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妊婦の魚摂取はリスクよりも利益が上回る

妊婦の魚摂取はリスクよりも利益が上回る 
 
   米国では2001年、米国食品医薬品局(FDA)および米国環境保護局(EPA)が、「妊婦は魚の摂取を週に12オンス(約340g)以内に控えるべき」との勧告を行った。魚介類に水銀が含まれる可能性があるとの理由からである。しかし今回、米国で母子健康向上を推進する団体HMHB(National Healthy Mothers, Healthy Babies Coalition)は、この警告は誤りであると指摘。水銀の問題よりも、魚類に含まれるオメガ-3脂肪酸の不足による害の方が深刻で、女性はもっと魚介類を食べるべきだという。この勧告は、ワシントンD.C.で開催された米国記者クラブ会議で発表された。

 HMHBは、米国小児科学会(AAP)、ボランティア団体March of Dimes、政府機関である米国疾病予防管理センター(CDC)なども構成メンバーとなっている非営利団体。そのメンバーの一人、ニューヨーク大学メディカルセンター助教授のAshley S. Roman博士は、FDAおよびEPAの勧告により多くの女性が魚の摂取を恐れているが、妊娠中のバランスのとれた食事に魚は欠かせないと述べている。

 魚介類の摂取は、胎児の脳の発達、認知・運動能力の向上、早産や産後うつ病のリスク軽減など、数多くの利益をもたらすことが裏付けられているという。週12オンス以上の魚の摂取で、胎児によい影響がみられることも複数の研究で示されており、オメガ-3脂肪酸の摂取が不十分であると、母体と胎児の両方に健康リスクが生じる。米国民健康栄養調査(NHNES)のデータによれば、米国女性の90%は魚の摂取量がFDAの摂取推奨量に達しておらず、オメガ-3脂肪酸の摂取が不足していることがわかっている。別の研究では、FDAおよびEPAの警告により、妊婦の56%が魚の摂取を控えていることも判明した。

 「妊娠を望む女性、妊婦、母乳育児中の女性は怖がらずにサケ、マグロ、イワシ、サバなどを週に12オンス以上食べるべきである」とRoman氏は勧めている。魚を食べられない場合は、魚油サプリメント(栄養補助食品)で代用してもよい。また、魚介類に含まれるセレニウムには水銀の有害作用を抑えるはたらきがあることもわかっている。魚に含まれる一成分だけではなく、魚全体で考えるべきだとRoman氏は指摘する。

 他の専門家らも、オメガ-3脂肪酸を十分に摂らないことの方が、微量の水銀摂取よりも危険と同意している。魚に含まれる水銀の有害性が示された過去の事例は、日本で発生した工業汚染のケース(水俣病)のみであり、それ以外には世界のどこでも魚の摂取による被害は報告されていないとのこと。
 
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水銀だ。



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人尿が安全で優れた肥料に

人尿が安全で優れた肥料に 
 
   財政の苦しい農家にとって、身近に無料の肥料があるという。人尿が窒素やその他ミネラルの優れた供給源となることがフィンランドの研究で示された。この知見は、農業食品化学誌「Journal of Agricultural and Food Chemistry」10月31日号に掲載される。

 クオピオKuopio大学環境科学部のHelvi Heinonen-Tanski氏らの研究グループは、汚水処理システムのない地域で人尿を農業に役立てると同時に、水資源の汚染を減らし、水を守る方法を探るべく今回の研究を実施した。尿を肥料として利用するのは一般的ではないが、フィンランドの一部地域では増えており、オオムギおよびキュウリ栽培にも用いられている。尿には窒素が含まれることから、他の植物にも優れた肥料となると思われるという。

 研究では、試験作物として多量の窒素を必要とするキャベツを選択。人尿を肥料として育てたキャベツと、肥料なし、市販の肥料を用いたものを比較した。収穫時、尿を肥料としたキャベツは市販肥料のものに比べやや大きく、最大サイズまでの成長が早かったほか、虫害が少なかった。3種類のキャベツで作ったザワークラウトを20人が試食した結果、味に違いはあったが、いずれも「おいしい」との評価であった。

 今回の結果から、ヒト1人が1年間に排泄する尿で、キャベツ160株の栽培に十分との結論に達した。これは、同条件の畑で市販の肥料を使用して育てることのできるキャベツよりも64kg多い。「心理的な抵抗感はともかく、尿は正しく扱えば汚染物質ではなく資源となる」とHeinonen-Tanski氏は述べており、尿はエコトイレから集めて貯蔵し、直接作物にかけずに周囲の土にまくよう勧めている。

 米ニューヨーク大学医療センターのPhilip Tierno博士は、尿は窒素を含む優れた天然物質で、肥料として簡単に用いることができると述べている。尿に含まれる病原菌は土の中の微生物に淘汰(とうた)されるため、汚染リスクはほとんどないという。米ワシントン州立大学のBarry Swanson氏も、尿が窒素、カリウム、リンの優れた栄養源であると認め、米国では衛生観念の点から受け入れられないかもしれないが、国によっては極めて実用的な利用方法であると述べている。なお、キャベツをザワークラウトとして保存すれば、大量の塩によって病原菌の増殖が抑えられるとのこと。
 
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日本では昔からきわめて一般的ですが。



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高学歴者では認知症の発症は遅いが進行は速い

高学歴者では認知症の発症は遅いが進行は速い 
 
   高等教育を受けた人では認知症の発症は遅いものの、いったん認知力の低下が始まると急激に進行することが新しい研究で判明した。この研究は米アルバート・アインシュタイン医科大学(ニューヨーク)のCharles B. Hall氏らによるもので、米医学誌「Neurology」10月23日号に掲載された。

 学歴の高い人は、脳に「予備力」があるために認知症の病変に長い期間耐えることができるが、疾患の進行がこの予備力を上回ると、その後の精神機能の低下は加速されるとする、いわゆる「認知的予備力(cognitive reserve)仮説」がこの研究によって裏付けられたといえるという。

 Hall氏らは、この仮説を検討するために、認知症を発症した患者117人を平均6年間追跡し、1年ごとに認知力を評価。被験者の学歴は、小学校3年間未満から大学院まで幅があった。教育を受けた期間が1年増えるごとに、認知症による急速な記憶力低下が始まるのが約2カ月半遅かったが、いったん低下が始まると、教育期間が1年増えるごとに、認知力の低下する速度が4%速くなることが明らかになった。

 Hall氏によると、現時点ではアルツハイマー病の有効な治療法がないため、この研究の実用的意義は限られているという。しかし、認知症の症状の現れ方には極めてばらつきがあることを医師は知っておく必要があり、特に高齢者のケアを担う立場にある人(家族、介護者、医師など)は、学歴の高い人では認知症が予想以上の速度で進行する可能性を認識しておく必要があると指摘している。

 また、認知症状が現れたときには、すでに脳の相当範囲が病変に侵されているケースがある。このため、仮に認知症の自然経過を変えることのできる治療法が見つかったとしても、症状が出るまで待っていては、特に高学歴の人では、治療が間に合わない可能性もあるという。認知症の発症を示すさまざまな生物学的マーカーの発見に多くの人が取り組んでおり、このような研究を継続することが重要だとHall氏は述べている。
 



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自閉症の新しいガイドライン

米国小児科学会が自閉症の新しいガイドラインを発表 
 
   米国小児科学会(AAP)は、自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorders)をもつ小児の発見および対処法について2つの勧告を発表した。米ニューヨーク大学小児研究センターのMellissa Nishawala博士によると、小児の発達には大きな個人差があるとして親を安心させる傾向があるために、小児が正式に自閉症であると診断されるまでに1年以上を要することもあり、治療に最適な時期を逃してしまうことがあるという。この報告は医学誌「Pediatrics」11月号に掲載されたほか、サンフランシスコで開催されたAAP年次集会でも発表された。

 第1の報告は、自閉症スペクトラム障害の発見方法を詳細に示したもので、下記のような徴候を挙げている:
 ・両親や世話をする人を見つめるとき、嬉しそうな表情がみられない。
 ・生後5カ月ごろ以降、親子の間での喃語でのおしゃべりがない。
 ・親の声を認識しない。親が子どもの名前を読んでも振り向かない。
 ・目を合わせない。
 ・9カ月を過ぎても喃語(なんご=片言を言う)が出ない。
 ・手を振る、指差すなどの身ぶりが少ないか、全くない。
 ・反復的な行動がある。

 言語が発達するころに明確に現れる危険信号は以下のとおり:
 ・16カ月までに単語が出ない。
 ・1歳までに喃語がなく、指差しなどの身振りによる伝達もみられない。
 ・2歳までに2語文が出ない。
 ・年齢にかかわらず、言語能力が低い。

 この報告では、たとえ親が特に心配していなくても、生後18カ月から24カ月の間にすべての小児について共通のスクリーニングを実施するよう推奨している。



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ヒット曲の3分の1が薬物乱用を歌う

ヒット曲の3分の1が薬物乱用を歌う 
 
   歌詞の内容で判断するなら、ロックよりもカントリー・ミュージックの方が子どもにとって有害である可能性があるという。複数ジャンルのヒット曲について調べた研究の結果、カントリーの37%、ロックの14%で薬物やアルコールについて歌われていることが明らかになった。ラップではさらに多く、77%にも上ったという。この知見は米ワシントンD.C.で開催された米国公衆衛生学会(APHA)年次集会で発表された。

 今回の研究は、米ピッツバーグ大学(ペンシルベニア州)医学部のBrian Primack博士らが、音楽誌「Billboard」のヒットチャートをもとに、子どもに人気のあるラップ、カントリー、R&B(リズム・アンド・ブルース)/ヒップホップ、ロック、ポップスの5ジャンルから2005年にヒットした279曲について調べたもの。

 その結果、全体の3分の1の曲が薬物乱用について言及していることが明らかになった。ポップスでは9%、R&B/ヒップホップでは20%であった。8~18歳の子どもは、1日に約2時間ポピュラーミュージックを聴くこともわかった。

 アルコールおよび大麻について歌ったものが特に多く、いわば「肯定的」結果に言及する傾向があった。「性的、社会的、感情的結果は肯定的だが、身体的、法的には否定的というものが多くみられた」とPrimack氏は述べている。

 ビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」はLSDを暗示するといわれることもあるが(バンド側は否定している)、現代の歌ではこのように婉曲(えんきょく)的な表現ではないという。カントリー・ミュージックでは、薬物よりもアルコールに言及する頻度が高かったが、いずれにしても子どもたちへの影響は少なくないはずだとPrimack氏はいう。

 今回の研究では、歌の内容と子どもの行動との関係については検討していないが、子どもたちと話し合い、正しいこととそうでないことを教えるきっかけになるとPrimack氏は述べている。

 別の専門家も、エンターテインメントがそれを視聴する子どもの行動に与える影響については明らかにされていないことを認めている。例えば、暴力的なテレビ番組を見ることによって子どもが暴力的になるのか、もともと攻撃的な子どもがそのようなテレビ番組を好むのかは判断できない。いずれにせよ問題は、行動との関係があるならば、どういった関係なのかという点であるという。
 



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新しい喘息治療ガイドライン

新しい喘息治療ガイドライン 
 
   米国心肺血液研究所(NHLBI)の米国喘息教育予防プログラム(NAEPP)により、喘息の管理と発作予防に焦点を当てた新しい喘息ガイドラインが作成され、ダラスで開催された米国アレルギー喘息免疫学会(ACAAI)年次集会で発表された。

 喘息症状はコントロールでき、重度の発作は防ぎうるという。このガイドラインでは、喘息と診断された人が必ずしも呼吸困難に苦しむわけでもなく、活動を制限される必要もないことが強調されている。「すべての喘息患者にこのことを実感してもらいたい」と米Advocate Health Care(シカゴ)のMichael B. Foggs博士は述べている。

 新ガイドラインでは、新たに医師と患者の協調と、監視・管理の継続に重きを置いている:

・喘息患者は、疾患の重さや症状の有無にかかわらず、1~6カ月に1回、医師の診察を受ける必要がある。
・日常の処置に関する指示や症状が悪化した際の対処法が書かれた治療計画書を、患者全員が持つ。この計画書は医師または看護師が患者の意見を取り入れて作成し、家族、教員、スポーツのコーチなど、患者に関わる人すべてにも共有させる。
・喘息治療には、患者の文化的背景や教養レベルを考慮に入れた教育を取り入れる必要がある。患者が自分の喘息管理に積極的に関わるようにする。
・重症度に基づき、旧ガイドラインの4段階ではなく、6段階に分けた喘息治療を行う。従来どおり、症状に応じて薬剤を増減する段階的な治療が推奨される。

 10年ぶりの大改訂となるこの新しいガイドラインでは、吸入コルチコステロイド薬の定期的な使用が標準治療であることを強調しているが、実際に処方される頻度はそれほど高くないという。スポーツ選手が筋力増強のために用いる危険な蛋白(たんぱく)同化ステロイドと混同している人もいるが、コルチコステロイド薬は適切に使用すれば極めて安全で有効であると専門家は述べている。

 5~11歳の小児では薬剤への反応が成人と異なることがあるため、この年齢層は独立したカテゴリーとして扱われている。多くの成人患者に必要とされる長時間作用型β(ベータ)作動薬などとの併用はせず、低用量の吸入コルチコステロイド薬を毎日使用するだけで喘息を管理できるとしている。さらに、喘息の症状がないときでもコントロール薬を使用する必要があることが強調されているほか、薬剤を肺にきちんと届かせるため吸入器(インヘラー)の正しい使用法を患者に指導することも必要としている。
 



