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うつ病と人格障害 阿部徳一郎 尾崎紀夫

「うつ病」の一部は確かに人格障害の要素があることを考えながら治療にあたる。

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臨床精神薬理61453-1459,2003
うつ病と人格障害
阿部徳一郎 尾崎紀夫

抄録:症状を重視する操作的診断法の普及によって,うつ病という単一疾患名の下にあまりに も多彩な症例を包含することになった。一方,多軸診断法はcomorbidityという概念によって, 多様なうつ病者の特徴を捉えるのに寄与している。また従来,発症や予後に関わる因子とされ てきた人格障害ないし人格傾向について,統計学的な検証が可能になった。本稿ではこれらの 検証結果を紹介すると共に,症状に依拠して人格障害を診断する際の問題点や,慢性に経過す る軽症うつ病(気分変調症)を人格障害と捉える考え方があることを指摘した。また,人格障害 を伴わないうつ病においても症例の不均質性が報告されていることを述べた。最後に,従来の 範疇的かつ成因論的なうつ病概念と,DSMに代表される,操作的かつ多軸診断を前提としたうつ 病概念との間には葛藤が存在し,これを理解することは臨床実施上有用であると共に,また教 育的でもあることを強調した。

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I.はじめに-診断分類体系とcomorbidityの関係-

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うつ病と人格障害のcomorbidityについて述べる前に,「comorbidity」という概念そのものに ついての理解に混乱が生じていると感じられるので,最初にこの概念の定義について触れてお きたい。精神医学における「comorbidity」という概念は,Burkeらによれば「ある限定された 期間において一人の個人に2つ以上のspedficな障害が存在すること」と規定されている。残 念ながらこの概念を言い表す適切な邦訳は未だなく,医学一般で使い慣れた「合併症 complication)」という概念とは一部意味が重なるが,区別して考えられている。この2つの概 念の差異は以下のような症例を思い浮かべると納得できるだろう。
-糖尿病に糖尿病性腎症がある。
-Systemic lupus elrythematosus の経過中にうつ病性障害が認められる。
-心筋梗塞の寛解過程でうつ病性障害が出現した。
-うつ病性障害にアルコール依存症がある。
-パニック障害とうつ病性障害が経過中に認められる。
-うつ病性障害と共に境界性人格障害の診断基準を満たす。
最初の一例について,併存する障害を「合併症」とすることに誰しも異論はないと思う。しかしそれ以外については簡単にコンセンサスが得られるだろうか。そこで,一人の患者に認めら れる複数の障害の関係に拘泥せず,もれなく情限を記載することを優先して診断するという立 場を取った場合,障害相互の関係は一括してcomorbidityという概念で捉えられている。すな わち共存する複数の障害の関係は多様で,背後に生物学的な共通基盤を想定させるものもあれ ば,一つが心理社会的な要因をなして別の障害を引き起こしたと捉えられるもの,そもそも診 断基準のいくつかが重なっているものなどもある。

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精神医学の歴史においては,一人の患者に一つの診断を下そうとする努力が長らく続けられて きたが,眼前の精神疾患の表現型が多様であるが故に,かえって臨床家の間で疾患概念の混乱 を招くことになった。そこでこの混乱を解消すべく考案されたのがDSM診断体系に代表される 多軸診断法や操作的診断法である。DSM診断体系は,精神疾患を多面的に把握し,しかも評価者 間での一致率を上げる(共通言語の使用)という意図のもとに導入された。しかし,一方で,同 一患者に対して,多軸にわたる複数の障害名を記入する,すなわちcomorbidしている疾患を全 て記載するという診断習慣は,精神医学における従来の範躊的な疾患概念との問に大きな齟齬 を生んでいる。Comorbidityという概念を理解し活用するためには,このような経緯を無視す ることはできない。

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本稿では,うつ病と人格障害のcomorbidityの観点から,現在の精神臨床におけるこの概念の有用性と問題点を議論する。

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Ⅱ.「うつ病性障害」と「人格障害」のcomorbidity -DSM診断体系に依拠した研究-

