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逃避型抑うつ

避型抑うつについての典型的な説明

男性のエリートサラリーマンに多い. 過保護に育て
られ, 水準の高い生活を送ってきたことから, プライ
ドが高く体面を維持せんとする態度がめだつー方で,
困難な状況に合うとあっさりと抑制を中心とした抑う
つ状態に逃避する. 私的生活は楽しめるが, 仕事はで
きないという選択的抑制を示す特徴がある. また, 出
社に際しての恐怖症状が顕著である. 女性との結びつ
きが強い.


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うつ病概念の変遷

要するにいろいろな考えがあったけれど、それは頭で考えただけで、
新しい薬ができたら全く当てはまらない思弁的specurativeなものだったというお話。

むしろ、そのような説が出されて、みんなそんな風に考えたという一時期があったと言うことは、
パラダイムみたいに考えてもいいけれど、
人間の脳の癖のひとつを提示していると考える。

*****
うつ病概念の変遷
Concept of depression in transition
中川誠秀、広瀬徹也 2006
メランコリー.執着性格.逃避型抑うつ.soft bipolar spectrum.過労自殺

●古代から中世まで
うつの概念が歴史上最初に用いられたのは,紀
元前5世紀の古代ギリシア時代のヒポクラテス
(Hippocrates)のメランコリア(melancholia)であ
り,これは黒胆汁が脳に過剰に生じるために起こ
るという意味とされ,その実体は恐怖症と抑うつ
を含むものであった.
記載がより詳細で今日に通じるものをもってい
るのは,Aretaeusのものである.彼は,メランコ
リーはマニー(mania)のはじめかその一部分と記
していて,メランコリーとマニーの関連,交代に
触れている点が注目される.さらに,不幸な恋愛
がメランコリーの発病に影響したと,その心因説
にも言及している.
しかし,メランコリーがすべての精神病の総称
として用いられる傾向は長く続き,7世紀のAlexander
も同様の考えながら,マニーとメランコ
リーの関係について,マニーは狂乱にまで亢進し
たメランコリーであるという見方をした.

●近世
18世紀,イギリスのカレン(Cullen)により神経
症の概念が登場するとともに,心気症とメランコ
リーが区別されるようになった.黒胆汁説から近
代精神医学への転換には18世紀の“感覚主義”思
想が強くあずかったといわれる.ピネル(Pinel)は
その主著『精神病に関する医学=哲学論』(1809)の
なかで,メランコリーの本質を“支配観念へのと
らわれ”または判断の誤り”とした.そして疾
病を引き起こすものとしては,落胆,沈痛な体験,
宗教的熱狂,不幸な恋愛などの強い感情的体験の
刻印をあげ,それらが悟性の機能を偏倚させるよ
うに作用するとした.

●Kraepelinの世代~20世紀前半
1913年には,クレペリン(Kraepelin)によって,
今日の抑うつ症候群ともいえるものも含めた内因
性躁うつ病という疾患単位が確立され,現代の気
分障害の原形となった.ここでは単極・双極の区
別がなされておらず,周期性や回復性に焦点があ
てられていた.クレペリンと時期を同じくして,
フロイト(Freud)は攻撃性の反転が自責になると
いううつ病の精神力学を発表し,『悲哀とメランコ
リー』(1917)では,正常範囲の抑うつである悲哀と
病的メランコリーとの本質的な差異を明らかにし
た.

●20世紀後半~テレンバッハとアキスカル
1950年代後半以降,ドイツのレオナルト(Leonhard)
がはじめて用いたmonopolar,bipolarの区分
がスイスのAngstやスウェーデンのPerrisらに
より単極性(unipolar),双極性(bipolar)という言葉
に換わって,より精緻となった.この極性の区別
はその後の国際分類へと採用されるに至ってい
る.
第二次世界大戦はドイツ精神医学に強い影響を
与え,内因・心因の二分法的見方への挑戦となる
精神病理学的見地に立つ概念が発表された.その
なかでも,1961年に出版されたテレンパッハ(Tellenbach)
による人間学的状況概念を用いた『メラ
ンコリー』では,“メランコリー親和型性格と状況
の絡みが発病の因子になる”との説がとくにわが
国では強いインパクトを伴って迎えられ,下田の
執着性格の再評価につながった.
新クレペリン学派といわれるアキスカル(Akiskal)は,
現代の単極性・双極性の二分法に異を唱
え,クレペリンの広範な躁うう病論への回帰を主
張している点で近年注目されている.それは単極
性と双極性に判然と分離されていた気分障害の2
極の中間帯に症候的な移行状態があることを示
し,症候学的に連続的なsoft bipolar spectrumとい
う概念を提唱した.この概念はわが国の精神病理
学と共有する部分も多く,とくにわが国では脚光
を浴ぴてきている.

●DSMシステムの登場
アメリカでは実用主義と合理主義に基づき,
1980年アメリカ精神医学会のDSM-Ⅲ(Diagnostic and
Statistical Manual of MentaI Disorders,3rd Edition)
による操作的診断基準である多軸診断が
用いられ,精神障害(第Ⅰ軸),人格障害(第II軸),
身体疾患(Ⅲ軸)が併記されるようになった.さら
に,成因論の排除の原則から神経症が廃止された
ため,抑うつ神経症が気分変調症(dysthymia)とな
り,気分循環症(cydothymia)と対置された.
DSM-Ⅲ-Rからは,上記の疾患はうつ病性障
害,双極性障害に格上げされ,気分変調症は大う
つ病性障害と,気分循環症は双極性障害と対置さ
れた.精神障害間のcomorbidityが容認され,うつ
病性障害と不安性障害のcomorbidityが脚光を浴
びるようになった.このDSMは現在,DSM-Ⅳ-
TRとして改訂されている.

●非定型うつ病
非定型うつ病は1959年にすでにWestとDally
が提唱していたものの,長らく注目されずにいた
のがDSM-Ⅳになって採用され,国際的分類に認
知された形となった.当初の特徴は過眠,食欲や
性欲の亢進といった逆転した自律神経症状のほ
か,パニック,恐怖症や強迫などの神経症症状で
あった.また,当時のうつ病の主要な治療法であっ
た電気けいれん療法に無効という意味でも非定型
うう病とよばれるようになった.さらに,依存的,
不安定,ヒステリー性格などの性格病理を示し,
“慢性経過”とまで記載された精緻なものであっ
た.DSM-IVでは過眠と過食,ひどいだるさと
hysteroid dysphoriaで重視された持続的な拒絶への過
敏性に加え,気分の反応性が重視されている.

