える点で,多少性質を異にする(後述)。

Ⅱ 「現代型うつ病」の病像

おおむね提示症例と類似したうつ病像を「現代型うつ病」としたのだが,冒頭に述べたように,われわれはこれを中核的な,従来のうつ病象の変化像として捉え,主に「従来型うつ病」との比較を考察の中心にしていた。以下に,より一般的に,この病像について,「従来型うつ病」と比較しながら,解説する(表1)

表1現代型うつ病の特徴
①比較的若年者
②組織への一体化を拒絶しているために,罪責感の表明が少ない。むしろ当惑ないし困惑
③早期に受診→不全型発病
④症状が出そろわない;cf)SSD身体症状と制止が主景,選択的制止
⑤自己中心的(に見える);対他配慮性が少ない
⑥趣味を持つ;cf)逃避型
⑦職場恐怖症的心理+当惑感
⑧インクルデンツを回避;几帳面,律儀ではない
⑨レマネンツ恐怖;締め切りに弱い

「従来型うつ病」と異なる「現代型うつ病」の特徴は,①やや若い年齢層(30歳すぎから)に見られること,②患者は自分の言動や状態を異常だと感じており,ほとんどすべての症例で患者が自ら進んで受診すること,③症状が「不全型」であること(うつ病の症状が出そろっていないこと),④自責的ではなくむしろ当惑感を抱いていること,⑤職場への忠誠心や同僚への連帯感を表明せず,職場への帰属意識が希薄なこと,などである。

会社組織に帰属したくないという心理は,「別に会社の一員であることを誇りに思ってはいません」「社内のつきあいはできるだけ少ない方がいい」などと,気負うことなく淡々と表明されることが多い。また,提示症例のように「会社に行きたくない」という理由で仕事を休むという行動が怠業のようであるし,休むことが他人に与える負担を考慮して申し訳なさを表明しないのは自己中心的に見える。しかし,本来の患者の性格には,病理的な利己的心理がすぐに見て取れるようなpersonalityの偏奇を指摘することはできないように思う。患者は,率直で,洒落っけがなく,淡々と生活しているという風情の人柄であったり,多少凝り性だが生活を楽しむライフスタイルを持っていたり……と一定の傾向はなく,少なくとも,性格の病理のための不適応はなかった。自己中心的に見えるのは,診断者が暗に,うつ病患者は対他配慮性が強く,会社への忠誠心が強いという図式を人格判断の基準としてしまうからかもしれない。

受診の経緯についても,ぎりぎりまで頑張って過剰な適応努力をする「従来型うつ病」とは異なり,早々に退散したというような印象を受け,診断学的に症状が出そろわない段階で受診することが多い(不全型の発症)。訴えの中心は,「やる気がでない」「能率がさがってしまった」「疲れやすい」などの意欲減退であるが,ときに「腰が痛くて憂うつだ」「出社時に頭痛,吐き気,めまいがする」などの身体愁訴が加わる。抑うつ気分が訴えられないわけではないが,非常に憂うつそうなのではなく,現状を苦痛に感じてはいるか心中はむしろ当惑しているという印象がある。上司や同僚との衝突などをこれらの苦痛や困難が引き起こされた理由にあげることがあるが,しかし,発病以前には同種の困難をなんとか克服できていたという認識を持っている。この点で,発病という事態が不可解であると感じ困惑しているのである。

社会復帰については,早く復帰したがることの多い「従来型」と異なり,「現代型」はいつまでも復職時期を延ばしたり,復帰後の制限勤務の延長を求めたりすることが多い。復帰交渉の時,あるいは復帰時に決断して出社する際に,パニック発作様の症状が起こったり,会社の社屋の前まで行ってどうしても中に入ることができず帰ってくる,などの恐怖症的行動が出現することがある。このような恐怖症的行動自体は,従来型の遷延化例に見られたものと同質のものであるが,初発の病相に現れることが「現代型」の特徴である。

患者の自己同一性はむしろ仕事以外の領域で保たれており,提示症例のように長年にわたり趣味を続けていることがある。このことは,たとえ現実には会社人として職務をこなしていても,要請された役割アイデンティティを全面的には引き受けていないことを物語っている。この点も従来のうつ病理論とは異なるだろう。そして,この趣味領域での営み(提示症例のような純然とした趣味ではなく,たとえば20年間,土日は必ず1日中パチンコに行くなどの例もあった)は強迫的な反復性と持続を示す。患者はこの私的領域の反復的活動が創り出しているペースを自分本来のものとして,それを乱されることを嫌っているように見える。ただし,このような趣味領域の活動が同様の症例すべてに認められるわけではないのだが,その場合でも生活行動の中に気楽な過ごし方という領域を持っていて,その領域での活動を続けていることが多い。表2に,「現代型うつ病」と「従来型うつ病」とを比較した

表2現代型うつ病と従来型うつ病

現代型の特徴           従来型の特徴
①早期に受診→不全病型    完全に発病して受診
②選択的制止           全面的な制止
③自己中心的           対他配慮
④趣味を持つ           無趣味
⑤職場恐怖症的心理      遷延化例において見られる

Ⅲ 病態理解

1.逃避について:広瀬の「逃避型抑うつ」を参照して

「現代型うつ病」の病像は,制止主体の症状を示し,選択的制止があり,自己中心的に見え,恐怖症状を出すことがあるなど,多くの点でうつ病の病型研究として近年もっとも注目されてきた広瀬(1977)の「逃避型抑うつ」や松本(1990)が論じた中年層の逃避型抑うつに類似している。しかし,われわれは当初,これらの患者が「来るべき挫折が来てしまった」というような諦念を隠し持っているという印象を強く持ち,患者が疾病へ「逃避」しているとは思わなかった。また,趣味への逃避と見ることもできるが,趣味的活動は職場での苦境から逃避するために行われているというよりも,職場での苦境にも関わらずペースを変えることなく維持されているという印象をもった。

病態理解という点から見ると,「逃避型抑うつ」概念では,発症が「逃避的」に見えるのはヒステリー機制を含んだ甘えの病理によるという仮説が提示されているのに対し,「現代型うつ病」は恐怖症的心性によって病像が陰伏的に規定されている点に特徴があり,現代社会の一部に現れた局地的な心理傾向に関連するのではあるが,個人の性格の病理に依存するところは少ないように思う。

また一般に,「回避」や「逃避」の語を,症状構造を論じる理論語として用いるのと,現に患者の心理において働いている現象を記す観察語として用いるのとは次元(階梯)が異なることにも留意する必要がある。精神疾患の発症をストレス回避という意味で逃避だと構造的に解釈することは可能であるが,そのことと実際に患者に逃避の心理が見て取れることとは同一ではないのである。広瀬もこの点に対処しており,「逃避型抑うつ」における「逃避」に見える行動の実体は生体の反応としての擬死反射として理解できると論じている。これに対して,われわれは「現代型」の症状の性質と発症経緯は基本的に了解不能であることから,発病とストレスの間には「うつ病準備性」とでもいうべき素質的な身体性の病理が介在しており,この発症経緯は基本的に不可避な過程であると考えている。結局,われわれは現象の記述としても,症状構造上の仮説としてもこの病像を「逃避的」と言うことはできなかった。

2.恐怖症的心性について:レマネンツ恐怖
「現代型うつ病」に見られる恐怖症的心性は,すでに周知の(従来型うつ病の)遷延化例に見られる恐怖症状とほぼ同質のものと思われる。
(従来型うつ病の)遷延化例における恐怖症状は社会復帰に何度か挫折するうちに醸成されるものであって,患者は現実の職場状況を恐れているのではなく,職場に出社できなくなる際の,急かされ,追いつめられ,居所のなくなった状況(とそのときの自分の心理状態)についてのイメージを恐怖対象としている(元来,恐怖症とは具体的な対象というよりは対象のイメージヘの恐怖なのであろう)。つまり,遷延化例の恐怖症はいわば「前うつ状況」恐怖(インクルデンツ・レマネンツ恐怖)と言うことができる
とすると,「現代型」患者は初発病相の社会復帰の過程ですでに,遷延化例と類似した「前うつ状況」恐怖を抱いているのではないかという推論が可能である。
しかし,実際には,「前うつ状況」恐怖と言っても「従来型遷延例」と「現代型」とでは微妙に恐怖対象が異なるように思われる。「従来型うつ病」患者は秩序愛を行動面に明確かつ積極的に表わし,周囲から好ましいと評価されることによって会社組織に適応することに発病が準備されているのであった。秩序愛的行動によって過剰適応して発病する場合(「従来型I型」)でも,秩序愛的行動のために適応不全に陥って発病する場合(「従来型Ⅱ型」)でも,過剰な一体化に含まれている構造的矛盾が前うつ状況を招き寄せるのである(表3)。遷延化例に見られる恐怖は復職失敗を重ねる過程で,それまでの適応手段であった秩序愛的行動の適応性に信をおけなくなったところに,再三の復職という現実的課題に直面させられるために生じるものと思われる。この意味では,適応不全をきっかけに発病した従来型Ⅱ型の方が秩序愛の矛盾にある程度気づかされることになるので,その分,遷延化しやすいと言えるだろう。いずれにせよ,遷延化における恐怖は,秩序愛の矛盾がインクルデンツ的な挫折に至る道筋を(薄々とではあるが)意識したために生じるものなのである。

表3 従来型うつ病の二型
従来型I型:秩序的行動による過剰適応 Inkludenz-Remanenz的発病 秩序愛の矛盾に対して盲目
従来型Ⅱ型:秩序的行動の適応不全 Inkludenz的発病 発病後に秩序愛の矛盾に薄々気づく
現代型うつ病:秩序的行動を忌避 Remanenz恐怖による不全型発病 秩序愛の矛盾に気づいている

「現代型うつ病」患者はまさにこのインクルデンツ的挫折を予知しているかのように,緊密な会社組織へのコミットメントを忌避し回避しようとする対社会戦略を採っており,インクルデンツ的状況は回避できると考えている。
ところが,インクルデンツは秩序愛の空間的表現(「空間的」とは形として目に見えることと考えてよい。ここでは言動によって確認できる几帳面,律儀であることなどを指す)を抑制すればかろうじて回避できる可能性があるが,レマネンツは原理的に回避できない。このことが「現代型」にとっての深刻な脅威である。というのは,そもそも組織の中で役割を担って働く人間は,どのような働きぷりであろうと(几帳面であろうとなかろうと),職能の高まりに応じて割り当てられる仕事量が増えるという成り行きを拒否することはできないので,個人の能力と割り当てられる仕事量との臨界点がかならず到来するからである。「現代型うつ病」患者はこのレマネンツ的な臨界状況における疲弊を,社会に参入する当初から危険視しているのである。われわれはこの心理を「レマネンツ恐怖」と呼んだ(松浪ら,1998)。
留意しなければならないのは,「レマネンツ恐怖」という心理にはTellenbach(1974,0rig.1961)が「負債」という形で論じた倫理的性質があまり含まれていないという点である(実際,現代型うつ病では罪責感の表明が少ない)。これは端的に,患者が組織に一体化すること,組織の一員であることに価値を置いていないからであるが,「レマネンツ恐怖」が基本的には強迫的な機制によって成立しているので,「レマネンツ」に引き寄せられることはあっても,「レマネンツ」を恐れるがゆえに完全に「レマネンツ」に陥ることはないということも関与している。理論的には,次のように言うこともできる。そもそもレマネンツやインクルデンツはうつ病素質者が陥る自家撞着的運動における構造的矛盾を言い当てている(つまり,働けば働くほど遅れること,几帳面に働くために几帳面な仕事を完遂できないこと)のだが,この構造的矛盾には本来なんら倫理的性質は含まれていない。倫理的成分はメランコリー型性格の「几帳面さ」や「良心的」などの一見記述的な中立性を有するかに見える標識に密かに導き入れられている倫理性から由来するのである。言い換えれば,強迫性の空間的表現はこのような倫理的成分を含みこんでしまうのである。「現代型うつ病」は強迫性が外に形として現れることを忌避することによってこの倫理的意味合いを招き入れることを拒否しているのでインクルデンツに陥らないのであるし,レマネンツにおいて「負債」という倫理的責めが生じないのである。

IV 「現代型うつ病」と生活リズム

1.レマネンツ恐怖と生活リズム
「現代型うつ病」のレマネンツ恐怖の背景に確実に存在すると思われる忌避感は,「先端的なもの」「ペースを乱すもの」に向けられている。つまり,現代社会の多様性とめまぐるしい変化に向けられたものであり,これに自分のペースを乱されることを忌避ないし恐怖していると言えるだろう。われわれが「現代型うつ病」という変異型に見たうつ病の不変項とはこのような変化への忌避に関連している。
変化を忌避する心理は,「従来型うつ病」の患者にも確実に存在し,彼らの生活行動についての陳述に見え隠れしていた。たとえば,“今日も昨日と同じように過ぎでいくことが安心です”と述べる主婦や“つねに手順を確認して昨日と今日のできが違うなんてことのないようにします”と述べるパン屋を営む患者の陳述((従来型うつ病の例)を顧みれば,変化そのものが不安を惹起する心理がうかがえる(1991b)。
こうした変化の忌避,反復への依存あるいは反復愛好は強迫性の病理の動的,時間的側面であり,本来は「従来型」と「現代型」に共通に存在するはずである。しかし,「従来型」においては,強迫性のこの動的成分は,“几帳面”という静的な表現型によって空間化されてしまい見えづらくなっていたものと思われる。反対に,「現代型うつ病」では,うつ病患者の強迫性が,職場などの社会的・公的な領域においてあからさまに空間化されることが忌避されているため,職場外の私的領域の活動にその動的側面が(図らずも)露呈していると言うことができるだろう(「反復への依存」ということが含む「現代型」の依存の病理については,ここでは紙数を考慮して割愛する)。
このように見ると,「現代型」の患者に見られる(したがって,本来的には「うつ病患者」にも存在するはずの)生活行動の動的側面,とくに生活のリズム性が病理学的に重要な意味を持っているのではないかという視点が開けてくる。症例から導き出される限りにおいては,うつ病患者は職場や世間の多様に変化するリズムに翻弄されることを恐れ,私的生活におけるリズムに固執して自分の「ペース」を守っているとまずは言えるだろう。リズムを乱す因子が環境にあり患者は自分の固有のリズム性を保持しているという図式である。しかし,患者がこれほどまでに「マイペース」を固持する理由が環境からの多様な惑乱だけにあるとはとうてい思われない。むしろ,リズムの主要な惑乱因子は患者自身の側にあって,患者は自身の生活リズムの不安定性や被影響性を恐れており,趣味的領域における反復的な活動によってリズムを失うことをかろうじて防いでいるのではないだろうか。われわれはかつてこのような反復的活動を「硬化したリズム」と表現した(1991b;1998)が,「硬化した」リズムとは形容矛盾であって,これ自体はもはや「リズム」体験ではない。というのは,本来,「リズム」とは単純な反復ではなく,柔軟にゆっくりと変化していく躍動性を有しており,この躍動性が生む差異によって成立する意味体験だからである。したがって,「硬化したリズム」をもって営まれる趣味的行動は,リズムを喪失することから守られているという安らぎはあっても,それ自体が生み出す意味を持たない分,ある種の惰性的運動となる危険性を持っているのである。リズムの含む柔軟な揺れを快く感じるのでなく,この反復性に信を置く強迫性の心理こそ,「現代型」においてかすかに露呈した「うつ病」の病理の一側面であると思われる。

2.生活リズムとうつ病の病理
時間生物学や生理学の教えるところによると,人間の本能のデザインは生息のリズムという点においても自然と合致しておらず,人間をフリーランさせると24時間よりは長く(25時間という説がある)なる(Aschoff,1965)という
つまり,われわれは生理的には24時間+αの周期的な変化を営んでおり,地球の生活に馴化するためにはわれわれはみな,1日にα時間急がなければならない。この「ずれ」あるいは[遅れ]を解消するためには,光による脳内メラトニンの変化作用という生理学的なZeitgeber(同調因子)だけでは不十分であって,文化社会的なZeitgeberが不可欠である。われわれは朝起床してから夕刻就床するまで,三度の食事などの慣習的生活行動だけでなく,仕事に集中する時間と休息する時間の配分などのさまざまな個人的な行動様式によって,ともすれば遅れがちな内的時間感覚を修正し,1日のうちにαだけ時間を稼いでいるのである。
生活の実態に即して言えば,一般に,われわれは起床や就寝などの生理的リズムから,勤務の開始や終了などの社会的に設定されている制度的リズムに至るまで,外的に時間を区切られ,強いられた生活行動の切り替えの中で生活している。人間にとっての快適な生活リズムとはこれらの外的に与えられた生活行動の切り替えのタイミングを,いわば自分の習慣として内化し,自分が望んだものとして再規定することによって得られるものだと考えられる。この外的に強制されるリズム(というよりは反復性)を自分の習慣として捉え返す働きを担うのが個人の文化的Zeitgeberだと言うことができるだろう。
つまり,文化的Zeitgerberとは,外的な周期的「区切り」が有する無機的な反復性を人間の個人の行動様式の中に有機的に取り込むための慣習および個人的行動様式なのである。
うつ病の病理学にとっての問題はこれらの行動様式が個人の生きるスタイル,働くスタイルとして,個人のself-esteemを支えているという重要な価値を有するので,そのZeitgeberとしての機能的価値の方が認識されていないことである。うつ病の発病過程ではまさにこの個人のスタイルが喪失されるのだが,このことは,仕事上の失敗や対人関係における困難の中で自信を失い,self-esteemを低下させていくという心理学的文脈によってだけでは理解されない。
患者が自覚する個別的な失敗が起こる以前に,うつ病による生体のエネルギーや機能水準の低下によって,職業人・生活人としての自分なりの手順や流儀,つまり個人的な行動様式がしだいに維持されなくなるという生理学的事態が密かに進行し,このことが生み出すさまざまな小さな滞りや遅れが自信喪失を生むという生理-心理学的文脈も考慮されなければならない。そして,その個人の行動様式がZeitgeberとして機能していることを考慮すれば,この事態が生活リズムの失調に直接つながっていることは明白である。次々に外的に要請される時間的区切り(仕事の締め切りなど)から遅れがちになり,この「遅れ」を「挽回しようとして,できない」という焦燥感を伴った努力が続けられた後に,「体調」を崩すという形で事例化するうつ病は多い。このような観点から見れば,うつ病発症の素質は,外的リズムからの影響を受けやすく,またいったん被ったリズムの乱れすなわち遅れを解消して,自分の本来の生活リズムを取り戻す復元力か弱いこと(可塑性があること)にあるのではないかという推論も成立するだろう。