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“高齢者は運動をしないもの”という考えは単なる思い込み

“高齢者は運動をしないもの”という考えは単なる思い込み  
 
年を取れば動きが鈍くなるのが当然だと思い込んでいる高齢者が多いが、試験的プログラムにより、このような誤解は簡単に解消できることが示された。

今回の研究では、運動をしない65歳以上の高齢者46人を対象に、週1回1時間、計4回のグループセッションを実施。このセッションでは、健康指導員が「再帰属訓練(attribution retraining)」と呼ばれる技術を用いて、年を取れば運動をしなくなるのが普通だという考えを改め、高齢になっても運動を続けることが可能であると考えるよう指導を行った。毎回のセッションの後は、筋力、耐久性、柔軟性のトレーニングなど1時間の運動講座を実施した。

研究期間中、参加者の1週間ごとの歩行歩数(電子歩数計により測定)は2万4,749歩から3万707歩に増大(24%増)。また、精神的健康についてのQOL(生活の質)が改善され、日常の動作の困難や痛みが少なくなり、活力が高まったほか、睡眠も改善されたという。

研究を行った米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のCatherine Sarkisian博士によると、この再帰属訓練は、教育面では極めて大きな成功を収めているが、運動面の介入についてはこれまで試されていなかったという。この研究は、米医学誌「Journal of the American Geriatrics Society」11月号に掲載された。
 



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よく眠りましょう

米国睡眠医学会(AASM)で。現代人の多くは慢性的な睡眠不足であることが多くの論文で示されていると、米コロラド神経学研究所睡眠障害センター(コロラド州)のRon Kramer博士は述べている。

 1日2~3時間の睡眠不足でも長く続けば、事故リスクの増大、疲労による抑うつ症状、運動する活力の不足、脳を刺激する物質の変化による食事量の増加や、塩分や糖分の摂取の増加など、健康に重大な影響を及ぼす可能性があるという。質のよい睡眠を取ることにより、運動する活力も得られ、健康的な食生活のために自制心も働きやすくなると同氏は述べている。

 AASMによると、成人は一晩に7~8時間、ティーンエイジャーは約9時間、学齢児童は10~11時間、就学前の小児は11~13時間の睡眠時間が必要だという。以下のような徴候がみられる場合は、もっと睡眠を取る必要がある:

・目覚まし時計がないと朝起きられない。何度もスヌーズボタンを押している。
・運転しながらぼんやりする、居眠り運転をしてしまう。
・眠気を覚ますために1日1杯以上コーヒーを飲む。
・集中力があれば避けられるミスをする。
・忘れっぽい。
・憂うつ、不安、いらだちを覚える。
・頻繁に体調を崩す。免疫システムの強化には睡眠が欠かせない。

 このような問題は、十分に質のよい睡眠を取ることで解消できるよい睡眠を得るために以下のことを勧めている:

・いつも同じ時間に就寝する。
・リラックスできる睡眠環境を作る。
・毎晩、朝までぐっすり眠る。
・空腹の状態で床に入らない。ただし、寝る前に多量の食物を摂るのも避ける。
・就寝前は、アルコール、カフェインを含む飲食物、興奮作用のある薬剤の摂取を避ける。
・就寝前の6時間は激しい運動をしない。
・寝室は静かで暗くし、少し涼しくする。
・毎朝同じ時刻に起きる。

*****
それができないから困っているのだが。

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臨床心理士採用試験-2

軽躁状態の人の話を聞いていると、
あれこれを考える。

*****
臨床心理士採用試験
問い 以下の論文を読み、現代に析出しつつある
躁的因子に対して精神療法的にどのように対応するか、
自身の方針を述べよ。

*****
臨床精神医学34 (5) : 605 - 613, 2005
うつ状態にみられる躁的因子-内因性の再評価
大前晋 ・内海健

はじめに

従来の精神科臨床においては, 「うつ状態」と
はあくまで状態像であり, その原疾患が躁うつ病
か, 神経症か, 適応障害などの反応性病態か, な
どの診断が留保されている場合にのみ暫定的診断
として付されてきた。背景としては, 「うつ状態」
はうつ病性あるいは内因性うつ状態と, 非うつ病
性あるいは反応性うつ状態とに二分する理解が支
配的であり, 内因性うつ状態の診断学として, 日
内変動などのリズム失調を伴う生気的悲哀, 悲哀
不能, 生成抑止などの症候論が有効性を保ってい
たことが挙げられる。しかし, Weitbrecht により
提示された「内因反応性気分失調」という折衷的
な疾患概念に示されているように, 実際には内因
性うつ状態と反応性うつ状態の症候学的分離が困
難なことも少なくなかった。
1960年代後半以降に, 大規模な家系調査をも
とに単極性うつ病と双極性障害が分類されたこと
を期に,うつ状態についても, 「単極性」と「双
極性」という二分法が, 先の内因性, 反応性の分
類にとってかわっていく。さらに, この二分法を
踏襲した1980年のDSM-Ⅲにおいては, うつ状態
の病因論および病態構造論が完全に棄却された。
こうした中で, 診断名としての「うつ病」と, 状
態像としての「うつ状態」の区別については次第
に顧みられなくなり, 従来いう内因性うつ状態,
神経症圏のうつ状態のみならず, 非病的な反応性
うつ状態までもが, 「大うつ病エピソード」の診
断名のもとに, 一括してまとめられることとなっ
た。現代はさらにSSRI などの新規抗うつ剤の導
入や, うつ病の啓発活動などもあり, 臨床医には
種々雑多な「うつ状態」への理解および対処が求
められている。ここでは, 「うつ状態にみられる
双極性成分bipolarity 」として表現される「躁的
因子」を取り出し, 臨床指標として明確にすると
ともに, 従来からの「内因性うつ状態」概念につ
いて, 再評価を試みようと思う。

2 うつ状態にみられる躁的因子,あるいは双極性成分bipolarity

1. うつ状態における双極性の指標

はじめに, 単極性うつ病におけるうつ状態と双
極性障害のうつ状態の相違について, 従来指摘さ
れてきた傾向性をまとめておこう。一般に, 双極
性においては発症年齢が低く, 病相はより短いが
反復性が強く, 状況因の見いだしがたい自生的な
発症が多い。病像としては, うつ気分や悲哀より
も精神運動抑制が前景に立ち, 妄想産出性が強い。

表1 双極性になりうる抑うつ患者の特徴
・過食/ 体重増加
・過眠
・メランコリー性の特徴
・耐えがたい快楽喪失
・季節性の気分変動
・精神運動性の遅延
・精神病性の特徴
・病歴にて, 抗うつ剤への反応が不十分である
・病歴にて, 再発性だが短期のうつ病性エピソードをもつ
・痢歴にて, 抗うつ剤が躁状態あるいは軽躁状態を引き起
こしたことがある
・家族歴にて, 一親等の親族に双極性障害患者がいる
・発症年齢が早い
・分娩後の発症
(文献18 より)

家族内集積性が強く, アルコール依存症者や自殺
者が多い, などが挙げられる。病前性格としては
メランコリー型性格よりも執着性格, マニー型が
多い。薬物療法に関しては, 三環系抗うつ剤では,
躁転を招いて病相が不安定となるこ,とが多く, リ
チウムヘの反応が良好であるとされている。ちな
みにMarchand が要約した双極性の指標を表1に示しておく。

2 . Akiskal によるsoft bipolar spectrum

ところで, Akiskal はこうした気分障害の単
極/ 双極二分法に対して疑義を呈し, 1983 年に
単極/ 双極の連続性を認めるsoft bipolar spectrum
を提唱した。これは, 単極性といわれている病
態の50% 近くは, 双極性となりうる可能性を保
つ擬単極性pseudo-unipolar であったという自らの
知見に基づくものであり, こうした症例から最
重症の精神病像を伴う双極I 型までに至る連続体
を, soft bipolar spectrum として描き出したもので
ある。この研究はいまなお進行中で, Ⅲ型からⅣ
型, さらにV 型, Ⅵ型への拡張も目論まれてい
る 。
双極Ⅱ型障害におけるうつ病像はKupfer らの
提示したように, 大うつ病性障害のうつ状態に比
較して, 制止, 過眠, 過食, 妄想などの特徴をも
つ傾向があるといわれる。例えばAkiskal の挙
げた双極Ⅱ型の症例は, 結婚の失敗を躁り返すと
いう主訴をもって初診した, フィクション作家の

表2  大うつ病患者の自己申告にみられる将来の
軽躁状態を予測する気分不安定傾向
・気分のたぴたぴの変化, 幸せな気分から悲しみへ,
その理由をわかっているときもいないときもある
・頻繁な気分の上下動, 明確な理由かあるときもない
ときもある
・十分な理由もなく, しばしば罪悪感をおぽえる
・感情が多少, 傷つけられやすい
・未来が暗黒に思えることが何度もある
・考えが頭の中を駆けめぐるために眠ることができない
・ほぼ一定の精神状態を保っている(負の予測因子)
・その日に起こったことを考えて, 寝つくことに困難を
おぼえることがしばしばある
・しばしば不機嫌になる
(文献5 より)

38歳の女性であり, けぱけばしい派手な外見な
どからして抑うつ的には見えず, 元来, 気分の上
下動を有するどころか激しく情熱的でさえあり,
男性の私生活を破壊してしまうことを躁り返し,
また, 軽躁エピソードにて創造性をいかんなく発
露する症例である。この症例は, 抗うつ剤では
なくリチウムなど気分調整剤を投与することでは
じめて, うつ病期の苦しみと軽躁期のもたらす社
会的不利益から逃れることができた。ここにみら
れるような社会的不安定性, 派手な立ち振る舞い
などは, 従来の単極性うつ病や双極Ⅰ型の臨床に
は見いだしがたい。うつ状態は, うつ気分および
悲哀は目立たず, 運動抑制が前景に立つ。また今
極度の疲労を呈しながらも, 脳裡には考えが駆け
めぐるために早口でイライラして見え, 内的不穏
を隠そうとしない。緊張とパニックを多く呈す。
過眠と過食により体重はむしろ増加し, 性欲はむ
しろ亢進する, などのうつ的要素と躁的要素を併
せもつ混合状態を呈する。Akiskal はKretschmer
と同様に性格面の気分の上下動と双極性障害のそ
れを連続体として捉えており, 気分循環症cyclothmia
や気分発揚症hyperthymia における, 気
分不安定性, 上機嫌と不機嫌の間を短時間で揺れ
動くムラ気を将来の軽躁エピソードの予測因子と
して把握し, まとめている(表2)。
近年のAkiskal の関心は, 双極Ⅱ I /2 型障害, す
なわち現在の診断基準に即せば「循環気質者(気
分循環症者) の単極性うつ病」概念を確立するこ
とにあり, その意図するところは, 現在境界パー
ソナリティ障害など人格障害に分類されている者
の少なからずが, この気分循環症者の単極性うつ
病であり, 薬物療法の利益を受けうることを立証
することにある。そのため最近の彼は, DSM の
軽躁エピソードの項目および期間について閾下と
なる症状群が診断妥当性をもつものであると主張
し, また双極Ⅱ 型の軽躁エピソードが衝動に
駆られた上機嫌という陽性の特徴をもつのに比し
て, 双極Ⅱ l /2 型のそれは怒りっぼい, 危険をお
それない(risk-taking ) 軽躁状態を呈すと論じてい
る 。

3 . うつ状態にみられるbipolarity

内海は双極Ⅱ型臨床の経験をふまえたうえで,
その抑うつ状態にみられる特徴を, “soft bipolarity ”
としてまとめている。この“soft bipolarity ”
は, 軽うつ状態と軽躁状態の混合状態ともと
らえられるだろう。抑うつの病像は次の3 つの特
徴を示す。まず第一に, 抑うつ状態は「不全性」
を示す。すなわち, 気分, 精神運動, 思考一認知
などのすべての面で一様に出そろうのではなく,
不揃いになる傾向が強い。第二に抑うつは「易変
的」であり, 数日単位で改善あるいは増悪する傾
向がある。また些細と思われるようなイベントに
反応するかのような変動を示す。第三に「部分的」
ないし選択的なこともあり, 休日など負荷の少な
いときには比較的活動的であったり, 本業から離
れた領域ではむしろ熱中したりするなど, 抑うつ
と一見相いれない状態を示すこともある。また周
辺症状としてはしばしば焦燥が顕著となることが
あり, これは内的焦燥のような「あせり」やじり
じりした感じというより, いらいら, ぴりぴりと
した不機嫌さが特徴的である。
副次的な症状としては聴覚過敏がみられるが,
物理的,即物的にうるさいという感じで, ぴりぴ
りとはしているが自己関係づけは希薄である。過
量服薬や手首自傷などの行動化や自殺企図の頻度
が高く, 飲酒, 薬物濫用, 過食, 性的放縦などの,
抑うつの打開のためと思われる, 気晴らし的で刹
那的な行為もしばしば行われる。Comorbidity が
高く, パニック障害, 摂食障害, アルコール依存,

表3 仰うつ状態の“soft bipolarity”
抑うつの出現様式
不全性(症状発現が不揃いになりがち)
易変性(変動しやすい, 特にendoreactive な変化)
部分性(抑うつの出現に選択性がある)
比較的特異な症状
焦燥(いらいら, ぴりぴり, 不機嫌)
聴覚過敏
関係念慮
行動化(過量服薬, リストカット, 飲酒, 過食など)
comorbidity が高い
パニック障害, 摂食障害. アルコール依存など