●わが国独自の類型
うつ病は病前性格であるメランコリー親和型や
執着性格との関連で論じられることがまず盛んに
なったものの,日常の臨床ではそのような病前性
格とは異質のタイプのうつに遭遇することが非常
に多くなり,より細分化する必要が生じてきた.
1975年に発表された笠原・木村の分類は,病前性
格,家族背景,発病状況,病像などの多くの因子
をセットとする精緻・網羅的なもので,わが国で
の独特な特徴もとらえていたため,画期的なもの
としてわが国では流布した.そのなかでI型は主
として単極性うつ病であるが,テレンバッハのメ
ランコリー親和型性格や発病状況論などが大幅に
取り入れられた病型となっている.Ⅲ型は1型と
は対照的に,秩序愛や他者への配慮の少ない未熟
な若者にみられやすいタイプで,抗うつ薬の効果
がみられないとされた.このⅢ型は従来の神経症
性うつ病やArietiのclaiming depressionを含むも
ので,葛藤反応型うつ病と仮称された.
引き続き,社会的には高度経済成長の時期で
あったが,古典的うつ病とは異なるうつ病に着目
して,1977年には著者の一人である広瀬が“逃避
型抑うつを提唱した.
その後も1991年,松浪らが記載しだ現代型うつ
病”や1995年,阿部らが提唱する“未熟型うつ
病”などでも,依存性が強く未熟なパーソナリ
ティ傾向をもち,他者配慮には乏しく,どちらか
というと自己愛性で自責の念も感じられないこと
が指摘された.このような分類に該当し,かつ抑
うつ気分はあるが,性格面の偏りが顕著である際
には,DSM-Ⅳの第Ⅱ軸(パーソナリティ障害)の
診断の併用が臨床上役に立つこともある.
以上の記述をまとめて,うつ病の疾病類型の位
置づけを病前性格との関連を踏まえ,図式化する
と図1のようになる.



●職場関連のうつ病
昨今の30代サラリーマンのうつ病の激増や
40~60代の男性の顕著な自殺率をみてもわかる
ように,わが国の今日のうつ病概念を理解するう
えで職場関連のうつ病は避けて通れない.もちろ
ん,なかには本人の人格がより強く関与している
場合もある.たとえば,“出勤拒否”といえるよう
な,出勤への不安・恐怖症状はあるものの,周囲
の常識的な目でみた範囲では病気ではなく,本人
の意志の問題と思われがちなものがその典型であ
る.
しかし個人の人格のみへの責任の言及は,職場
関連のうつを正しく理解しているとはいえない.
今日の企業では長引く不況により効率化・競争力
の強化が主眼とされ,会社間の合併により会社の
規範・規律が大幅に変化するなど,終身雇用制や
年功序列制は過去のものとなった.とくに1991年
のパブル経済の崩壊後は,追い討ちをかけるよう
にリストラが進み,勤労者の心身にとって余裕の
乏しい体制となった.
過労による疲弊状態でも意欲減退,倦怠感に追
随して二次的に抑うつ気分が伴うことがあり,う
つ病と判断するのが妥当な場合と,職場不適応症
(あるいは勤務困難症)ともいえる場合とがある.
職場不適応症は職場環境因が強く作用した適応障
害ともいえる.適応障害とは,はっきりと確認で
きるストレス因子に反応して,そのストレス因子
のはじまりから3ヵ月以内に,情緒面または行動
面の症状が出現するものである.職場不適応症で
は職場環境と本人の素質や家庭環境が微妙に関連
しているが,症状もうつ病とかなり重複している
ため,明確なうつ病との区別か実際は容易ではな
い.職場で要求されている適応力が人の本来もっ
ている能力や耐性に比較しあまりに大きく,そし
てその努力が徒労に終わる場合,単なるうつ病と
して片づけてよいものであろうか.
現代においては責任感の強いメランコリー親和
型の人は本来美徳とされるその性格が災いし,自
己を追い込んでいく危険もある.とくに中高年男
性では黙々と働き続け周囲に自分の苦境を訴え
ず,せいぜい身体症状から一般医を受診しても何
でもないと放置され自殺に至ることが,いわゆる
過労自殺とされる例で少なくない.

●うつ病と自殺への対策
過労死は国際的に日本特有の社会病理として注
目され,“karoshi”と記されて世界に紹介されてい
る.前記過労自殺も過労死の一種と考えるべきで
ある.わが国の愛社精神・勤労精神は先進諸国の
なかで特殊といえる.“自殺者が年間3万人以上,
交通事故死者を上まわる”などと報道されている
が,平成17年度(2005)より厚生労働省の“自殺対
策のための戦略研究”がはじまり,『うつ予防・支
援マニュアル』を作成するなど,うつ病予防と治
療に遅まきながら種々の対策が試みられている.
企業のなかで健康管理の一翼を担う産業医は内科
医だけではなく,精神科医も不可欠となっている.
臨床現場でも最近ではストレスケア病棟を併設
し,うつ病やその他のストレス性障害を専門に扱
う精神病院も徐々に増えつつある.しかし,この
ような医療プロジェクトに偏らず,国民の生活習
慣や職場環境を考慮した政策が,今後の時代変遷
に応じてさらに多様化・社会問題化するうつ病の
根本的な予防・治療にさらに必要であろう.

●精神薬理,脳科学からみたうつ病
最後に生物学的所見に触れたい.従来うつ病の
成因としてモノアミン(セロトニン,ノルアドレナ
リンなどの神経伝達物質)仮説が主張されてきた.
この仮説でぱうつ病はモノアミンが枯渇するこ
とで発症する.このため,モノアミンの分解や再
取込みの阻害によりモノアミンを増加させると症
状が寛解する”と考えられた.その裏づけとして
の最初の発見は1950年代,結核の治療研究を行っ
ている際に,モノアミン酸化酵素阻害薬(monoamine
oxydase inhibitor:MAOI)投与中の被験者の気分
が高揚したことから,1957年にうつ病治療に用い
られるようになった.その後,三環系抗うつ薬が
広まったものの,その抗コリン作用などの副作用
を嫌い,四環系や選択的セロトニン再取込み阻害
薬(selective serotonin reuptake inhjbitor:SSRI),
セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬
(serotonin and noradrenalin reuptake inhibitor:
SNRI)などの新しい世代の抗うつ薬が適用される
ようになった.そのような変遷から,モノアミン
仮説がいまだ健在であることがわかるが,うつ病
の軽症化のみならず,難治化・遷延化の症例も多
く認められるようになり,古典的モノアミン仮説
の修正が求められている.
気分障害は,モノアミン神経伝達の不足による
にしても,そのメカニズムは当初考えられていた
ものより複雑であるという仮説は,より信憑性が
ある.たとえば,シナプス前細胞とシナプス後細
胞の両者がダウンレギュレーションすると仮定
し,そのどちらがより強くダウンレギュレーショ
ンされるかによって機序が異なるという仮説もあ
る.また,気分障害患者では伝達物質か受容体に
結合してから特定の蛋白質の遺伝子の発現に至る
までの間の過程において,何らかの機能不全が生
じているという仮説などもそのひとつである.
このような知見から,うつ病は心の病ではなく,
脳の病という見方が盛んになっているが,うつ病
における認知療法などの心理社会的な治療の有効
性を考慮すると,脳に作用する薬物療法は必須で
はあっても,絶対的なものと考えるのは極論であ
ろう.