V 「現代型うつ病」の治療-うつ病のリズム論的治療論-
われわれは「現代型うつ病」という窓口を通してうつ病の病理を見直し,治療論に生かしていこうと考えている。現段階でわれわれが治療を行う際の基本的認識としているのは,①生活リズムという視点からすれば,うつ病素質者の病理の中心は(生活)リズムの可塑性である,②うつ病発病によるもっとも重大な損失は,個人の文化的様式すなわち生活人,職業人,趣味人としてのスタイルの喪失である,の2点である。
生活リズムという視点から見れば,うつ病の回復とは個々の生活行動がスムーズに営まれ,リズムを形成する要素となり,最終的には,患者固有の生活リズムが組織化されていくことである。入院治療を例にとると,患者は当初,病棟のタイムスケジュールやルールそして薬物療法などによって,いわば生理機能のレベルでの強制的リズムの中に置かれるのだが,病棟での生活行動に患者なりの趣向やスタイルが備わってくるにつれて,今度は,それらが睡眠や食事のあり方すなわち生理的レベルのリズム的規則性を再規定していくようになる。いわば生理的リズムと生活文化や様式によるリズムとの間の関係が逆転して,文化様式的リズムが生理的リズムを支配するようになる。これがうつ病の生活リズムという面での治癒過程である。そこで,この過程を促すための治療的アプローチを工夫していくことが課題となる。以下の治療法の工夫は別所ですでに論じた(1998)ことだが,簡単にまとめて解説する。

1.気分状態よりも体調を問題にする
うつ病発病直後の治療初期には,うつ病に陥ったことを認めて現実生活での挽回の努力を断念し,身体的心理的疲弊を解消することが基本となることは言うまでもない。しかし,従来のように,うつ病の治療全体を通じて「休養」を促し続けることは本来のリズムの回復のためにはむしろ不利であって,身体的休息がとれたら速やかにリズムの形成を治療目標に設定する方がよいと思われる。そこで,われわれは「休養」を「体を休める」ことに限定せず,疲弊状態を解消した後はむしろ病前の日常生活で日中行われていた「快適な」活動を(探し出して)推奨するようにしている。このことによって昼と夜,活動と休息のリズムの形成を促し「体調」の好転を期すのである。
われわれは一つひとつの生活行動がスムーズに,抵抗なく生活の一部として遂行される度合いを評価するために,「気分はどうですか」と聞くのでなく漠然と「体調はどうですか?」と尋ね,その次に個々の生活行動のどれが楽しめたか,スムーズに行えたかを聞くようにしている。とくに,「体調」という言葉で問う理由は第1に,うつ病からの回復時に,「気分状態が爽快である」と端的に気分状態に言及する患者は案外少なく,それよりも「体調がよくなった」という表現のほうが多少実感に近いのかもしれないこと,第2に,多かれ少なかれ強迫性の成分をもつうつ病患者に自分の気分状態をつまり自分の心理をチェックしようとする習慣を促さないですむこと,第3に,「体調」という言葉には,円滑な生活行動に含まれているリズム性,すなわち毎日の生活行動の反復性がリズムに乗っているように感じられることが含意されていること,第四に,生活行動レベルに含まれる快適な体験を発掘するきっかけとなること,などによる。
治療においては焦りの感情を生みだしがちな「遅れを取り戻そう」という意識を避け,「気持ちのいい活動を選び出して,それらが創り出すリズムで生活すること」に強調点を置く。そして,1日の中でそのような一連の活動がどの程度順調に継起的に生じているかを見る指標として「体調」を用いるわけである。

2.「小さな」楽しみを重要視する
一般に,うつ病患者にはなんらかの一領域に価値を限定し,その他の領域の価値を省みない傾向がある。つまり,人生を豊かにする,生き甲斐になる,人のためになるなどの大きな価値を追求し,多くは自分が行うべき責任を果たす活動に固執するあまり,その他の領域におけるもろもろの小さな価値には注目しない。そこで,治療的アドバイスとして,生きがいや充実を与えてくれるような大きな快楽を目指すのではないことを強調し,日常生活の中に織り込まれている「小さな快」に焦点をあてて,それらを享受できているかどうかに注目することを促す。
食事を例にとれば,朝食,昼食,夕食のそれぞれに違った様式,季節によって次々に移り変わる食材の季節感などに含まれている快に気づくように促すのである。このような「小さな快」は病前の患者さんの生活の中に含まれていたはずの快体験であるから,自分がどのような生活行動に楽しみを感じていたのかを改めて再確認してもらうのである。

3.その他の試行段階の治療的工夫
上述したように,われわれはみな自然の営みや社会的制度が要請するリズムから遅れているのであるが,うつ病素質者はこの「遅れ」を修正するのにより多くのエネルギーを要するものと思われる。彼らは常に社会のリズムに遅れ,リズムを喪失してしまう傾向が強い。「マイペース」は,社会的リズムとは一致しなくても,リズム自体を喪失してしまうことへの防衛となっている。したがって,われわれは,現段階では,彼らなりのペースをつかもうとする習慣的行動は,それがたとえ「硬化したリズム」であっても,基本的には容認する方がよいのではないかと考えている。しかし,この習慣的行動には反復-依存という依存の病理が関わっているので,ある程度の牽制が必要である。反復依存の色彩の濃い習慣的行動は本来的に無時間的な性質を有し,これはこれでリズムの喪失に至るからである。
また,発症年齢という点から見ると,マイベースを乱されても復元する力が十分に備わっている青年期には社会的リズムに合わせて生きることがかろうじて可能であったものが,次第にリズムの復元力が衰退して,うつ病を発症するのではないかという仮説も成立する。多くの職業人において,社会のリズムに遅れながら働いていても,ある程度の年齢に達し,そのような自分なりの働き方が周囲に許容されるようになれば,発病の危機を乗り越えて生活していくのであろう。いわば,私的リズムが社会的リズムに越境することがある程度許容されることで「遅れ」の解消という課題が不問に付されるのである。中年期以降の発病例では,患者の職場での個人的行動様式がある程度,周囲から容認されており,治療目標をこの個人的行動様式を取り戻すことに設定するのがよいと思われる。
しかし,「現代型うつ病」のように若くして発病した場合には,まだまだ働く個人的スタイルが周囲から容認されていないことが社会復帰にとっての大きな困難である。この意味で,社会復帰時には少なくとも制限勤務などの措置が必須となる。

おわりに

「現代型うつ病」は記述学的には制止主体が前景に立ち抑うつ気分が明瞭ではない病像であるが,このことは抑うつ気分が症状論的に二次的なものであることを意味しない。たしかに,制止症状によって日常のあらゆる行動が重い課題となってしまい,憂鬱になるというような反応性の成分をも抑うつ気分として採用するなら,二次的ということになるだろう。しかし,伝統的な精神医学における「生気性」(Schneider,1962,0rig.1946)という視点を参照すれば明らかなように,(生気的)制止と(生気的)悲哀感は本来一体のものである。とすると,「現代型うつ病」に見られる感情的成分は症状論的にどのように位置づけられるのであろうか。その手がかりは「生気性」概念に含まれている「身体性」の病理にあると思われる。治療論で触れたように,うつ病を一貫して「からだの病気」と捉えて症状を説明することには,それなりの説得力がある。われわれは「現代型うつ病」の病像を通じてうつ病の身体性について論じることが次の課題だと考えているが,本稿では論じられなかった。他日を期したい。

文献
Aschoff J(1965)Circadianrhythms in man.Science148;1427-1432.
平井静也・鹿子木敏範(1957)臨床精神病理学.文光堂.
広瀬徹也(1977)「逃避型抑うつ」について.(宮本忠雄編)躁うつ病の精神病理2.pp.61-86,弘文堂.
松本雅彦・大森和宏(1990)感情障害とその周辺-「逃避型抑うつ・中年型」について-.精神医学,32;829-838.
松浪克文・山下喜弘(1991a)社会変動とうつ病.社会精神医学,14;193-200.
松浪克文(1991b)秩序志向性と反復.イマーゴ,2(11);67-75.
松浪克文・大前晋・飯田真(1998)気分障害の病態・心理.(広瀬徹也・他編)臨床精神.医学講座4気分障害.pp.61-87,中山書店.
Schneider,K(1962,0rig.1946)Klinische Psychopathologie,sechste,verbesserte Auflage.Thieme,Stuttgart.
Tellenbach,H(1976/orig.1961)Melancholie,dritte,erweiterte Auflage.Springer.Berlin,Heidelberg.(木村敏訳(1978)メランコリー.みすず書房)



共通テーマ:健康

気分変調症について 黒木俊秀

大変すばらしい論述で、参考になります。

*****
精神療法第32巻第3号
うつ病態の精神療法気分変調症
-精神療法が無効な慢性“軽症”うつ病?-
黒木俊秀

I 気分変調症という病名は馴染みにくい

正直、そう思います。

本号の特集「うつ病態の精神療法」では,「逃避型」「未熟型」「若年性」「恐怖症型」など,現代の日本社会におけるさまざまなうつ病のサブタイプをとりあげているが,これらの病態はいずれも重症化しないものの慢性的な経過をたどりやすい点で,世界標準の診断名である「気分変調症」と重複する。しかし,気分変調症という診断名は,DSM-Ⅲ(APA,1980)において感情(気分)障害のカテゴリーに位置づけられて以来,四半世紀以上を経た今もわが国の精神科臨床にはいまだ定着していないのではないかと思われる。それは,同じくDSM-Ⅲにおいて新たに登場し,いまや広く人口に膾炙するようになった「パニック障害」や「外傷後ストレス障害(PTSD)」,あるいは「社会不安性障害(社会恐怖)」などの病名と比べると対照的である。精神医学の専門誌でも,うつ病の特集は頻繁にあっても,気分変調症にスポットを当てた特集は稀ではないだろうか(欧米においても chronic depression の特集号で扱われることが多いようである)。

定着・浸透しないのには理由があるだろうということで、次のような話に展開します。

必ずしも操作的な診断基準に厳密であることを要請されない臨床の現場では,とりあえず「うつ病」という包括的な病名をつけておけば事足りるという事情もあろう。しかし一方では,「うつ状態」ではあっても「うつ病」と診断をつけるにはどうかと思う,とはいえ「軽症うつ病」というほどには治りやすくはなく,年余に及ぶ経過をたどっており,治療者にしてみればむしろ重い症例をみた際,いまだ旧来の「抑うつ神経症(depressive neurosis)」や「抑うつ性人格(depressive personality)」の診断のほうが患者の見立てに適していると考えながら,あえてカルテの保険病名欄には「気分変調症」と表向きの診断名を記す精神科医も少なくないのではないだろうか。

そう思います。

よく知られているように,DSM-Ⅲの作成にあたっては,1970年代までの力動精神医学の語法から身体医学的(いわゆる生物学的精神医学の)語法への転換が意図されたが,いくつかの妥協も余儀なくされた。結果的には,病因論を一旦棚上げにして,従来の精神疾患の分類カテゴリーに変更を加えることで,その生物学的基盤を示唆するに止める,すなわち薬物療法の対象となることを示すという方針がとられた。気分変調症(性障害)においては,慢性に経過し,しかし「大うつ病」の診断基準を満たすほど重症ではない抑うつ症候群をすべて包含しながらも,「いわゆる抑うつ神経症」という但し書きを付けるという,いわぱ場当たり的な処置がとられたようにみえる。これに対しては,「心因性あるいは神経症性の感情障害あるいは感情障害の神経症的部分については,わずかにDysthymiaという軽症型の記述概念で暗示するに止めている」と笠原(1991)が批判した通りであろう(気分変調症の概念確立に貢献したAkiskal(2001)自身は,笠原による日本のうつ病患者の記述にも注目していた)。その後,DSM-Ⅲ-R(APA,1987),DSM-IV(APA,1994)と改訂を経るに従い慢性化,あるいは部分寛解した大うつ病や双極性障害は含まれないようになったが,最初にDSM-Ⅲにおいて大うつ病の除外診断かのような曖昧な診断基準が提示されたおかげで,日本の精神科医にとって気分変調症の概念がいささか馴染みにくいものになってしまったことは否めない。

そうです。

そもそも,なぜdysthymiaの邦訳が「気分変調症」なのであろうか。dysthymiaとは,語源的にはギリシャ語で「機嫌が悪い・気持ちがふさぐ」ことを意味し(Hippocratesによるメランコリー気質の記載にまで遡るらしい),1863年にKahlbaumがメランコリーの慢性型として記述したのが最初であるという(Freeman,1994)。ならば,「気分変調」の字義が「気分が乱れている」というニュアンスを与えるよりは,気分循環症cyclothymiaと対照をなすために「気分低調症」や「気分不調症」,あるいは「うつ停滞症」としても良かったのではないだろうか。邦訳にあたってどのような経緯があったかは不明だが,Schneiderの高弟,Weitbrechtが1950年代に提唱したendoreaktive Dysthymie に対してすでに「内因反応性気分変調症」の訳語があてられていた(「気分失調症」!とも訳された)ことを受け継いだのではないかと推測する。

気分低調症は分かりやすいですね。

夭逝した精神病理学者,樽味(2005)は,今日の青年期うつ病にみてとれる不全感と倦怠,回避と他罰的な感情が,従来の執着気質を病前性格とする中高年層の「メランコリー親和型」うつ病とは異質の精神病理より構成されることを指摘し,「ディスチミア親和型」うつ病と命名した(気分変調症に併発したdouble depressionのことではない)。これは,同様の非典型的なうつ病に対して提唱された「逃避型」あるいは「未熟型」うつ病の概念とも重なるが,うつ病患者に対するより洗練された臨床上の要請として(それらの患者に休養と服薬を勧めるだけではしばしば慢性化し,それこそ気分変調症へと「くすんでゆく」ことを樽味は看破した),従来の「メランコリー」に対比させて,DSMのdysthymiaという用語を利用したものである。樽昧の命名にはわが国の精神科医がdysthymiaという言葉によって喚起するいメージ(ある種の「弱力性」を示唆する)がよく反映されている。それは,前述したような,「うつ病」よりもいまだに「抑うつ神経症」や「抑うつ性人格」の診断名のほうがしっくりとくると感じる臨床現場の感覚にも通じている。

そうかな?