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DSMではうつ病の診断は,一定期間持続する症状のセットを参照して行われる。「大うつ病性障害」と「気分変調性障害」,それ以外の「特定不能のうつ病性障害」の3つの診断基準があり,縦断的経過とそれぞれの病相の特徴を記述する用語が別に用意されている。このような状態記述のみによる診断方法は,範疇的かつ成因論的観点を考慮した従来のうつ病の診断方法と比べて,評価者間の信頼性を高めた反面,単一疾患名とするにはあまりにも異質な症例を包含してしまう結果になった。一方,このような診断手順の単調さを補うため,DSMでは多軸診断法が採用されており,多様なうつ病者の病状を捉えるのに与っている。すなわち,うつ病性障害と診断された場合(第1軸),個々の症例に関して人格障害の診断(第2軸),うつ病性障害の発症前状況や,経過に影響を与えうる心理社会的問題の存在(第4軸)を記載することになっている。そして「うつ病性障害の発症あるいは予後因子としてどのようなcomorbidな診断(または他の軸における記載事項)があるか」という問いを立て,統計的な裏付けをもってこれらの因子を同定するのを目標としている。

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従来,臨床上利用されていた範躊的なうつ病診断法は,発症に関与する因子と共に,薬物を含めた治療への反応性,寛解後の社会的機能水準など予後に影響を与える因子が反映されたものであると信じられていた。これに対してDSMでは,発症あるいは予後に影響するとされていた「症状以外の因子」について,妥当性を検証し直すため診断基準の外側に追い出したと考えることができる。このような経緯から,DSMは従来の診断体系に比して臨床的な有用性に乏しいという意見もある。しかしDSMは,間断なく検証と改訂が繰り返されており,やがて発症や予後に関わる因子が同定され,診断基準の中にしかるべき場所が与えられるときまで,現行の版は暫定的なものとして考えるのが公平な見方であろう。

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「うつ病にcomorbidする因子としての人格障害(あるいは人格傾向)」とは,DSMにおいて上に述べた文脈で捉えられていることを確認した上で,過去の報告に関する検討を始めることにする。

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DSM-Ⅲの発表以降,うつ病性障害に随伴する人格障害については夥しい数の文献が発表されている(表1)。大うつ病性障害と同時に人恪障害と診断される割合は入院患者では30~60%,外来患者では20~80%と報告によって大きな差がある。慢性うつ病者(2年以上続く大うつ病,気分変調障害あるいはそのどちらもが重なった重複うつ病)を対象にした研究では,51%に何らかの人格障害が認められている。また,人格障害の内訳の一例を表2に示したが,これら人格障害の比率は経過中の躁病や軽躁病のエピソードの有無に左右されないとの報告がある。人格障害の有病率が報告ごとに人きな幅を持つ理由は,訓査対象の規模,うつ病の罹病期間などが多様で,もっぱら臨床症状をもとに人格障害の診断を行うDSMにも一因があるとされている。うつ病者の中で複数の人格障害が診断される割合は5~5̃5%と広い範囲にあり,さらに,一般に人格障害の重複診断が25%程度と報告されているのを斟酌すると,DSMによる人格障害診断法の妥当性について考えて直してみる必要がある。Hirschfeldは慢性うつ病(2年以上の大うつ病性障害,気分変調症および重複うつ病),患者のうち薬物療法に反応したものについて,治療前後の人格障害の有病率の変化を報告している(表3)。薬物治療28週後の評価では,人格障害の有病率は62%と低下し,薬物療法が,うつ病と共に人格障害にも有効であったとしている。さらにclusterA(妄想性,分裂病型,分裂病質)に比較し,dusterB(反社会性,境界性,演技性,自己愛性)やclusterC(回避性,依存性,強迫性,依存性)に分類される人格障害は,うつ病の改善に伴う有病率の低下が著しいと述べている。しかしこの結果から,ただちに薬物療法がそれぞれの人格障害に有効であったと判断できるだろうか。例えば,うつ病の診断基準項目のいくつかが人格障害の診断に影響を与える交絡因子(confounding factors)である場合には同じ結果が予想される。従って人格障害の診断の際には,「疾患エピソード(この例ではうつ病)に由来すると思われる行動や人格傾向は考慮に入れない」という大原則が重要な意味を持ってくる。実際,DSMを用いて行われたうつ病の予後研究を通覧すると,予後因子としての人格障害の意義についてコンセンサスが得られているとは言えず,結果の解釈に慎重でなければならない。