文献
・ 広瀬徹也: 臨床精神医学講座第4 巻気分障害(広瀬徹也, 樋口輝彦責任編) . 中山書店, 1998,pp .3 - 19 .
 ・広瀬徹也: うつ病論の現在(広瀬徹也, 内海健編) . 星和書店, 2005, pp.61-63.
 ・広瀬徹也: 抑うつ症候群. 金剛出版, 1986, pp.51-77 .
 ・ウォーレンシュタイン, G. : ストレスと心の健康―新しいうっ病の科学(切刀浩訳) . 培風館,
2005 pp.103 - 123 .



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下田の執着性格の特性

下田の執着性格の特性についてのよくある説明

熱中性, 凝り性, 徹底性, 几帳面. 責任感旺盛など
の特徴がある. 躁うつ病の発生機制については感情興
奮が過度に持続する体質的・性格的特性のために疲労
を感じることができないまま感情的に疲弊状態に陥
り, その極において躁状態, またはうつ状態が起こる
と説明される.



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メランコリー親和型性格

メランコリー親和型性格についての、よくある説明。

秩序への志向性が強く, 几帳面という形で固着しす
ぎている. 要求水準が高く, 自分に対して量的にも質
的にも過度に高い要求水準を掲げる. これが叶わない
ときにはその不全感を負い目として体験しやすい. 具
体的な人格特徴としては, 几帳面, 堅実, 綿密, 勤勉,
強い責任感, また誠実, 律儀, 世話好き, 権威と序列
を尊重すること, さらに気遣いなど他者配慮的傾向の
強いことなどがあげられる. かくして彼らにとっては
その秩序の維持が重要であり. それまでの秩序の境界
を乗り越えて新しい秩序をつくることを迫られるよう
な事態そのものがうつ病の発病状況となる. 具体的に
は転居, 昇進. 停年, 結婚, 出産, 近親者との死別な
どがあげられる.


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出産と精神病

妊婦さんも何人もいるのだが、
産科の先生が薬剤に対して非常に保守的であり、
当然患者さん自身も恐怖を感じ、
うまくコントロールできない場合も少なくない。
しかし一方、妊娠でホルモン環境、精神的環境が変化するためか、
安定化する人も少なくない。

救急車でたらいまわしされる世の中だから、
一層、出産と育児は不安だと思う。

夫立会い分娩の効果、
カンガルーケア、
タッチケア
育児不安
などについて、民間産科病院のスタッフが2001に書いたものがあるので
紹介。

*****
マタニティブルーとその対策
郷久、佐野、和田、高野、坂内、南部

マタニティブルーは、産後2~4日に一過性にみられる生理的なもの
で、産褥うつ状態や産褥精神病は、産後1ヵ月以内に出現する病的なも
のとされている。マタニティブルーの対策として、夫立ち会い分娩、カ
ンガルーケア、タッチケアを紹介し、育児不安の対策として、心理療法
の一つである交流分析、精神分裂病の育児に対する家族の応援と医療チー
ムワークの大切さを述べた。また産褥精神病に対して、薬物療法の例、
心身医学的治療を行った84症例の分析を行い、著者らが行っている産婦
人科医、小児科医、心腹内科医、精神科医との連携および臨床心理士、
助産婦、保健婦、家族などか協力する母子ユニット的な診療の重要性に
ついて述べた。
キーワード マタニティプルー、タッチケア、育児不安、心身医学的診療、母子ユニット

●産褥精神病とマタニティブルー
褥婦における産褥精神病の発病頻度は、産婦人
科からみると非常に稀なものであり、言葉が有名
になっているにもかかわらず、あまりお目にかか
らないという印象を持つ。しかし生理的な気分の
変調は注意して観察すればよくみかけるものであ
る。涙もろくなる、物忘れが多い、感情の抑制が
きかない、注意力散漫、ふさぎ込む、眠れないな
どメランコリーの感情を中心とし不安や困惑が伴っ
ているのが特徴である。マタニティブルーは、産
後2~4日に一過性にみられる生理的なもので、
産街うつ状態や産褥精神病は、産後1ヵ月以内に
出現する病的なものとされている。

●マタニティブルーと夫立ち会い分娩
夫立ち会い分娩では、血中カテコールフミンの
アドレナリン値が有意に低く、産褥の疲労感や注
意集中の困難やうつ尺度も有意に低く、マタニティ
ブルーになりにくい。
初産婦19症例のうち、夫立ち会い群6例と非立
ち会い群13例における血中カテコールアミンの変
化について検討した。その結果、ノルアドレナリ
ンは有意差は認めなかったが、アドレナリンは夫
立ち会い群の方が明らかな低値を示した(図1)。
夫立ち会い分娩をした14例としなかった107例を
比較すると、「注意集中の困難」では産褥2日目か
ら4日目に(図2)、YGうつ尺度では産褥2日目
から5日目に(図3)有意に前者が低かった。
マタニティブルーは、日内リズムとの関係もあ
り育児に向かって生理的な現象である。しかし、
医学的に研究調査が不十分で一般の人にはその存
在も知られていない。昔から誕生は家族全員で協
力し合って自宅で行っていたのに、今はほとんど
が病院で孤独で行っている。

●カンガルーケア
最近日本のNICUで採用され、急速な勢いで
定着しつつあるカンガルーケアとは、2000g以
下の子、ときには1000g以下の超低出生体重児
をお母さんの素肌・腹部に裸のまま触れさせ、あ
たかもまだ胎内で育てているような雰囲気を味わ
わせながら、赤ちゃんの求めに応じて直接授乳さ
せるものである。触れ合うこと、抱き合うこと、
話し掛けること、授乳することによって互いの体
温は生理的に交流し合い、それが心理的交流にも
直結するきわめて効果的な接触であることも実証
され、その後の子育てにも良好に作用する。

●タッチケア
タッチケアとは、1977年スウェーデンのdeChateau
らによって報告されたextra early nude contact
の研究に端を発しており、新生児の意識
状態に合わせた、生理感覚的統合をすすめること
のすべてが、タッチケアの基本理念である。
その7つのポイントは、①横抱きでそい寝、②
おむつをゆっくり取り替え、胸腹部のマッサージ
(1分間)、③引き起こし遊びを泣くまで、④抱い
て、目を見て、優しく語り合う、⑤うつ伏せ遊び
を両手をつないで、⑥泣いたら丸く抱えて抱き背
中を軽くたたく、⑦それでも啼泣が続けば授乳を
すすめる、というものである。どの状態で何を求
めているか不明のことが多く、特に泣く子との対
応に苦慮することもしばしばであるが、この順序
を優しく、ゆっくり、いっしょに実践することが
産褥スタッフの大きな役割となることは必定であ
る。タッチケアは新生児のみに必要なことではな
く、ヒト一生の問題、つらいときには優しく触れ、
さすり、軽くたたかれること、手と手をつないで
喜びを膨らまし、辛さを和らげることである。