病前性格
マニー型成分の混入

抗うつ剤への反応
しばしば軽躁転, 病相頻発
非定型的な反応

薬物濫用, 注意欠陥/ 多動性障害, 社会恐怖, 人
格障害的傾向などへの「領域横断性」を示す。
病前性格は「マニー型」成分の混入がほとんど
の事例で認められ, 特に「境界内停滞性( インク
ルデンツ) 」を忌避する心性が顕著であり, また
単極型うつ病や双極I 型障害の病者に比べて, 豊
かな創造性やオリジナリティを示すのも特徴的で
ある。
抗うつ剤, 特に三環系抗うつ剤に対してはかな
りの頻度で不安定な反応を示し, また病者はいっ
たん軽躁病相を経験すると, それが長期的には自
らに不利益をもたらすことがあっても, 再度軽躁
状態となることを望んで抗うつ剤の投与を求める
こともしぱしぱ見られる(表3)。
このように抑うつ状態に含まれるbipolarity ,
すなわち軽うつ因子と軽躁因子の混合について概
観したが, これらは実際のうつ病臨床において,
少なからず見いだされる所見である。あるいは仔
細に検討すれば, 多くの症例において認められる
ものであろう。ひるがえって考えるなら, 「純粋
の」うつ状態, 「純粋の」躁状態というものは,
むしろ理念型であり, 実際の臨床像については,
ほとんどの場合に多かれ少なかれbipolarity が含
まれているのではないだろうか。それゆえここで
示したように, 現代の精神科臨床にあたっては,
うつ状態に含まれる躁的成分を見逃さぬことが,
臨床上重要な課題となる。以下では, このbipolarity
について, 「混合状態」 「内因性」 「軽症」と
いう3 つの観点から吟味を行い, より広い臨床的
視点から論を展開したうえで, あらためて内因性
うつ状態の症状構造について再検討を加えようと
思う。

3 内因性うつ状態の本質としてのbipolarity

1. 混合状態の再評価

理念としての純粋な躁状態と純粋なうつ状態と
いう呪縛を解かれるとき, 混合状態は気分障害の
本源的ものとしてその姿を現わす。操作的診断学
のみならず, Kraepelin 以来の伝統的診断の多く
もまた, 混合状態を, 単なる躁-うつの急激な交
代あるいは重なりととらえるにとどまり, その臨
床的意義を十分にとらえきれてはいない。
1958 年, 日本において, 干谷の主宰する東京
女子医科大学教室から栗野「内因性鬱病と強迫症,
恐怖症」, 柴田「躁鬱病と渇酒症および遁
走」 , 赤田「内因性鬱病とヒステリー」 の研
究が相次いで発表されたことは特筆に値する。こ
こには現在でいう気分障害のcomorbidity の問題
に加えて, うつ状態に観察されうるbipolarity が
すでに先取りされている。すなわち不安障害(強
迫性障害, 恐怖症性障害) , 物質依存性障害( ア
ルコール依存) , 解離性障害(遁走) , 身体表現性
障害( ヒステリー) , そして人格障害について,
双極性の病態心理から解明が試みられている。通
常, 千谷による単一精神病論は, 統合失調症を気
分障害に吸収, 解消させるものと理解されている
が, それにとどまらず, 当時でいう神経衰弱, 変
質者。神経症, 精神病質なども気分障害の文脈で
とらえようとしていた点も記しておきたい。千谷
によると, 強迫症, 恐怖症についてはうつ状態
においてその覚東なさ, 心細さを背景とする積み
重ねとして現れるものであり, 渇酒症, 遁走とヒ
ステリーは, うつ病発現がある種の葛藤を醸し
て, ある期間の葛藤期を経過している間に, 何ら
かのきっかけで発作的に出現する, いわば葛藤の
放電現象であると説明されている。また, これら
の症状はうつ状態が軽症にとどまる際にのみ発現
し, そこには防衛的意味も認められるが, 重症う
つ状態においてはもはや観察されないという重要
な指摘を行っている。
1965 年, 森山は混合状態に着眼することで,
「躁」と「うつ」が決して独立に交替して現れる
ような事象ではなく, その両極構造を, 人間存在
に内在する「上昇と落下」の弁証法的相克状態,
すなわち「現世秩序への執着」と「飛翔への希求」
との間の潜在的葛藤, 言い換えれば「落下への強
い恐怖」と「上昇へのあくなき希求」との潜在的
葛藤といった契機から論じている。その際に
彼は, うつ状態の不安焦燥について「焦燥の時期
においては, 患者はいまだ外界とかかわりを持ち,
或いは持とうとしている。( 中略) しかもこれら
の試みは常に挫折せざるを得ず, 患者はクヨクヨ
し, イライラし, 焦るのである」と述べ, 先の千
谷らの論じた諸症状をこの焦燥状態における防衛
あるいは葛藤解消の試みとして把握することを支
持した。
1968 年に森山はこれを病前性格論へ敷桁し,
さらに発病状況, そして臨床症状の類型化を試み
ている。まず彼は, 平澤が単極性うつ病を
語るにあたって執着性格の特徴を「熱中性」から
「几帳面」へと移動させたことに注目し, 前者を
共感性向すなわち「飛翔への希求」「気負い」の,
後者を対象化傾向すなわち「現世秩序への執着」
「怯え」の表現であると見なし, これらの潜在的
葛藤が発病状況において露呈した場合に, 躁状態
あるいはうつ状態を発症すると論じた。性格につ
いては, メランコリー型性格とマニー型性格に本
質的相違はなく, 「怯え」優位なものが前者, 「気
負い」優位なものが後者となるという。ここでは
Zerssen がまとめたメランコリー型とマニー型の
特徴を掲示するが(表4) , 森山のいうように,
これらの性格特徴は截然と分かたれた独立事象と
はいえず, 実際にはメランコリー型性格とマニー
型性格の両極間には移行が存在している。

2 . 内因性うつ状態のリズム性と身体性

さて千谷や森山は, いずれも内因性精神病の表
徴としてのリズム性を重要視しているほか,
Tellenbach も「内因性といわれるような特徴をは
っきり示している現象」として第一にリズム性の
変化を取り上げている。彼によれば, リズム性の
中には, 生命的事態の基本形態が示されており,
有機体は環境と波長を合わせて自己のリズムを環
境に同調させようとして, いわば自分の方から環
境のリズムを探し求めるが, 内因性のメランコリ
ーでは, 睡眠・覚醒リズムが特有の睡眠不足と早
朝覚醒というかたちで障害されているという。
つまり, 普段人間は特に自覚せずに身につけ,
習得してきた生命的なリズム感覚とリズムを通し
ての根源的なコミュニケーションをもって生活し
ているが, その生活リズムの感覚が, 自然や文化
との共振性を失いはじめると, 睡眠, 覚醒のリズ
ム障害や日内変動に彩られた, 種々の症状を呈し
はじめることとなる。これは, Schneider の理論
を借りれば, 心情的感情( seelische Gefuehl ) より
深い層を構成する生命感情ないし生気的感情
(Vitalgefuehl ) における, 身体全体に浸透するもの
の言語的な明細度が低い, 曖昧な身体感情であ
る 。宮本はこういった漠然とした違和感につ
いて, 「その限りではうつとも躁とも限定されな
い, まさに「混合」とか『混和』としかいえない
状態であろう」とし, さらに「この混合した生命
感情は, やがて成立するうつ状態や躁状態におい
ても, その基底を一貫して構成し, 一種の通奏低
音のようなかたちで鳴りひびいているのではない
だろうか」と述べ, 内因性気分障害の本質を, こ
の混合した漠然とした身体感情に求めている。
このように, リズムの失調をめぐる病理は, 内
因性とbipolarity との密接な関連を示唆するもの
であり, その重要性を改めて評価すべきものとい
えるだろう。しかし, こういったリズム性の病理
は, 近年みられる気分障害の軽症化に伴い, 生気
的悲哀感のような明確な現れ方をすることは少な
くなっている。それゆえ軽症病像における内因性
指標を改めて同定する必要があるだろう。

3 . 軽症うつ状態の臨床像

これまで挙げてきた, 気分障害の本源的なもの
を混合状態に求める研究においては, 「躁」と
「うつ」の葛藤が症候学的に現れるのは, 主に発
病初期ないし回復期, そして軽症像においてであ
り, 重症像においては, もはやこれらの相克は見
いだしがたくなるとされてきた。そうなると, 議
論を重症像のみに限定するならば, 純粋のうつ病
像を設定する立場と, 混合状態を本源的なものと
する立場とのあいだで, 症候学的には大きな違い
はなくなる。これらの相違が明らかとなるのは,
軽症像においてである。純粋のうつ病像を設定す
る立場では, 軽症うつ状態においても重症うつ状
態の症候学は堅持されており, 軽症とはあくまで
も量的な差異をいうことになる。他方, 混合状態
を重視する立場からは, 軽症うつ状態においては
「躁」「うつ」の引き込みあい, すなわちbipolarity
という, 重症うつ状態との質的な差異を指示す
るものとなる。
これらをふまえたうえで, 躁的因子という観点
から内因性軽うつ状態の症候学的特徴をまとめよ
う。先述したように, 軽うつ状態では生体リズム
遅延の身体水準での表現として, 睡眠覚醒リズム
の障害および日内変動, そして漠然とした身体感
情の違和感を生じる。この違和感が情調面に表現
されたものが「生気的悲哀感」であり, 推進面に
表現されたものが「生気的制止」 であるが,
いずれも軽微にとどまる。これらは丹念な診察の
うえにはじめてとらえられるものであり, 病者の
表現力いかんによっても容易に見逃されうるもの
である。リズムの遅延が軽度ならば, 病者にとっ
てそれは, ほんのわずかな自我違和感あるいは自
覚/ 他覚所見のずれとして表現される。生気的悲
哀感, また生気的制止については, 個人の生活リ
ズムが環界のそれに比較して遅れをとってしまう
という当惑, あるいはその代償としての性急ない
らだちなどとして解釈しなおされる。こういった
リズム遅延について病者たちは精神疾患との認識
を持つことは少ないが, このずれがごく軽度なも
のにとどまる範囲内では, 医療者の指摘によって
病者が疾患としての認識を持つことは可能であ
る。
軽症うつ状態の場合, リズム遅延は個人の内的
エネルギーをリズム推進に傾注することで, ある
程度の代償は可能である。ただしそのためには体
質的な熱中性, 精力性, 強力性などの躁的成分が
要請される。その際に現れる症状には, 病者の性
格あるいは状況に応じて, 不安, 恐怖, 強迫, 依
存, 嗜癖, 解離など多彩なものがあり, これらは
むしろ生気的悲哀, 制止などの基本症状を圧して
症候の前景に立つ。睡眠覚醒リズム障害も, アル
コールや薬物の乱用によって覆われる可能性があ
り, また, 手首自傷, 大量服薬などの行動化は,
環界との共鳴性を取り戻そうとする試みとして解
釈されうる。このように軽症うつ状態においては,
重症うつ状態とは異なり, 疾患特異的, 無名的な
症状よりも, 病前性格や本人をとりまく状況を反
映した症状群が前景をなすこととなる。
なお, この代償活動も回復軌道が見いだされず
遷延する場合には, 早晩破綻に至り, 個人のリズ
ムは外界のそれと全く共振しえない孤立したもの
として定着してしまう。その場合には, 症状から
病者固有の人格特性は背景化し, 重症うつ状態に
一般的な, 個人の特徴を覆い隠すような絶望感,
罪業感, 微小妄想, あるいは昏迷へ至る外的制止
などが主景をなすようになる。病者はこれらの症
状について自我違和感を持つことはなく, またそ
の病者の訴えは, もはや周囲への共鳴性を全く有
さない。
軽うつ状態においては, 病者の視点が通常より
も悲観的な側面を強調し過ぎていたとしても, 非
病者がそれと気づかずに見過ごしているような,
新たな, ときには人間の実存を挾りだすような鋭
い視点を与えてくれたりするかもしれない。また
軽躁状態では, その尽きせぬ発想力が創造的には
たらく場合もあるだろう。しかし病態水準が重症
化すると, 病者の表現はもはや外界への共感性を
呼ぶことはない。また, 躁状態の活動性は空転し,
実現化するいとまもなく次の発想にとびついてい
くこととなり, そこにはもはや創造性は望み難い
ものとなる。