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表1 大うつ病性障害(DSM-Ⅲ,DSM-Ⅲ-R)における人格障害の有病率
表2 大うつ病性障害(DSM-Ⅲ,DSM-Ⅲ-R)における各人格障害の有病率 
表3 薬物療法が有効な慢性うつ病における人格障害の有病率の変化

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Ⅲ.慢性の軽症うつ病、「気分変調性障害」は人格障害か -「抑うつ性人格障害」との関係-

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近年,慢性に経過する軽症うつ病が増加し,またこれらの患者の一部は抗うつ薬による治療によく反応することが知られている。そこで従来の範躊的かつ成因論的なうつ病分類,すなわち内因性と心因性(神経症性)うつ病の区別は再考を迫られることになった。このような臨床的状況のさなか,Akiskalは一連の実証的研究の成果に基づ いて,軽症うつ病を性格スベクトラム障害(character-spectrum disorders)と亜感情病性気分変調症(subaffective dysthymic disorders)とに分け,前者は様々な人格障害が同時に診断されることが多く,後者は薬物への良好な反応が期待されるとした(表4)。現在用いられている「気分変調症(dysthymia)」の診断概念は,歴史的にAkiskalが提案したこれらの2種類の軽症うつ病を包含している。しかし,DSMの診断基準を一瞥しただけでは,症状の程度と持続期間の点で大うつ病性障害と区別されているに過ぎないため,気分変調性障害は単なる「慢性かつ軽症のうつ病」と捉えられがちである。

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表4 性格スペクトラム障害と亜感情病性気分変調症
* 性格スペクトラム障害 感情病性気分変調症
薬物への反応 三環系,MAOI,Liが奏効しない 三環系,MAOI,Liが有効
REM潜時 短縮なし 短縮あり
症状の特徴 メランコリー病像なし 一次性うつ病の病像に近縁
家族歴 アルコール症が多い 単極性あるいは双極性感情障害者がいる
人格障害,性格傾向の特徴 依存性,演技性,反社会性,分裂病性などの性格障害の病理があり Schneiderの「抑うつ者」

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Akiskalの提案を受けて,大うつ病や人格障害と気分変調性障害との関係を調べた実証的な研究が数多く報告されてきている。気分変調症者の家系における,うつ病性障害や人格障害の有病率の研究もその一つである。Kleinによると,21歳以下の気分変調性障害者の第一度親族における同症の有病率は対照に比較し有意に高く,うつ病性障害の中でも気分変調性障害が独自の疾患単位であることを示唆している。

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気分変調症をうつ病の亜型とするこれらの考え方に対し,年余に亘って認められる抑うつ気分やアンヘドニアを,人格障害とする流れが一方に存在している。当初,Kraepelinによって大うつ病の病前性格として概念化された「うつ病性格」は,Schneiderによって独立した人格障害のカテゴリーとされ,その後精神分析的な観点からも繰り返し検討を重ねられてきた。にも拘わらず,DSMにおいて「抑うつ性人格障害(depressive personality)」が「今後検討を要する課題」として付録(appendix)での記状に格下げされた事情は,症候論的に気分変調症との区別が曖昧なためと,人格障害とした場合に抗うつ薬による薬物療法の対象から排除されるという予断を避けるためである。

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IV.人格障害をcomorbidしない「うつ病者」の多様性