●育児不安
育児ができない夫婦が増え、みんなで育児の仕
方を再教育しなければならない症例が増えている。
交流分析を応用した症例1の褥婦は各種心理テス
トは異常なく、また分娩や産褥経過も正常だが、
厳格な父母にしつけられて育った。育児に関して
“母性愛”の欠如を強く訴え面接治療を行い、CP
(批判的な親)が大きすぎることを洞察させた例で
夫に大きなA(大人)で判断するように指導。症例
2は、末っ子でC(子供)が大きく、生活面では夫
のAやPを頼っており俗にいう「子供が子供を育
てる」タイプに属すると考えられた。産褥に回
診をし、「おめでとう」といっても、あまりうれし
そうな顔をしない産婦をみたときに愛想が悪いな
どと思わずに、マタェティー・ブルーの感情を共
感するような言葉をかけてあげるべきである。ス
タッフや家族の暖かい雰囲気につつまれて、短期
間で改善するこの気分の変調を最小限にとどめる
べきであろう。
精神分裂病を合併した妊婦の場合、直接的な育
児を、いったい誰がするのか?が重要な問題であ
る。児を危険から守り、育んでいく人格形成上、
大きな役割を持つ母親。その役割を期待できない
としたら、その問題をいかに対処していくか、5
症例を紹介する。5例中3例では援助者が存在
していたので退院後の生活、児の発育はスムーズ
であった。しかし、他の2例は夫のみならず家族
の協力もスムーズではなかった。そのため児の発
育、発達は悪かった(表1)。われわれは妊娠中よ
り、家族とのコミュニケーションを取りながら、
特に夫、実母、姑などの協力体制がとれるよう努
力しなければならない。つぎに、本人、夫へ母性、
父性がもてるような指導が重要であり、われわれ
自身が分裂病に対する充分な知識をもち、疾病の
増悪、再発予防に向けていくことが重要であるが、
精神科医と産科医、小児科医、助産婦、保健婦な
どの医療スタッフ間の協力体制をとることが、分
裂病に限らず、育児不安すべてに必要である。

●薬物療法
マタニティブルーや産褥精神病の定義や両者の
区別は諸家により異なり明らかにされてはいない。
しかし、マタニティブルーが生理的範囲を越える
場合には心理療法のほかに、個々の症例に合わせ
た薬物療法も必要になってくる。
症例3(32歳、産褥うつ病)は、10ヵ月前に個人
病院で正常分娩したが、その後発汗、倦怠感、食
欲不振、不眠、動悸、暑寒の感覚がはっきりしな
いという。内科を受診し、免疫機能が弱っている
ので治療中という。児は生後14日に肺炎の疑いで
9日間入院、生後3ヵ月で敗血症の疑いで1ヵ月
入院、生後6ヵ月より下痢が時々みられ、感染症
の疑いで2週間前より入院しているという。母乳
は出ず、ミルクで育てている。実母とー緒に来院、
母の話しでは子供のことで神経過敏になっている
という。人がまるで変わってしまった。うつ状態
が強くて話をしなくなった、電話もかけられなく
なったという。抗うつ剤(Amitriptyline30mg)
とマイナートミランキライザー(Lorazepam2mg)
を投与、子供は実母にみてもらうことにしたとこ
ろ、眠れるようになり安心したという。
症例4(37歳、産褥神経症)は、当院で分娩した
高年初産婦、微弱陣痛で吸引分娩となったが会陰
部の裂傷が大きく、出血(1000ml)し貧血症になっ
た。しかし、輸血せずに改善して14日目に母児と
も退院する。退院しても育児ができない。母乳は
含ませてもあまり出ない。身体の芯が熱っぽい、
不眠強く全身倦怠感があり食欲もない。声も大き
な声を出すことができない。横になってばかりい
る。横になっても息苦しい。赤ちゃんの世話が精
一杯で家事ができない。育児の自信がないので子
供は埼玉の妹夫婦にあずけようと思っているが、
夫は猛反対している。母乳はでないので、ミルク
にすることにしてP-Diazepam10mg、健胃酸2g 3xn/日、
Lorazepam0.5mg2錠就眠前、Sulpiride150mg3xn/日を
処方し、分娩後から自
分の身体や育児にあまりにも神経を使いすぎ、不
眠が続いたため神経衰弱になっているようだから、
あれこれ考えないでよく眠るように話す。妹や母
が手伝いに来てくれ、家庭訪問をしていた地域の
保健婦からみても、とても育児などできないと思っ
ていたのが、積極的にやるようになり非常に良く
なったという。
このようにマタニティプルーが生理的範囲を越
えた場合にはうつ病、神経症、心身症など的確な
診断のもとに心理療法と薬物療法が必要である。
しかし、うつ病が改善しない場合や分裂病型を示
す産褥精神病は速やかに精神科にその治療を依頼
すべきである。産褥は授乳中のことが多く、大量
に服用する場合には勿論、小量でも長期間投与し
なければならない場合が多いので注意が必要であ
る。母乳移行は薬剤によっても異なるが、個人差
もあるので正確には一人一人、薬剤別に乳汁の濃
度と児の血中濃度を定期的に測定する必要がある。
しかし大量、長期でなければ注意して投与すれば、
多くの薬剤が使用可能である。

