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境界性パーソナリティ障害についての雑記

Borderline Personality Disorder,BPD

DSM-IV-TRの診断基準では、以下9項目のうち5つ以上を満たすこととなっている。

見捨てられ不安
理想化とこき下ろしに特徴づけられる不安定な対人関係
同一性の障害
衝動性
自殺企図
感情不安定
慢性的な空虚感
怒りの制御の困難
一過性の妄想様観念/解離

注意として、誰でも不安定といえばある程度不安定で、
不安といえばある程度不安なのであり、
その程度が病的か否かの判断は、かなり専門的ということになる。

また、5つ以上というのも、一応の目安で、
1-5月は4つだったから、境界性パーソナリティ障害ではなくて、
6-10月は5つだったから、境界性パーソナリティ障害になったというようなものでもない。

たとえばのはなし、
「ワン」となけば犬で、「ニャー」となけば猫だと、分かり易い基準があったとして、
「ワン」となかないとしても、
DNAも、食事の量も、運動も、体格も、付き合う相手も、すべて犬らしいというときは、
何とないていても、犬である。

その本当に基本的なメカニズムが分かっていないから、
このように参考に並べているだけである。

*****
9つあるが、分類すると、

対人関係の2項目
見捨てられ不安
理想化とこき下ろしに特徴づけられる不安定な対人関係

情動の3項目
感情不安定
慢性的な空虚感
怒りの制御の困難

認知の2項目
一過性の妄想様観念/解離
同一性の障害

行為の障害2項目
衝動性
自殺企図

などと大きく分けることもできる。

この中でも、
一過性の妄想様観念/解離などについては、書いてあるとおりに一過性のであるが、
一過性でも拾えというよりは、
一過性ではなく一貫して常にあるならば妄想性障害を疑いなさいということだ。
状態の悪いときにはあるけれど、
状態のよいときにも、隠れているだけかもしれないという気分かもしれない。

見捨てられ不安などはどちらかといえば一貫した傾向になるかもしれない。

内面を変えるよりも、
行動をコントロールするほうが分かりやすいので、
また、結果が重要なので、衝動性や自殺企図のコントロールがまず初めの標的となる。

そして、そうした行動を変えるためには、
つまり我慢するには、
否定的な認知を変える事が有効だという話になる。

たとえば、写真の人が、怒っているのか悲しんでいるのか、判断してもらうとして、
いつでも、怒っていると判断する人は、
日常生活の中で、他人が起こっていない場面でも、
怒られたと感じ、非難されたと感じるだろう。
そうすると自己評価が傷つき、我慢しきれなくなって感情を爆発させ、
結局周囲の人に、反感を買い、自分は落ち込む。
明日会社に行って、みんなわたしを無視するだろう、陰口を言うだろう、怒った目つきや軽蔑した目つきで私を見るだろうと思っていると、実際そのように思える。
そこでますますいらいらする。
気の休まるときがない。 

写真の中の人を、いつでも悲しい人だと判断する人は、
いつでも慰めようとするかもしれない。
しかしいいことばかりでもなくて、
余計なおせっかいだと叱られるかもしれない。

*****
性格なのだから、変わらない一定のものだろうという意見もあるが、
そんなことはない。
環境によってかなり違う現れ方をする。
ある環境では賞讃されることが、ある環境では嫌悪される。
ある環境では障害であり、別の環境では特性である。

DSMのなかでも、
適応障害とPTSDは、原因に言及している点で特異なものなのであるが、
表面に現れている症状としては、
不安、抑うつ、ときに妄想、その程度で、
適応障害とPTSDは、なければなくても、運用できる。

たとえば、
現在の症状としてはうつ病、
原因に言及すれば、適応障害、
性格に着目すれば、境界型パーソナリティ障害と
それぞれにいえる例もある。

適応障害とPTSDは、おおむねそうだろうと理解することはできるが、
客観的な裏付けはできないことが多い。
環境の中の何が本当の原因なのか、結局分からないはずだ。
生育歴の中でトラウマがあるとして、
本当にそのトラウマなのか、どのトラウマなのか、
知る方法はない。

性格と適応は表裏のもので、
環境を変えれば、適応障害はなくなり、
性格障害と見えたものも、消えてしまうこともある。
その場合も、環境の中の何が本質的にいけなかったのかは、
よく分からない。
部長なのか、課長なのか、残業なのか、相手業者なのか、
あるいは当人の思い込みなのか。
性格の問題と見立てた場合にも、性格の中のどの部分がどうだったのか、
客観的に性格に評定することもできないわけで、
断定的なことは言わないのがエレガントというものだ。

従って、性格だから、死ぬまで治らないと思う必要はない。
年齢により、状況により、変化する部分もある。

*****
むしろ、場面に応じて柔軟に、性格の各方面を発揮できるのが普通である。

たとえば、自己愛性人格障害というのがあり、
理由もなく、プライドが高くて、うぬぼれているのだが、
恋愛の状況で、ある程度自己愛的に振舞わないならば、
ちっとも恋愛にならない。
僕はつまらない人間なんだ、DNAはこの程度、と言ってしまったのでは、恋愛にならない。

孫が生まれたとき、
かわいいと思ってしまうのは、理由のない理想化であるが、
それがないと、孫がかわいく思えない。

また、境界性パーソナリティ障害では、
相手を過度に理想化して、そのあとこき下ろすなどが特徴なのだが、
これもたとえば恋愛のときに、一時的に理想化していなければ、
恋愛など成立しない。
あなたは、まあまあ、こんな程度ね、わたしもその程度だし、いいでしょう、と、
10年も連れ添った夫婦のようであり、
スーパーで買い物をするようなものである。