4 単極性(メランコリー型)軽症うつ状態から双極性軽症うつ状態へ

ここまで論じてきた, bipolarity を特徴とする
軽症うつ状態は, これまで日本のうつ病臨床にお
いて中核的な病像とされていた, 躁的成分を含ま
ないメランコリー型軽症うつ状態とはかなり病像
を異にする。ただ, これまでの議論からすでに明
らかなように, むしろメランコリー型うつ状態の
方が特異な位置を占めるものと考えられるのであ
る。
ここで, メランコリー型性格を背景にした単極
型うつ病についてごく簡単にまとめておく。この
病型は, メランコリー型性格, すなわち他者配慮
に基づく几帳面, 常識的, 義理堅さなど, 当時の
社会状況において適応的とされてきた性格の持ち
主が, 転居, 昇進などこれまで慣れ親しんできた
生活様式の急激な改変, すなわち生き方の戦術転
換を迫られる局面に柔軟に対応できず, 抑うつ,
内的制止, 焦燥, 軽い希死念慮などの定型的な精
神症状と, 中途覚醒, 食欲低下, 体重減少などの
身体症状を, 日内変動を伴って呈する, という
「内因性うつ状態」である。そして多くの事例は
外来治療が可能で, 休息と抗うつ剤の処方によっ
て数カ月で治癒する「軽症うつ状態」である。躁
的成分が前景化することはほとんどない。
この類型はわが国における社会的状況, とりわ
け1955 年11 月からの神武景気にはじまる右肩上
がりの高度成長期と, 深い関連がある。19 59 年
には日本でも初の抗うつ剤トフラニール が市販
され, 1961 年には国民健康保険制度が定着し,
外来治療の経済的負担は著しく減じた。抗うつ剤
の開発が続く一方で, 1966 年には平澤による軽
症うつ病に関するモノグラフが発表され,
1960 年代後半からは「仮面うつ病」の啓蒙活動
などもあり, 精神科医のみならず一般身体科医も
抗うつ剤を処方するようになった。1973 年の第
一次石油ショックをもって, 高度成長は終わりの
はじまりを迎える。そして1975 年, 笠原一木村
によるうつ状態分類において, 第Ⅰ型として
メランコリー型性格者の単極性うつ病が掲げら
れ, ここに「軽症うつ病」は病前性格, 発病状況,
症状, 経過, 治療について一定のまとまりをもっ
た病型として確立された。
几帳面, 勤勉, 努力家, 常識的などを特徴とす
るメランコリー型性格者あるいは執着性格者は,
伝統志向性の強い発展途上の社会において適応的
な性格類型であろう。明治以降, 日本社会は農村
的な地縁的共同体, 血縁集団における贈与一互酬
の関係を旨とする「共同体社会」から, 西欧的な
等価交換関係を旨とする「市民社会」へと変遷を
遂げてきた。この移行は敗戦を機に加速度的に進
行し, 都市化, 近代化に応じて地縁的共同体と大
家族制とが急速に失われていく。その一方で, 企
業体が終身雇用および年功序列制を守ることでこ
れらの共同体をかろうじて代行していたのが
1970 年代頃である。
こういった変化の中で, メランコリー型性格者
は自らに内面化されている倫理に即して強迫的,
熱中的な努力を重ねてきた。社会が発展途上期に
ありその価値意識が一元的であるうちは, こうし
たあり方が適応的であり, 彼ら自身も経済成長の
成果を享受することで充実感を得ることかできて
いた。すなわち社会と共振できていたのである。
しかし社会が一定の経済成長を果たし終え, 切迫
した衣食住の心配がなくなると, 価値基準の多元
化は避けられない。そうした状況は彼らにとって,
その躁的因子すなわち熱中性の向かい場所を見定
めることができない, 発病危機状況を意味する。
こうして, メランコリー型性格者の倫理は有効性
を失い, 彼らはたえず存在の基盤を掘りくずされ,
発病の危機にさらされることとなった。精神
科医がメランコリー型うつ病を把捉したときに
は, それらの正の標識はすでに失効しつつあり,
その破綻が問題になっていたといえよう。
このようにメランコリー型性格者は, その熱中
性, 精力性などの躁的成分を, 社会の上昇志向が
吸収しているという意味において適応的に利用
し, 躁状態として事例化することを免れてきたと
もいえる。そしてー元的な価値基準にしたがって
きた「常識的な」彼らの示す軽症うつ状態は, 躁
的要素の目立たない画一的な病像を示したと思わ
れる。しかし, もとは比較的短期で治癒するとい
われたメランコリー型うつ病も, 時を経るにつれ
て遷延例, 慢性化例が多く見られるようになり,
またその病像も1970 年代のものとは異なり, 依
存性, 攻撃性, 恐怖症などを呈する, さきに述べ
た混合状態に近いものとなっている。
こうしてメランコリー型性格がその適応性を失
った一方で, その後のメランコリー型に代る内因
性うつ状態として, 広瀬の「 逃避型うつ病 」 ,
「不安発作-抑制型うつ病」 や阿部の「未熟型
うつ病」 ,松浪らの「現代型うつ病」 などが
提唱されてきた。これらの病者は, 自らの価値意
識を職場に限定させることを当初から断念してお
り, むしろ趣味などの個人的活動に価値をおくた
めに, 従来のメランコリー型性格とは一見異なる
特徴を示すが, これは社会の価値観多元化に対す
る彼らなりの対処とも解釈できる。彼らは, メラ
ンコリー型性格者と異なり, 躁的成分を職場でな
く, 趣味などの個人的活動に向けてきたわけであ
る。そしてその価値基準が多元的であるがために,
彼らはメランコリー型性格のようなある程度のま
とまりをもった性格特徴を呈することはなく, ま
たその病像も画一的なものとならず個人の性格特
徴を残している。
構造的不況が続く現在, 終身雇用制度と年功序
列制度の解体をもって, 企業体も地域的共同体の
役割を代行しうるものではなりつつある。社会人
としての生活基盤をこれらの制度に依存し, 個人
的活動の方面に自己実現を求めてきた彼らも, そ
の生活スタイルをおびやかされる事態に至った。
とはいえ, 彼らが勤勉道徳をふたたび体得すると
いうわけにはいかない。山田は実質GDP 成長率
が- 1 % を示し, それまで2万2 , 00 0 人あたりで
推移していた年間自殺者数が約1 万人増えて約3
万2 ,000 人を記録した1998 年をもって, 「努力が
報われる見通し」という意味での「希望」という
物語が効力を失った年であるとしている。こ
うした中, 希望を喪失したままに努力を強いられ
たある者はその理不尽さに反発し, それがかなわ
ない者は絶望し, あるいは逃避することとなる。
これらの状況のもと, 気分障害者の躁的成分は,
適応的な志向性をふさがれていくことで発症は若
年化していき, また彼らの呈するうつ病像は不安,
焦燥, 依存, 嗜癖, 攻撃性, 行動化などの躁的成
分を交えたものが常態化しつつあると考えられ
る。
以上はまだ素描に過ぎないが, 大まかにはこの
ような病像の変遷が確認されるのではないだろう
か。治療について付言するなら, 近年の躁的成分
の常態化した軽症うつ病においては, 躁的因子が
その方向性を見失っている限り, 抗うつ剤による
薬物療法のみで社会機能を回復することは困難で
ある。それどころか躁転によって病者の社会的不
利益を招くことも珍しくないことに留意しなけれ
ばならないだろう。初期治療はむしろ, 基本に忠
実に, 休息, 鎮静を図るべきである。場合によっ
ては, 早期から炭酸リチウムなどの気分調整薬や
少量の抗精神病薬の処方が望まれよう。また病者
との対話から今後の生活の方向性を見いだすこと
も必要になるだろう。発動性を高めるような薬物
療法は その治療の方向性が確立した後からでも
遅くはあるまい。

おわりに

うつ状態にみられる躁的因子について紹介し
た。Akiskal のsoft bipolar spectrum において重要
視されている混合状態の諸研究をふりかえり,
「内因性」うつ状態の特徴を, 病者の躁的成分と
うつ的成分の相克あるいは葛藤としてとらえる見
解を取り上げ, そのリズム性, 身体性の関連につ
いて検討した。そのうえで, うつ状態における躁
的因子は軽症うつ状態において顕著に観察される
ことを示し, 内因性軽症うつ状態においては, 躁
的因子が観察されることの方がむしろ常態的とさ
えいえることを提議した。最後に, こうして「う
つ状態」の「躁的因子」が現在改めて問題となっ
ていることについて, 古典的なメランコリー型軽
症うつ状態においてはその躁的成分が社会適応的
に吸収されることで, 臨床像に表現されなかった
という可能性, そして現代のうつ状態においては
躁的成分が行き場を失って空転しているという事
態について論じた。



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ストレス度セルフチェックチェック

1.頭が重く、すっきりとしない。
2.以前に比べて目が疲れやすくなった。
3.めまいを感じることがある。
4.時々立ちくらみすることがある。
5.鼻の調子が悪くなった。鼻が詰まるようになった。
6.耳鳴りがすることがある。
7.最近口内炎ができやすい。
8.のどが痛くなることが多い。
9.舌が白っぽくなってきた。
10.今まで好きだったものがあまり食べたくなくなった。
11.食べ物が胃にもたれているような気がする。
12.おなかが張ったり、痛んだりする。便秘や下痢が多い。
13.肩こりがひどい。
14.背中や腰が痛くなることがある。
15.なかなか疲れが取れにくくなった。
16.食欲が最近無くて、体重が減った。
17.すぐに疲れてしまう。
18.やる気や集中力が出ない。
19.なかなか眠れない。
20.朝、気持ちよくおきられない。
21.夢を見ることが多くなった。
22.夜中に目が覚めてしまい、なかなか寝付けない。
32.ときどき動悸を打つことがある。
24.胸が締め付けられるようになることがある。
25.急に空気が足りないような感じで息苦しくなる。
26.風邪をひきやすく治りにくい。
27.いらいらしてちょっとしたことでも腹が立つ。
28.手足が冷たいことが多い。
29.汗をかきやすくなった。
30.人と会うのがめんどくさい。

簡単に言って、
1.よく眠れない
2.おいしく食事できない
2.風邪をひきやすい
が三大項目だと思います。



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ストレス耐性度セルフチェック

Noならストレスに強い。
1.仕事(勉強)がきついと感じることがある。
2.家族の仲が悪く、喧嘩も多い。
3.人を責めることが多い。
4.人の顔色を気にすることが多い。
5.人をうらやましいと思うことがある。

ここからはYesならストレスに強い。
1.趣味を持っている。
2.いつも冷静な判断ができる。
3.毎日が楽しいと感じる。
4.絵や言葉や歌などで表現するのが好き。
5.動くことが好きだ。
6.明るい性格だと思う。
7.ネガティブなことをあまり考えない。
8.人の長所をよく発見する。
9.手紙やメールの返事をすぐに書く。
10.のんびりとしているほうだと思う。
11.友達がたくさんいる。
12.融通が利くほうだ。
13.人に素直に感謝することができる。
14.気配りをすることができる。
15.事実を確認してから判断するほうだ。



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ベックうつ病調査票・うつセルフチェック

 
 

ベックうつ病調査票

ベックうつ病調査表は最近2~3日の自分の状態に対する以下の21個の設問からなります。設問ごとに0~3点に相当する答えが用意され、その内の1つを選んでいきます。例えば、第1問で「悲しい気持ちがする」を選んで1点、第2問で「将来の展望がもてない」を選んで2点、という具合に21問すべてに答えます。こうして得た21個の点数を合計したものがこのセルフチェックの採点結果です。

1 0 特に悲しい気持ちにはならない
1 悲しい気持ちがする
2 いつも悲しい気持ちがし、悲しみから逃れられない
3 悲しみのあまり、耐えられない気持ちになる
2 0 将来に関して特に心配してはいない
1 将来が心配である
2 将来の展望がもてない
3 将来は絶望的で、状況が改善する余地はないと感じる
3 0 自分の人生はまあまあだと思う
1 平均以下の人生だと思う
2 人生を振り返ると、失敗だらけだと思う
3 人間として失格だと思う
4 0 生活にいつも通りの満足感がある
1 以前のように物事を楽しめない
2 真に満足することはなくなってしまった
3 すべてに関して不満足であるし、もう飽きてしまった
5 0 特に罪の意識は感じない
1 時々、罪の意識を感じる
2 よく罪の意識を感じる
3 常に罪の意識を感じる
6 0 罰を受けているような気はしない
1 罰を受けるような気がする
2 罰を受けると思う
3 現在、罰を受けていると感じる
7 0 自分自身に失望したりはしない
1 自分自身に失望している
2 自分自身に嫌悪を感じる
3 自分自身を憎んでいる
8 0 特に他人より劣っていると考えたりしない
1 自分自身の弱さや失敗に敏感である
2 いつも自分の失敗を責めてしまう
3 何か悪いことが起こると、きまって自分を責める
9 0 自殺を考えたことなどない
1 自殺について考えることはあるが、実行するつもりはない
2 自殺したいと思う
3 機会があれば自殺したいと思う
10 0 いつもより泣いてしまうことはない
1 いつも以上に泣いてしまう
2 いつも泣いてしまう
3 以前は泣くこともできたが、今では泣きたくても泣けない
11 0 いつもどおりに落ち着いている
1 いつもより少しイライラする
2 困惑したり、イライラすることが多い
3 常にイライラしている
12 0 他人に対する関心を失ってはいない
1 以前よりも他人に関心がない
2 他人に対する関心は大分ない
3 他人にまったく関心がない
13 0 決断力はいつもどおりである
1 いつもより決断を先に延ばしてしまう
2 決断力がいつもより大分、落ちている
3 何も決断できない
14 0 いつもどおりの外見だと思う
1 老けて見えないか、魅力がないかと心配である
2 外見がかわってしまい、魅力がなくなってしまったと思う
3 自分の姿は醜いと確信している
15 0 いつもどおりに仕事をしている
1 物事に取り掛かる前にいつもより努力がいる
2 何をするにも相当、努力が必要である
3 仕事が全然出来ない
16 0 いつもどおりに眠れている
1 いつもどおりに眠れない
2 いつもより1~2時間早く目が覚め、その後、なかなか眠れない
3 いつもより数時間早く目が覚め、その後、眠れない
17 0 いつも以上の疲れは特に感じない
1 いつもより疲れやすい
2 ほとんど何をしても疲れを感じる
3 疲れているので何もできない
18 0 食欲はいつもどおりである
1 いつもの食欲はない
2 食欲はいつもと比べて大分ない
3 食欲はまったくない
19 0 体重はいつもどおりである
1 体重が2kg以上減った
2 体重が4kg以上減った
3 体重が6kg以上減った
20 0 いつも以上に健康状態が気にかかったりしない
1 痛み、胃の不快感、便秘などの身体状態が気にかかる
2 自分の健康問題を気にしすぎて、他のことをあまり考えられない
3 自分の健康問題が常に頭の中にあり他の事を考えることができない
21 0 性欲はいつもどおりである
1 性欲はいつもよりない
2 性欲は大分ない
3 性欲はまったくない


採点結果の評価は以下の表の通りです。

1~10 正常範囲内
11~16 気分の軽い落ち込み
17~20 病的な抑うつ状態といえるかどうかの境界レベル
21~30 中程度の抑うつ状態
31~40 重度の抑うつ状態
40~ 極度の抑うつ状態


精神科を受診する必要ありのレベルは17点以上とされています。もしも、点数が17点以上なら精神科を受診してみましょうね。点数がそれ以下の場合は、友人との会話、カラオケなど自分に適したやり方でストレスを発散させるのが良いと思います。