●産褥うつ状態、産褥精神病
本来、生理的なものであるマタニティブルーと
いう言葉が有名になるにしたがってうつ状態や産
祷精神病のような病的なものまで含んで言うよう
になってきている。ここでは著者が扱った後者の
症例、84例を分析する。
対象は1995~2000年10月まで当院で治療した42
例と、1976~1993年まで札幌医科大学産婦人科心
身症専門外来で治療した42例である。著者が面接
や治療経過から行っている心身医学的診断による
病型分類では、うつ病型が44例(52.4%)、神経症
型が32例(38.0%)、心身症型が5例(6.0%)、身体
病型が3例(3.6%)であった(表2)。DSM-IV分類
で診断してもほぼ同様で、気分障害50.0%、身体
表現性障害14.3%、パニック障害14.3%、転換障
害9.5%、不安障害9.5%、適応障害2.4%であり
(表3)、気分障害(うつ病型)が半数以上を占めた。
職業率は、専業主婦が71例(84.5%)で、職業婦人
が12例(14.3%)、独身(single mother)が1例(1.2
%)と、専業主婦が多かった。紹介例が48例(57.2
%)であり、紹介先は産婦入科個人病院からが11
例(13.1%)、大学病院産婦人科からが9例(10.6
%)、保健婦から8例(9.5%)、総合病院産婦人科
4例(4.8%)、大学病院内科・小児科3例(3.6%)
であったが、心療内科、精神科はそれぞれ4例
(4.8%)、2例(2.4%)と少なかった。一方、マタ
ニティプルーの新聞・雑誌・友人からが7例(8.4
%)、不明・その他が27例(32.1%)であった(表4)。
母乳率は、母乳栄養単独が47.6%、混合栄養が9.5
%、母乳→人工栄養が11.9%、人工栄養が14.3%、
不明が16.7%で、母乳率は69.0%と予想より高かっ
た(表5)。治療予後は、良好56例(66.7%)、不変
・悪化7例(8.3%)、不明21例(25.0%)という結
果で、心身症関連疾患全体の予後良好(80%)と比
較して悪かった。
以上から言えることは、マタニティブルーと産
梅精神病は、区別すべきであるが、保健婦の困惑
をみても、適当な施設(母子診療ユニット)のな
い日本ではどこかで(逆にどこでも)診なくてはい
けない。主婦が多く、母乳栄養で頑張っている患
者が多いが、予後はそう良いとは限らず、気分障
害(うつ病)の診断・治療も重要で、小児科医、心
療内科医、精神科医との連携が不足している。臨
床心理士、助産婦、保健婦などのコメディカルス
タッフとの連携も必須である。

文献
1)V.パート、V.ヘンドリック:女性のためのメンタルヘルスケア
島悟、長谷川恵美子訳、pp58-70、
日本評論社、東京、1999。

2)郷久鍼二:シンポジウムーどう考える、産後の疲労-。
エモーショナルサポート、産科医より。pp124一130、
日本母乳の会、東京、2000。

3)郷久誠二:睡眠障害、心理、精神の障害に伴う症状、
女性の症候学。新女性医学大系4。pp357-367、中山
書店、東京、1998。

4)南部春生:カンガルーケア、小児科医の子育てカルテー
40年間の診療現場からー。pp67-68、北海道新聞社、
札幌、1999。

5)南部春生:母乳育児の生活リズム、もっと知りたい母
乳育児-その原点と最新のトピック。橋本武夫監修、
NeonatalCare13(12)、秋期増刊号、メディカ出版
1110-1117、2000

6)南部春生:タッチケア、私の実践一親と子の楽しい触
れ合い、7つのポイントー。小児保健研究56(2):196-201、2000

7)南部春生:育児相談における心の健康への配慮一寛大
な心で、優しい対応を一特集一子どもの心を育む。日
本医師会雑誌123(9):1429-1434、2000。

8)郷久誠二、佐野敬夫、和田生穂:パネル家族の機能
と心身医学一内分泌の変化、マタニティブルー、育児
不安、更年期障害。日本心療内科学会誌4(1):27-
31、2000。

9)郷久誠二:女性の心身医学。郷久誠二編、pp288-311、東京、南山堂、1994。

10)岡野禎治:地域における母子精神保健サービス。産科と婦人科5:642-648、2000。



共通テーマ:健康

OCDの臨床 成田善弘

適切な比喩と必要十分な臨床的アドバイス。
熟達の至芸である。

*****
分子精神医学 vol.3 N0.4 2003
OCDの臨床
成田善弘

◆はじめに
従来、強迫性障害(OCD)は、生涯有病率が0.05%
と非常にまれな病気と考えられていたが、米国の
ECA studyにより生涯有病率は1.9~3%であると判
明した。統合失調症の生涯有病率が1%弱であることを
考え合わせると、これはきわめて高い生涯有病率と言え
る。
OCDに関する最近の話題としては、病前性格があげ
られる。従来はOCDの病前性格は強迫性格であると考
えられていたが、最近の実証的な研究からOCDの病前
性格は必ずしもOCPD、強迫性人格障害とは限らない
という報告がされている。もっとさまざまな人格障害が
病前性格にあり、依存的な性格などのC群人格障害が
多いのではないかという研究がある。
臨床におけるの病前性格論は、そのほとんどがレトロ
スペクティプな研究である。これは、OCDにより受診
した患者に、もともとどのような性格であったかという
ようなごとを聞いて、病前性格を推定している。本来は
プロスペクティブな研究をやらなければ、病前性格とい
うのはわかりにくい。現在はOCDの病前性格はOCPD
に限らず、必ずしもOCPDとOCDが連続的にとらえ
られるものではないという実証的な研究がいくつかみら
れる。
ヒステリー性格はヒステリーの病前性格とは限らず、
むしろ独立に存在するということは以前から言われてい
る。また、うつ病の病前性格に関しても、必ずしもメラ
ンコリー親和型性格ではないという議論があることか
ら、病前性格論が、現在、ひとつのトピックになってい
ると言える。
また、OCDの症状として、強迫観念、洗浄強迫、確
認強迫が非常に多いと思われていたが、近年、強迫性緩
慢が注目されている。これは、何をするにも非常に丁寧
に順序立てて一つ一つやるので、時間がかかるという症
状である。生物学的な基盤との関連が論じられており、
男性に多く、重症例もある。従来、このような概念につ
いてよく知られていなかったが、昔から、動作が緩慢で
あって、必ずしもそれが特定の強迫行為と強迫観念と結
びつかない患者がいた。
かつて、OCDはヒステリーと並んで、心因性疾患の
代表的なものであると言われていたが、近年では、生物
学的な基盤がむしろ主体であると考えられている。大脳
基底核の変化や、辺縁系の障害、前頭葉のような皮質の
変化、あるいはそういうものの相互作用の失調であると
いう研究が活発におこなわれている。とくに強迫症状が
著しいときには、尾状核の代謝が亢進、または血流量の
増加が見られる。ただし、これも強迫という症状が起
こっているときに生物学的に随伴している現象とも考え
られるので、明確に生物学的な原因であるとは言えない
が、生物学的な研究は非常に盛んで、今や、強迫性障害
は心因性疾患の代表とは考えられなくなっている。
OCDに関する有効な治療法として米国のエキスパー
トコンセンサスガイドラインにおいて薬物療法と認知行
動療法の2つがあげられている。精神分析や力動的精神
療法については言及されていない。世界的に見ると、薬
物療法と認知行動療法が治療の主流になっている。

◆OCDの精神療法
筆者がおこなっている精神分析的な考え方を基礎にお
いた診療では無意識というものや、患者の育ってきた歴
史を考えるということ、さらに治療者と患者とのあいだ
に生じた関係を考えることが基本となる。ただし、多く
の分析家が認めているように、古典的な精神分析の治療
法では、なかなかOCD患者は改善しない。たとえば、
ギャバードは、精神分析の有効性をOCPD、強迫性人
格障害に関しては評価しているが、OCDに関しては評
価していない。
実際、筆者は折衷的な治療をおこなっており、日常の
診療で初診を30分程度、再診を15分程度の時間をかけ
ている。