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ここまでは,うつ病者のうち20~80%にもなるとされる,人格障害をcomorbidする症例群について考察してきた。それではそれ以外のうつ病者は,人格傾向という観点でどのような特徴が認められるのであろうか。従来の内因性うつ病では,抑うつ気分やアンヘドニア,行動抑制など,うつ病共通の精神症状の他に,early-morning worseningと表現される気分の日内変化や,早朝覚醒を特徴とする不眠、体重減少などの身体的症状が知られていた。DSMにおいてもこれらの患者群は「メランコリー型」として受け継がれていて,REM潜時の短縮やnon-REM睡眠時間の減少,ECTや薬物療法が有効であるなどの点で,他の患者群と区別されている。一方,人格障害のcomorbidという観点で見ると,このメランコリー型のうつ病は,いずれの人格障害にもあてはまらないという特徴が指摘されている(すなわち文化的背景を考慮に入れても患者の思考や行動の様式は社会適応的という意味である)。そしてさらに他者配慮を旨とした秩序への従順さを特徴とする「メランコリー親和型性格」や「執着気質」といった人格は,このうつ病亜型に共通して認められると信じられてきた。

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一方,この説に対する反論は,患者の人格を判定する際の情報が,そのときの患者の抑うつに影響を受け(state effect),また自己評価と近親者の評価は必ずしも一致するとは限らないという点にあった。我々もまた,人格検査の一つであるTemperament and Charaderl nventory(TCI)の結果が大うつ病患者の抑うつ状態によって変化するか否か,抗うつ薬治療の前後で検討して,大うつ病の状態像がTCIの結果に影響をおよぼすことを明らかにしている。さらにFurukawaらは,メランコリー性格尺度を用いて近親者からの評価と患者の自己評価を比較している。その結果,症候論的にメランコリー型うつ病(DSM-IV-TR)に相当する内因性うつ病(ICD-10)では,自己評価と客観的な評価との一致率が高いとし,その他のうつ病において自称メランコリー性格者が多いのと対照的であると報告している。

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人格障害に該当しないうつ病者の人格特徴については,人格の次元モデルを用いた研究も報告されている。これらの研究の前提は,人格が独立した計量可能な「因子」に規定されていて,そのうちの一部は遺伝的,生物学的な背景を持つというものである。前方視的手法を用いたHirschfeldらの報告では,うつ病者は病前から有意にneuroticismが高いが,これは他の精神障害についても認められるので非特異的な所見であるというものであり,その他の報告も臨床的に有用な知見を提示するまでには至っていない。

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V.DSM以後のうつ病概念に求められるもの

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症状のセットを診断基準に据えて多軸診断を行うDSMの考え方が,eomorbidityという概念を産んだ背景を説明してきた。これによってうつ病にcomorbidしている人格障害や人格傾向の持つ意味が,統計的に検証可能になったことは問違いない。しかし果たしてこのような統計的な手法によって,個別の患者の抑うつへの理解が深まり,治療上の対応を決めるに必要な知見が手に入ると言えるのだろうか。例えば,メランコリー性格者が状況の変化によってそれまで馴れ親しんできた生活様式から即別し,新しい状況への適応の途上でうつ病を発症した場合と,境界性人格障害者が主たる養育者との死別や主治医の転勤をきっかけに気分変調症と診断された場合を想像してみよう。この2つのケースで見られる抑うつ感の質的な差異について統計的な検証はあまり役に立たず,むしろ抑うつ感を巡る患者の個別的かつ主観的な体験についての理解が治療的対応に欠かせない情報である。

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Gundersonらは,DSMの第2軸に境界性人格障害が当てはまるときの第1軸診断との関係を次の4つに整理している。すなわち,第1軸の障害が一次的で人格障害や人格傾向が二次的に派生した場合,第2軸の人格障害が一次的でうつ病などの疾患の脆弱性を決めている場合,あるいは第1軸の障害と第2軸の人格障害が共通の別の原因に基づいていると考えられる場合,さらに両者が偶然に随伴したと考えられる場合である。列挙した第1軸の障害と第2軸の関係はそれぞれ互いに排除するものではないと考えられるので,事情は一層複雑である。これは,従来の成因論的な診断分類において,(病前の)人格傾向と発病状況,そして病像を一つのセットと見なし,特に前二者の間に発症に至る内的な連関を求めているのと対照的である。そして,このような発症についての解釈は,往々にして患者自身の主観的体験と一致していて,認知行動療法をはじめとした治療の過程で積極的に利用できることが多い。この意味では,DSMに代表される統計的な検証方法の分は悪く,連綿と集積されてきた臨床家の問にある経験をすくいとっているとは言えない状況である。本稿で辿ってきたように,成因論的かつ範疇的なうつ病の診断方法とDSMとの間にある葛藤を理解することは,精神科の臨床経験を豊かにする,極めて教育的な作業であると考えるものである。