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アダルト・チルドレン傾向セルフチェック

<むかし流行したアダルト・チルドレンのチェックリスト>
 □ものごとを最後までやり遂げることがむずかしい
 □自分に自信がない。自分はダメだと思う
 □自分に対して過酷な批判をする
 □自分は生きている価値がないと思う
 □人生を楽しむことが下手である
 □他人と親密な人間関係を持てない
 □白黒をはっきりさせすぎ、ほどほどにバランスをとることができない
 □何かあると反射的に反応する、またはなんの反応もしない
 □必要のないときにもつい嘘をついたり、ごまかしたりする
 □必要以上に相手に忠実である
 □何が正常で何が異常かわからない
 □他人からのほめ言葉を受け入れにくい
 □他人からの助けを得るのが下手である
 □自分は他人と違っていて居場所がなく、孤独に感じる
 □自分でコントロールできない状態が起きるとパニックを起こす
 □他人から認められたいという気持ちが強い
 □理由もないのによく頭痛や腹痛などがあり、からだの調子が悪い
 □摂食障害を起こしている(拒食症、過食症、過食嘔吐など)
 □アルコールや薬物(医師からの処方薬剤も含む)の依存症になっている
 □非行に走ったり、自暴自棄になって暴れる
 □お茶目で他人の気をそらす
 □目立たないようにスーッと消える
 □きまじめで他人の言うとおりにする
 □いつもせかせかと衝動的に行動する
 □何か起こるのではないかと常に恐れる
 □他人の目が気になる。被害妄想に陥りやすい
 □なにごとも完璧でないと気がすまない
 □顔やからだに表情がない
 □何かが変わることに対する恐れが大きい
 □抑うつ状態に陥る
 □離人感や解離で自分が自分でないような気がしたりする
 □自分の感情が鈍麻していたり、からだから出るメッセージに気がつかない
 □怒りが爆発したり、いつもイライラしている
 □権威のある人の前に出ると過剰に萎縮する
 □記憶力が鈍ったり、または反対にイヤな記憶に悩まされて胸がドキドキしたり、悪夢を見たりする
 □コミュニケーションの技術に乏しい
 □自分はいったい誰で、どんな人生の目的を持っているかなどわからず、自己が確立していない
 □対人恐怖があったり、ひきこもりをしている
 □共依存的な行動に出やすい(共依存のチェックリストを参照)

 もちろん、人間であれば、ときには以上のような行動、感情、考え方をするのは当然ですが、もし10以上の項目がいつも自分にあてはまるようでしたら、あなたはアダルト・チルドレンである可能性が大きいと考えられます。

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摂食障害セルフチェック

摂食障害セルフチェック
1 毎日規則正しい食事をしていますか  
2 きついダイエットをしていますか  
3 1回でもダイエットが崩れると失敗したと思いますか  
4 ダイエットをしていないときでも、食べ物のカロリーを計算しますか  
5 1日中何も食べないことがありますか  
6 食生活で、日常生活がかなり妨げられていますか  
7 毎日の生活が食べ物で支配されているとおもいますか  
8 気分が悪くなるまで食べ続けることがありますか  
9 食べ物のことしか考えていない時がありますか  
10 人と一緒に食べるよりも一人で食べたいと思いますか  
11 いつも自分で食べるのをやめようと思ったときにやめられますか  
12 食べたくてたまらない強い衝動を感じることがありますか  
13 心配したときにたくさん食べる傾向がありますか  
14 太るのがとても怖いですか  
15 食事以外に、大量の食べ物を短時間で食べることがありますか  
16 自分の食習慣を恥ずかしいと思いますか  
17 食べる量をコントロールできないので困っていますか  
18 気晴らしのために食べますか  
19 「もったいない食い」をしませんか  
20 食べた量をごまかそうとしますか  
21 空腹の程度で食べる量を決められますか  
22 今までに過食をしたことがありますか
23 過食をしたとき、自分がみじめだと感じますか 
24 過食をするのは一人のときだけですか 
25 過食をしている場合、回数はどのくらいですか
26 過食するためにあらゆる犠牲を払いますか
27 過食をしたとき、罪悪感が生じますか
28 隠れて食べることがありますか  
29 自分の食習慣は正常だと思いますか   
30 自分は衝動的に食べていると思いますか   
31 体重が一週間に2.5kg以上変動しますか   
32 減量するためにやせ薬、利尿剤、下剤を使いますか。
33 減量するために嘔吐しますか。       

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拒食傾向の特徴セルフチェック

 食べ物のことばかり話題にする
 ダイエットをしており、カロリーの低い物を中心に食べる
 たくさん食べているのに、少しも太らない
 あきらかにやせているのに「太っている」と主張する
 食べた後、必ずトイレかお風呂に入って長時間でてこない
 「食べだすと止まらない」とか「食べだしたら止めてね」と言う
 食べたあと、ゆううつそうにふさぎこんでいる
 ダイエットをしており、カロリーの低い物を中心に食べる
 「自分がきらい」と、自己否定感が強い
 自分のすべてに自信がない
 「迷惑かけている」「申し訳ない」など、親にたいする気づかい発言が多い
 なんでも完璧にやらないと気がすまない
 体育や朝礼の時間に、よくふらついて保健室のお世話になる
 体重計にのって、何度も体重をはかる。
 「--グラム増えた」「--グラムしか減っていない」と、体重の増減にこだわる
 お弁当(給食)を食べるのがおそい。またはよく残す
 食材のカロリー値をよく知っている
 やせてきたのに身体の病気がみあたらない
 身体を人一倍よく動かして、運動をする

共通テーマ:健康

臨床心理士採用試験

問い
次の論文から、ポストモダンとBipolar Spectrum
の関係についての仮説を抽出せよ。

*****
臨床精神医学31(6):639-647、2002
ポストモダンとBipolar Spectrum
内海健

1 はじめに一歴史的展望

現代の躁うつ病概念が定立されたのは、周知の
ようにKraepelinによる。彼は1883~1913年まで
の30年間にわたり、教科書の改訂を通して疾病
分類のたえざる更新を行った。今日的な躁うつ病
の概念か確立されたのは、その第6版(1899)に
おいでであり、早発性痴呆とともに二大内因性精
神病として位置づけられた。第8版(1913)にお
いては、より広範な領域が含められ、躁うつ病は
「一方にいわゆる周期性、循環性の病気のすべて
と、他方には単発的繰病、メランコリーといわれ
る病像の大部分と少なからぬ数のアメンチアを含
む。さらに周期的あるいは持続的な軽い気分変化
を含むが、その一部はより重篤な障害の前駆とみ
なされるものであり、その他は体質と明確な境界
なしに移行していくものである」と規定された。
のちに事後的に一元論とされる立場である。
Kraepelinの包括的概念はその後長らく支配的
であったが、1950年代になってWernicke、Kleist、
の詳細な分類の流れをくむLeonhardが、
monopolar/bipolarの二分法を採用したのを端緒
に、AngstやPerrisらの研究によって単極性
(unipolar)/双極性(bipolar)との二元論が一般的
とされるようになった。とりわけわが国に影響が
あったのは、Tellenbachの大著『メランコリー』
である。その中で彼は、エンドン概念を練り上げ
ることによって、従来の内因性/心因性という二
者択一的発想を止揚するとともに、メランコリー
親和型性格という病前性格を抽出しつつ、人間学
的状況論を展開した。その洗練された精神病理学
的思考に加え、下田の執着性格が再評価されたこ
ともあずかって、わが国では<メランコリー型-
単極性うつ病〉が感情病において特権的位置を占
めることとなった。加えて状況論は病前性格一発
病状況にとどまらず、発達史、経過、予後、治療
を含めて多次元的に統合され、精神病理学のある
種の理想型を現出せしめたかのように思われた。
その一方で、北米においては、1970年代に
FieveやDunnerがうつ病相と軽躁病相をもつ
気分障害を双極II型障害とすることを提唱し、二
元論の分類に疑問が投げかけられた。この流れを
主導したのがAkiskalであり、彼は抑うつ神経症
に双極性の気分変動を認めたことを端緒として、
感情障害の中にdysthymia、cyclothymia、双極Ⅱ
型障害といった推移を認め、1983年にbipolar
spectrum概念を提出した.またsubaffectiveな
いしsubsyndromalな現象を重視するとともに、
さらには気質概念を再評価ずることによって、包
括的な疾病論を展開した。
Akiskalは自らの立場を「新クレペリン主義」
と名づけたが、包括的一元論と細密な分類、およ
ぴ気質への連続的移行を認める立場はその名にふ
さわしいだろう。ただ、彼の発想は、健全な循環
気質者にありがちな、たえず拡張を志向しつつも
結局は伝統回帰的なものに落ち着くというたぐい
のものである。実際、彼自身「哲学者がプラトン
に追記することしかできないように、精神医学者
はKraepelinに注釈を加えることしかできない」
とまで言い切っており、師Kraepelinにならうか
のように、彼自身もたえざる改訂を今日まで続け
ている。ただ、1999年当時の分類にみる
ように、より網羅的になってはいるが、理論的深
化というものはみられず、煩瑣に流れていると言
えなくもない。
一方、わが国の日常臨床においも、bipolar
spectrumの重要性は近年急激に高まっている
が、かつて〈メランコリー型一単極性うつ病〉
についてなされたような包括的な病理論・治療論
はほとんど提出されていないのが現状である。も
ちろん、往時、1つの範例があったことは、bipolar
spectrumを論ずるにあたっても有利な点であ
ろう。だが、現時点まで、メランコリー型に対置
しうるほどの類型は提出されてこなかったのもま
た事実である。いささか結論を先取りすることに
なるが、このように明確なフォルムをもったもの
として取り出すのが困難なこと自体、bipolar
spectrumのあり方の一端を示しているように思
われるのである。本稿は、モダンとポストモダン
という観点から、bipolar spectrumをくメランコ
リー型一単極性うつ病〉と対照しつつ、病理論へ
の端緒を開きたいと思う。なお、本来は、メラン
コリー親和型性格と、執着性格ないし執着気質は
分けて考えるべきものであるが、論の都合上。両
者を「メランコリー型」の名称のもとに一括して
論ずることをおことわりしておく。

表 「発展するbipolar spectlum」
・双極1/2型:分裂双極性障害
・双極I型:躁うつ病
・双極I1/2型:遷延した軽噪をもつうつ病
・双極Ⅱ型:自生的で明瞭な軽繰病相をもつうつ病
・双極ⅡI/2型:循環気質者のうつ病
・双極Ⅲ型:抗うつ薬や身体的治療によってのみ起こる
軽躁とうつ病
・双極ⅢI/2型:物質ないしアルコ-ル乱用によっての
み起こる軽躁とうつ病
・双極IV型:発揚気質者(hyperthymic temperament)
のうつ病

2 メランコリー型の背景

1つの性格類型が、特定の歴史的および地誌的
背景の中できわだつことは、おそらく偶然では起
こりえぬことである。それゆえメランコリー型は、
彼らが生きた時代や社会のあり方を何らかの仕方
で反映するものであると推測してまず問題はない
だろう。
ただ、その際、メランコリー型のもつ意義は両
義的である。几帳面、秩序愛、対他配慮に代表さ
れるその性格特徴は、まちがいなく文化的に「正
の標識」とされるものである。執着性格もしかり、
下田自身が「他から確実人として信頼され、模範
青年、模範社訓、模範軍人などとほめられている
種の人である」とまで言い切っているように、
文化の正の側面を代表している。他方、言うまで
もなく、メランコリー型は疾病親和的性格である。
それゆえ精神科医がメランコリー型を把捉したと
きには、それらの正の標識はすでに失効しつつあ
り、その破綻が問題となっていたのだと言えよう。
メランコリー型は、ある意味で、すでに時代遅れ
になっていたのである。すなわち、メランコリー
型の両義性とは、ある時代を反映しつつ、同時に
その時代の終焉をしるしざすものであることであ
る。
メランコリー型に対応する時代とは何だろう
か。とりあえずそれを「近代」(モダン)と呼ぶこ
とには問題あるまい。問題があるとすればその近
代の性格である。
巨視的な把握からはじめるなら、近代とは、
Levi-Straussの「冷たい社会」/「熱い社会」と
いう分類を踏襲すれば、「熱い社会」の時代の側
にある。彼のいう「冷たい社会」とは未開社会に
該当するものであるが、未開とは社会形態の位階
を示すものではない。ただ、現在までの歴史の教
えるところでは、移行はもっぱら「冷たい社会」
から「熱い社会」の方向で生ずるものであり、逆
のパターンは知られていない。
単純化を承知でいうなら、「冷たい社会」とは
神話やトーテム、あるいは王のような強力な中心
をもって組織されるものである。その共同体の成
員は同一のコードを共有し、すべての出来事はそ
のコードを通して読み解かれる。それゆえ新規な
ことは起こらない。周期的にカオスの侵入(例え
ばカーニバルのような祭儀)によって秩序が転覆
されることはあっても、それは構造の安定化に資
するものでしかない。要するに極めてスタティッ
クな社会であり、成員の位置は構造の中で終始固
定されている。
「熱い社会」はこの強い構造から解き放たれる
ことによって生み出される。その性格は定かでは
ないが、それまですべてを回収し解消していた
コードがもはやその機能を十全には果たしえな
い、何らかの「過剰」が、歴史上のある時点で
「冷たい社会」から「熱い社会」への転換を促し
たと想定される。起源の神話や中心の権威が失効
する中で、図式的にいうなら、人は自由な「主体」
として解放され、過剰は「未来」という新たに創
発された時制へと振り向けられるのである。
近代を特徴づけるのは、まず第一に、この「主
体」の誕生である。それは、一方では、「単独者
の不安」、「存在の不条理」、「自由の強度性」と
いった主体化をめぐる新たな生の問題を突き付
け、分裂病親和的個体を生み出す淵源となるもの
であったと推測されよう。確かに人類史上
「近代」は分裂病と深い関連をもつ。だが他方、
メランコリー型の1つの原型と目される「プロテ
スタンティズムの論理」が誕生したのも、
Weber自身が記しているように「純粋に宗教的
な熱狂がすでに頂上を通りすぎ、神の国を求める
激情がしだいに冷静な職業道徳にまで解体しはじ
め、宗教的基盤が徐々に生命を失って功利的現世
主義がこれに代わるようになったとき」であり、
まさに近代への移行の中においてである。
近代を特徴づけるもう1つの指標は、「未来」
という時制の創発である。ここでいう近代に特有
の未来とは、行為に伴う予測された将来(avenir)
のことではなく、また終末論が説くような彼岸で
もなく、等質的に張り渡された直線でイメージさ
れるような、抽象的な未来(futur)のことである。
この未来もまた分裂病親和性をもち、木村の
「アンテ・フェストゥム」が示すように、主体化
のもたらす不安によって、もはや「事物のもとに
気楽に逗留できない(Binswanger)」個体が先駆
ける次元であった。ある時には、それは問題を先
送りにすることによって主体にゆとりを与えるも
のであり、またある時には焦慮の病理から分裂病
的破綻への道筋を準備するものともなった。
また「過剰」を吸収するために開かれた未来は、
単に問題を繰り延べるためのものにとどまらず、
人類にある種の「物語」の制作を促すものでも
あった。例えば「人類の進歩」、「プロレタリアー
トの解放」といったたぐいのものである。共同体
の神話や、王権といった中心を喪失した主体が、
新たに統整の原理として求めたのが、こうした未
来に向けての物語、未来から現在を意味づける物
語であった。この一種の進歩史観が与える時間性
は、なにも革命家や夢想家を排出するにのみ好都
合なものではなく、メランコリー型を醸成する格
好の培地を提供するものであったことは想像に難
くない。つまり、近代の「物語」を通俗化した形‘
で自らの道徳と科しつつ、勤勉をその職業倫理と
し、飛躍を好まず、漸進的に、一歩一歩着実に目
標に向かって精励する個体を生み出したのであ
る。
メランコリー型を特徴づける時同性は、このよ
うな未来の目標と一定の懸隔(=遅れ)を有した
中での上昇志向である。彼らにとっての危機的状
況とは、この目標がもはや達成される見込みのな
いときであり、そしてはからずも達成されたとき
である。もちろん遅れがもはや取り返しがつかな
いほどになれば病理的なもの、「レマネンツ」と
なるが。他方、遅れをとることは彼らにとって本
来的なあり方である。遅れはなるほど罪悪感の源
泉となると考えられるが、罪悪感すなわち「すま
ない」は、彼らの精励の原動力となる。うがって
みるなら、この罪悪感こそが、彼らの存在根拠を
与えるものであるといえるのかもしれない。メラ
ンコリー型にとって、物語とはあくまで成功する
までの物語である。だがこうした微妙な均衡の上
に立つ「生の戦略」が有効であったのは、おそら
く戦後20年ほどの間であり、精神科医に認知さ
れたときには、すでにそれは失効しはじめていた
のである。