1)受診しない患者の心理
まず、OCDの患者は、受診したがらないというのが
ひとつの特徴である。最近の大きな疫学的調査以前で有
病率が低く見積もられていた理由の一つは、患者自身が
受診したがらないという要因が大きい。また、発病から
受診までの期間が大変長いことが特徴である、OCD患
者は狂気恐怖を持っていることが多く、自分がコント
ロールを失って、何をしでかすかわからないような人間
になるということを大変恐れている。精神科を受診する
ということは、自分の狂気を証明されることと感じ、受
診を拒否する。また、非常に自尊心が高くて、自分を高
く維持したいと思っている人が多く、医者にかかるとい
うことは、自分が弱者であり、劣った存在であるという
ことを認めることになるため非常に不本意であり、しか
も、人に頼るということを嫌がるのでなかなか医者にか
かろうとしない。
また、重症例の場合には、症状の自我違質性が乏しく
なっていることがある。OCD患者の特徴として、症状
が自我違質的で、それと闘う態度があると言われている
が、重症の場合は必ずしもそうではない。たとえば、不
潔恐怖の患者でも、自分がこんなにおかしい、変だから
治療して欲しいと思っている人ばかりではなく、「本来、
このようにきちんと洗うべきである、ちゃんと洗ってい
ないほかの人が間違っている」と考えるような人はなか
なか受診しない。
OCD患者は身体症状が少ないとされているが、強迫
症状が顕在化する以前に頭痛や肩こりなど、いくつかの
身体症状を出す場合がある。便秘などで、他科を受診す
る人もいる。
受診を拒否する人で、精神保健福祉センターや、カウ
ンセリング施設などの非医療機関なら行くという人もい
る。さまざまな事情で受診率が低下したり、発症から受
診までの経過が長いことがOCD患者の特徴である。そ
の背景にある心理をまず理解する必要がある。

2)家族への対応
初診時は患者の家族だけが来る場合もある。また、家
族が患者を連れて受診した際も、患者への対応に困って
受診する場合が多く、家族に対してどのように援助をす
るかが問題になる。家族に対し、筆者はまずOCDにつ
いて説明する。わがままとか性格の問題ではないこと、
決してまれな病気ではないことを説明する。また、すぐ
に症状をやめさせようと思っても無理だということを伝
える。
家族が一番心配していることは、これが精神病の始ま
り、あるいは精神病ではないかということである。精神
病にはめったに移行しないものであると説明し、患者お
よび家族がもっている狂気恐怖を和らげることが必要で
ある。また、患者や家族は病気の原因は何かということ
を知りたがる。脳の機能障害であるが、育ってきた歴
史、家族との関係、人生上の出来事、社会文化状況のよ
うなものが重なり合って発病するので、単一の原因は取
り出せない、したがって、原因追及はとりあえずは棚上
げにしておいた方がよいと説明する。治癒の可能性につ
いては、最近では治療成績が向上し、7割程度の人は十
分社会復帰ができると説明している。
子どもが病気になると、家族がそれに対して、とくに
母親が育て方が悪かったのではないかと悩むことが多
い。確かに家族との関係は大切で、まったく関係してい
ないわけではないが、しかし、母親の育て方一つで患者
をOCDにすることは不可能であると説明し、家族の罪
悪感を和らげる。また、子ども、あるいは配偶者がこん
なに苦しんでいるのに、自分が生活を楽しんでいいのか
という悩みに対して、長い目で見ると、家族が自分の時
間を持って、自分たちの生活をきちんとすることが大切
だということを伝える。
症状への対応の仕方は、家族にとって当面の課題であ
るため、わかる範囲で助言する。まず、症状を一笑に付
さない、OCD患者が、いろいろな医療機関を受診して
も1回でやめてしまうのは、患者としては非常に苦しい
症状を訴えても、一笑に付され、気の持ちよう一つで治
るものだなどと言われることが多いからである。
また、手洗いなどの症状を中止させようとしても、患
者がよけいに不安になるので、当面は介入しないように
言う。ただし、巻き込んでくるケースに関しては、初診
のときに、少なくとも現在以上に家族が患者の要求に従
わないよう指示する、たとえば、患者は不潔恐怖にし
ろ、確認にしろ、家族にいろいろ指示、命令をしている
ことが多い。あるいは、強迫行為中、家族はちゃんと
じっと一定の場所に立っていてくれないと困るとか、こ
こは、自分の地、きれいな場所だから、ここへはー切立
ち入るなとか、家族を巻き込んで、強迫行為の一部分を
家族におこなわせたりすることがある。
症状を介する以外のコミュニケーションについてはで
きるだけ増やしてもらうことが重要である。たとえば、
朝、おはようと声をかけたり、一緒に軽い運動をした
り、お父さんと息子がゴルフに行くなどができればとて
もよい。
初回に家族だけ来た場合には、以上のようなことを説
明し、是非、本人にも来てもらいたい旨を伝える。そう
すると、患者自身が次回からやってくることが多い。

3)患者が来院したとき

〈1〉よく来ましたね
OCDの患者は受診前に非常に逡巡する。受診すると
いうことが自尊心を傷つけるので、不本意ではあるが、
苦しいので仕方なく来院する。それに対して、よく来ま
したねという気持ちを持って接することが大切である。
はじめに、一定の時間をその患者のために確保してお
き、患者にも30分くらいお話を聞きますと最初に言っ
ておく。たとえそれが不十分な時間であっても、いつ診
療が終わるのかわからないという状況よりはずっと患者
を安心させる。そして、訴えた症状を笑い飛ばしたりせ
ず、大事なこととしてきちんと聞く。

〈2〉病歴を聞く
OCD患者は、重症例は混迷状態に近いようになって
いて話せなくなっているが、多くの患者は多弁である。
しかも、その話が枝葉にわたり、話が先に進まないの
で、治療者は積極的に介入する必要がある。
病歴はとくに発症前の状況に注意をして聞く。強迫が
発症するのは、発症以前に何らかの不安か高まっている
ことが多い。とくに、男性の患者の場合、他人との比較
や競争が問題になっていることが多く、たとえば、学校
での成績低下や不本意な学校への入学、受験勉強の不調
などが問題になっている。あるいは、非常に高い理想を
持っていて、自分のライフデザインが挫折するのではな
いかと不安に思うときに強迫が発症することが多い。女
性の場合、多くは異性との関係、結婚や出産が発症の前
駆になっていることが多い。男性は自分の同一性を巡る
不安で発症し、女性のほうは親密性を巡る不安で発症す
る傾向が強い、