本稿では,まずDSM体系の枠組み,すなわち標準的な精神医学の範疇において,dysthymia概念の登場以降,明らかになった病態の輪郭とその治療選択について概説する。そのうえで,われわれの日常臨床の現場に視点を据えてdysthymiaに対する精神療法の在り方を論じたいと思う。著者自身は,dysthymjaは「ディスチミア」と英語読みするほうが適切と考えるが,ここでは教科書的に「気分変調症」の呼称で統一しておく。結論を先に述べると,現在の操作的診断基準に従って臨床の現場より抽出される気分変調症は大うつ病やパーソナリティ障害と明瞭な境界線を描き得ず,さまざまな異種の障害や問題を背景にした症候群に違いない。しかしながら,その中核群は,恐らくは内因性感情障害と生物学的に共通する素因を有すると考えられ,決して「軽症」の抑うつ状態ではない。このことをまずは肝に銘じて患者と対峙すべきであろう。

「dysthymiaの中核群は,恐らくは内因性感情障害と生物学的に共通する素因を有すると考えられ,決して「軽症」の抑うつ状態ではない。」ということで、考えてみましょうということになります。

Ⅱ 気分変調症の概念はいかに生じたか-Akiskalの研究より-

やっぱり、アキスカル先生。

Akiska1(2001)によれば,気分変調症の概念は決して目新しいものではなく,すでにKraepelinが生涯続く抑うつ的な気質が躁うつ病と関連することを認めていたという。その気質は,躁うつ病患者家系の非発症者にみられ,また躁うつ病患者の病前にも観察されることを指摘していた。しかし,その後,そのような持続性の非精神病性うつ状態は,抑うつ神経症あるいは抑うつ性人格と呼称され,神経症もしくはパーソナリティ障害圏内の病態に長く位置づけられてきたことは周知の通りである。これに対して,Akiskalら(1978)が,1970年代にテネシー州メンフィスにおいて抑うつ神経症と診断された患者の詳細な追跡研究を行った結果,従来の抑うつ神経症の疾病概念を覆す注目すべき結果が得られた(といっても,当時,大抵の臨床医は薄々感づいていたことであったが)。すなわち,3~4年後の再評価時には36%がメランコリー型うつ病を発症し,さらにその半数(全体の18%)が双極性障害へ診断が変わっていた。一方,性格的な特徴が引き続き認められた者(すなわち抑うつ神経症)は24%に過ぎなかった。それゆえ,「神経症性うつ病の概念を診断として用いることは臨床的にはもはや意味がない」と断じた。この他にも抗うつ薬に対する反応性,感情障害の家族歴,REM睡眠潜時などの生物学的指標等において内因性の感情障害と同様の傾向を示すことを明らかにし,それまでの内因性うつ病対神経症性(心因性)うつ病という二項対立的な診断分類に異議を唱えた。以上のように,Akiskalは,慢性軽症うつ状態と内因性感情障害が生物学的に連続している可能性を主張したのである(彼-内戦が勃発する前にレバノンから米国に移住した精神科医である-はKraepelinismの継承者であると自認している)。一方,DSM-Ⅲでは,Akiskalらの研究成果を受けて,慢性軽症うつ状態に対して気分変調症性障害の診断名を冠し,感情障害のカテゴリーに含めたものの,前述したようにかなり包括的な診断基準を提示してしまった。そのため,気分変調症にはさまざまな異種の疾患が含まれてしまうことが指摘された(古川,1998)。

「慢性軽症うつ状態と内因性感情障害が生物学的に連続している可能性」です。

そうした批判に答えるために,Akiskal(1983)は,慢性うつ病の亜型分類を提唱し,そのなかで彼の考える(狭義の)気分変調症の概念を改めて強調した(表1)。それによると,慢性軽症うつ状態のうち,原発性の大うつ病や感情障害以外の精神障害,あるいは難治性の身体疾患に続発したうつ病態を除外した一群であり,典型的には思春期から青年期早期かけて徐々に発症し,数年の経過を経た後,大うつ病エピソードが重複する。しかし,大うつ病が軽快しても,病前の抑うつ状態に戻るだけである。こうした患者の大部分(慣習的に‘characterologic depression’と呼称している)は薬物療法に反応しにくいと指摘されてきたが,Akiskalは薬物反応性の相違からさらに2つの亜型に分類した。そのひとつは,性格スペクトラム障害(character-spectrum disorders)であり,この群の患者は薬物療法によって目ぼしい効果が得られず,うつ病エピソードが併発してもメランコリー型の特徴を示さない。むしろ,依存性,演技性,反社会性,あるいはシゾイドなどのパーソナリティ障害の傾向が認められ,薬物やアルコールに依存する傾向もあり,家族内にも同様の傾向がみられる。他方は,亜感情障害性気分変調症性障害(subaffective dysthymic disorders)と呼ぶー群であり,抗うつ薬や気分安定化薬に反応するが,時に軽躁状態が誘発される。双極性障害の家族歴もしばしば認めることから,この群の一部は双極性障害と生物学的背景を共有するとAkiskaiは考えた。Akiskalの主張を受け入れてDSM-Ⅲ-R(APA,1987)およびDSM-Ⅳ(APA,1994)では,早発性(early onset)と晩発性(late onset)の2つの亜型分類を設けたが,代わりにペシミズム,失快楽,罪悪感といった認知的症状,すなわち神経症的な表現は弱くなった。DSMⅣでは付録に診断基準の代案(表2)を収載し,代案の表現のほうが「気分変調症の特徴を表しているようである」として,議論が紛糾したことを匂わせている。

そうです。

表2
Akiskal(1983)による慢性うつ病の亜型分類
DSM-Ⅳ(APA,1994)の付録に収載された気分変調症性障害の診断基準Bの代案。
本文の診断基準よりも「気分変調症性障害の特徴を表わしているようである。しかしながら,これらの項目が気分変調性障害の公的な定義に採用されるためには,それを裏付ける証拠がさらに必要である」とコメントされており,症状によって気分変調症を特徴づけることの難しさを物語っている。

2年間の抑うつ期問中に以下の3つ,またはそれ以上が存在する。
1)低い自尊心または自信,または不適格であるという感覚
2)ペシミズム,絶望,または希望を失っている
3)全般的に興昧や喜びを失っている
4)社会的なひきこもり
5)慢性的な倦怠感,または疲労感
6)罪悪感,過去をくよくよ考える
7)苛立ちの自覚,または過度の怒り
8)低下した活動性,効率,生産性
9)思考の困難か集中力低下,記憶力低下,または決断困難に反映される

 

Ⅲ 気分変調症は,性格か,病気か

 

その後の気分変調症の研究の成果は,おおむねAkiskalの見解を支持している(The WPA Dysthymia Working Group,1995;古川,1998;Akiskal,2001)。操作的診断基準を用いた疫学調査では,一般人口における有病率は約3%であり,大うつ病と同様,女性に多い。大うつ病の併発はきわめて高率であり,実に90%を越える患者がいずれかの時点で大うつ病を重複するという。この傾向は,早発性の気分変調症患者に強い。身体症状を訴えて,プライマリケアを受診する患者の中にも気分変調症は多く紛れており,慢性疲労症候群や筋線維症のような機能的身体症状群(心身症)を併発するものが多いことも明らかになった。一方,パーソナリティ障害も高率に併発しやすく,その率は大うつ病よりも高いと報告されている。注目すべきは,気分変調症が決して「軽症うつ病」ではなく,重大な社会機能の障害を生じるという点であろう。それは大うつ病単独の患者よりも重いとする報告もあるし,double depressionの患者の回復は大うつ病単独の患者よりも芳しくないことが指摘されている。無論,予後は良いとはいえず,大部分の患者の症状が自然軽快することはないとされる。

予後は良いとはいえず、ということです。

以上のように,抑うつ神経症や抑うつ性人格に代わる疾患概念として登場した気分変調症であったが,現在に至るも,大うつ病およびパーソナリティ障害との境界は明確にはなっていない。とくに後者は早発性気分変調症との鑑別が実際上は困難であり,そもそも両者を区別することに意味があるのかという議論も生じた(古川,1998)。DSM-IV(APA,1994)では付録に抑うつ性人格障害の研究用基準案も掲載し,一応の区別を示唆しているが,「(気分変調症の)人格障害の特徴を評価することが困難である」と認めざるを得ない。結局のところ,気分変調症とは異種の病態を背景にした慢性抑うつ症候群としか語れないことになるが,このようなことは操作的診断基準に依拠する限りは常に起こりうるものであろう。

「気分変調症とは異種の病態を背景にした慢性抑うつ症候群としか語れないことになるが」ということで、ここからまた議論が始まるわけです。

Akiskalも,そのようなジレンマを強く感じているのであろうか,さらに多くの生物学的指標を取り込んで,気分変調症をより生物学的な感情障害のスベクトラムのなかに位置付けようとしている(Niculescu&Akiska1,2001)。とくに近年の彼は,‘soft bipolar spectrum’の概念によって,躁うつ混合状態や抗うつ薬による躁転,あるいは非定型うつ病のみならず,情緒の不安定性で特徴付けられる境界性パーソナリティ障害までも双極性障害と生物学的に連続する広範なスペクトラムに包含しようとしており(Akiskal,2005),うつ病親和的な性格(character)も生物学的な気質(temperament)に起因するとみなすことで「性格か病気か」の命題を乗り越えようとしているようにみえる(他方,幼小児期の喪失体験や養育環境の影響を無視しているわけではない)。それには,1990年代以降,パーソナリティ障害の治療にも選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や抗けいれん性気分安定化薬が広く用いられるようになったことが影響しているのかもしれない(したがって,薬物反応性の有無による気分変調症の亜型分類は修正された)。

どのように理解したらいいかも、難しい。

いずれにせよ,Akiskal(2001)が再三強調する典型的な気分変調症(先に亜感情障害性気分変調症と呼んだ亜型を最近ぱ‘lethargic’もしくぱ‘anergic’typeと呼んでいる)とは,Schneider(1934)が抑うつ精神病質depressive Psychopathieとして記述した常に陰うつで,悲観的に考え,自分を責め,何事も楽しむことのできない厭世的・懐疑的な人物像と等しく,生物学的にはKraepelinが着目したようにメランコリー型大うつ病や双極I型障害と共通する素因がパーソナリティ的特性として表現されたものである。彼らは,堅苦しく,生真面目で,融通が利かず,抑制の強い人たちであり(Schneider(1934)は,同時に易刺激的で不機嫌なタイプや邪推深く関係妄想を抱きやすい夕イプもあることを指摘しているが),自我の発達が未成熟なパーソナリティ障害とは本来区別されるという。なお,Akiskal(2001)は,Tellenbachのメランコリー親和型性格や下田の執着気質にも無私のごとく仕事に没頭する点において気分変調症と共通する要素を認めているふしがあるが,この点についてはわが国の精神科医とは見解が異なる(最近,津田(2005)がうつ病とパーソナリティの関連についてAkiskalのsoft bipolar概念に言及している)。

なるほど。

IV 気分変調症に対する精神療法は無効か

無効ということはないだろうけれど。

その概念には不明瞭さがいまだ残るとはいえ,DSMⅢにおいて気分変調症が感情障害のカテゴリーに位置付けられて以来,その治療は,三環系抗うつ薬,モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬,およびSSRIなどの抗うつ薬による薬物療法が主流である。その有用性は統制された無作為化試験(RCT:randomized controlled trial)の結果からも支持され,ガイドラインは長期間の投与に耐容しうるSSRIを第1選択薬として推奨している(古川,1998;Akiskal,2001)。しかも,気分変調症も大うつ病の場合と同じ程度の十分な用量を投与する必要がある。興味深いことに,benzamide系化合物,amisulpride(欧州で認可されている非定型抗精神病薬)の有効性も報告されており(抗うつ薬と比較して効果の発現が速いらしい),わが国の抑うつ神経症の臨床では同じ化合物に属するsulpirideがお馴染みであったことが思い起こされる(Akiska1,2001)。

効く薬もあるということ。

一方,気分変調症に対する精神療法単独の有効性については,否定的な研究結果が多く,とくに薬物療法と比較した場合に劣性は明らかである。しかし,それは必ずしも心理社会的介入を否定するものではない。実際,薬物療法が有効とはいっても,抗うつ薬による気分変調症の寛解率はせいぜい50~60%であることを考えると,とくに治療抵抗性症例において心理社会的な支持は不可欠である。1995年に世界精神医学会のワーキンググループが発表した論文では,そのことを踏まえて,気分変調症に対する心理社会的治療は単独よりも抗うつ薬と併用しながら用いるべきであると提言している(The WPA Dysthymia Working Group,1995)。

抗うつ薬と併用しながら、ですね。もともとが長期に渡る疾患ですから、簡単にはいきません。

ところが,薬物療法と精神療法の併用が薬物療法単独よりも果たして本当に有効なのかについて,近年の研究は懐疑的なデータを示している。AmowとConsantino(2003)は,気分変調症に対する薬物療法と精神療法の併用効果について検討した4つの研究を紹介しているが,なかでももっとも規模が大きい研究は,Browneら(2002)が報告した700名を超える気分変調症患者に対するsertraline(日本は未認可のSSRI),12週間の対人関係療法,および両者の併用療法のRCTである。対象患者はプライマリケアを受診した者から組み込まれ,1/3がdouble depressionであった。治療は6ヵ月間実施され,以後,18ヵ月間の自然経過が評価された結果,治療終了の6ヵ月の時点で反応率は対人関係療法単独が47%,sertraline単独が60%,両者の併用が58%であり,2年の時点でも同様の傾向を認めた。この他に比較的小規模な研究結果(併用されたのは,対人関係療法,グループ認知行動療法,認知対人関係グループ療法など)とも併せて,ArnowとConsantino(2003)は,抑うつ症状の軽減に併用療法が確かに優れているとはいえないけれども,脱落率や機能的改善,あるいは治療抵抗性症例に関しては,なお併用療法の有用性を示唆している。

厳しいですね。

気分変調症の精神療法研究の第一人者であるMarkowitzら(2005)も,大うつ病を重複していない‘pure’な気分変調症患者に対する対人関係療法,短期支持的精神療法,sertraline,およびsertralineと対人関係療法の併用療法の効果を比較したが,やはりsertrahe単独と対人関係療法との併用療法との間に有意の差は認められなかった(反応率は56~57%)。ただ併用療法のほうが薬物単独と比較して寛解率がわずかに高いことと対人的機能に改善がみられたことから,「薬物が気分変調症治療の第一段階,精神療法はなお重要な補助的な治療である」と結論している。

こうなると、精神療法とは何か、となりますね。

以上のような,主に北米より報告された研究は,薬物を処方する医師と精神療法を実施する臨床心理士が完全にスプリットした状況下で行われたものであることに注意しておきたい。米国では,大部分の精神療法の担い手がすでに精神科医から臨床心理士,看護師,あるいはソーシャルワーカーヘと移っていることを反映しているのだが,スプリットした治療構造下に薬物療法と精神療法を並行して行っても真の意味での併用療法といえるのだろうかという疑問が起こる。そもそも慢性の経過をたどり社会的機能の低下も深刻な気分変調症に対して期間限定の短期精神療法である対人関係療法や認知行動療法の効果を計ること自体に無理があるのではないか。実は,これらの研究デザインは,米国の医療を支配しているマネジッドケアの現況と深く関わっており,精神療法の併用に関して否定的なデータであるにもかかわらず,なお著者がその有効性にこだわっているあたりに,彼らの苦衷がうかがえる。「マネジッドケアは患者の話をただ傾聴するという精神療法の基本すら認めない」と米国の精神療法家の嘆きは深い(Clements et al,2001)。

期間限定の短期精神療法は当然、dysthymiaとは相性がよくないわけです。

V われわれは気分変調症にいかに対応すべきか

できることも限られていますが。

幸いわが国の精神科医は,まだ薬物療法と精神療法とを一個人の中で統合できる立場にある。佐藤ら(1998)は,気分変調症に対して精神療法が必要な理由について,①高率に併発するパーソナリティ障害への対応,②抗うつ薬の効果が必ずしも十分ではないこと,③病因論的に異種の病態であることを挙げているが,これに加えて気分変調症が決して「軽症」とはいえないことを考慮すると,実際の治療の現場においては薬物療法と精神療法とを切り離して考えるわけにはゆかないであろう。

そうです。

ここでいう精神療法とは,広義のそれを意味し,治療全体の土台をなす非特異的な治療促進因子として機能しうる要素である。とくに強調したいのは,薬物療法を支える基本的な精神療法的態度の重要性であり,現実には治療者-患者関係のありよう(ラポール)が薬物のプラセボ効果として反映される(黒木,2005)。故樽味(2005)は,慢性うつ状態に対する薬物処方が,しばしばさまざまな抗うつ薬と抗不安薬による多剤併用へと発展し,必然的にいわゆる薬理学的彷徨の様相を呈しはじめると,それが患者の心的弾力性の風化を促してしまう(結果として彼らの認知的症状をさらに強化してしまう)危険性を指摘した。それを予防するのが,彷徨の途中に差し挾まれる「精神療法的補完作業」(たとえば,「主役は抗うつ薬ではなく,あくまで受療者自身であること」を躁り返し確認することなど)であると樽味は説いたが,プラセボ効果が精神療法的補完作業を担うと願うことは無理だろうか。いずれにせよ,初診時の処方をめぐる患者との対話において薬物療法が彼らの自尊心をさらに貶めないという処置と確認をしておくことが,その後の薬理学的彷徨の弊害を最小限に食い止めるコツかもしれない。すでに薬理学的彷徨の末に荒野より立ち現われたような患者の場合はどうするか(大学病院では,その種の紹介患者が少なくない)。その場合は彷徨の終結準備,すなわちとりあえず減薬を提案することができるであろう。しかし同時に,これまでの彷徨の遍歴をただの徒労であったと要約せぬこと,薬理学的履歴の調査を患者との共同作業として行うこと,さらに抗うつ薬の減薬・中止に伴う離脱症候群を予防することなどの配慮が必要である(慢性うつ状態に対する薬物療法では,向精神薬の耐性や依存,離脱症状に関する知識を身に付けておきたい)。