3 ポストモダンヘの転回

メランコリー型は「近代」(モダン)を反映す
ると同時に、その終焉をしるしざすものであった。
しからばなぜ、日本と西ドイツの両国において、
この類型がきわだったのであろうか。このような
問いに正面から答えるのは無論困難である。ただ、
両国に共通するのは、第二次世界大戦という「最
終戦争」の敗戦国であり、ヒロシマとアウシュ
ビッツという「終末」を体験したことである。い
わば「歴史の終わり」に実際立ち会った国家であ
る。だが、ヨーロッパの戦勝国が「歴史以後の無
為」に立ち会ったのに対し、逆説的にも両国では
経済復興という目標が設定され、そのことによっ
て歴史自体が宙吊りにされ、「終わり」が先送り
されることになった。すなわち歴史の真空地帯
に生じた「終わり=目標(fin)」への奇妙な離隔
がメランコリー型の適応を可能ならしめた一つ
の要因として考えられるのではないだろうか。
だが、繰り返し指摘しておくが、メランコリー
型は疾病親和的性格である。すなわちそれは「人
類の前線」たる狂気への近さをもって示す、1つ
の「兆候」であったと考えられよう。この場合、
兆候がしるしざすのは、もはや論述から明らかな
ように、「近代(モダン)の終焉」である。実際、
状況論をめぐる議論がわが国で頂点を迎えた頃、
すでに飯田は性格防衛としてのメランコリー
型の有効性がすでに失われていることを指摘し、
マニー型の側により有利な適応の可能性を見いだ
している。また中井は執着性格者の倫理が目
的喪失により空洞化し、より硬直した者から取り
残されるとともに、そのあとに、より陶酔的、自
己破壊的、酪町的、投機的なものが到来すること
を予測した。ここで問題となっているのは、メラ
ンコリー型のうつ病への破綻ではなく、メランコ
リー型を経由した発病そのものの消失である。
メランコリ一型の失効をもたらしたとされるの
は、高度成長経済による目的達成=喪失、「勤勉、
節約、服従」といった通俗道徳の没落、価値観の
多様化、権威の失墜ないしその存在の不明確化、
などと呼ばれるものである。それは近代(モダン)
の終わりであり、まさに「ポストモダン」と呼ば
れるにふさわしい状況である。
ポストモダンという言葉を最初に明確に定義し
たのはフランスの哲学者、Lyotardである。彼
によると、ポストモダン時代は、ヨーロッパの再
建が完了する1950年代の終わり頃から始まった
とされ、それを特徴づけるのは「大きな物語の失
墜」である。「大きな物語」とは、すでに取り上
げた「人類の進歩」や「プロレタリアートの解放」
をはじめとして、「自由」という物語、「革命」と
いう物語、「人間の解放」という物語、「精神の生」
という物語であり、近代の人間にとって普遍的な
価値を与えるものとして、理論と実践を正当化す
る役割を果たしてきたものである。
実際、わが国では1970~1980年代にかけて経
済的「成功」が達成されるとともに、豊かな消費
社会が実現され、その中で記号のゲームに耽ると
いうポストモダニズムが支配的となった。同時に
成長の限界が予兆される中で、「成功」以降の物
語をもたないメランコリー型は決定的に失効
し、とりわけ都市部では、中年期以降の一部の症
例に、わずかにその跡をとどめることとなった。
ではメランコリー型に代わるものとしてどのよ
うな臨床事例が出現したのだろうか。確かに、笠
原-木村分類における「葛藤反応型」、広瀬の
「逃避型」を嚆矢として最近の阿部の「未熟型」
に至るまで、散発的に新しい類型が提唱されてき
た。だがそれらはメランコリ一型と対置されるほ
どの領域をカバーするものではない。実際、多く
の臨床家は、「ポスト・メランコリー型」ともい
うべき事例に直面して、戸惑っているのが現状で
あろう。その困惑から発想されたのが「逃避型」
であり「未熟型」であるが、注目すべきことは、
両者とも双極II型障害に分類されることである。
つまりbipolar spectrumの代表的疾患に分類され
ることである。ここから直ちに、ポストモダンを
代表するのはbipolar spectrumであると結論づけ
るのはもちろん拙速にすぎるだろう。だがメラン
コリー型に対し、明確な形というものをもたない
bipolar spedlumこそが、「大きな物語」の失墜し
た時代を反映する病態であると考えみる価値はあ
りそうである。

4 ポストモダンとBipolar Spectrum

この項で試みようと思うのは、メランコリー型
とbipolar spectrumに関する時代横断的な比較で
ある。それはMajor Depressive Episode対Bipolar
Disorderというような具合に、並列的に対置さ
れるものではない。また、ここでいうbipolar
spectrumは、単に単極性うつ病と双極性噪うつ
病の間に存在するものであるとか、単極性うつ病
にマニー型の要素が混入したというようなもので
はない。ここではポストモダンに親和的であり、
時代を代表する臨床類型ならぬ類型として想定さ
れるものである。「類型ならぬ類型」とは、すで
に指摘したように、類型(type)という概念自体
がモダンに属するものであるからにほかならな
い。Bipolar spectrumとは単に疾病分類的なもの
ではなく、臨床的には明らかに単極性うつ病と考
えられる事例にもその要素は含まれている。
Spectrumという発想に忠実に従うなら、純粋な
単極型うつ病は理念型にすぎないのであり、どの
事例も程度の差はあれ、幾分なりともbipolar的
ということになる。Akiskal自身のいうspectrum
はいささか凡庸な発想であるが、typeと対比する
とき、spectrumはモダンからポストモダンヘの
転回をはからずも示しているように思われる。

1.「大きな同一化」から「小さな差異のたわむ
れ」へ

「ポストモダンの精神」なるものがあるとすれ
ば、このように規定されるだろう。モダンの大き
な物語の失墜は、権威の失墜ないし不明確化をも
たらした。それに伴い、社会全般において大きな
同一化の物語が消退し、かわって小さな差異が散
乱する状況が生み出される。しかもその差異は、
Lyotardの言うように、容易に「共約可能」な
ものではなく、例えば知の領域では、異論、逆説、
係争の渦巻くような事態を出来せしめるものであ
る。社会や知をめぐるこうした状況が個人の精神
病理のレベルにおいても当てはまるとするなら、
大きな物語の失墜はメランコリー型の発達を
頓挫せしめる決定的な要因となり、気分障害のさ
まざまなバリアントを現出させるものとなるだろ
う。というのも、「メランコリー型」は社会的自
立を契機として、権威ないし権威的人物を内的に
摂取して良心=超自我として内面化し、それに応
えるべく、不全感に促されつつ努力を重ねる個体
として、性格防衛を完成させてきたからであ
る。もはや大きな同一化は困難であり、役割
同―性は彼らに鎧を与えるものとなりえない。こ
の役割という防波堤がないために、bipolar
spectrumにおいてはいったんdemoralizationが起こる
と、その進行はおどろくほど急速である。
統計的資料の裏づけはないが、臨床場面で出会
ううつ病の発症年齢は若年化しているように思わ
れる。そうした事例の病歴を振り返るとき、その
多くが同一化による社会的自立に失敗しており、
それが発症への端緒となっていることが比較的容
易に読み取ることができる。かつてメランコリー
型が成功した地点で、bipolarspectrumは蹟くの
である。

2.正統(orthodox)から辺縁(marginal)ヘ

メランコリー型は、その標識が文化的に正の価
値をもつことから明らかなように、モダンにとっ
て正統な(orthodox)な位置を占めるものである。
そのことは、すでに引用したように、1つの範例
として考えられる「プロテスタントの倫理」が示
すところでもある。正統とはまた、権威に対する
位置のことでもある。秩序志向、伝統回帰といっ
た彼らの心性は如実にそのことを示している。そ
れは、マニー型が、権威に対する両価的な構えを
とり、時に躁的防衛によるチャレンジを試みるの
とは対照をなす。
もう少し突っ込んで考えるなら、メランコリー
型の正統とは、いわゆる嫡子のポジションではな
い。権威との関係は、父一子のような個と個の相
うつものではなく、抽象的な権威、いわば「大文
字の審級」との間のものであり、普遍に対すると
ころの個の関係、すなわちあくまでone of them
としてのものである。このことによって、メラン
コリー型は父性との問題を彼らなりに乗り越えた
わけである。つまり正統とは、中心に対する適切
な距離を有することにほかならない。その位置に
おいて、彼らは彼らのささやかなテリトリーを形
成し、その中で落ち着くのである。
これに対して、bipolar spectnmlは辺縁に位置
する。Marginalなポジションをとるのが特徴であ
り、文化的には負の標識を帯びる特性が目立つ。
こうしたあり方は、マニー型の権威に対する態度
とも異なる。というより権威という問題設定自体
を回避する。垂直軸ではなく、横へのかるやかな
動きを志向する。Bipolar spectrumはマニー型以
上に、停滞性(インクルデンツ)を嫌うのであり、
常に外への通路を確保しようとする。実際、しば
しば彼ら彼女らはsubcultureあるいはunder-
groundcultureとの親和性をもつ。通俗性や伝統
を好まず、独創性を求める。メランコリー型が極
めて独創性に乏しいのに対し、bipolar spectrum
は感情病の中で特権的に高い創造性を有する。付
け加えるなら、病像が変化に富むこと、またcomorbidity
が高いことも、marginalityと関連があ
るかもしれない。
治療関係に関しても両者の差異は明白に反映さ
れる。多くの場合、メランコリー型は医者一患者
関係にぴったりとはまり、sickroleという役割を
受け入れる。慢性化ないし遷延化のような特別の
事情を除いてはよい患者であり、没個性的で、
one of themすなわち多くの患者の一人という位
置をとり続ける。それに対し、bipolar spectrum
はそもそもが医者一患者というモダンの制度には
なじまない。しばしば強い印象を治療者に残すが、
生真面目に通院するとは限らず、いつのまにか来
なくなったり、忘れた頃に不意に訪れるようなこ
ともよくみられることである。自己治療への意思
が強く、また休息を是としない。何らかの事情で
入院した場合には、やはり病棟という枠の中には
まらない。ごく早期に退院したり、あるいは軽躁
へ転じたり混合状態を呈する中で、病棟の「秩序」
を大きく混乱させることになる。
このように両者はきわだった対照をなす。だが、
正統/周縁という分類自体、中心、すなわち普遍
性を保証する物語を想定したものであり、モダン
の発想の閾をでるものではない。Bipolar spectrum
のポストモダン性を正当に評価するなら、
それは「中心なき辺縁」という逆説的なトボスに
行きつくことになるのではないだろうか。それこ
そまさに「小さな差異のたわむれ」が創出する空
間というにふさわしい。