〈3〉治療歴を聞く
今までどういう治療を受けてきたか、またその治療に
対して患者がどう思っているのかということを聞く。受
診しても、薬を処方されるだけで何も話が聞いてもらえ
ないことに不満を持っている患者は多い。

〈4〉患者自身の対処について聞く
医療以外に患者が自分の病気にどのように対処してき
たかということも聞く。OCD患者は、呪術的なことに
親和性をもっていることが多く、お祓いを受けに行った
り、霊能師のような人に見てもらったりしている。自分
で何とかしようと、患者なりの対処をしてきた場合、そ
のうち評価しうるものは、患者なりの対策と認めて、そ
の効果について患者に評価をしてもらって、多少ともプ
ラスのあるものは患者の努力として認めていく。
対処に焦点を当てて聞くということは、自分は対処す
ることのできる人間である、あるいは。自分でも対処す
べきであると患者に認識させることになる。患者が自ら
開発している対処方法のうちのいくつかは認知行動療法
の技法とよく似ていることもある。これも、多少ともプ
ラスのものは支持する。

〈5〉身体症状を聞く
便秘や肩こりを自覚していない人が多いので自分の身
体感覚に気が付いてもらう。姿勢が堅く、きちんとまっ
すぐに脇見もしないでいるという人が多いのでリラック
スを促す。運動をすることは、治療法としてもよく、と
くに水泳をすすめる。水の中に自分が入ると、自分と環
境の境界があいまいになりやすい。OCD患者は、自分
と自分でないものとの境目が自分の皮膚よりも何センチ
も外にある。そういう体の感覚のほうに目を向けて、も
らって、なるべく、体を動かす。運動しているときは、
頭で考えている暇がないのもよい。運動をすすめ、身体
感覚に目を向けてもらう。

〈6〉患者の確認保証要求に対して
本質的には事実解決にならないとしても、治療者は治
療初期は確認を与える係だと思って、ある程度の保証を
する。OCD患者は、なかなか人にゆだねられない。治
療者にゆだねることができれば、それは進歩である。あ
る程度、保証することは、治療初期には必要であろう。

〈7〉診断と見通しを告げる
診断と見通しに関しては、まず「これは強迫性障害と
いう病気です」と言って、先述のような説明をする。そ
れから、基本的には治る人が多いと説明する。ただし、
あなたが治るかどうかは、あなた自身の治療に対する努
力や、家族の協力、環境、私の能力や私との相性という
要素もあるので、試してみないとわからないが、一般的
には治る人が多いので治ると思って取りかかります、と
説明する。絶対に治ると保証すると、のちに支障が出る
ので絶対に治してあげますとは言わないが、治るだろう
と私が思っているということを、態度や雰囲気で相手に
伝える。その際、OCDについて、上島国利編「強迫性
障害は怖くない」という本をすすめている。
まず、症状に対して、いろいろな不安が起こってきた
ときに、すぐに対処せず、不安を不安なまま、筆者の言
葉で言うと「心の器の中に入れておく」ことを目標とす
る。いろいろな精神療法に共通しているが、行動療法で
は、OCDに対して有効とされている技法は、暴露反応
防止法である。あるいは、森田療法で言うところの恐怖
特有やあるがままというものも、不安を不安のままにし
ておくという、それを心の中に入れておくという点では
共通している。
筆者は、それを「青い空に白い雲」と呼んでいる。晴
れていると白い雲が浮かんでいて、それを指さして、た
とえ不安になっても、空に雲が浮かんでいるように不安
を心の中に浮かべて雲を消そうと思わず、全体として晴
れていればそれでいいからと言って、それを「青い空に
白い雲」というニックネームにして患者に教える。

〈8〉巻き込みへの対応
患者と、巻き込まれている対象者を同席で、次のよう
に説明する。患者が不安なときに、その不安を自分1人
では解消できないから、他者を引っ張り込んできて、2
人がかりで不安に対処している。いつも2人がかりで対
処していると、自分で自分の不安に対処できるように心
の器が大きくなってこない。だから、「なるべく1人で
対処するようにしましょう」と告げる。家族も最初は善
意で手伝うのだが、次第に手足、奴隷のごとく使われる
ので、腹を立てていることが多い。つい手伝ってしまう
と、それは病気の木に水をやっているようなものだか
ら、あるところで線を引いて、それ以上は手伝わないよ
う指示する。巻き込みが長期化している場合は、すぐに
は奏功しないが、巻き込みの初期に説明すると、起こっ
ていることを説明する一つのモデルとして役に立ち、患
者も家族もある程度それを守ってくれる。特に、家族が
手伝いを断る場合には、これは医師の指示に従っている
のだと患者に説明をするのがよい。
巻き込みが著しい例は、神経症水準よりも境界水準の
病理を持っていることが多く、巻き込んでいる対象に対
して暴力行為などの問題行動が発生しやすい場合が多い
ので、なるべく早くある程度の限界を設定するようなア
プローチをすることは必要である。

〈9〉患者に症状を評価させる
一番悪い時を0点とし、現在の症状を何点ぐらいか評
価をしてもらう。最近、自己評価のための自己記入式
Y-BOCSというものがあるが、日常の15分くらいの臨
床では時間がないので、患者自身に採点してもらう。
OCD患者は0点or100点と発想している場合が多く、
そこに中間的な尺度の概念が入ってくるだけでも、前進
である。60点と評価した場合、あと40点は必ずしも症
状ではなく、自分自身の性格や、人間関係の問題につい
て患者が言及することもあるので、漠然と病気の症状に
点数をつけてもらう。そして、80点くらいになったら、
それでよいということにする。

〈10〉言葉の煙幕
先述のようにOCD患者は、重症の場合は無口になる
が、多くの人は多弁である。しかし自分自身が現れるの
を妨げる方向にしゃべる。たとえば、学校で友達ができ
なくて淋しいという代わりに、現代の教育制度がよくな
いなど、一般論や観念論にわたりやすい。学校で教育制
度が悪いと言っているのを、なるべく、具体的に、友達
ができなくて淋しいのではないかというふうに誘導して
いく。患者と周りの人々の間で現実に何が起こり、患者
が何を感じているかを探る。
言葉の煙幕という言葉を造った、ハリー・スタック・
サリヴァンによると、強迫の人は、自分自身が救いよう
のない悪人であることが露見しないようにするため多弁
になるという。OCD患者と接していると意地悪をした
くなる。患者に[大丈夫ですか]と聞かれると、私は
[まあ、大丈夫です]と言っていた。そうすると、患者
が「先生、まあでは心配なので、絶対大丈夫ですか」と
何度も保証を求めるので、つい「絶対に大丈夫です」と
言ってしまった。精神科医たるもの絶対という言葉を安
易に使うべきではなく、患者の不安がどういう不安であ
るか聞かなければならない、と批判されたこともある
が、厳密には大丈夫とは言えないと正直に言えば患者は
苦しむし、だからといって、絶対に大丈夫というと不適
切になる。その後、方針替えして、まあ大丈夫とか、大
抵大丈夫とか、人間的な尺度では大丈夫だとか、あなた
が求めているのは神様の尺度で、それは神様病というも
ので、人間的尺度ではまあ大丈夫だと言うようにしてい
る。初期段階では保証することも必要である。
ただし、いつまでも外側から保証しているだけではな
く、いずれは患者自身がどう思うかを問い、大丈夫だと
思うのですがと答えれば、大丈夫と思うのがあなたの健
康な心の判断だから、その健康な心を信頼しなければい
けない、健康な心が大丈夫と言っているのだから大丈夫
だというふうに、患者の中に大丈夫と言ってくれる部分
を育成するようなつもりで大丈夫と言う。