まあ、あまり勇ましいことは言えないという現状です。

気分変調症が異種の病態を背景とした症候群であることは,前述した通りであるが,その推定される病因・病態別の治療的対応はまだ確立していない。著者は,意外と先に述べたAkiskalの生物学的な見解が役立つのではないかと考えている。まずは彼が提唱するsoft bipolar spectrumに該当するような症例の存在に注意しておくと良い。その診断と治療に関しては,これまた図らずも,最近,神田橋(2005)が達人の極意を教示しており,是非参考にされたい。氏によれば,双極性障害の患者は「気分屋的に生きれば,気分は安定する」のであり,自己の感情を言語化するような内省行為は不得手である。一方,Akiskalのいう気分変調症の中核群へはどう対応したら良いのだろうか。患者は,下田の執着気質やTellenbachのメランコリー親和型性格に通じる極めて堅苦しい頑固さをパーソナリティ的特性として表現しており,他人との情緒的な交流が苦手である。しばしば過度の責任感を担い,自責的になる。彼らとの面接は重苦しく,治療者に耐え難い閉塞感をもたらすが,そういう場合は「貧乏性ねえ」とやさしく揶揄して一息つく。しかし対話によって喜びや楽しみの感情を誘発しようとしても成功することはなく,事実,彼らは自身の生活においても休息や娯楽,気分転換に馴染まない。ならば,仕事に没頭させ,他には目もくれず,罪悪感を内向させないですむような厳格な生活スタイルを維持できるように環境を整えることが次善の策ではないかと思う。無私・忘我の生活である。しかし,それでは先々なんらかの心身症(仮面うつ病)を起こしてくるのではないかという懸念もある。dysthymiaからalexthymiaへの移行では洒落にもならない。したがって,理念的にはその中間を狙って,自分の心身の状態よりも仕事そのものの意義や価値を彼らが夢中で語り,かつ体への労わりも忘れないという状態を治療目標に描いてみてはどうだろうか。

なかなか。

中核群の患者がSSRIを服用していると,時に職場でのテンションが高くなりすぎて,周囲の人々との衝突が増えることがある。薬物誘発性の軽躁状態であるが,放っておくと自己の地位や既得権に異様に執着しはじめ,被害的,他罰的な言動が目立つようになるので,牽制する必要が出てくる。患者自身も,大抵はその状態を心地良くはないと感じている。自分が怖いという者もいる。自覚的には「躁うつ混合状態」という表現がしっくりとくる様子なのは,SSRIによって心身がバランス悪く駆動されている感覚があるからであろう。これもあらかじめ副作用として生じてくる可能性を言及しておくと,予防しうる。最後に,Akiskalが示唆したように気分変調症は生物学的には内因性感情障害と連続性を有している可能性があるという点を改めて強調しておきたい。したがって,面接の場面でも患者の身体的表現型の評価が重要である。それは,目の輝き,皮膚の色つや,口唇の乾き具合,声の高さ,手掌の発汗,歩き方や立ち居振る舞いなどに現われるので,見逃してはいけない。これらの「生物学的指標」は回復の指標となる。認知的症状や社会的機能の程度ではなく,意識的努力によって変化させがたい指標をもって,病の回復の度合いを測定すべきであると神田橋(1986)も教えている。謝辞:神庭重信教授(九州大学大学院医学研究院)のご助言とご指導に深謝致します。

本当なら樽味先生が書くはずの原稿だったのだろうなあ。

文献
Akiskal HS(1983)Dysthymic disorder:psychopathology of proposed chronic depressive subtype.Am J Psychiatry 140;11-20. Akiskal HS(2001)Dysthymia and cyclothymia in psychiatric practice a century after Kraepelin.J Affect Disord 62;17-31.
AkiskalHS(2005)The dark side of bipolarity:detecting bipolar depression in its pleomorphic expressions.J Affect Disord 84;107-115.
Akiskal HS,Bitar AH,PuzantianvRetal(1978)The nosological status of neurotic depression:a prospective three-to four-year follw-up examination in light for the primary-secondary and unipolar-bipolar dichotomies.ArchGenPsychiatry35;756-766. AmericanPsychiatricAssociation(1980)Diag-nosticandStatistical Manual of Mental Disorders third edition.American Psycatric Press,Washington DC.
American Psychiatric Association(1987)Diag-nosticandStatisticalManuaLofMental Disrders third edition revision.American PsycatricPress,Washington DC. American Psychiatric Association(1994)Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders fourth edition.American Psycatric Press,Washington DC.(橋三郎・大野裕一染矢俊幸訳(1996)DSM-Ⅳ精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院)
ArnowBA,ConsantinoMJ(2003)Effectiveness of psychotherapy and combination treatment for chronic depression.J Clin Psycho 159:893-905. Browne G,Steiner M,Roberts J et al(2002)Sertraline and/or interpersonal psychotherapy for 325 patients with dysthymic disorder in primary care:6 month comparison with longitudina 12-year follow-up of effectiveness and costs.J Affect Disord 68;317-330.
Clements NA,MacKenzie KR,Griffith JL et al(2001)Psychotherapy by psychiatrists in a man-aged care environment:must it be anoxymoron?J Psychother Pract Res 10;53-62. FreemanHL(1994)Historical and nosological aspects of dysthymia.Acta Psychiatr Scand 89(supp1383);7-11.
古川壽亮(1998)気分変調症.(松下正明・浅井昌弘・牛島定信,他編)臨床精神医学講座4気分障害.pp.257-272,中山書店.
神田橋條治(1986)うつ病の回復過程の指標.精神科治療学,3;355-360.
神田橋條治(2005)双極性障害の診断と治療一臨床医の質問に答える一.臨床精神医学,34(4);471-486.
笠原嘉(1991)外来精神医学から.みすず書房.
黒木俊秀(2005)薬物療法における精神療法的態度の基本一処方の礼儀作法-.臨床精神医学,34(12);1663-1669,
MarkowitzJC,KocsisJH,BleibergKLeta1(2005)A comparative trial of psychotherapy and pharmacotherapy for “pure” dysthymic patients.J Affect Disord 89;167-175.
Niculescu AB,Akiskal HS(2001)Proposed endophenotype of dysthymia:evolutionary,chnical and pharmacological considerations.Mol Psychiatry6;363-366.
佐藤哲哉・成田智拓・平野茂樹,他(1998)気分変調症の精神療法.臨床精神医学,27(6);653-663.
SchneiderK(1934)Psychiatrische vorlensungen fur Arzte,Georg Thiemeverlag,Leipzig.(西丸四方訳(1977)臨床精神病理学序説.みすず書房)
樽昧伸(2005)現代社会が生む’‘ディスチミア親和型’・.臨床精神医学,34(5);687-694.
津田均(2005)うつとパーソナリティー.精神神経学雑誌,107(12);1268-1285.
The WPA Dysthymia Working Group(1995)Dysthymia indinical practice.Br J Psychiatry166;174-183.



共通テーマ:健康

The Medical Management of Depression NEJM2005 REVIEW ARTICLE-2

※MOOD STABILIZERS

※気分安定薬

Lithium is an antimanic agent and, as a mood stabilizer, prevents the recurrence of mania or depression. It may be superior to placebo for bipolar depression but not for major depression.

翻訳 リチウムは抗躁薬であるが、気分安定薬として躁状態・うつ状態の再発を予防する。また、双極性障害(躁うつ病)に対して偽薬に比べて優れているが、大うつ病には効果が無い。

(6-1)気分安定薬は双極性には有効、しかし大うつ病再発防止には効果がないという意味。わたたしはあると思っているけれど、どうなんでしょう。

Lithium is an effective augmenting agent, and the condition of roughly half the patients who do not have a response to a single antidepressant improves when lithium is added.

翻訳 リチウムは附活剤として効果が高い。単独の抗うつ薬を服用しても反応が無い患者に対して、抗うつ薬にリチウムを加えるとおよそ半数の患者に改善が見られる。

The anticonvulsant lamorrigine reduces glutamatergic activity and has been used as an augmenting agent in major depressive disorder and for treating and preventing depressive relapse in bipolar disorder.

翻訳 抗けいれん薬lamorrigineは、グルタミン酸の作用を低減させるため、大うつ病の治療附活剤として、また両極性障害(躁うつ病)のうつ状態の再燃予防に使用されている。

Lamouigine can induce severe skin reactions, including the Stevens-Johnson syndrome and toxic epidermal necrolysis, although gradual dose titration appears to reduce the risk.

翻訳 Lamouigine はスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)、表皮壊死といった重大な皮膚の反応を誘発することがある。しかし、投与量を次第に増やしていくことで、リスクを低減できるようだ。

(6-2)漸増法です。

Other mood stabilizers, including the anticonvulsants valproic acid, divalproex, and carbamazepine, are used to treat mania in bipolar disorder.

翻訳 その他の気分安定薬として、抗けいれん薬のバルプロ酸、divalproex やcarbamazepineが双極性障害(躁うつ病)の躁病治療薬として使用されている。

(6-3)躁病にブレーキをかけるには、薬がとても有効です。

Divalproex or valproate may prevent a recurrence of bipolar depression.

翻訳 Divalproxあるいはvalproateは、双極性障害(躁うつ病)の再発を予防する。

(6-4)予防的服用が大切だと、最近は強調されています。躁病は社会生活も人間関係も破壊するからです。

※ANTIPSYCHOTIC AGENTS
※抗精神病薬

Typical antipsychotic agents (e.g.,chlorpromazine,fluphenazine, and haloperidol) block the dopa-mine D2 receptor, whereas "atypical" antipsychotic agents (e.g., clozapine, olanzapine,risperidone,quetiapine, ziprasidone, and aripiprazole), like nefazodone, act as 5HT2A antagonists.

翻訳 定型的な抗精神病薬(例:chlorpromazine、fluphenazine、haloperidol)は、ドーパミンD2受容体を阻害し、一方、非定型抗精神病薬(例:clozapine,、olanzapine、risperidone、 quetiapine、 ziprasidone、aripiprazole)は、nefazodoneと同じように5HT2A拮抗薬として作用する。

Antipsychotic drugs are combined with antidepressants to treat depression with psychotic features.

翻訳 抗精神病薬が抗うつ薬と併用されるのは、精神病性の症状を伴ううつ病を治療するためである。

(6-5)精神病性の特徴とは、多くの場合、現実把握の低下症状を指しています。たとえば、幻覚や妄想です。

Atypical antipsychotic drugs are also used for treatment-resistant major depression and bipolar depression.

非定型抗精神病薬もまた、治療抵抗性の大うつ病と双極性障害(躁うつ病)に利用されている。

Although atypical antipsychotic drugs have a more favorable side-effect profile with respect to parkinsonism, akathisia, and tardive dyskinesia,some pose other risks, such as drug-induced arrhythmia, diabetes, weight gain, and hyperlipidemia.

しかし、非定型抗精神病薬の方が、パーキソニスム、アカシジア、遅発性ジスキネジア、その他薬剤誘発性不整脈、糖尿病、体重増加、高脂血症等の副作用のリスクは低めである。

(6-6)非定型薬は第二世代とも呼ばれ、副作用が少ない。

================
OVERALL THERAPEUTIC STRATEGY
================

治療の総合的戦略

Patients who present with the complex, variable clinical picture of major depressive disorder and bipolar disorder may require a multimodal approach that includes pharmacotherapy, education, and psychotherapy.

翻訳 患者が、大うつ病と両極性障害(繰うつ病)の入り組んだ様々な臨床像を示す場合、薬物療法、教育的指導、そして精神療法を含む多方面の方法が必要となるだろう。

Treatment requires the monitoring of clinical responses, including suicidal ideation or behavior and side effects.

翻訳 治療に際しては、自殺念慮や自殺に及ぶ行動、そして副作用を含む臨床的反応を観察する必要がある。

To encourage adherence to therapy, education of both patients and their families must emphasize the fact that the effects of antidepressant medication take time.

翻訳 治療への専念を促すため、患者の両親と家族に対して、抗うつ薬治療の効果が現れるまでには時間を要することを特に啓発すべきである。

The average treatment duration for an episode is six months, and there is a high risk of future episodes; thus, both patients and their families must be made aware of these facts.

1つのエピソードについては平均で治療期間6ヶ月を要し、将来エピソードが再発するリスクも高い。そこで、両親および家族はこうした事実を認識する必要がある。

The treatment plan should take into account the patient's previous treatment outcomes,the mood-disorder subtype, the severity of the current episode of depression, the risk of suicide,coexisting psychiatric and somatic conditions, non-psychiatiic medications, and psychosocial stressors.

翻訳 治療計画立案については、以前の治療経過、気分障害のサブタイプ(亜型)、現在発生しているエピソードの深刻さの程度、自殺のリスク、付帯する心身両面の状態、他に服用している精神病薬以外の薬、そして心理社会的ストレスなどの側面を考慮すべきである。

(6-7)stressor ストレス原因 ですが、日本語としては上記でよい。

There are three phases of treatment: the acute, continuation, and maintenance phases.

翻訳 治療には急性期、継続期、維持期の3相がある。

()いつもの図です。

※ACUTE PHASE
※急性期治療

The treatment goal in the acute phase is remission--- the induction of a state with minimal symptoms ---in which the criteria for a major depressive episode have abated and marked improvement in psychosocial functioning has occurred, on the basis of reports from the patient and the patient's family.

翻訳 急性期治療の目的は、寛解である。寛解とは、症状が最小限にとどまり、大うつ病エピソードの診断基準に挙げられた症状が緩和され、社会心理的機能に顕著な改善が見られ、それが患者自身と家族の報告に裏付けられることである。

(7-1)remission 寛解:一時的部分的改善 recovery 回復:完全改善

Figure 2 presents a basic algorithm for the acute phase of treatment of a major depressive episode in a patient with major depressive disorder, on the basis of the current literature and treatment models, which were developed as part of several large-scale studies of treatment algorithms.

翻訳 図2に、大うつ病エピソードの急性期における基本的な治療アルゴリズムを示す。これは、既存の文献および治療モデルを土台にしており、治療アルゴリズムに関する大規模な研究活動数種の一部として開発されたものである。

Hospitalization is needed if symptoms are severe (dehydration, delusion and psychomotor agitation) and there is a risk of suicide (previous suicide attempts or current plan for suicide).

翻訳 重症例では入院治療を要し、脱水症、妄想、精神運動性激越といった症状の場合があげられる。また自殺の可能性を有する(前回自殺未遂にとどまったか、現在自殺を計画している)場合も入院が必要である。

Antidepressants are the treatment of choice of moderate-to-severe episodes of depression.

翻訳 抗うつ薬は、中等度~重篤なうつエピソードの治療選択肢である。

Since most antidepressants that are used for major depressive disorder have similar effectiveness, the choice of medication depends on depressive symptoms (psychotic or suicidal), the history of responses to medication (including that of first-degree relatives), medication tolerability, adverse effects, and the likelihood of adherence.

翻訳 大うつ病に用いられる治療薬のほとんどが同等程度の効果を持っているので、うつの症状(精神病性または自殺に直結する症状)、治療への反応履歴(第一親等の家族を含む)、薬物治療への耐性、有害副作用、そして治療方針を遵守するかどうか、といった患者の状況と傾向に応じて選択の余地がある。

Other considerations are concurrent medical conditions, use of nonpsychiatric drugs, and cost of medication. Table 3 lists suggested first-line medications.

その他考慮すべき点は、合併症の有無、非精神病薬使用の有無、医療費などである。表3は、第一選択薬の推奨リストである。

SSRIs and other newer antidepressant drugs with a greater safety margin constitute first-line medications for moderate-to-severe depression,particularly for outpatients, for patients treated by primary care physicians, and for patients with cardiovascular disease.

翻訳 SSRIおよびその他の新規抗うつ薬は、安全域が非常に広く、中等度~重篤なうつ病の治療手段としては優先度が最も高い。特に、外来患者、プライマリー・ケアの医師から治療を受ける患者、心血管系疾患が併存している患者に第一選択である。

Depression in persons 65 years of age or older generally requires relatively Iow doses of antidepressants, and SSRIs appear to be preferable to nonselective norepinephrine-reuptake inhibitors, such as tricyclic antidepres-sants, because of the lower risk of anticholinergic and cardiovascular side effects.

65歳以上のうつ病患者に対しては、通常比較的低用量の抗うつ剤を投与する。たとえば三環系抗うつ薬のような非選択性NRI(ノルエピネフリン再取り込み阻害薬)よりもSSRIが適するようだ。抗コリン作用と、心血管系疾患への副作用のリスクが低いからである。

The acute treatment phase usually lasts 6 to 10 weeks (Table 1).

急性期の治療期間は通常6~10週間である。(図2)

The patient should be evaluated weekly or twice monthly by the treating physician until substantial improvement is achieved.

症状が十分に改善するまで、患者は毎週あるいは隔週ごとに治療者の診察を受けるべきである。

The decision to increase the dose, change the medication, or add another mediations is modeled in Figure 2.

翻訳 薬の用量増加、種類変更、種類追加の判断については、図2に示す。

Outpatients at risk for suicide should not be given large supplies of antidepressant drugs that could not be lethal in the case of an overdose (Talbe1.)

翻訳 自殺のリスクがある外来患者には、大量の抗うつ薬を処方すべきではない。飲み過ぎた場合にも死に至らないようにするためである。(表1)

表2
図2
表3

※MONITORING TREATMENT RESPONSE
※うつ病薬物治療に対する反応のモニタリング

The response of patients to treatment requires systematic monitoring.

うつ病の薬物治療に対する患者の反応については、系統的なモニタリングを要する。

A practical set of criteria include nonresponse, a decrease in baseline severity of 25 percent or Iess; partial response, a 26 to 49 percent decrease in baseline severity; partial remission, a 50 percent or greater decrease in baseline severity (residual symptoms); and remission, an absence of symptoms.