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文献
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うつ状態の臨床分類と生物学的基盤 大森哲郎

1.シュナイダー先生のお話は、改めて鋭いと思う。
2.遺伝背景、病前性格、状況、ストレス、こういった事項を生物学的言葉に翻訳して、どの程度精密さを維持できるかが問題である。笠原先生は、心理学の大陸があり、一方で生物学の大陸があり、いまは遠く離れているが、両方から接近しつつあるのだといった意味のことを書いている。

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臨床精神医学34(5):581-585,2005
「うつ状態」とその分類
うつ状態の臨床分類と生物学的基盤
大森哲郎
Keywords:depression,classification,heterogeneity

1.はじめに

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この四半世紀にわが国の精神科診断分類は大きく変わった。その中でも,うつ状態の分類は最 も大きく変わった領域の1つである。ドイツ精神医学の流れをくむ従来診断が背景に退き,メ ランコリー親和型性格に注目する発病状況論の台頭を経て,症候論に基づく国際診断分類が日常臨床の中に定着している。臨床分類は病態や病因と対応しているのが望ましいが,精神疾患 ではそれを実現してはいない。それでも疾患の基盤に生物学的異常があるとすれば,診断分類 との関係を考えておくことは大切である。本稿では,診断分類の変遷にそって,それぞれの生物学的基盤に関して大づかみに検討する。細部の異同を捨ててDSM-Ⅲ,DSM-IVおよびICD-10を併せて国際分類と総称し,大うつ病エピソードやうつ病エピソードの表記はうつ病に統一した 。

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2.従来診断における生物学的異常の措定

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従来診断では,うつ状態を内因性と心因性(神経症性)に分ける成因論的観点からの分類が普通であった。内因性うつ病は脳の機能障害を伴う精神疾患であり,心因性(神経症性)うつ病は体 験に伴う心理性格反応とされていた。このような分類規定はドイツ精神医学に基づいている 。最近は伝統的なドイツ精神医学は省みられることが少なくなっているが,筆者が精神科の研修を始めた頃(1981年)は,クルト・シュナイダーの「臨床精神病理学(平井静也,鹿子木敏範訳 )」やヤスパースの精神病理学原論(西丸四方訳)は,入門者の必読書とされていた。

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クルト・シュナイダーによれば,循環病(躁うつ病)は,未知の脳の疾病の心理的表現である。 この疾患は,脳器質疾患に準ずるような身体的な疾患であり,循環病という心理学的事実に対 応する未知の脳内異常事象の存在が措定された。この措定を支持するのは,遺伝傾向の存在, 全身性の身体変化の随伴,身体療法(薬物療法導入前の電気けいれん療法などと思われる)の有効性などである。しかし,それ以上に重視されたのは,循環病の患者では正常な精神生活およびそのバリエーションとは全く類似性を持たない症状までも現れるということ,およびその症状は心理的体験のために生じるのではないという精神病理学的事実である。

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つまり,典型的躁うつ病相は,納得できる心理的きっかけがなくても生じ,症状は程度が強いというだけでなく内容が極端で,日常生活で経験する憂うつや高揚とは明らかに隔絶し,身体面の症状も多く含む。治療には(現在ならば)薬物療法や電気けいれん療法などの生物学的方法 が有効である。こういうことから,典型的躁うつ病相に,脳の疾病を措定している。