うぬぼれたり、理想化したりするから、
恋愛したり、
デパートで新製品を正札で買ったり、
新車を買ったりするのだ。

失恋したときに相手をこき下ろすことができるから、
涙からも立ち上がることができる。
正確に自分の欠点を認識しているようでは、
なかなか元気になれない。

仕事、家庭、夜の飲み会、子供の運動会、趣味のサークル、
それぞれで違う性格面を発揮するから、おもしろいのであって、
いつでも同じだと、周りも、困る。

人間は、ある程度、境界性パーソナリティ的でも、自己愛的でも、依存的でもいいのであって、
しかし、それを発揮していい場面と、悪い場面を区別しないといけない。

その場の空気を読むとは、そんなことだろう。

自己紹介でも、
合コンの紹介と、
新居の隣人への紹介と、
新人社員としての紹介と、
みんな違うはずで、
新人社員がいきなり、飲み屋でふざけるような自己紹介では困るし、
飲み屋でふざけないようでは、女性たちが困ってしまう。

人間にはいろいろな面が内在し潜在しているはずで、
要するに、場所と時を考えて発揮するということになるのだと思う。

場合によって自己愛的にも境界性にもなれないのでは、
いいことなのかどうかすこし疑問がある。
現状では、固すぎてつまらない人間には診断はつかない。
放置すれば迷惑にならないからだろう。

 



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強迫性障害の悪循環の図

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ある状況で心配が頭をかすめること(侵入思考)は9割の人が体験しており、正常体験に属する(表)。侵入思考に対して、「まあ、大丈夫だろう」と日常的に対処できれば問題は生じない。
強迫性障害患者は侵入思考を過大に評価して過剰な不安を覚え(強迫観念)、不安を抑えるための儀式的行動(強迫行動)を行う。
強迫行為で一時的に不安が和らぐが、(1)不安を覚えると強迫行為を行わないと安心できなくなる、(2)当該テーマ(例:確認)への過敏さが強まり、さまざまな場面で不安が生じて悪循環に陥る。

治療法には、薬物療法と精神療法(認知行動療法など)がある。

 

 「侵入思考」というのは、ある事態に遭遇した際に誰でも抱きうる一過性の心配を言います。たとえば、外出してから「確かに鍵を閉めた、ガスの元栓を閉めたと思うけれど、どうだったかな?」と心配になるとか、公衆トイレを使う際に「ここを使って、汚れはしないかな?」と感じたりすることは、誰でも思い当たるところがあるでしょう。普通はこの種の心配にとらわれず受け流すことができますが、強迫性障害の患者さんは「侵入思考」を「過大評価」しがちです。「過大評価」によって強い不安が生じて、それを和らげるために強迫行為をしますが、それが病態を悪くします。強迫行為をしないと安心できなくなりますし、強迫行為をすることで「過大評価」がいっそう強まってしまうからです。


  実際にこの図を臨床の場で使用してみますと、「侵入思考」と「過大評価」という二つの術語が入ることで心理教育が行いやすくなると感じています。(原田先生より引用)



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境界性パーソナリティの悪循環の図

中心となる基本テーマに、(1)自信がない、(2)資質を生かせる活動の場が乏しい、(3)支えになる仲間が少ない、の三つがある。
基本テーマから「落ち込み」「空しさ」などの感情が生まれ、対人関係の特徴(例えば、傷つきやすさ)につながる。
日常生活の「行き違い」などで「見捨てられた」などと極端に受け止めて、行動化を起こしてしまいがち。
行動化が「周囲との軋轢」の増大、患者本人の「後悔」などをもたらし、不安・抑うつ症状や基本テーマが、いっそう悪化する。
以上をふまえて、「典型的なうつ病との違い」や「精神科での治療の内容や限界」を理解してもらう。

患者本人の試行錯誤・自助努力で「行動化」を減らし、基本テーマを変えていくことが治療の本質であると伝える。

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ここでは、中心となる基本テーマに、(1)自信がない、(2)資質を生かせる活動の場が乏しい、(3)支えになる仲間が少ない、の三つがある
とされていますが、それに「(4)他人と自分の気持ちがすれちがう」を加えてもよいだろうとの意見もありました。(尾崎先生)

優先順位をつけられない。一人で抱え込む。このあたりも特徴です。

なるほど、うまく行かない根本の原因は、気持ちのすれちがいで、そこから、自信ももてないし、仲間も少なくて、一人で悩み、抱えきれないという結果になると考えることはできそうです。

ショックを受け易く、
たいていは我慢するのですが、
ときに「過剰な反応」になってしまいます。

ショックを受けるのは仕方がないので、
過剰な反応はしないでおきましょうと
話し合うわけです。

また、日常生活で、
「見捨てられた」
「嫌われた」
「見下された」
と感じすぎる傾向について、
いろいろな研究があります。
たとえば、いろいろな写真を見せて、
この人は怒っているか。悲しんでいるかとたずねると、
一般の人よりも、「怒っている」「非難している」と
感じる反応が多いようで、
このあたりも、ショックを受け易い要因のひとつになっているようです。
ある種の過敏さ、受け取り方の歪みが、やはりあるようです。

病院を転々とする傾向もあるのですが、
真剣に援助を求め、変化を求めていると評価することもできます。
転々とするときに、「過剰な反応」ではなく、新しい変化を求めるのだと冷静に対処すればいいわけです。

何もかもすべてが一度に改善するものではないのですから、
治療の当面の目標を小さく決めて、
できるかどうかやってみればいいのです。

精神の全部が不健康な思考に侵されているわけではありませんから、
精神の健康部分を用いて、かなり健康に暮らすことも可能なのです。
つまり、「過剰な行動」をまず何とか我慢して、抑えることが目標になります。

 



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