翻訳 実践的なモニタリング指標としては、「無反応」(基準となる重篤な症状の減少率が25%以下)、「部分的反応」(基準となる重篤な症状の減少率が26~49%)、「部分的寛解」(基準となる重篤な症状の減少率が50%以上、これを残遺症状と呼ぶ)、そして症状が見られなくなる「寛解」が含まれる。

Options for the evaluation of the response include rating scales (Table 4) and the global judgment of the treating clinician on the basis of patient and family reports.

その他の評価基準としては、表4に示す評価尺度や、患者とその家族の申告に基づき治療者が下す総括的判断基準がある。

The best predictors of outcome are improvements in anhedonia (loss of pleasure), psychomotor retardation, and loss of interest, which are assessed by asking questions that go beyond "depressed mood."

翻訳 予後の最重要因子は、無快感症(喜びの喪失)、精神運動抑制、興味の喪失である。これらを普通の「抑うつ感」のインタビューよりも細かく質問して評価する。

Suicidal ideation or risk of suicide, pessimism, guilt, and other changes in cognition may take Ionger to improve than vegetative symptoms, such as alterations in sleep or appetite.

翻訳 自殺念慮あるいは自殺のリスク、悲観的な考え方、罪悪感その他の認知症状の改善が認められるのは、睡眠パターンや食欲の変化といった自律神経的症状に比べやや時間を要するだろう。

If initial treatment is not tolerated or the response is unsatisfactory (< 50 percent improvement), a change in medication or approach is indicated.

初期治療に耐性が無いか反応が不十分(改善率50%未満)であれば、薬剤または治療方法の変更を要する。

Thirty to 50 percent of patients have substantial residual symptoms after adequate first-line treatment (Table 3).

30~50%の患者は、適切な第一選択薬(表3)による治療を受けた後でも、症状は残存する。

If there has been no improvement after four weeks of treatment with an adequate dose of a given medication, the ultimate response is almost certainly going to be inadequate.

いずれかの薬剤を4週間適量服用した後、何の症状改善も認められない場合には、患者の最終的な反応が思わしくないことはほぼ確実と見てよい。

Among patients receiving the same dose of a given drug, blood levels may vary by as much as a factor of 20 because of individual variations in drugmetabolism.

ある薬剤を同量服用しても、患者によっては血中濃度に20倍の差が生じることもある。これは、薬剤の代謝に個人差があるためである。

Such variations are caused by genetic differences, the effects of drugs on liver enzymes,and the effects of aging.

こうした差は、個人間の遺伝子的差異、薬剤が肝酵素に与える影響、年齢などによって生じる。

Before medications are switched, consideration should be given to the diagnosis, the medication dose, and adherence to the drug regimen.

投与する薬剤を変更する前に、下された診断、投与量、そして服用方法・用量を遵守したかどうかを検証しなければならない。

Coexisting medical conditions, alcoholism, substance-use disorder, or the use of nonpsychianic medications such as beta-blockers may also underlie treatment failures.

合併症、アルコール依存症、薬物乱用、あるいはβブロッカーといった非精神病薬の使用も、うつ病薬物治療の失敗につながるおそれがある。

Nonresponse to medication requires a treatment change (Fig. 2).

薬物治療に対し無反応の場合は、治療方法を変更する必要がある(図2)。

Switching to an antidepressant from a different pharmacologic class minimizes polypharmacy and reduces the risk of adverse drug interactions and side effects seen with combinations of similar drugs.

薬理学的分類を異にする抗うつ薬への変更は、多剤併用を避け、類似の薬剤による好ましくない相互作用と副作用のリスクを最小限にする。

The disadvantage of switching agents may be the loss of a possible partial response from the initial drug and a delay in the onset of antidepressant action from the second.

薬剤変更のデメリットを挙げるなら、最初に投与した薬剤の部分的な効果が失われること、そして変更後の抗うつ薬の効果が出るまでに時間がかかることだろう。

The initial medication may need to be tapered to avoid symptoms of discontinuation, such as nausea, headache, and sensory changes.

最初の薬剤の投与量は漸減する必要がある。これは、吐き気、頭痛、知覚変化といった中断症状を避けるためである。

()薬は急に増やしたり急に止めたりしないで、だんだん増やす、だんだん減らすようにしましょう。例外もありますが。

Switching from irreversible MAOIs to most other agents requires a minimum drug-free period of two weeks.

不可逆的MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)から、他の薬剤へ変更する際には最低2週間の断薬期間を要する。

Switching to a new antidepressant from the same pharmacologic class is one option.

薬理学的分類が同じグループの中の新しい抗うつ薬に変更するのもひとつの方法である。

Patients who do not have a response to one SSRI have a 40 to 70 percent chance of having a response to a second SSRI.

あるSSRIに無反応だった患者のうち、40~70%は、2番目に採用するSSRIに反応を示す可能性がある。

Another approach is the use of two antidepressants from different classes with complementary mechanisms of action to avoid loss of a partial response to the first medication.

もう一つのアプローチは、相互補完的な作用機序を持つ2番目の抗うつ剤を異なる薬理学的分類から選び、初めに服用した薬の部分的な効果を無駄にしないことである。

This approach increases the risk of drug interactions and new side effects, as well as the cost of treatment.

ただし、このアプローチの場合、薬物間相互作用、新たな副作用、治療費の増加といったリスクも伴う。

Augmenting antidepressant medication with other agents, so-called augmenting agents, that may enhance antidepressant efficacy avoids the transition from the first to the second antidepressant and builds on partial remission.

いわゆる附活薬剤によって、抗うつ薬の効果を補う方法であれば、1番目から2番目の薬剤への移行に際して効果が失われるのを防ぎ、部分的な寛解の足がかりともなる。

Lithium is a first-line augmenting agent.

リチウムは、附活薬剤の第一選択薬である。

Two to four weeks of lithium treatment are needed before the response can be assessed.

リチウムの効果を評価するには2~4週間を要する。

Lamotrigine is an effective augmenting agent for patients who do not have an adequate response to fluoxetine.

Lamotrigineはfluoxetineに十分反応しない患者にとって効果のある附活薬剤である。

Antipsychotic agents may augment the response in nonpsychotic major depression.

非精神病性の大うつ病に関しては、抗精神病薬が附活薬剤としての効果を発揮するかも知れない。

Thyroid supplements have been advocated even in the absence of clinical hypothyroidism for the purpose of enhancing antidepressant action.

甲状腺サプリメントは甲状腺機能低下症ではない場合にも、抗うつ作用を増進させるものとして推奨されてきた。

Modafinil is a stimulant and as an adjunct may alleviate residual sleepiness and fatigue.

Modafinilは興奮誘発剤であるが、残存する眠気と倦怠感を軽減する補助薬剤としても機能する。

Mood disorders with delusions or hallucinations respond better to an antidepressant-antipsychotic combination than to either alone.

妄想や幻覚を伴う気分障害については、単一のどの薬剤よりも、抗うつ薬と抗精神病薬の組み合わせが良い反応を示す。

Some patients with this constellation of symptoms will require electroconvulsive therapy (ECT), and almost all must be treated initially as inpatients.

翻訳 妄想や幻覚を伴う気分障害の場合、ECT(電気けいれん療法)が必要となる人もいて、その場合にはほぼ必ず入院で治療を開始する必要がある。

Benzodiazepines are used as an adjunct for anxiety and insomnia in 30 to 60 percent of cases, and in that group improve response and reduce the frequency of treatment discontinuation.

Benzodiazepinesは不安と不眠の治療に際して30~60%の割合で補助薬剤として用いられている。そして、この治療を受けるグループでは、反応が改善し、治療中断が少なくなる。

However, the drugs cause sedation, psychomotor and cognitive impairment, memory loss, and dependence and withdrawal syndromes and are associated with increased rates of falls, fractures, traffic accidents, and death among the elderly.

しかしながら、この薬剤に起因して鎮静作用、精神運動および認知機能障害、記憶障害、依存、退薬症候群が起こり、転倒、骨折、交通事故、高齢者の死亡の増加につながる。

The adjunctive use of benzodiazepines should be of limited duration to avoid dependence, and these drugs should be used with caution in the elderly and those with a history of alcohol or drug abuse or dependency.

benzodiazepinesの補助薬剤としての使用は、依存症を回避するため使用期間を制限すべきである。また高齢者やアルコール症や薬物乱用・依存症の病歴を持つに患者については使用に注意すべきである。

表4

CONTINUATION PHASE

うつ病の継続期治療

The continuation phase of treatment, generally lasting six to nine months after the induction of remission, aims to eliminate residual symptoms,
restore the prior level of functioning, and prevent recurrence or early relapse.

継続期の治療は通常、寛解状態に入った後6~9ヶ月をかけ、残存症状の除去、以前のレベルまでの機能回復、そして再発あるいは早期の再燃を防止する目的で実施される。

Residual symptoms (partial remission) are strong predictors of recurrence, early relapse, or a more chronic future course.

翻訳 残存症状(部分的寛解)は、再発、早期再燃、あるいは将来にわたる慢性化の予後を予測する大きな手がかりとなる。

Treatment should continue until such symptoms have resolved.

治療はこれらの症状が解消されるまで継続すべきである。

Episodes lasting more than 6 months and psychotic depression require a longer continuation phase, up to 12 months.

6ヶ月以上続くうつエピソード、そして精神病的うつ状態の際には継続期は12ヶ月まで長期化する。

The same medications and doses used to achieve relief in the acute phase are used during the continuation phase.

継続期においても、急性期に用いられたのと同じ治療薬・同じ投与量が用いられる。

DISCONTINUATION OF TREATMENT

治療の中断

If there is no recurrence or relapse during continuation therapy, gradual discontinuation may be planned for most patients after at least six months of treatment.

継続期の治療中に再発や再燃が起こらない場合、大抵の患者については最短で治療の6ヶ月後から徐々に減薬することを計画できる可能性がある。

Early discontinuation is associated with a 77 percent higher risk of relapse as compared with continuation treatment.

継続期の治療を継続していた場合と比較して、早すぎる治療中断をすると、再燃のリスクが77%高くなる。

The tapering of medication over several weeks also permits detection of returning symptoms that require reinstitution of a fuII medication dose for another three to six months.

数週間にかけて治療薬を漸減していくと、一部の症状がぶり返すことがあり、その場合には薬剤を急性期用量のままでその後3~6ヶ月投与することが必要となる。

It also minimizes the discontinuation syndrome, which otherwise may last days or longer and consists of physical symptoms of imbalance, gastrointestinal and influenza-like symptoms,and sensory and sleep disturbances, as well as psychological symptoms such as anxiety, agitation, crying spells, and irritability.

また、この方法は断薬症候群を最小限に抑える。さもなければ、断薬症候群は数日あるいはそれ以上続く可能性があり、不均衡症候群や消化器系疾患、およびインフルエンザのような症状が起こり、さらに知覚障害と睡眠障害、不安・興奮・号泣・過敏性といった精神病的症状が起こることもある。

The discontinuation syndrome is sometimes called the withdrawal syndrome, erroneously implying drug dependence.

この断薬症候群はときに離脱症候群とも呼ばれ、薬物依存に関して誤って使用される用語でもある。

(14-1)焦ってやめていいことは何もないということです。6~12ヶ月を維持療法にあてるのが安全ということになります。再燃、再発の苦しさに比較すれば、慎重が得策です。
(14-3)continuation phase 継続期 再燃を防ぎつつ好調を継続している時期
meintenance phase 維持期 再発を防ぎつつ好調を継続している時期

MAINTENANCE PHASE
うつ病の維持期治療

Maintenance treatment for 12 to 36 months reduces the risk of recurrence by two thirds.

うつ病の維持期治療を12~36ヶ月行えば、再発のリスクは3分の2に減少する。

This approach is indicated for patients with episodes that occur yearly, who have impairment because of mild residual symptoms, who have chronic major depression or dysthymia, or who have extremely severe episodes with a high risk of suicide.

このアプローチがすすめられるのは、毎年のようにうつエピソードを発生する患者で、弱い残遺症状を伴う機能障害を持つ患者、あるいは慢性大うつ病や気分変調症の患者、または自殺のリスクが高く非常に深刻なエピソードを伴う患者の場合である。

The duration of maintenance treatment will depend on the natural history of the illness and may be prolonged or indefinite in the case of recurrent illness.

維持期の治療期間は病状そのものの自然経過によってきまり、延長されることもありし、再発した場合にははっきりと決められないことになる。

The first choice of medication for the maintenance phase is the antidepressant that brought about remission.

維持期治療における第一の選択肢は、寛解をもたした抗うつ薬である。

Lithium has no advantage over antidepressants for prophylaxis but may reduce the risk of suicide independently of its effect on mood.

リチウムは抗うつ薬を超える予防力を持たないが、気分に対する効果とは無関係に、自殺のリスクを減少させる。

Tricyclic antidepressants, SSRIs, MAOIs,and the newer antidepressants (mirtazepine and venlafaxine) all help to prevent recurrence.

三環系の抗うつ薬、SSRI、MAOIまた新規抗うつ薬(mirtazepine と venlafaxine)などはすべて再発防止の効果がある。

Medication tolerability is particularly important during the maintenance phase, because it affects patients' adherence to treatment.

維持期において特に大切なのは治療耐性である。なぜなら、患者の治療に対する忠実さに大きな影響をもたらすからである。

Stable patients should see a psychopharmacologist at intervals of three to six months while they are receiving medication.

安定している患者は精神薬理学者に3~6ヶ月に1回の割合で面会し、治療を受けるべきである。

It is important to monitor adherence and breakthrough symptoms so that problems are detected early.

大切なのは治療に対する忠実さを確認し「突破口症状」を監視することである。突破口症状を見張ることで問題を素早く発見する。

Patient and family education reduces treatment attrition and improves the outcome.

患者とその家族に対する啓蒙は投薬量低減に役立ち、よい治療結果につながる。



共通テーマ:健康

The Medical Management of Depression NEJM2005 REVIEW ARTICLE-1

以前勉強会で使ったものが出てきましたので、
ここに収録。
図は、どこにあるか、まだ分かりません。

*****
The New England Journal of Medicine
October 2005
掲載の論文
DRUG THERAPY:The Medical Management of Depression
を英語読解講座みたいに読んでいきます。

The New England Journal of Medicine は医学の世界では
トップジャーナル中のトップジャーナルです。
自然科学のネイチャーみたいなものでしょう。
精神医学や脳科学専門ではないので、最先端の発表というよりは、
かなり事実として確定された、確実で、学ぶべきことを
提供している感じがあります。
医学全般の雑誌なので、精神科関係が取り上げられる時は、
一般医に向けての啓蒙といった色彩になります。

本文
翻訳
解説
の順に並べます。

では試しに啓蒙されてみましょう。

REVIEW ARTICLE
翻訳 総説

(1-1)この論文は、2005年の時点で、124の重要な論文を点検し、主要な論点を網羅的にまとめたものです。従って、解説そのものは素っ気なく、詳しいことを知りたい人は原論文にあたってくださいということになります。

DRUG THERAPY
薬物療法

The Medical Management of Depression

うつ病の医学的治療

J.John Mann M.D.
From the Department of Neuroscience,
New York State Psychiatric Institute-
Columbia University College of Physicians
and Surgeons, New York.

この人が著者。そして所属。

RECCURENT EPISODES OF MAJOR DEPRESSION, WHICH IS A COMMON and
serious illness, are called major depressive disorder;depressive episodes that occur in conjunction with manic episodes are called bipolar disorder.