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シュナイダーの時代には,脳の異常の正体は全く不明であった。当時から現在までに,神経科学は驚くべき進歩を遂げ,生物学的研究はうつ病の病態に関し膨大な知見を提供している。しかし,その全貌はいまだに明らかではない。現在においても,うつ病に生物学的異常を仮定するうえで,またそれを探求する研究を正当化するうえで,厳密な臨床観察に基づくシュナイダ ーの精神病理学的考察は,その価値を失っていないと思われる。生物学的研究所見の集積から 脳の異常が示唆されたのではなく,緻密な臨床観察から脳の異常が措定されたという歴史的経緯を,臨床医は忘れるべきではない。

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なお,従来診断においても,躁うつ病が何らかの心理的出来事に続発することは知られていた 。しかし,それは誘因ではあっても病因として作用するのではないとされ,心理的次元と生物学的次元は切り離して理解されていた。

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3.生物学的観点からみた性格反応型うつ病

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うつ病の発症に心理的体験が関与しているようにみえる場合は実際には少なくない。日本の下田光造とドイツのテレンバッハは,その意義を積極的に評価し考察した。彼らの考え方が日本の臨床家に広まったのは,1975年に発表された笠原・木村のうつ状態の分類に負うところが 大きい。この分類は,「病前性格一発病状況一病像一治療への反応一経過」をセットとして気分障害を6つに分けたものであるが,特に注目されたのはそのI型である。性格(状況)反応型と名づけられたⅠ型は,病前性格にメランコリー親和型性格ないし執着性格を持つものが,転勤 や昇任,家族成員の移動などの生活状況変化に際して発症し,病像は典型的な内因性うつ病であって,抗うつ薬によく反応し,経過もよくてしばしば単相のうつ病である。この分類は,軽症うつ病を診療する機会の増加した臨床医の支持を集めた。精神病理学的には,性格と状況が典型的な内因性病像を作り出す過程を,心身二元論を超越したところで考察した点に大きな意義があると思われる。

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しかし,この性格は英語圏では注目されなかった。また,日本でも1990年代以降になって行われた実証的研究は,うつ病の病前性格として必ずしもメランコリー親和型が多いわけではないことを示している。ある時期までの日本社会には相当数見られたこの性格が,ここ10数年の間 に急速に少数派に転じたということかもしれない。実際,メランコリー親和型性格の減少は最近も指摘されている。他方,さまざまな生活上の出来事が発病に先駆することがあることはク レペリンやシュナイダーの時代からどの言語圏でも認められている。したがって,性格に重点を置くよりは,生活上の出来事に重点を置く方が,時代と社会を越えて普遍的である。ここで生活上の出来事をストレス体験という角度から見れば,生物学的立場との架け橋ができる。

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早くも山下は1978年に,遺伝素因や身体条件とともに心理社会的要因がうつ病発症に関与する仕組みについて,先見的な仮説を提唱している。当時,うつ病の背景に脳内モノアミン代謝の変化があるらしいことが,いくつかの臨床生化学的研究および抗うつ薬の作用機序研究から推定されていた。一方で,脳内モノアミン代謝には,遺伝的に規定される個体差だけでなく,加 齢などの身体条件や,さまざまな情動刺激が大きな影響を及ぼすことも明らかになりつつあっ た。山下は,抑うつ状態を心理的なうつ症状と表裏一体をなすであろうモノアミン代謝という 平面の上におろすと,内因も身体要因も心理社会的要因もモノアミン代謝の変化を通して抑う つ状態を引き起こす点において,みな共通の性質を持つと考えることができると提唱した。す なわち,心理社会的要因もストレスとして働いてモノアミン代謝の変化を起こし,素因と相乗 的に慟いて抑うつ症状を作り出すのである。このように考えると,心理社会的な要因が一見反 応性にうつ病を引き起こすことがあり,しかもそのときの病像が誘因なしに生じる場合と全く 同じ病像となり,かつ薬物療法によく反応することを無理なく説明することができる。当時, 脳内モノアミン代謝変化に絞り込まれたかに見えたうつ病の病態は,その後の研究からそれよりはるかに複雑で広範に及ぶことが示され,平行してストレスの影響も広範囲の脳機能系に及 ぶことが明らかとなったが,両者の範囲はおおむね重なっている。「脳内モノアミン代謝の変 化」を「脳内モノアミン系を含む機能障害」と読み換えれば,この仮説の骨子は四半世紀後の 現在もそのまま成り立っている。