〈11〉感情表出を促す
どう感じましたかと聞いてもどう考えたかを返答する
患者が多いが、どう感じたかを聞くことが重要である。
OCD患者は、感情を必要以上に抑え込んでいるので、
抑圧された感情がときどき爆発して。急に興奮して怒っ
たりする。そうすると、ますます、患者は感情表出を恐
れるので、感情を一つずつ聞いて、その感情がたとえ何
であろうが、人間的なものであると理解させる。
患者が感情を抑えつける理由は、心の中で思ったこと
と現実に起こってくることとの区別が付かないからであ
る。たとえば、父親とケンカをして、父親など死んでし
まえと思ったら、本当にその翌日に脳卒中で死んでし
まったとか、友人のことを憎らしいと思っていたら、本
当に交通事故に遭ってしまったという話を患者はしばし
ば語る。フロイトはそれを思考の全能と呼んでいるが、
そのために患者は憎しみや怒りを自覚することを怖れ、
抑制してしまう。心の中で思うには何を思っても自由だ
ということを患者に保証する必要がある。
OCD患者は完全主義的で、非常に自尊心が高い一方
で自信がない。いわば神様の基準で物事を考えているの
で、それにくらべると自信がないのである。裏を返す
と、非常に傲慢な理想像を持っていて、それに自分が合
致しないから自信がないと言っているに過ぎない。筆者
は、それを「神様病」と呼び、人間の尺度ではそれでよ
いのに、神様を基準に考えているから自信がないだけ
だ、と伝えるようにしている。

〈12〉逆転移
OCD患者の話はくどく、いつ終わるかわからず、何
度保証してもくり返し保証を要求されるので、次第に搾
取されているような気になり、非常にイライラしてく
る。この逆転移は日常診療で大変よく見られる。
少し昔は、OCDの患者には大変権威主義的な人が多
かった。うつ病患者は、社会的な常識、社会的な権威に
依存するが、OCD患者は個人の権威に依存する。つま
り、偉い先生にみてもらいたいため大学病院を受診する
ことが多い。患者権威主義が言葉の端々に現れるので、
治療者はそれに対して、平静な気持ちで対処しなければ
ならない。権威に対する自分の態度をよく点検しておか
ないと、患者に対して無用な反発が生じる可能性があ
る。
OCD患者を見ていると、強迫の殼が非常に堅いので、
何とかしてそのからを打ち壊したいという気が治療者に
起きる。強迫の殻の中に孤独がある。感情が枯渇して、
しかも周引こいるのは競争相手で、自分を隙あらばおと
しめようと思っている連中ぱかりであり、そこに囲まれ
て感情のない乾いた世界に患者はひとり立っている。外
側が堅くなっているが、中はぐしやぐしゃである(私は
それをサボテン構造と名付けた)。患者が荒涼とした世
界にサボテンのように立っていて、実は中はぐしゃぐ
しゃだということがわかってくると、外側から壊すので
はなく、内側から患者を包みたいというような気持ちに
なってくる。そのときに、ある種、一体感のようなもの
が患者との間に発生し、治療の転機になることがある。

◆薬物療法
薬物療法ではフルポキサミンを第一選択薬としてい
る。1日50mgから開始して300mgまで増量し効果を
判断することにしている。150mgないし225mgで有
効でない場合、高用量ではじめて奏功する例があること
から、患者に説明をして、300mgまで増量し効果判定
をおこなう。他の治療者から筆者のところに紹介されて
くるOCD患者では、薬物療法が少量のまま長期継続さ
れているか、あるいは少量のまま無効と判断されて次々
と薬が変わっている例が多い。症状が安定してから3ヵ
月程度はそのまま維持し、減量する場合は併用薬から
徐々に漸減していく。
フルポキサミンだけで効果がない場合は、クロミプラ
ミンを追加する。以前は、プロマゼパムをよく併用して
いた。わが国では、プロマゼパムが、OCDにある程度
有効であると定評があったからであるが、これは実証的
な研究では、ほかのベンソジアゼピン系よりもとくにす
ぐれているとは言えないようである。エキスパートコン
センサスガイドラインではクロナゼパムが推奨されてい
るが、日本では保険適応がない。非常に不安が高けれ
ば、アルプラソラム、あるいは、クロキサソラム、ブロ
マゼパムを併用している。
以上で効果がない場合、およびその他の問題がある場
合、まずハロペリドール、その次にクエチアピンなどを
使用している。リチウムを併用する場合もある。スルピ
リドも効果があるという研究がある。ただフルボキサミ
ンで有効でない場合は、他の薬を追加しても効果がない
ことが多いようである。たとえばフルボキサミンを使っ
て効かないので、パロキセチンを追加したら著効した例
もあるが、これは投与量の問題だった可能性もある。
重要なことは、薬の持つ心理的な意味に留意すること
である。薬を飲むということがそもそも精神病患者とみ
なされることになるからいやだという狂気恐怖、薬に頼
ることで自分が弱くなることを嫌がる、薬を飲むことで
少し意識水準が低下し、汚いものが来ないように見張り
をするのが困難になるので飲まないなど、薬を飲みたが
らない理由はさまざまである。薬を巡って話し合うこと
で、そこに強迫的な心性がよく現れる。薬を巡って話し
合うということも、精神療法の大切な一領域で、特に
OCDの場合には、十分に話し合っておかないとコンプ
ライアンスが悪い。患者は薬に頼ることを嫌うので、薬
を適切に利用して下さいと言い換えるようにしている。

◆おわりに
OCDをめぐる最近の話題として、有病率の高さ、病
前性格をめぐる論議、強迫性緩慢、生物学的要因につい
てふれた。
ついでOCDの精神療法について、受診しない患者の
心理と家族への対応についてふれ、さらに患者に対する
精神療法の留意点をいくつかあげた。
また薬物療法の実際について筆者の経験を述べた。



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