大うつ病は普通に見られる(common)と言ってよいほど頻度の高い疾患で、しかも時に重症になる。大うつ病エピソードを反復する場合に大うつ病と呼ぶ。うつ病エピソードに躁病エピソードを伴う場合には双極性障害(躁うつ病)と呼ぶ。

(1-2)
depression うつ病
major depression 大うつ病
episodes of major depression 大うつ病エピソード
depressive episodes うつ病エピソード
bipolar disorder 双極性障害(つまり躁うつ病のこと)

(1-3)日本語では「大うつ病」という言葉は耳慣れないものだろう。まあ当然、「本格的なうつ病」といった程度の意味である。depression(うつ)の内訳としては、major depression(長く深いうつ)、dysthymia(長いけどあまり深くないうつ)、normal depressive reaction(病気とは言えない落ち込み、短くて浅い)とひとまず簡単に考えておきましょう。「短くて深いうつ」もありそうですね。

(1-4)まず大枠から説明する。
精神病の分類については、アメリカの診断基準であるDSMやWHOの診断基準であるICDが有名である。(1)先天性のもの、たとえば先天性知能発達遅滞、(2)器質性のもの、たとえば脳血管障害、(3)中毒性のもの、たとえばアルコール症、(4)気分障害 mood disorder、たとえばうつ病 depression、(5)認知の障害、たとえば統合失調症 schizophrenia、などなどと分類される。

(1-5)ここですでに気づくように、異なったレベルの病因が混在している。原因によりまとめたもの、症状によりまとめたもの、など。
すっきりさせたいならば、もちろん、原因で分類したい。DNAが原因、外的物質が原因、後天性器質性疾患が原因、外傷が原因、老化が原因、などと押し切りたいところだが、ここでもすでに原因が混在してしまっている。外傷が老化を促進したりする。また、DNAに老化が重なり、さらに外的要因が重なって起こる場合などもあり、原因では分類しきれない。また、そもそも、原因不明の疾患の方が多い。DSMは原因を今後明らかにするために、統計資料を蓄積するための分類である。

(1-6)では方針を変えて、症状で分類できないかと考える。まず精神活動を分類して、思考、感情、知能、記憶、意識、知覚、意欲、さらには集団機能、行動統制、衝動制御なども考えることができる。そしてそれぞれの障害として病気を考えることができる。しかしすぐに行き詰まるのだが、何が人間の精神活動の構成要素であるのか、分解し尽くす方法がない。要素 element と見えたものが、他の要素の複合体であったりする。たとえば、感情がうつになると、記憶もはっきりしないし、意欲もなくなり、知覚も変化したりする。論理的に構成するには無理がある。

(1-7)行き詰まりを打開しようと、ある学者(クレペリン)は、原因でも症状でもなく、経過で分類しようと提案した。長期の経過で次第にレベルダウンするものと、すっかり元に戻るものとにまず分けようというわけだ。それは病気の本質を考える上でとても良い観点であったけれど、その人を死ぬまで観察しないと診断が確定しないというのでは、診断学とは言えないではないかと批判された。それもそうだ。

(1-8)そこで、ある程度寛容の精神を発揮して、現状で、多数決みたいに、まずまず合意できる線で暫定的に決めて、あとで少しずつ見直そうということになった。たとえば、同性愛という項目は、かつて病気であったが、現在は病気ではないとされている。

(1-8)そんなのがDSMなどの疾病分類、診断基準である。現在観察される症状で、分類できるだけ分類して、記録しておこうという精神である。たとえば、神経症は、ない。それは原因に言及しているから、不採用である。

(1-9)その中で、うつ病はどういう扱いかみてみよう。昔は躁うつ病、そのあとで感情病 affective disorder と呼ばれ、現在は気分障害 mood disorder と呼ばれている。
昔からメランコリーとかうつ病とか躁病は知られていた。ひとりの人が躁病になったり、うつ病になったりすることも知られていた。そこで躁うつ病と呼ばれた。躁うつ病のタイプとして、うつだけ繰り返すものをうつ病、性格傾向とも言える程度のものをメランコリーと呼んだ。しかし考えてみれば、それは感情の病気だろうということで感情病と呼ばれた。しかしながら感情というものはかなり高級で、もっと基底にある気分が問題なのだろうとの意見があって、現在では気分障害と呼んでいる。

(1-10)気分障害の下位分類としては、双極性障害 bipolar disorder 、大うつ病 major depression 、躁病 mania 、気分変調症 dysthymia などがある。双極性障害というなら単極性障害・うつ型、単極性障害・躁型と呼ぶべきなのだろうが、面倒なのでうつ病 depression 、躁病 mania と呼んでいる。躁病の軽いものを軽躁病 hypomania と呼ぶ。うつ病を大別して、重いものを大うつ病、軽くて長く続くものを気分変調症としている。軽くて短いものは病気ではない。短くて重いものはたいてい治ってしまっている。

(1-11)ここでやっと大うつ病の説明である。depression という言葉は英語では景気変動の言葉でもあるし、日常語の中で、 depressed などの形で使う。失恋したり、愛犬が死んだりすれば、depressed である。しかしそのことと、病気としての depression をどのように分けたらよいのだろう。昔ドイツでは生機的(Vitale)抑うつの概念などが言われた。哲学的すぎてアメリカ人には分からないらしい。現在では、DSMの診断基準に従って分類すれば、病気と、ライフイベントに対する反応を区別できるとしている。まず持続期間が違う点。さらには気分だけではなく、自律神経症状などの身体症状、たとえば、睡眠、食欲、性欲の異常がある点。また、認知症状、たとえば悲観的思考や注意集中困難などを伴う点。

長くなって大変なので次に行きます。

Major depressive disorder accounts for 4.4 percent of the total overall global disease
burden, a contribution similar to that of ischemic heart disease or diarrheal diseases.
大うつ病は、世界疾病負担(Global Burden of Disease:GBD)全体の4.4%を占めており、これは虚血性心疾患あるいは下痢疾患とほぼ同じ割合である。

(1-12)the total overall global disease burden の部分が分かりにくいと思います。これは、WHOによる“Global Burden of Disease(病気のグローバルな損失)”という報告に含まれるもので、社会全体に対する各疾患の「経済的損失」を推定したものです。
-----
各疾患における「疾患によってもたらされた損失」(DALYsを用いて測定 単位:100万) と「トータルに対する割合」

虚血性心疾患 8.9 9.0%
うつ病 6.7 6.8%
循環器疾患 5.0 5.0%
飲酒 4.7 4.7%
交通事故 4.3 4.4%
肺癌&上気道の癌 3.0 3.0%
痴呆&中枢神経系の変性疾患 2.9 2.9%
変形性関節症 2.7 2.7%
糖尿病 2.4 2.4%
慢性閉塞性肺疾患 2.3 2.3%
-----
年度が違うようで数字に差がありますが、この統計では、うつ病による社会全体に対する経済的損失は全疾患の6.8%です。虚血性心疾患についで第2位。うつ病が社会全体にもたらす経済的損失はかなり大きなものと分かります。ついでですが、飲酒、交通事故が大きな負担になっているのも分かります。
ここでDALYs (障害調整余命年数)とは、世界疾病負担(Global Burden of Disease:GBD)研究の中で採用された考え方。世界銀行(WB) と世界保健機関(WHO)が関与した。GBD研究の目的は、1)集団の疾病および障害の負担を定量評価、 2)資源配分のための優先順位付け、とのこと。国ごとの疾病負担研究、環境起因の疾病負担研究など、研究は拡大。
経済的損失とは、まず、医療費。働けなくなった場合、家計の損失。労働力としての社会の損失。また、教育投資ができなくなり、次の世代に影響が及ぶ。栄養不全になり病気にかかりやすくなる。家族の医療費を負担できくなり、家族は重病になる。年金を払わない。医療保険に加入しない。さらに社会の悪習に染まる、など。

The prevalence of major depressive disorder in the United States is 5.4 to 8.9 percent and of bipolar disorder, 1.7 to 3.7 percent.
米国における大うつ病患者の割合は5.4~8.9%、双極性障害(躁うつ病)は1.7%~3.7%と見込まれる。

(1-13)ここでは、ある瞬間に、米国の全人口の中で、大うつ病と診断される人の割合と思えばいいです。5%という数字はとても大きなものです。20人に一人です。疾病統計には、生涯有病率、発生率、罹病率などの表現があります。生涯有病率は、ある時点で全国民を調べ、過去または現在に大うつ病と診断される状態があったかどうかを調べ、そうした人の割合を計算します。

Major depression affects 5 to 13 percent of medical outpatients, yet is often undiagnosed and untreated.
医療機関での外来患者に占める大うつ病の割合は5~13%であるが、未診断・未治療のケースがしばしば見受けられる。

(1-14)大うつ病で通院している人、プラス、他の病気、たとえば胃潰瘍や狭心症で通院している人が、実はうつ病にかかっていた場合、の合計で、5~13%というわけです。20人に一人から10人に一人と推定されています。大変な数です。

Moreover, it is often undertreated when correctly diagnosed.
更に、的確な診断はされたものの、不十分な治療しか受けていない患者も多い。

(1-15)大うつ病患者全体の1/3しか治療を受けていないといわれています。これは自分がうつ病であることを、自分の精神的堕落、恥ずべきこと、やる気のなさ、最近ではマイナス思考のせい、などと思ってしまうからでしょう。やる気のなさとマイナス思考は大うつ病の結果です。治療すれば改善します。

The demographics of depression are impressive.
うつ病患者の統計には驚かされる。

(1-16)辞書には demography 人口統計学 demographics 人口動勢 などとあります。まあ、統計数字ですね。単数で学問の名前、形容詞にして複数にすると、研究の結果の統計数字のこととなるようです。impressive はここでは、あまりいい意味ではないですから、そのような日本語をあてたいですね。

Among persons both with major depressive disorder and bipolar disorder, 75 to 85 percent have recurrent episodes.
大うつ病並びに双極性障害(躁うつ病)患者の75~85%が再発エピソードを体験しているのである。

(1-17)これは皆さんの印象と一致していますか、それとも、意外ですか。意外ですよね。あんなに苦しんだのに、こんなにも多くの人が再発しているなんて。実際、患者さんは、寛解した直後は、二度となりたくないと思っています。しかし年月がたつと、やはり再発しているのです。
一応よくなったのは寛解 remission 、寛解期に悪化すれば再燃 relapse 。
本当に治ったのは回復 recovery 、回復後に悪化すれば再発 recurrence 。
recurrent episodes=recurrent episodes of major depression or mania

In addition, 10 to 30 percent of persons with a major depressive episode recover incompletely and have persistent, residual depressive symptoms, or dysthymia, a disorder with symptoms that are similar to those of major depression but last longer and are milder.
更に、患者の10~30%は大うつエピソードが完治せず継続したり、うつの症状が残ったり、「気分変調性障害」になったりしている。気分変調性障害は、大うつ病と類似の症状が長期かつ穏やかに続く疾患である。

(1-18)完全回復は難しいということです。これは性格傾向が関係しているだろうと推定されます。また、環境因子が関係していると推定されます。性格と環境が変わらなければ、再発しそうですよね。

Patients who have diabetes, epilepsy, or ischemic heart disease with concomitant major depression have poorer outcomes than do those without depression.
糖尿病、てんかん、あるいは虚血性心疾患患者が大うつ病を合併症として有する場合、その予後は合併症のない場合に比べ思わしくない。

(1-19)その点でも、大うつ病治療は大切です。たとえば虚血性心疾患患者はある種の喪失体験をしているわけですから。

The risk of death from suicide, accidents, heart disease, respiratory disorders, and stroke is higher among the depressed.
うつ病では自殺、事故、心臓疾患、呼吸器系疾患、脳血管障害が死因となるリスクが高い。

(1-20)うつ病で自殺に注意するのは当然としても、事故、その他の身体疾患でも数多く死亡します。免疫系が不活発となり、身体の回復力が衰退することも一因でしょう。うつ病のときに免疫系が充分に働かないことはよく議論されます。

Effective treatment of depression may reduce mortality or improve the outcome after acute myocardial infraction or stroke and lower
the risk of suicide.
効果的なうつ病治療は死亡者を減らし、急性心筋梗塞ならびに脳血管障害の予後を改善し、自殺のリスクを低減させる。

(1-21)そういうわけで、効果的うつ病治療を工夫しています。

Although no specific abnormalities in genes that control neurotransmitter or hormonal synthesis or release have been identified with certainty, both major depressive disorder and bipolar disorder are clearly heritable.19
どの遺伝子が神経伝達物質やホルモン合成・放出を調整しているか明らかにされていないものの、大うつ病も双極性障害も、明白に遺伝性がある。

(2-5)そうですね。やはり部分的にはDNAの問題だと思います。

How a genetic predisposition interacts with adverse early-life experience to alter brain development and lead to major depression remains unclear.
幼少期のつらい体験は脳の発達に影響し、大うつ病をひき起こすだろうと推定されるが、遺伝的傾向と幼少期のつらい体験はどのように相互作用しているのか、明らかにされていない。

(2-6)たとえば、PTSDやアダルトチルドレン、性的虐待の問題など。発育過程では、遺伝子と環境が密接に絡み合っているので、難しい。

Genes and srress are hypothesized to alter neuron size and the extent of neuronal processes, the production of new neurons,'and neural repair in major depression.
仮説によれば、遺伝子とストレスによって、神経細胞のサイズが変わり、神経突起の伸び具合が変化し、新しい神経細胞の産生が制御され、大うつ病に際しての神経修復が支配される。

(2-7)具体的なイメージとしてはそうなるわけです。

Elevated cortisol levels, which characterize some moderate-to-severe depressive states, may be associated with a reduction in hippocampal volume,which appears to be proportional to the duration of untreated depression.20

直訳 副腎皮質ホルモン濃度が上昇すると、中等度から重症のうつ状態になるのだが、副腎皮質ホルモン濃度は海馬の体積の減少に関係している。海馬体積はうつ病の未治療期間に比例するように見える。

翻訳 うつ病未治療期間が長いと海馬体積は減少し、それに応じて副腎皮質ホルモン濃度は上昇する。その結果、中等度から重症のうつ状態が生じる。

(2-8)海馬体積の減少は、いい話題です。海馬という構造の、体積くらいしか測定できないのですから、研究が進まないのも無理はないと納得できますね。
たとえば、鶏肉と牛肉を比較する時に、重さや体積をはかるって、あまりにも原始的だと思います。

This process has been likened to a loss of neurons similar to that mediated by corticosteroids in animal models of stress 21 and as suggested by magnetic-resonance-imaging studies that have reported lower levels of N-acetylaspartate, a neuronal marker, in depression.22

翻訳 このプロセスは動物のストレスモデルにおける副腎皮質ホルモンによって制御されるプロセスでもある。その類推で、このプロセスは神経細胞の消失と関係づけて考えられてきた。また、うつ病では神経マーカーのひとつであるN-acetylaspartateの濃度が低くなると報告しているMRI研究があり、そのような研究によってもこのプロセスと神経細胞の消失の関連が示唆されている。

(2-9)ストレス→副腎皮質ホルモン→問題部分の神経細胞消失または機能停止。
これは分かりやすいストーリーですね。副腎皮質ホルモンはストレスホルモンと呼ばれることもありました。
ここでの反論としては、ストレスにさらされた場合、神経細胞消失という不可逆性の変化を刻印してしまうのは、生体にとってとても不利ではないかということ。一時的退却のために機能停止するというのなら合理的と考えられる。たとえば、「死んだふり」。

Major depression in response to stressful situations has been reported as more common among persons harboring a variant in the proximal 5' regulatory region of the gene encoding the serotonin transporter protein (5-HTT) (the target of selectiveserotonin-reuptake inhibitors [SSRIs]) that modifies promoter activity.

直訳 セロトニン運搬蛋白(5-HTT)を制御している遺伝子の近位5'制御部位に変異が生じている人には、高ストレスに反応して生じる大うつ病がより多くみられると報告されている。

翻訳 セロトニン運搬蛋白(5-HTT)を制御している遺伝子に近位5'制御部位がある。ここに変異が生じている人には、高ストレスに反応して生じる大うつ病がより多くみられると報告されている。

(2-10)こんな報告もありますか。5HTとは、セロトニンのことです。

This variant, in the 5-HTT gene--linked promoter region (5-HTTLPR), modifies promoter activity and is associated with lower transcriptional effciency of the 5-H7T gene, ultimately leading to fewer copies ofthe messenger RNA encoding the serotonin-transporter protein.23

翻訳 この変異は、5-HTT 遺伝子関連促進部位(5-HTTZJIR)で起こっており、促進活動を制御する。そして、5-HTT遺伝子の転写効率の低下と関係している。最終的にはセロトニン輸送蛋白のエンコードをしているメッセンジャーRNAの複写を少なくしてしまう。

(2-11)このレベルの研究になっています。

This lower-expressing variant may be associated with the amygdala-mediated hyperresponsiveness of young children to frightened or frightening faces that can facilitate encoding of painfu1 memories, leading to stress sensitivity in adulthood.24

翻訳 このようなセロトニン関係物質の産生低下は、驚かせられた顔あるいは驚かせようとする顔に扁桃体内側部過剰反応性を有する幼少児に見られ、そういった過剰反応性は苦痛な記憶のエンコードを促進する。そして成人後のストレス過敏性につながる。そのような可能性がある。

(2-12)そういう仮説だということです。may be associated with てすから、全然決定ではありません。

This variantis also associated with a reduction of serotonin function in response to maternal deprivation in non-human primates, an effect that persists into adulthood.25

翻訳 こうした変異体はまた、非ヒト霊長類における母親剥奪への反応としてみられるセロトニン機能の低下に関係している。その低下は成人しても続く。

(2-13)ライフ・イベントと脳機能の関連をなんとかして突き止めたいわけです。将来は、恋人に振られた時の脳損傷部位が写真に写るでしょうか。

An induced functional deficiency of the 5-HTT protein that is confined to the early postmatal period in mice results in altered behavior when they are grown, indicating possible changes in brain development that affect adult behavior. 26

翻訳 マウスで出生早期に限定される5-HTTの、誘導された機能的欠損は、結果として、成長した時の行動変化をもたらす。これは脳の発達における変化の可能性を示しており、それは大人の行動に影響する。

(2-14)ライフ・イベントが脳の発達を変えてしまう可能性。逆に、「にもかかわらず」変わらない部分もあるはずだ。個人的にはそこに期待している。

Brain imaging has identified numerous regions of altered structure or activity in the brain during major depression, suggesting disordered neurocir-cuitry in a variety ofstructures, such as the anterior and posterior cingulate cortex; the ventral, medial,and dorsolateral prefrontal cortex; the insula; the ventral striatum; the hippocampus; the medial thalamus; the amygdala; and the brain stem.17

翻訳 脳画像研究は大うつ病の場合の多くの領域の構造変化や活動変化を明らかにした。たとえば、前部および後部帯状回、腹側、内側、背側前頭前野、島葉、腹側線条体、海馬、内側視床、扁桃体、脳幹。

(2-15)まだまだ検討段階とみています。

These brain areas regulate emotional, cognitive, autonomic, sleep, and stress-response behaviors that are impaired in mood disorders.