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うつ病に脳機能障害を仮定する立場からメランコリー親和型性格の意昧づけを逆照射すると, この性格は特定の環境変化が過度のストレスを伴いやすいという点で病態促進的に働くが,同 時に症状の表現様式にも大きな影響を持つ可能性がある。同一の脳内機能変化が生じた場合, 心理行動面に表れる症状は基本的には類似したものとなるが,文化や社会や環境にも規定され るし,微妙な身体条件によっても左右され,とりわけ性格には大きな影響を受けると思われる 。例えば,一定濃度のアルコールが脳内に作用した場合,それは共通の心理行動効果をもたら すとともに,それぞれの体質と性格と環境によって微妙に千差万別の効果をも作り出す。うつ 病の病態は,アルコールのように外因的でも均一でもなく,それよりはるかに複雑である。し かし,脳機能障害が心理社会的要因に修飾されて心理行動症状に表現されるという単純化した 思考モデルを当てはめると,勤勉で几帳面で責任感が強く対人関係を気遣うメランコリー親和 型性格の人に「脳内モノアミン系を含む機能障害」が生じると,抑うつ気分と意欲低下を強く 自覚するだけでなく,仕事量の低下に苛立ち,自責的となって自己処罰的な自殺念慮をつのら せるという推定が成り立つ。うつ病の精神症状が顕著に表に出るのである。逆に,不真面目, ルーズ,無責任で自己本位な人に,同様の「脳内モノアミン系を含む機能障害」が生じた場合 には,症状の中に他罰的言辞,なげやりな態度,短絡的な行動化などが混入して,うつ病症状が 迷彩化される可能性がある。この意味でメランコリー親和型性格は,元来の性格という「地」 から,うつ病症状という「図」をくっきりと浮かび上がらせる構造を持っているように思われ る。

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4.国際分類における生物学的基盤

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周知のように,国際分類は症候論に立った操作的な分類である。気分障害の分類の特徴は,第 一にはいわゆる内因と心因の区別を廃し神経症性うつ病を気分障害へと同化したことであり, 第二には単極と双極という極性へ着目したことにある。しかしながら,ICD-10に述べられてい るように,「気分障害の病因,症状,基盤にある生化学的過程,治療への反応,および転帰との間 の関連はまだ十分わかっていないので,この疾患を誰もが十分納得できるような形で分類する ことはできない」のであり,この分類の妥当性を生物学的観点から論ずることは時期尚早と言 わざるを得ない。ここでは,薬物治療への反応という観点に限定して,若干の整理を試みる。

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4-1.神経症性うつ病の気分障害への同化

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従来診断においては,躁うつ病が脳の機能的疾患であるのに対し,神経症性うつ病は心理性格 環境要因から生じる反応性のものであり,正常心理の延長ともいえるものであった。躁うつ病 には薬物治療を含め身体レベルに作用する治療法が有効であるが,神経症性うつ病には薬物療 法には積極的な意義はなく,環境調節や精神療法が重要であるとされていた。このように古典 的には,対比的に理解されていた神経症性うつ病を気分障害の中に同化したことは,国際診断 の大きな特徴となっている。もちろん,この大胆な転換の背景には多くの研究があるのであり ,神経症性うつ病として発症しても,数年間経過観察すると,内因性うつ病,精神病性うつ病,躁病,軽躁病などのエピソードが高率に出現することを示した経過研究などは,その重要な1つで あろう。

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では,薬物治療への反応からはこの転換は支持されるだろうか。従来診断の神経症性うつ病は ,国際分類では,うつ病エピソードの一部および気分変調症の相当部分に該当する。もし,抗う つ薬に対する反応性が気分変調症においてもうつ病と同等に高ければ,うつ病と共通する脳機 能障害がこの疾患においても示唆され,極端に低ければ気分変調症にはむしろ従来の神経症性 うつ病の名がふさわしく,それを気分障害の中へ分類する妥当性には疑義が生じることになる 。