3.罪悪感から空虚感へ

ここでいう罪悪感や空虚感とは、個々の事例に
おける症候を指すのではなく、基本的な「感情論
理」のことを言う。どのような類型であるかにか
かわらず、感情病ないし気分障害に親和性をもつ
個体は、自己の存在に他者を不可欠の要素とする
ものである。言いかえれぱ「他者の承認」を必要
とする。メランコリー型の場合には、権威を良
心=超自我として内面化し、その審級の要求に応
えることによって、承認を得るという戦略をとる。
ごの「大文字の審級」は到達不可能なものである。
すでに述べたように、メランコリー型にとって、
一定の「遅れ」は本来的なあり方であり、それに
よる不全感や罪悪感を原動力として、尽力的配慮
が可能となるのである。それゆえ罪悪感は、発病
以前にも根本気分である。
それに対して、ポストモダンにおいて大文字の
審級を喪失したbipolar spectrumにとっては、
個々の現前の他者が、自分に承認を与える者とな
る。このことはしばしば発達史の早期からきわだ
つ。彼ら彼女らの多くは、幼い頃から親を気遣い、
その意図するところを汲み、そしてそれに応えよ
うとしてきた。あたかも自らめ甘えを断念して、
親を甘えさせてきたとさえ言えるような事例も存
在する。他人が何を考えているのかを読み取るの
に秀でているが、むしろそうせざるをえないとい
うつらさがまさる。この配慮は、それによってい
くらかでも報われているうちは、まだしも自分自
身の存在根拠を与えてくれるかもしれないが、多
くの場合、周囲はそうした配慮に対して無頓着で
ある。彼ら彼女らは相手や状況にそのつど合わせ
た対応を迫られ、振りまわされることになる。そ
の意味で「自分」というものがない。発病した事
例に問うてみれば、ほとんど例外なく、こうした
気遣いによる疲れと、その空しさを言語化する。
メランコリー型の場合は、たとえ役割同一性に
とどまるにせよ、揺るぎのない安定感を与える。
その場その場で態度を変更することは必要ない。
むしろステレオタイプといってよい。彼らにとっ
て他者とは、あくまで内面化された権威=大文字
の審級であり、personalなものではない。時に彼
らのimpersonalな対応はグロテスクにさえ映る。
彼らも大文字の審級に対して、その厳格さと寛容
さ、承認と否定、批判的と受容的といった両価的
感情をどこかに秘めている。だがそうした葛藤が
顕在化することは、高い達成によって承認を得る
限りにおいて巧妙に回避されている。
いくぶんシニカルな見方かもしれないが、罪悪
感は、それを抱く個体を善人にするという効用が
ある。すまないと言いつつ、罪悪感の表明によっ
て他者からの否定的な評価を先取りし、よい人と
して許されるのは日常生活の精神病理である。メ
ランコリー型は、発病してなお一層罪悪感を強め
る。これは大文字の審級に応えられぬことによる
当然の心理かもしれないが、常に「他のための存
在」でしかないという根底にひそむ空虚感をかわ
すものでもある。Bipolar spectrum事例もまた罪
悪感を表明する。しかしそれは有効な防衛とはな
らなず、早晩、空虚感に転ずる。それゆえ自殺の
リスクはびまん的に存在する。しばしば空虚感か
ら行動化がなされ、空虚感を埋め合わせるものと
される。いずれにせよ、罪悪感から空虚感へ移行
する中で、bipolar spectrumは気分障害の根源的
事態に直面しているのではないだろうか。

4.メタサイコロジーからサイコロジーヘ

ここまでメランコリー型とbipolar spectrumは
さまざまな局面において対照的であることをみて
きたが、治療にかかわる事項としては、対人関係
において、両者が鈍感と敏感の両極を示すことを
みた。加えて、自己の内面に対する態度もまた同
じような様態をとる。精神力動に関して、メラン
コリー型とbipolar spectrumは、抑圧を指標とす
るなら、それを中心として対称的な位置を占める
言える。
メランコリー型は自己の精神力動に全くと言っ
てよいほど気づかない。それは抑圧をはるかに通
り越して、否認や選択的非注意(Sullivan、Fromm-
Reichmann)とでも呼ぶべきものである。フロイ
トはいち早く「悲哀とメランコリー」(1917)の中
で、メランコリー者の自己愛性を指摘し、転移の
不能、ひいては分析療法不能を宣告した。この
「悲哀とメランコリー」はフロイトのほぼ唯一の
うつ病論であるが、彼が初めて抑圧理論を使わず
に精神病理を論じたものである。そしてメランコ
リーの転移不能性は、かえって彼をして対象関係
という問題系に気づかせるものであった。その後
もメランコリーは精神力動論にとってその限界を
しるしづけるものとして立ちはだかった。ほとん
どの理論は、早期における対象喪失を病理の起源
として措定する。しかしこれは抑圧のさらに彼岸
にある、メタサイコロジカルな外傷である。この
原初の断念は、決して明らかにされることはない。
明らかなのは、発症にかかわる対象喪失である。
すなわち二度目の喪失であり、ひるがえってそこ
から事後的に最初の喪失が措定されたわけであっ
た。そして現実の対象喪失は即自己喪失となるの
だが、ここでも患者自身は何を失ったか、徹底的
に気づかないのである。
それに対して、bipolar spectrumは極めて気づ
きがよい。他者に対するのと同様、気づきすぎる。
他者に対しては一種の心理戦の様相かあるが、た
いていの場合はひとり相撲となり疲弊する。他人
はそれほど敏感ではないのである。空虚感を根本
気分と言ったが、「ひとりでいられる能力」がな
いわけではない。ただ、他人の中に入ると、全く
モードの変わった自分になる。他人に合わせる能
力の高さゆえに評価されることもよくあるが、
「他者本位」からひとりの世界にかえったとき、
疲労と虚無感に襲われる。しばしばこの時点で、
過食(一嘔吐)やwrist cutが行われるようである。
こうした行動化は、極端な気疲れを忘れさせると
ともに、自分というものを取り戻す行為のようで
もある。
自己に関しても、気づきは患者を疲れさせる。
自意識が常に彼ら彼女らを追いかけてくる。例え
ばそれは、そのつど他人の評価を気にかけ、他人
に気に入られるように振舞う自分の偽善や自己欺
瞞をあぱきたて、さらにそうしてあばきたてる自
分こそが偽善家に思えて嫌気がさすような、そう
したいたましさを覚える様態に至ることさえあ
る。そこには抑圧の痕跡を認めない。幼児期のこ
とについてもしかり、父母との関係なども、生き
生きとした感情を伴って語られる。それらが陰性
感情を伴う場合でも、分析のような舞台装置がな
くとも、少し腰を据えて耳を傾ければ語られるの
である。ただ、確かにかつての父母との関係が、
現在の対人関係のあり方に影響していることはう
かがえても、現在の病態にどう関連しているのか、
つながりが必ずしも明らかではない。神経症のよ
うに、抑圧されたものが症状を産出するというよ
うな構造があるわけではない。また境界例のよう
に家族との関係を土台にして大きな物語を構成し
ようとすることもない。つまりそれぞれの、その
つどの関係ははっきりとしているのだが、断片化
しているのである。ここでも「小さな差異のたわ
むれ」が見いだされる。彼ら彼女らにおける抑圧
の不在は、あたかも大文字の審級の消失を物語っ
ているかのように思われる。

5 おわりに

本論文中においては、つとにメランコリー型の
両義性について指摘した。疾病にかかわるもので
ある限りにおいて、bipolar spectrumもまた両義的
であることには変わりない。彼ら彼女らの場合、
両義性とは、時代を映し出しつつ、時代の中で失
調していることだろう。「小さな差異のたわむれ」
の時代-いや時代という概念自体がモダンに属す
るものであろうが-ポストモダンを反映しつつ、
大きな物語の喪失という事態にいち早く感応し、
励起された病態なのかもしれない.そして<メラ
ンコリー型一単極性うつ病〉があまりにも正の標
識にかたどられ、ともすれば「悪」への通路、あ
るい躁のもつ、例えばデュオニソス的陶酔の世
界などへの豊穣な病理への通路を封殺し、病理の折
り目正しい半面のみを代表してきたとするなら、
bipolar spedrumは感情病ないし気分障害の新た
なパースペクティヴを開くものではないだろうか。
モダンは、矛盾を推進力とし、自らめ終焉さえ
もおのれのうちに組み込んで生き長らえてきた。
しかしbipolar spectrumの出現は、モダンが本当
の終焉を迎えたことを暗示しているのかもしれな



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中国でもメンタル疾患増加

そうだろう。
電電公社が民営化されるようなものだろう。

中国の現状は、平均1か2の中で、幸運な人だけが10になる。
連帯は可能である。
全体のパイが大きくなっている。

日本の現状は、平均4から6だったものが、
2と10に別れる。
ここに格別の辛さがある。
連帯は難しい。
全体のパイは増えていない。
分配が偏った。

中国は加熱した市場の軟着陸を試みているとされている。
クラッシュすることなく、安定成長軌道に乗ることが出来るか、
課題である。

中国で、どんなタイプのうつが見られるのか、興味深い。



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メタボ・ベルト

男性のベルトに、
85センチと90センチのところに、しるしをつけて欲しい。
だいたい90センチが目安みたいなので、
90のしるしを超えたら、注意しようと思えるように。
大袈裟でなくていいので。
他人には見えないくらいのもの。

ベルトの裏に刻んでおいてもいいかもしれない。
ベルトを切って調節すると、
長さが違ってしまうので、切ったあとに、
ベルトの裏に自分で印を付けたらいいわけだ。

だいたい5個並んでいる真中の孔を使うように
長さを決めて、そのあとで85と90にしるしをつける。
それだけで
メタボ・ベルトが出来上がる。

まあ、そんなことをしなくても、分かるけど。

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幻痛症

幻聴といえば、
誰にも聞こえない声が聞こえている状態。

それに対応して、
幻痛症は、ひとつは、実際には存在しない痛みが痛い状態(A)。

もう一つは、幻痛症は、痛みが存在すると妄想している状態(B)。
幻聴で言えば、声が聞こえると妄想している状態。

AとBは微妙に違う。

*****
幻聴といわれたものが、
本当の声かどうかは、
何人かで同じ場所で聞いて、
多数決で意見をまとめることが出来る。

頭の中に直接電波を送られるという場合は、
本人だけなので、
思い違いかどうか、決められない。

痛みも、なかなか客観的に判定は出来ない。



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下行性疼痛抑制系

痛いけどがまんしようと思うとき、
下行性疼痛抑制系が関与している。
つまり、脳から信号がでて、痛みを抑える。

痛みの元があって、
痛覚神経を経由して、脳の感覚野に届いているものならば、
極端に言えば、感覚神経を麻酔する、または切ってしまえば、
痛みは止まる。
(切ったあとにファントム現象はあるかもしれないが。)
それでも痛みがとまらないとしたら、
下行性疼痛抑制系の賦活を考える。

下行性疼痛抑制系の神経伝達物質は、
セロトニンとノルアドレナリンと言われていて、
これを賦活すればよい。

セロトニンとノルアドレナリンが足りなくなっているのが
うつ状態と言われていて、
これで話がぴったり合う。

セロトニンとノルアドレナリンが足りなくなるとうつ状態になるし、
痛みが止まらない。
セロトニンとノルアドレナリンを増やしてやると、うつ状態が治って、
痛みが止まる。

そんなわけで、昔は三環系抗うつ剤などを、最近は、SSRIやSNRIを使う。

説明書には、うつ病の薬としか書いていないと思うが、
セロトニンとノルアドレナリンを増やしてやると痛みが緩和されることもあるのであって、
そのことを、うつ状態を治せば痛みが緩和されると
説明していいのかどうか、厳密には難しい。

薬を出された人は、わたしはうつ状態と診断された、
実際にいたいのに、気のせいだと診断された、
精神病と診断されたと思うかもしれない。
しかし、そうではない。

あっさりと、セロトニンとノルアドレナリンはうつ状態にも関係しているし、
慢性の痛みにも関係していると言えばいいのだろう。

それぞれの因果関係はまた別の話である。



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FSS

FSSとはFunctional Somatic Syndromeのこと。
Functional 機能的、つまり器質的、身体的でない。
Somatic からだの、つまりこころのではない。身体的愁訴。

「苦痛に感じ日常生活を障害する身体的愁訴があるが、
明かな器質的原因として説明できない症状」。

代表的疾患に、
線維筋痛症、
過敏性腸症候群、
慢性疲労症候群、
舌痛症、
腰背部痛、
側頭下顎症候群、
緊張性頭痛、
などがある。

慢性疼痛とうつ状態が悪循環を呈する。

患者は身体的・器質的疾患と確信していて、
検査を繰り返すほど悪化する例もある。

精神科治療に強い抵抗を示すことがある。

患者と医者の信頼関係がないと疼痛はさらに悪化することがある。

明らかな器質的原因がある疼痛の場合でも、
器質性病変の程度からは説明できない程度の疼痛を訴える場合があり、
消炎鎮痛剤が無効である場合がある。

この場合も、器質的病変で説明できる疼痛以外の部分については、
うつ状態との関連が考えられる。
器質的病変がある場合、痛みから、また、将来の不安などから、
うつ状態になりやすい。



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Painful depression

痛みがあると気持ちはうつになる。
うつになると痛みが増す。

うつと痛みは互いを増幅させて、悪循環がいつまでも続く。
Painful depressionと呼ぶことがある。

抗うつ剤が有効。

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アキレス腱の話とうつ病

うつ病は根本的に治るのですかと聞かれる。

たとえば、スポーツ選手で、アキレス腱を切ってしまう人がいる。
原因は、アキレス腱が弱いか、筋肉が強すぎるかだ。
とりあえずアキレス腱をつなぐけれど、
筋肉が強すぎる場合には、
どうしても切れる可能性が高くなる。