翻訳 こうした脳の領域が制御しているのは、情緒、認知、自律神経、睡眠、ストレス反応行動であり、気分障害の際には障害される。

(2-16)脳の各領域について、機能分担がいわれるわけですが、それほど簡単ではないと思う。現在我々の考えているモデルとしては、普段つかっているPCのCPUとかメモリーとかだろうと思うが、あやしい。

Studies with the use of positron-emission tomography indicate a decrease in serotonin transporters as well as altered postsynaptic serotonin-receptor binding in many of the same brain regions, suggesting altered circuitry congruent with serotonin-system abnormalities.27

翻訳 PETを使った研究によれば、セロトニン運搬体は減少しており、同時に、脳の多くの部分でシナプス後セロトニン-レセプター吸着が変化しており、このことは、セロトニンシステムの先天性奇形と一致する回路変化を示唆している。

(2-17)まだまだ不確かな話です。

Pathophysiolosical features of depression

翻訳 うつ病の病態生理学的な特徴

(2-0)うつ病の病因論の場合には、精神病理学と言われる学問が活躍してきました。普通の医学に比較すると哲学的です。決定的に違うのは、病理標本がなくて、顕微鏡も使わずに議論してきたこと。
従来、医学というのは、症状と顕微鏡所見を関係づけることがメインストリームでした。だから、精神病理学などは机上の空論扱いもされたのです。
ここで Pathophysiological 病態生理学的という言葉で取り上げているのは、医学の世界で標準的な、症状の成り立ちを病態生理学的に、つまり物質の原理で説明しようという意思であって、大変よい方向です。
しかしそれがどんなにはるかな道であるか、以下の解説で分かると思います。

The clinical picture of depression varies from one major depressive episode to another in any given patient.

翻訳 どんなうつ病患者の場合にも、臨床症状は、大うつエピソードから次の大うつエピソードへと経過する。

This suggests that major depression, despite it's various symptom profiles, may have a common underlying cause.

直訳 このことから分かるように、大うつ病には、症状は様々であるにもかかわらず、一つの根本原因があるのだろう。

翻訳 大うつ病にはさまざまな症状があるものの、上記のことからは、大うつ病の根底には同じ一つの原因があるのだろうと推定される。

(2-1)そうでしょうね。

If so, the clinically evident symptom profiles may result from differing patterns of neurotransmitter abnormalities in various brain regions.17

直訳 もしそうならば、臨床的に明かな症状の特徴は、さまざまな脳領域における神経伝達物質の奇形のパターン変異が原因だろう。

翻訳 もしそうならば、臨床症状の差は、さまざまな脳領域における神経伝達物質変異のパターンの違いが原因だろう。

(2-2)たぶんそうでしょう。

Consonant with such hypotheses, a host of deficiencies --- in serotonin, norepinephrine, dopamine, y-aminobutyric acid (GABA), and peptide neurorransmitters or trophic factors such as brain-derived neurotrophic factor, somatostatin, and thyroid-related hormones --- have been proposed as contributing to depression.18

直訳 この仮説によれば、うつ病に関係する欠損は、セロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミン、GABA、さらには脳由来向神経因子、ソマトスタチン、甲状腺関連ホルモンのような、ペプチド神経伝達物質あるいは成長促進因子で起こっているのだろうと考えられた。

翻訳 この仮説によれば、うつ病の原因として、セロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミン、GABA、さらには、ペプチド神経伝達物質あるいは成長促進因子(たとえば脳由来神経栄養因子、ソマトスタチン、甲状腺関連ホルモン)の異常が考えられてきた。

(2-3)このようないろいろな物質が検討されています。まだまだいろいろ発展しそうです。決定版はないようです。

Furthermore, overactivity in still other neurotransmitter systems involving acetylcholine,corticotropin- releasing factor, and substance P are thought to be implicated in depression.18

直訳 さらに、他の神経伝達物質系(アセチルコリン、副腎皮質ホルモン放出因子、サブスタンスPに関係するもの)の過剰活動がうつ病に関係していると推定されている。

翻訳 さらに、アセチルコリン、副腎皮質ホルモン放出因子、サブスタンスP、に関係する神経伝達物質系の過剰活動がうつ病に関係していると推定されている。

(2-4)活動低下と活動過剰があるわけです。でも、それが原因なのか、結果なのか、いつも不明です。
たとえば、うつになり始めた瞬間をきちんと検査できれば、物質的変化として「始まりに何があったか」を検証できます。でも、そんなことはできません。そこを突破する何かのアイディアが必要なようです。

DIAGNOSIS OF A MAJOR DEPRESSIVE EPISODE

翻訳 大うつ病エピソードの診断

Diagnosis of major depression is based on standard clinical criteria such as those published by the American Psychiatric Association.

翻訳 大うつ病の診断に用いられる標準的臨床診断基準としては、たとえばAPA(米国精神医学会)の診断基準がある。

(3-1)those= criteria

The criteria for the diagnosis of an episode include at least two weeks of depressed mood, loss of interest, or diminished sense of pleasure plus four of seven other features that are sufficient to cause clinically important psychological or physical distress or functional impairment.

翻訳 うつエピソードの診断基準としては、「抑うつ気分」または「興味の喪失・喜びの感覚の減退」、さらに他の7項目のなかで4項目、これらが二週間以上続くことがあげられる。7項目は臨床的に重要な心身両面の疲弊あるいは機能障害を引き起こすもので、次の7つからなる。

(3-2)that= seven other features
ここでは、DSM-4-TRの診断基準を参照して、訳文を補っていくこととする。

大うつ病性障害(大うつ病エピソード)

A 以下の症状のうち 5 つ (またはそれ以上) が同じ 2 週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも 1 つは、(1) 抑うつ気分または (2) 興味または喜びの喪失である。
注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない。

1.その人自身の言明 (例:悲しみまたは、空虚感を感じる) か、他者の観察 (例:涙を流しているように見える) によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。
注:小児や青年ではいらだたしい気分もありうる。
2.ほとんど 1 日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退 (その人の言明、または他者の観察によって示される)。
3.食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加 (例:1 カ月で体重の 5%以上の変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。
注:小児の場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止 (他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。
6.ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。
7.ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感 (妄想的であることもある。単に自分をとがめたり、病気になったことに対する罪の意識ではない)。
8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる (その人自信の言明による、または、他者によって観察される)。
9.死についての反復思考 (死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画。

B 症状は混合性エピソード(つまり双極性障害・躁うつ病のこと)の基準を満たさない。

C 症状は、臨床的に著しい苦痛、または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

D 症状は、物質 (例:乱用薬物、投薬) の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患 (例:甲状腺機能低下症) によるものではない。

E 症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち、愛する者を失った後、症状が 2ヵ月を超えて続くか、または、著明な機能不全、無価値観への病的なとらわれ、自殺念慮、精神病性の症状、精神運動抑止があることで特徴づけられる。

本文ではAの内容を伝えているようなのですが、微妙に違いがありますね。たとえば、Aの中の、1、2,5、8、9の5つの症状があったとすると、上記引用のDSM-4-TRでは診断該当となりますが、本文の説明では、診断に該当しないことになります。引用文献のリストをみると、著者はDSM-4を参照しているようです。しかしDSM-4も特に変わりはないようです。

DSM-4
大うつ病性障害(大うつ病エピソード)
A 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。(これらの症状のうち少なくとも1つは抑うつ気分または興味・喜びの喪失である)
1 その人自身の訴えか、家族などの他者の観察によってしめされる。ほぼ1日中の抑うつの気分。
2 ほとんど1日中またほとんど毎日のすべて、またすべての活動への興味、喜びの著しい減退。
3 食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加、または毎日の食欲の減退または増加。
4 ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
5 ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止。
6 ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。
7 ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感。
8 思考力や集中力の減退、または決断困難がほぼ毎日認められる。
9 死についての反復思考、特別な計画はないが反復的な自殺念虜、自殺企図または自殺するためのはっきりとした計画。
B 症状は混合性エピソード(つまり双極性障害・躁うつ病のこと)の基準を満たさない。
C 症状の臨床的著しい苦痛また社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D 症状は、物質(薬物乱用など)によるものではない。
E 症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち愛する者を失った後症状が2ヶ月を超えて続くか、または著明な機能不全。無価値への病的なとらわれ、自殺念虜、精神病性の症状、精神運動制止があることが特徴。

著者と同じ意味の診断基準をみたような覚えもあるので、思い出したら報告します。

These features include a weight change of 5 percent or more in one month or a persistent change in appetite, insomnia or hypersomnia on most days, changes in psychomotor state, fatigue, feelings of guilt and worthlessness, diminished concentration and decisiveness, and suicidal ideation or a suicide attempt.

翻訳 一ヶ月で5%以上の体重変化または継続する食欲変化、おおむね毎日の不眠または過眠、精神運動状態の変化、倦怠感、罪責感と無価値感、集中力低下および決断力低下、そして自殺念慮と自殺未遂の7項目である。

(3-3)7つのはずなので7つにまとめる。これはDSM4、4-TRの内容と一致している。

First or "early" depressive episodes are often milder than are episodes of returning depression, and an earlier age at onset generally predicts a more severe course.

翻訳 第1回目の、あるいは「初期段階」のうつエピソードは、再発時に比べるとたいがい穏やかなものである。また、発症が早ければ早いほど、一般的に、より重篤な予後が予測される。

(3-4)発症が早いほど、環境ストレスよりは遺伝子が関係していると推定されます。

It is thought that early diagnosis and treatment may mitigate adverse effects of depression on education, career, and relationships.

翻訳 早期診断と早期治療が教育・職歴・人間関係上、うつ病のもたらす悪影響を緩和すると考えられている。

(3-5)放置しておくと社会適応が次第に低下しますから。

It is important to note that secondary depression that is similar to a primary mood disorder may be triggered by serious physical illness such as cancer, stroke, demyelinating diseases, epilepsy, or even marked anemia.

翻訳 ここでひとつ重要な指摘がある。原発性気分障害に類似する二次性うつ病の引き金としては、重篤な身体的疾患、例えばガン、脳血管障害、demyelinating diseases(脱髄性疾患)、てんかん、更には顕著な貧血があげられる。

(3-6)Primary一次性、原発性
secondary 二次性、続発性

Conversely, major depression may be missed when patients present to primary care physicians with predominantly somatic symptoms, including pain.

翻訳 一方、プライマリー・ケア医師が痛みなど身体的症状の治療に重点を置いた場合には、大うつ病が見落とされるおそれもある。

(3-7)その可能性は常に念頭に置くべきです。

Typically, symptoms such as anorexia, weight loss, constipation, disturbed sleep, anergia, loss of libido, vague aches and pains, and deficiencies in memory and concentration may result in a missed diagnosis, particularly if the patient does not spontaneously report low mood or other psychological symptoms, such as guilt, hopelessness, anxiety, suicidal ideation, or prior suicide attempts.

翻訳 拒食症、体重減少、便秘、睡眠障害、免疫力低下、性欲の減退、自律神経性疼痛、記憶喪失、集中困難のような場合には、うつ病の診断を見のがす結果になることも多い。特に罪悪感、無力感、不安感、自殺念慮、過去の自殺未遂について自発的に報告しない場合には見のがされやすい。

(3-8)Anergia 免疫系反応が減弱すること →免疫不全 で分かりやすいが、エイズを連想してしまうだろうか。免疫力低下とした。

Delusions of guilt and somatic illness complicate up to 14 percent of major depressive episodes, especially postpartum depression.

翻訳 罪責妄想と身体的疾患がある場合、患者は内面について自己申告しない傾向が強まり、大うつエピソードのうち14%にのぼると考えられる。とりわけ、産後うつ病で起こりやすい。

(3-9)補いすぎかもしれませんが、意味はこういうことだと思います。

Depressive episodes in bipolar disorder may be similar to those in major depressive disorder or may present as part of a mixed state characterized by distressing combinations of depression and mania or hypomania (irritability, racing thoughts, anxiety, suicidal thoughts, and aggressive impulses).

翻訳 双極性障害(躁うつ病)のうつ病エピソードは、大うつ病のうつ病エピソードに類似していることがあり、躁うつ混合状態の一部としてうつ病エピソードを呈していることもある。躁うつ混合状態の特徴は、うつ病と躁病またはうつ病と軽躁病といった、困難な混合であり、焦燥感、観念競合、不安、自殺念慮、攻撃衝動などを呈する。

(3-10)distressing combinations 悲惨な組み合わせ

Patients with bipolar disorder who present with a depressive episode may be misdiagnosed as having major depressive disorder because they may often underreport hypomanic and manic symptoms, perceiving such features to be closer to well-being than illness.

翻訳 両極性障害(躁うつ病)患者は軽躁状態や躁状態を病気ではなく普通の状態だと見なして過少申告することがしばしば見受けられるため、両極性障害(躁うつ病)の患者がうつ病エピソードを有する際には、大うつ病と誤診される可能性もある。

A family history of bipolar disorder can assist making the correct diagnosis.

翻訳 家族に双極性障害の人がいれば、診断の参考になる。

(3-11)訳しすぎ。でも、分かりやすくしましょう。

ANTIDEPRESSANT MEDICATIONS

翻訳 うつ病の薬物治療

(4-1)抗うつ剤薬物療法、ですね。

About half of moderate-to-severe episodes of depression will improve with antidepressant treatment.

翻訳 中等度~重篤なうつ病エピソードの約半分が薬物療法によって改善されると期待できる。

(4-2)たった半分?もっと治ると思いますが。

CIasses of antidepressant agents are defined by their mechanism of action (Table 1).

抗うつ薬は表1に示すとおり、その作用機序に従って分類されている。

(4-3)表1はこちら。役に立ちます。→アメリカで使用されている抗うつ剤の特性と副作用一覧

Many agents with effective antidepressant action amplify serotonin or norepinephrine signaling by inhibiting reuptake at the synaptic cleft (Fig. IA and IB).

翻訳 抗うつ薬の多くは、シナプス間隙で(神経伝達物質である)セロトニンまたはノルエピネフリンの再取り込みを阻害することで、神経信号伝達を増幅させる効果を持つ。(図1A・1B)

(4-4)神経と神経の間にはシナプス間隙があります。神経細胞の一方の端から他方の端までは電気信号で伝えられます。シナプス前部分で神経伝達物質が形成され、放出されます。ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどが神経伝達物質です。それがシナプス後部分の受容体(レセプター)にくっついて、電気信号に変換され、さらに先に伝達されます。シナプス部分での伝達が終わると、使用された神経伝達物質は、シナプス前部分に回収されて、次回の放出に備えます。この回収される過程を再取り込み(reuptake)と呼んでいます。再取り込みが阻害されると、神経伝達物質がシナプス間隙に「溜まり」、信号が増幅されることになります。
ここでは触れられていませんが、レセプターの側の、ダウンレギュレーション、アップレギュレーションなども大切です。

The several classes of drugs include SSRIs, norepinephrine-reuptake inhibitors, and dual-action agents that inhibit uptake of serotonin and norepinephrine.

翻訳 薬の分類としては数種のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、ノルエピネフリン再取り込み阻害薬、および、セロトニンとノルエピネフリン両者の再取り込みを阻害する、二方面に作用する薬がある。

(4-5)dual-action agentsをどう訳せばいいでしょうか。「二方作動薬」などでもかっちりしていいかも。二股作動薬でもいいかも。

Monoamine oxidase inhibitors (MAOIs) inhibit monoamine degradation by monoamine oxidase A or B.

MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)は、モノアミン酸化酵素AまたはBの分解作用を阻害する。

Other antidepressant agents antagonize a2-adrenergic autoreceptors with a resultant increase in the release of norepinephrine, antagonize 5-hydroxytryptamine2A (5-HT2A) receptors,or both.

その他の抗うつ薬としては、(1)α2-アドレナリン自己受容体に拮抗し、その結果ノルエピネフリンの放出を増加させるもの、(2)5-HT2A受容体に拮抗作用を及ぼすもの、(3)この両者に作用する拮抗薬がある。

(4-7)α2-アドレナリン自己受容体というものがあります。説明は難しいので、またこのつぎ。5-HT2A受容体とは、5-HTがセロトニンのこと、そのレセプターがいくつもあるのですが、その中のひとつです。

*SSRIs
Clinical trials have shown little difference in efficacy or tolerability among various available SSRIs. or between SSRIs and other classes of ntidepressants.

臨床試験において、現在利用できる様々なSSRIの間で、またはSSRIと他の抗うつ薬との間で、効果と不耐性にはほとんど差がなかった。

(4-8)efficacy or tolerabilityは薬剤の用語です。薬剤は少なすぎると効果がありません。多すぎると毒性が強くなります。使用量をだんだん増やすと効果が始まり、さらに増やすと毒性が現れるので、その間で、薬剤使用量を調整します。

However, some specific differences should be noted.