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うつ病と気分変調症の両者を含む抗うつ薬効果のメタ解析によれば,12週間以内の治療期間において,抑うつ症状の半減した気分変調症は,プラセボ群の37%に対し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)服用者が大部分を構成する新規抗うつ薬群で59%,三環系抗うつ薬を用いた群でも同じく59%である。うつ病では,数週の試験期間中に抑うつ症状が半減する割合は ,新規抗うつ薬群で51%であり,プラセボ群では32%であった。新規抗うつ薬と三環系抗うつ薬との間の差はない。この手の研究の常として,臨床家の実感と比べると抗うつ薬の効果が小さ くプラセボの効果が大きい印象はある。しかし,新規抗うつ薬にしても三環系抗うつ薬にして も,気分変調症においてもうつ病と同等の効果があるのであり,薬物反応性という観点からみ ると,両疾患は類似性が高い。気分変調症に該当する症例を神経症性とみて成因論的に別種の ものとした従来診断よりも,気分障害の中で並列的に分類した国際分類の方を支持する結果と いえるだろう。

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4-2.極性への着目

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単極型と双極型の区別は国際分類のもう1つの大きな特徴である。そもそも従来診断では単極 性のうつ病はまだその存在が明示されていなかった。前述したシュナイダーの本では循環病 としてしか論じられていない。我国でも,1978年版の諏訪望や1976年版の村上仁らなどの当時 の代表的な教科書においても,躁うつ両病相をとる経過を中心に記載され,単極性うつ病は躁 うつ病のむしろ特殊型という位置づけに読める。単極性と双極性に分けたのは,1950年代後半 以降の,ドイツのLeonhalt,スイスのAngust,スウェーデンのPerris,米国のWinokurらの経過研 究を嚆矢とし,臨床遺伝学的にも支持され,国際分類へ採用されるに至ったのである。気分障 害に関しては,国際分類は症候よりは,むしろ経過に基づく分類であるとさえ言える。

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薬物治療への反応性からは,この極性に基づく分類は支持されるだろうか。リチウムをはじめ とする気分安定薬は,双極性障害の躁うつ両病相の治療と予防に有効であり,単極うつ病の治 療や予防には通常は有効ではない。単極うつ病に有効な抗うつ薬は,双極うつ病(双極性障害 のうつ病相)の治療での有効性には否定的な見解もあり,少なくとも単剤使用は推奨されてい ない。周知のように抗うつ薬の直接作用はモノアミン取り込み阻害であることが確立してお り,気分安定薬はいくつかの細胞内シグナル伝達系が有力候補である。たとえばリチウムでは ,イノシトールモノフォスファターゼ,イノシトール多リン酸モノフォスファターゼ,グリコー ゲンシンターゼキナーゼ3βなどに対する阻害作用が注目されている。単極型と双極型が,こ のように作用点の異なる薬物に反応するということは,両者の生物学的基盤が異なることを推 測させるものであり,極性に基づく分類を支持していると言える。

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おわりに

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従来分類,性格反応型および国際分類という3つのうつ状態の臨床分類と生物学的基盤との関 連について,筆者の理解の及ぶ範囲で私見を交えて通覧した。精神病理学的考察からの生物学 的異常の措定には現在もなお意義があること,および性格反応型においても生物学的立場から の考察が可能であることを述べた。ついで,従来分類と比較した場合の国際分類の特徴を,神 経症性うつ病の同化と極性重視の分類とみて,この2つの特徴を治療薬物への反応性という観 点から評価すれば,国際分類の方が生物学的基盤との整合性があることを述べた。

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しかし,このことは気分障害の国際分類が生物学的基盤に立脚していることを意味しない。薬 物反応性の観点からも,抗うつ薬に反応しないうつ病の存在はうつ病内部における異種性を示 唆しているともいえるし,不安障害や強迫性障害に広がる抗うつ薬の有効性はそれらの疾患と うつ病との境界を曖昧にしているともいえるのである。病態や病因と対応した診断分類の実 現へ向けて,さまざまな立場からの臨床研究の集積がぜひとも必要である。

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文献

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