うつ病は上のイメージで行くと、
筋肉が強すぎる感じだ。
アキレス腱が切れない程度に力を入れてもらうこと。

しかし、力を入れるときは、思わず力を入れていることが多いものだ。
難しい。

自分ではどうしても力を入れすぎるという場合には、
配偶者や上司のアドバイスが有効な場合がある。

アキレス腱が切れていないのに、
痛くて歩けない人もいて、
これはまた別の病気だけれど、
いずれにしても歩けないということで、
大きく含めてうつ病と呼んでいる。



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長生きの方法

たばこを吸わず、
飲酒はほどほど、
野菜と果物を十分に取り、
適度な運動をする人は、
そうした習慣のない人よりも
14年長く生きられるとの調査結果を、
英ケンブリッジ大の研究チームが米医学誌に8日発表した。

具体的な利益=14年をはじき出した点で意義があるという。

その結果
(1)喫煙しない
(2)飲酒はワインなら1週間にグラス14杯まで
(3)1日に最低こぶし5つ分程度の野菜、果物を取る
(4)1日30分ほどの軽い運動をする-の習慣がある人は、
4つともない人より、同年齢で病気による死亡率が4分の1と低く、14年分の寿命に相当することが分かった。

習慣と最も関連するのは心臓や血管など循環器系の病気だという。
チームは「ちょっとした良い習慣の組み合わせが、長生きにつながる」としている。

*****
いかにもミエミエの退屈なレポート。
14年って、だからどうだというのだろう。
ここからどんな仮説や方程式が生まれるというのか。

わたしの考えでは、DNAが違って、気質が違って、環境が違って、
そんな人のことを参考にするより、
自分の家系のことを考えた方がいい。

家系で、長生きしている人がいたら、その人の習慣を見習えばいいのだ。
このDNAでこの環境で、どのように生きていったらいいか、よく分かる。

*****
うちの家系はみんな原則長生きで、戦争で死んだ人がいるくらい。
老衰で95歳で死んだ人が二人もいる。
薬といっても、家でビタミンの点滴をする程度。
病気があっても発見されなかっただけなのかもしれない。
自覚症状のない程度のもので。
野菜中心。
肉は食べない。
魚は煮て食べる。
白米中心。
牛乳飲まない。
お酒飲まない。
みそ汁は好き。
漬け物が好き。自分の漬け物にこだわる。
勝手に自分の好きなものを食べている。個食のはしり。
マイ鍋で食べるほど、自分主義。
頭が悪くて楽天的。
まめに働く。
お金のことは気にしない。
でも、二人ともへそくりが出てきた。
競争心がない。
自分だけは大丈夫といつも信じている。
よく寝る。
寒がりなので異常に暖房する。
タバコは吸わない。
運動はしない。
あんまり人と長話しない。
よく泣く。
よく笑う。
感動しやすい。
でも人に押しつけない。
仏教よりも、儒教に近い。
念仏を唱えるけれど、行動は儒教。だけど無自覚。当たり前だと思っている。
それ以外の考えがあるとは思わないくらい。
自分も他人も肯定する。

*****
長生きをしている人は、高血圧、高脂血症、タバコ好き、酒好き、怒りっぽいなど、
養生の教えに反した人がいくらでもいる。
統計的に見れば長生きできないのだけれど、
好き勝手にやった方がいい。
運がよければ、好き放題をして、長生きできる。それが最高ではないか。
そんな人が数多くいる。



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胎盤遺伝子はウイルス由来

胎盤遺伝子はウイルス由来 哺乳類の進化解明へ一歩

哺乳(ほにゅう)類の特徴である胎盤の働きに欠かせない遺伝子が、哺乳類の祖先が感染したウイルスに由来する可能性が高いことが、6日、米科学誌ネイチャージェネティクス電子版に発表された。

卵で生まれていた原始的な哺乳類が、胎盤を獲得して体内で子を育てる「胎生」に進化した過程の解明に役立つという。

胎盤では毛細血管を通じて母体と子どもの間で栄養や酸素をやりとりする。研究チームは、マウスや人間にある「Peg11」という遺伝子が、感染したウイルスからDNAに組み込まれた特徴を残していることに着目。

マウスでPeg11をなくしたり過剰に働かせたりしたところ、胎盤の毛細血管の構造が異常になり、栄養などの交換機能が低下。胎児が成長不良で生まれないか、生後すぐに死に、この結果から、Peg11が胎盤の毛細血管の形成に欠かせないことが明らかになった。

チームはこれまでに、胎盤そのものの形成に必須の「Peg10」という別のウイルス由来の遺伝子があることも突き止めている。

胎盤を作るだけでなく、毛細血管という重要な機能でも外来遺伝子を活用したことが明らかになった。

*****
ウィルスによって外部から遺伝子が運び混まれて、進化を促進することは間違いないようだ。
しかし、有用な変化を一斉に起こすメカニズムが問題だと思う。



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乳酸菌がアレルギー症状を抑えるメカニズム

アレルギー症状のある子どもは、乳酸菌のビフィズス菌やラクトバチルス菌が腸内に少ないという報告がある。乳酸菌はアトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー症状を抑えることが報告されている。そのメカニズム。

腸内に存在する乳酸菌の一種が、アレルギーの原因となる免疫細胞を細胞死(アポトーシス)に導くことを、マウスの実験で突き止められた。欧州の免疫学専門誌「イムノバイオロジー」に掲載。

体内では免疫細胞である「Th1」と「Th2」の均衡が保たれているが、バランスが崩れてTh2が増えると「IgE」と呼ばれる抗体が過剰に作られ、アレルギー反応が起きる。アレルギーの人はTh2が過剰な傾向がみられる。

培養したマウスのTh2細胞にラクトバチルス菌を加えたところ、何も加えない場合に比べてTh2が1割程度多く細胞死を起こすことが分かった。マウスにこの菌を食べさせる実験でも、同様の結果を確認した。

乳酸菌はTh1を増やす働きが知られていたが、Th2の細胞死を促してアレルギーを抑える仕組みもある。乳酸菌摂取が症状緩和につながる可能性がある。



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就寝一時間前の電子メールのチェックは睡眠を妨げる

「就寝一時間前の電子メールのチェックは睡眠を妨げる」との研究結果が、
28日付の英紙デーリー・テレグラフに掲載された。
濃いコーヒーのエスプレッソ2杯分を飲むのと同じ不眠効果があるという。

研究を行った英エディンバラ睡眠センターのクリス・イジコフスキ博士は
「コンピューターの光が、眠りを助けるホルモンのメラトニン分泌をやめるよう
脳にシグナルを送ってしまう」と指摘。
「静かさや暗さ、快適さとともに、リラックスした環境が十分な夜の眠りを確保する」と述べ、
携帯電話でのチェックを含め、寝る前のメールに注意を呼び掛けている。

*****
体験からも、頷ける。



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うつ病の変化 メランコリー型と人格障害型

昔はこう。模範的。


いまはこう。

いない方がいいとみんな思ってしまう。

これを「うつ病」と同じ名前で呼んでいいはずはない。


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適応障害 富裕層の精神障害

前掲の中川先生の文章には前文がついていて、
省略したのだけれど、概略、次のようなことが書かれている。

マスコミで取り上げている「うつ病」というものは、
いまだにメランコリー型である場合が多く、問題である。

入院紹介状で「うつ病」や「うつ状態」とあっても、
境界性人格障害からアルコール依存症まで含まれている。

*****
紹介状に「うつ状態」とあった場合、何も書いていないのと同じである。
「適応障害」となれば、うつ状態と書くことさえ遠慮したわけで、
うつ状態では過半は内部の問題ということになるのだろうが、
適応障害では、環境側に問題があるかもしれないと匂わせているような雰囲気もある。
患者さんとしてはそのほうが気分が楽だろう。

土台、こころのクリニックに来るからには、適応障害であるに決まっていて、
適応のいい人は、来ないだろう。

紹介状で、飲んでいる薬がパキシルなどSSRIだといっても、
アメリカではいまやほとんどの病気で、あるいは、病気でなくてさえ、
飲んでいる状況で、病気の見当はつかない。
中川先生も、「薬物療法は必須ではあっても、絶対的なものと考えるのは極論であろう」
と書いていて、つまり、
絶対治るわけではないが、飲まないことには始まらない、という感じだ。

*****
新橋で開業していると、
富裕層がいて、しかも匿名性が高いので、いろいろな話が持ち込まれる。
東大の先生つながりの紹介は結構多い。

日本は格差社会になった、田舎の駅前のシャッター通りで実感できるとよく言われるが、
新橋で富裕層の話を聞いていると、また別の意味で日本が格差社会になったのだと実感できる。

話を聞いてみると、適応が悪くなって、最初はやはり、
医療機関はためらわれるという。
内科外科の先生方も、すぐには心療内科や精神科を勧めないようで、
まず精神修養の会とかそんなものに行くようだ。

やっていることは大体同じで、
規則正しい睡眠、食生活の改善、挨拶、他人との会話の仕方、
感謝の心、生かされている喜び、小さな自分と大きな自然・神・超越者、
そんなことを指導しながら、ヨーガや太極拳、アロマなどを組み合わせる。
宗教関係なら、ありがたい教えが加わる。
過去世、来世、輪廻からの離脱、敵を愛せ、貧しく清く生きなさい、
教え自体はまことによくできたもので、
その通りにできたらさぞかし幸福で有意義な人生になると思う。
健康食品、サプリ、特殊だという水、特別なアロマ、書籍、
そういったものを「特別な」お値段で分けているようで、
ここらあたりで富裕層の実力が発揮される。
平日の昼に通えるというのも強みである。

仕事しなくても経済的に問題はないし、
肩書きならばすぐに取締役とかつけられる。
月に何回かの会議で黙っていればいいだけらしい。
あとは音楽をきいている。

しかしそれさえもできなくなって、いよいよ心療内科に行きなさいと言い渡される。
だから、最初は、当方とはかなりネガティブな出会いになる。
「ついに」という感じ。

大体のイメージでいうと、精神病とは、
ハリウッド映画で、個室に閉じ込められて、注射をされて、気を失うとか、記憶が消されるとか、
別の記憶が埋め込まれるとか、
そんなホラーなことらしい。

当院には注射さえないし白衣は着ていないというと、かなり脱力するようだ。
心は消毒液では消毒できないので、アルコールの匂いもしない。

内科の先生の病名は適応障害と書いてあるが、
よろしくお願いいたしますというのと同じ挨拶である。

*****
適応障害の典型例としては、パリ症候群やココナッツアイランド症候群と
マスコミで言われているものがある。
パリやハワイに留学や移住したのはいいけれど、
「こんなはずではなかった」ということが重なり、
一ヶ月くらいで不眠、食欲不振、体重減少、
楽しいはずのゴルフもサーフィンも興味がなくなり、
いったん日本に帰り、3ヶ月くらいすると、すっかり元に戻る、
そんな例。

*****
さて、精神修養の会や健康道場、さらには宗教関係の集まりでは、
薬が使えないので、大変だろうと思うが、その分、
患者さんに対するノウハウは蓄積されていると感じる。
しかも、物品を販売するので、またはお布施を勧めるので、
その点でも強い精神誘導が必要になる。
広義の催眠術をしているわけであるが、
万全の場面設定をしても、
なかなか誰にでもできるわけでもない。
第一良心がとがめる。

そのような状況を経て、クリニックにたどり着いたということは、
かなりの人間不信があり、疑い深くなっているだろうと推定できる。
猜疑心は、最初からあったのかもしれないし、
このような不幸な体験によって形成されたのかもしれない。
しかし、いずれにしても、知らない方がいい世界ではあった。
一種の精神的トラウマとして残ると思う。

*****
このように、「適応障害」と言われて、適切な治療を受けないまま、
精神修養して、
青春を失う富裕層は多い。
富裕の場合には、半ばの座敷牢さえ可能である。
本人から閉じこもってくれるのだから。
貧しければかえって早く医療が始まっていたかもしれないのにとさえ思う。
さらにプライドの問題がある。
不調ではあるが、精神的病と認めたくない、
本人も、特に周囲は。
本人はもうかなり疲れているし苦しいので、
精神病でも何でもいいから助けてほしいと思うこともある。
家族は依然として、精神の強さを語り続ける。
世間から羨望されている幸せな我が家で、
そのような不幸があってはならないというわけだ。

不調があるようだから、
ちょっと手当てしましょうと、
考えを変えられないものか。
精神修養の会に行くのは、
お医者さんに、もうこれ以上は手がありません、
精神修養の会でもいかがですかと勧められてからにすればいいのではないか、
順序が逆では事が難しくなる。



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皮下埋め込み式の新たな男性向け避妊法

皮下に、直径2mm、長さ45mmの棒2本を埋め込む。
ここから徐々に二種類の男性ホルモン、
テストステロンとプロゲスチンが放出される。
すると、ネガティブフィードバックで、
テストステロンとプロゲスチンの産生を刺激するホルモンである、
黄体形成ホルモンと卵胞刺激ホルモンが抑制される。
結果として、テストステロンとプロゲスチン産生が抑制される。
従って、精子の生産がとまる。
しかし、体内を循環するはずだったテストステロンの代わりになるものが必要になるので補充する。

ホルモンの使用を嫌がる男性がいるかもしれないが、夫が使用しなければ妻が服むことになる――つまりこれは、男性と女性どちらが使うかという二者択一の問題なのだ。男女が1年ごとに使用するというのが望ましいかたちなのかもしれない。

精子産生は抑制するが、他の部分に作用している男性ホルモンの作用は維持する、
それに適した濃度が研究されている。

女性の場合には、排卵前と後で違うホルモンを使うけれど、
男性の場合はいつも同じでいいので、埋め込んでしまってもいいということらしい。

性欲はどうなるのだろう。



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