とはいえ、いくつかの点については留意すべきである。

The active metabolite of fluoxetine has a half life that is longer than that of other SSRIs, which permits once-daily dosing and thereby reduces the effect of missed doses and mitigates the SSRI discontinuation syndrome (described below).

Fluoxetineの活性代謝物の活性の半減期は他のSSRIに比べ長く、1日1回服用すればよい。それによって、服用を忘れた場合の影響も減り、SSRI断薬症候群(後述)も緩和される。

(4-10)a half life 半減期。薬剤服用後、血中濃度が最高になったあと、半分の濃度になるまでに要する時間。半減期が長ければ、つまり、作用が長いことになります。

However, fluoxetine should be used with caution in patients with bipolar disorder or a family history of bipolar disorder, because an active metabolite persists for weeks and may aggravate the manic state in the event of a switch from depression to mania.

翻訳 しかし、fluoxietineの使用は双極性障害(躁うつ病)患者、また患者の家族に双極性障害の病歴がある場合には注意を要する。なぜなら、活性代謝物の効果は数週間持続するため、患者がうつ状態から躁状態へと移行した際、更に躁状態が悪化する可能性があるためである。

(4-11)細かいけれど、分かりやすくした。

At higher doses, paroxetine and sertraline also block dopamine reuptake, which may contribute to their antidepressant action.

翻訳 paroxetineとsertralineも服用量が多ければドーパミンの再取り込みを阻害する。(本来うつ病はセロトニン系との関係が想定されるものの)ドーパミン再取り込み阻害が抗うつ作用を強めている可能性がある。

SSRIs can be helpful in patients who do not have a response to tricyclic antidepressants, an older class of drugs, and appear to be better tolerated with lower rates of discontinuation and fewer cardiovascular effects.

翻訳 SSRIは、古い世代の抗うつ薬である三環系抗うつ薬を服用しても効果がない患者に役立つだろう。また、毒性が少なく、断薬症状は多くなく、心血管系への影響もほとんどないと思われる。

(4-13)要するにどういう意味なのかを日本語にしましょう。

Although tricyclic antidepressants may have greater efficacy than SSRIs in severe major depressive disorder or depression with melancholic features, they are Iess effective than SSRIs for bipolar depression, since they can trigger mania or hypomania.

翻訳 重篤な大うつ病、あるいはメランコリー親和型のうつ病患者には三環系抗うつ薬の方が、SSRIよりも優れた効果を発揮することがある。しかし、双極性障害(躁うつ病)患者にとっては、三環系抗うつ薬は躁状態・軽躁状態発症のきっかけになる恐れがあるので、SSRIを選択したほうがよいだろう。

(4-14)躁転と言います。

The SSRI fluoxetine is the only antidepressant that has consistently been shown to be effective in children and adolescents, and SSRIs may be superior to selective norepinephrine-reuptake inhibitors in young adults (18 to 24 years of age), although they are more likely to trigger mania in children.

幼児期~思春期の子どもに確実な効果を発揮するSSRIは、flioxcetine のみである。青年期(18~24歳)の患者には、選択的ノルエピネフリン再取り込み阻害薬の採用がより望ましいようであるが、躁状態を誘発する傾向も強いようである。

(4-15)日本ではまだ使えません。

*NOREPINEPHRINE-REUPTAKEINHIBITORS
Nortriptyline, maprotiline, and desipramine are tricyclic norepinephrine-reuptake inhibitors with anticholinergic effects.

翻訳 *ノルエピネフリン再取り込み阻害薬Nortriptyline、maprotiline、desipramineは、三環系のノルエピネフリン再取り込み阻害薬であるが、抗コリン作用がある。

(4-16)抗コリン作用とは。神経伝達物質であるアセチルコリンの作用を遮断する薬が原因で起こります。アセチルコリンは、心臓や気道などの細胞運動を刺激します。一般的に使われている多くの薬に抗コリン作用があります。抗コリン作用としてはたとえば、眼がかすむ、便秘、口の渇き、ふらつき、排尿困難、などがあります。一方で、たとえばふるえの軽減や吐き気の軽減など、有用な作用もあります。

Reboxetine is a selective norepinephrine-reuptake inhibitor with an effectiveness similar to that of tricyclic antidepressants and SSRIs, though it is unavailable in the United States.

Reboxetineは、選択的ノルエピネフリン再取り込み阻害薬であり、三環系抗うつ薬とSSRIに類似した効果を持つ。しかし、米国では認可されていない。

(4-17)日本でもまだ。

*DUAL-ACTION ANTIDEPRESSANTS
Serotonin-norepinephrine reuptake inhibitors such as venlaflixine, duloxetine, and milnacipran block monoamine transporters more selectively than tricyclic antidepressants and without the cardiacconduction effects that can occur with triicyclic agents.

翻訳 *二方面の作用をもつ抗うつ薬
venlaflixine, duloxetine, and milnacipranといったセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬は、モノアミン輸送体を三環系抗うつ薬よりも選択的に阻害し、三環系抗うつ薬で発生する心臓伝導への悪影響もない。

(4-18)dual-action は流行です。しかし、批判もあります。原因がひとつなら、その部分だけを訂正すればよいはずです。本質的な原因療法ならば、dualでなくてもよいはず。原因が分からず、しかも、dual action の方が効果的だとの結果なので、現在での薬剤選択はdualになります。

Some tricyclics (imipramine and amitriptyline) inhibit both serotonin and norepinephrine reuptake.

三環系抗うつの薬の中には、imipramineとamitriptylineのように、セロトニンとノルエピネフリン両方の再取り込みを阻害するものがある。

The dual-action antidepressant venlafacine appears to demonstrate superior efficacy and higher rates of remission in severe depression as compared with either SSRIs such as fluoxetine or tricyclic antidepressants.

翻訳 二方面の作用を持つ抗うつ薬、venlafacineは、fluoxetine などのSSRIまたは三環系抗うつ薬と比較してより優れた効果を示し、重篤なうつ病の寛解率も高い。

(4-20)dual の開発競争になります。

The efficacy of duloxetine is similar to that of the SSRI paroxetine.

duloxetineの効果は、SSRIのparoxetineと同等である。

Venlafaxine and duloxetine are effective for the treatment of chronic pain and diabetic neuropathicpain, respectively,as well as pain occurring as part of primary or secondary depression.

Venlafaxineとduloxetineは、一次性・二次性うつ病による痛みと同様に、慢性疼痛や糖尿病による神経因性疼痛の治療にもそれぞれ効果がある。

(4-22)抗うつ剤は慢性疼痛に使われることがあります。

Bupropion, which inhibits both norepinephrine and dopamine reuptake, has no direct action on the serotonin system and is generally similar in efficacy to tricyclic antidepressants and SSRIs.

翻訳 Bupropionは、ノルエピネフリンとドーパミンの再取り込みを阻害するが、セロトニン系には直接作用せず、おおむね三環系抗うつ薬やSSRIと同様の効果がある。

(4-23)いろいろなうつがあるということになるのか。あるいは、ノルエピネフリン、ドーパミン、セロトニン系はそれぞれ独立ではないので、こういうことになるのか。

Bupropion is associated with less nausea, diarrhea, somnolence, and sexual dysfunction than are SSRIs and constitutes an effective alternative, or adjunctive therapy, for patients who do not have a response to SSRIs.

翻訳 Bupropionは吐き気・下痢・眠気・性的機能障害の発生がSSRIより少なく、SSRIでは症状の改善しなかった患者にとって、薬物治療の主剤ともなり、また補助薬剤ともなる。

(4-24)つまりはこういう意味だろうと思う。

アメリカで使用されている抗うつ剤の特性と副作用一覧

表のpdfファイルは下記。コピーしてアドレスに入れて、ジャンプして下さい。
http://www.geocities.jp/ssn837555/table1.pdf

現在日本で使用可能なものだけでもかなりなんとかなります。

Figure 1 と解説

Figure 1 Targets of Antidepressant Action on Noradrenergic and Serotonergic Neurons

翻訳 図1:ノルアドレナリン系神経細胞とセロトニン系神経細胞において抗うつ剤はどこに作用しているか

In Panel A, targets of action for antidepressants in the noradrenergic system can enhance activity by blockade of α2 adrenergic autoreceptor, blockade of norepinephrine(NE) reuptake at the synaptic cleft, simulation of α2-adregergic and β2-adrenergic postsynaptic receptors, activation of signal transduction and second messenger pathways, and blockade of monoamine oxidase (MAO), the enzyme involved in NE breakdown.

翻訳 パネルAでは、抗うつ薬のノルアドレナリン系システムにおける作用を説明している。α2アドレナリン自己受容体の働きを抑制する。シナプス間隙におけるノルエピネフリン(NE)の再取り込みを抑制する。α1アドレナリンおよびβ1アドレナリン後シナプス受容体の刺激物質として作用する。神経信号伝達と二次伝達物質経路を活性化する。ノルエピネフリンの分解に関係するモノアミン酸化酵素(MAO)を阻害する。(結果としてシナプス間隙でのノルアドレナリンを増やし、それ以降の神経信号伝達を促進する。)

(f1-1)ぶつ切りにしました。図の各部分を説明しています。

In Panel B, targets of action for antidepressants in the sertonergic system can enhance activity by blockade 5-HT2A,5-HT2B1, and 5-HT2D autoreceptors; blockade of serotonin reuptake at the synaptic cleft; activation 5-HT1A postsynaptic receptor; activation of signal transduction and second-messenger pathways ;and blockade of the 5-HT2A postsynaptic receptor.Monoamine oxides inhibitors (MAOI) function by blockade of MAO, the enzyme involved in serotonin breakdown.

翻訳 パネルBでは,抗うつ薬のセロトニン系システムにおける作用を説明している。5-HT2A,5-HT2B1および5-HT2D自己受容体の活性を阻害する。シナプス間隙におけるセロトニンの再取り込みを阻害する。また、5-HT1A後シナプス受容体を活性化する。神経信号伝達と二次伝達物質経路を活性化する。そして5-HT2A後シナプス受容体を阻害する。モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)は、セロトニンの分解に関与する酵素であるMAOの働きを阻害する。(結果として、シナプス間隙におけるセロトニンを増やし、それ以降の神経信号伝達を促進する。)

(f1-2)セロトニン(5-HT)に関係するレセプターがたくさんあるということです。

MAOls
MAOIs
Older, irreversible MAOIs nonselectively block MAO A and B isoenzymes and have an antidepressant efficacy similar to that of tricyclic antidepressants.

翻訳 古い世代の不可逆的MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)は、モノアミンA,Bを非選択的に阻害し、三環系抗うつ薬と同等の抗うつ効果がある。

(5-1)MAOIは日本では使いません。

However, MAOIs are not first-line drugs because
patients who receive them must adhere to a low-
tyramine diet to prevent hypertensive crisis
and because MAOIs carry greater drug-interaction risks than do other medications.

翻訳 しかし、MAOIは第一選択薬にはならない。というのも、患者は服用に際して低チラミン食を必ず摂取して高血圧発作を予防しなければならないからだ。また、MAOIは薬物間相互作用リスクが他の薬に比べて著しく高いからである。

(5-2)チラミンが高血圧誘発物質となります。チーズ、ワイン、ビール、大量のコーヒー、カジキ、ニシン、タラコ、スジコ、そら豆、鶏レバー、イチジクなどに含まれます。

MAOIs appear to be superior to tricyclic agents for people with depression characterized by extreme fatigue or extreme psychological sensitivity to rejection or failed relationships.

翻訳 MAOIが三環系抗うつ薬よりも優れた効果を発揮するのは、うつ病のなかでもだるさが強いもの、あるいは患者が心理的に過敏で拒薬する、または治療関係が築けない場合である。

(5-3)→rejection or failed relationships はこんな感じかなと思うが、どうかな?

MAOIs are also useful for treating patients who do not have a response to tricyclic antidepressants.

翻訳 また、MAOIは三環系抗うつ薬に反応を示さなかった患者にも有用である。

(5-4)うつ病治療におけるresponse 反応 とは、治療によって症状が少なくとも50%改善したものをいう。ハミルトンうつ病評価尺度などで評定する。臨床的全般改善度でいえば、著明にまたは明らかに改善した場合に相当する。

The reversible selective MAO A inhibitor moclobemide (which is not available in the United States but widely available in other countries) and the MAO B-selective inhibitor, selegiline, have a greater safety margin than do SSRIs but similar efficacy.

翻訳 可逆的かつ選択性MAO A阻害薬(モノアミン酸化酵素A阻害薬)であるmoclobemide(米国を除き各国で広く使用されている)、ならびにMAO B阻害薬(モノアミン酸化酵素B選択的阻害薬)であるselegilineは、SSRIに比べ効果は同様で、安全域が広い。

(5-5)SSRIよりもいいような書き方をしていますが、そんなことはないと思います。

A selegiline transmedical patch is under consideration by the Food and Drug Administration (FDA).

FDA(米国食品医薬品局)は、selegilineの経皮貼付剤について検討中である。

(5-6)皮膚貼付剤(パッチ)は、ニチコンパッチと女性ホルモンパッチをよく使います。

OTHER ANTIDEPRESSANTS AND NEW THERAPIES

その他の抗うつ剤および新治療法

Mirtazapine enhances the release of norepinephrine by blocking a2-adrenergic autorecepters as well as serotonin 5-HT2A and5-HT3 receptors and histarnine H1receptors.

Mirtazapineはノルエピネフリンの放出を促進させる。Mirtazapineがα2アドレナリン自己受容体、セロトニン5-HT2A、5-HT3受容体、ヒスタミンH1受容体を阻害することによる。

(5-7)as well as ですね。

Its efficacy is similar to the that of tricyclic antidepressants and SSRIs,and it is less likely to have sexual and sleep-related side effects.

翻訳 その効果は三環系抗うつ薬およびSSRIと同等、性的機能障害や眠気といった副作用も少ないようである。

(5-8)だいぶ宣伝していますね。

Nefazodone, which blocks the 5-HT2A serotonin receptor and serotonin reuptake, has an anti-depressant efficacy similar to that of SSRIs but with a lower likelihood of sexual-dysfunction and sleep-related side effects.

翻訳 Nefazodoneは5-HT2Aセロトニン受容体を阻害し、セロトニンの再取り込みを妨げ、SSRIと同様の効果を持ち、性的機能障害や眠気などの副作用も少ないものと思われる。

(5-9)新薬は性機能障害にターゲットがシフトしているのが読みとれると思います。

Nefazodone appears to be useful in postparrum depression, severe depression, and treatment-resistant major depression with anxiety.

翻訳 Nefazodoneは産後抑うつ症、重症うつ病、さらには不安を伴う治療抵抗性の大うつ病に有益と見られている。

(5-10)産後抑うつ症や重症うつ病では、妄想に近い、強い思いこみに対処する必要があります。そのあたりに効きそうです。

New antidepressive treatments currently being evaluated include vagal-nerve stimulation, rapid transcranial magnetic stimulation, mifepristone
(a glucocorticoid antagonist for treatment of delusional depression), and substance P antagonists.

翻訳 現在、新しいうつ病治療については、迷走神経への刺激療法、経頭蓋骨磁気刺激療法、mifepristone(グルココルチコイド拮抗薬:妄想を伴ううつ病の治療薬)そしてサブスタンス拮抗薬などが研究されている。

(5-11)Agonist あるレセプターに対して、本来くっつく物質と同じ効果を発揮する物質。Antagonist あるレセプターに対して、本来くっつく物質のかわりにレセプターを占拠して、物質のその情報伝達作用をなくしてしまう物質。

Other targets for future agents include neuropeptide Y, vasopressin V1b, N-methyl-D-aspartate, nicotinic cholinergic, delta-opiate, cannabinoid, dopamine Dl, cytokine, and corticotropinreleasing factor 1 receptors, as well as GABA, intracellular messenger systems, and transcription, neuroprotective, and neurogenic factors.

その他、未来の抗うつ薬として標的になっているのは神経ペプチドY、(下葉体後葉ホルモンである)バソプレッシンV1b、NメチルDアスパラギン酸、ニコチン様コリン作動性デルターオピエイト、カンナビノイド、ドーパミンD1、サイトカイン、副腎皮質ホルモン放出因子1受容体、GAVA(γ-アミノ酪酸)、細胞内伝達システム、転写因子、神経保護因子、神経原性因子などがある。

(5-12)→最後、,and--,andの連なりからは、a,b,c,as well as d,e,and (f,g,and h)といった構造と見える。a,b,c,d,e,そして (f,g,and h)。という意味だろう。
いろいろ調べているが、今のところ、空振りというわけです。

AUGMENTING AND ADJUNCTIVE MEDICATIONS

附活薬剤および補助薬療法

Various medications used in conjunction with other-antidepressants may help to augment the effect of antidepressants (Table 2).

様々な治療薬を他の抗うつ薬と併用すれば、抗うつ薬の効果を高める可能性がある。(表2)

They can also target different components of patients' symptoms (such as delusions) or help to prevent a switch in to mania.

併用する薬剤は患者により異なる症状(例えば妄想など)を治療の標的としたり、躁状態への転換を回避できる。



共通テーマ:健康

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。