笠原先生のお話
私の精神科開業医経験から
■はじめに
笠原先生は、うつ病の治療について「笠原・木村分類」、「小精神療法」、「うつ病の心理症状の消えていく順序」と、様々な提唱をされてきました。また、大学教授を退官後、先生ご自身の構想を取り入れた診療所を開かれました。今回はその10年にわたる診療経験を中心にお話をうかがいました。
▼「精神科医院」のシステムがほしい
-先生は、「精神科病院」と並ぶ「精神科医院」のシステムが必要な時代がきたという発想から、1998年にご自身でも精神科医院を開業されました。その後10年が経ち、先生のクリニックの運営は順調でしょうか。
私が精神科医院のシステムがほしいと思ったのは、1970年代にすでに内因性といわれた精神障害がおしなべて軽症化してくる傾向に気づいたからです。まずうつ病が、次いで統合失調症が軽症化した。そういう人たちは、大病院ではなく、身近でもっと簡単に診療が受けられるようになればいい。そこで、日本に明治以来ある内科開業医を真似た「精神科医院」のシステムを提唱しました。そう申した手前、私自身も教職を退いてから、開業医をやってみることにしました。
私はクリニックの経営を信頼できるオーナーに任せ、自分は診療だけに専念できる体制を整えました。経営と診療の両方を一人でやるのは、私の力量では大変だと思ったからです。それで10年間やってみた結論としては、診察が好きで、そこへそんなに儲けなくてよい人なら、たとえ60歳からやっても大丈夫、と感じています。
医院は、院内を明るい雰囲気にし、患者さんが来院しやすいように工夫を施してあります。診療は、保険診療を原則とし、すべて予約制で、女医1名を含めた4名の精神科医と2名の女性の心理カウンセラーで行っています。メンタルクリニックは一人でやるとオーバーワークになり満足な診療ができなくなるのではないでしょうか。
患者さん一人にかける時間は、初診は重要なので30~40分、次の回からは平均5~15分としています。ただし、この中には家族面接の時間が入っていません。家族にも話をきくことはクリニックでは大変大切なのですが、保険医療では十分に行えないので、この点で何らかの支援の必要性を感じています。
▼診察室ではやはり「医師-患者の対人関係」が大切
-実際の診療における先生の考え方、方針をお聞かせください。
治療は、うつ病でも統合失調症でも、第一に薬物療法、次に小精神療法、最後に家族面接と考えています。薬物療法は進歩し、今日、薬剤を使わないケースは少ないと思います。薬をうまく使うのも開業医の力量の一つです。副作用にも留意し、血液検査も 3~4ヵ月に一度は行います。
ただ、薬物療法に注意が集中するあまり、「医師-患者の対人関係」に配慮するのを忘れては精神科医の名がすたれます。電子カルテも結構ですが、患者さんの顔も見ずに薬を処方するのは、精神科医としてはどうでしょうか。私は、新しい患者さんの場合には、患者さんが納得してから、薬を処方するようにしています。また、治療にどのくらいの期間がかかるかを患者さんにあらかじめ伝えることも大切です。治療が長引く患者さんも少なからずいます。しかし、早くなおすことより、なかなかよくならない人を引き受けて、「長く診る」のがクリニックの使命です。(図1参照)
-先生は、診察室に入ってくる患者さんを ドアのところまで行ってお迎えになるということですが。
精神科医には私のようにしている人がたくさんいると思いますよ。診察室に患者さんが入ってくる時は、それは人と人との「出会いの大切な一瞬」です。ドアを開けて招じ入れるときに多くの情報を得られるはずです。そして私のほうから先に挨拶をします。「精神科という看板のあるところへ来にくかったであろうに、よくいらした」、診察が終わったら、「また来てください」という思いを込めて、再び挨拶で送り出します。このような、簡単で常識的な配慮だけでも、ともすれば患者を見下ろしがちになる医師の優越的スタンスが匡されるのではないでしょうか。
-先生はまた、室内に患者さんが入って来られる際の様子を非常によく観察なさるそうですね。
初対面の印象を大切にするという古風な診断学は、外来治療で再評価されるべきではないでしょうか。なぜなら、限られた時間で一挙にとらえるのに適しているからです。返事の仕方、歩き方、感情の動き方が一挙にわかります。 現在、米英の医学の影響下にあって、神経学的な認知機能のチェックリストによる研究が進んでおり、それ自体はよいことですが、精神医学ですから、それだけでなく、診察室での感情的印象というものをもっと大切にすべきです。例えば、患者さんとの一対一の診察で、患者さんに健康的な優雅さが次第次第に(多分、薬物療法によって)出てくるのを直感的に診断する。私は昔習った言葉で”grazie”といっています。いちいち認知機能を計っていては診察室では間に合わない。 直感の練習をする。チェックリストや電子カルテだけに頼るのではなく、人間観察の技を磨く 。
-カルテには、患者さんから受けた印象などをそのまま記述して、サマリーをつけておくというお話ですが。
そんなに詳しい記録でなくていいのです。次回の面接につながる、外的出来事の一つ二つを常識的範囲で記録しておく。例えば、この患者さんは「来週少々無理をして法事のため九州へ旅行する予定だ」 と記録しておくと、次回の診察に先立ってそれを読めば、どのような患者さんだったかすぐ思い出します。患者さんも、覚えていてくれたということで、医師への親しみを増します。こうしておけば、数百人の患者さんの中からでも個人を憶い出せます。▼開業医レベルでは常識的小精神療法がよい
-小精神療法という言葉を先生が作られた際のお考えをお話しいただけますか。
フロイトの時代、精神分析というのはそもそも週に3回も4回も面接に来られる、生活的に優雅な人たちのものでした。今日の日本ではそういう人はいません。しかも、保険診療では長い時間をかけて診察するというのは無理です。精神分析のような大精神療法は研究的に大病院で行うか、自費の心理カウンセラーで行います。クリニックでは、通常は小精神療法で十分です。少しの時間で、そのかわりに頻繁に、場合によっては週に2回来院していただいてもよいのです。
ただ、小精神療法を行うには、精神科医として、病人についての心理的知識が必要です。例えば、うつ病なら朝は調子が悪くて、夕方になると楽になるとか、普通の人が楽しめることを楽しめないとか、あるいは、健康人には容易にとれる心理的休息が病人になるとなかなかむずかしい、などといったことを知っていなければいけません。
小精神療法とは、こうした精神病理学の知識を基にした意識的治療です。精神分析などさまざまな専門知識をもっている方が良いけれども、そのまま直には使わず、常識の篩にかけて常識的言葉で語るのです。治療の核として「常識」を大事にします。
-よく「ダムの水」という比喩を言われますが、これはどういうことですか。
脳科学の知見や薬物の脳内作用機序はある程度知っていなければいけませんが、その前に、診察室での印象をもとにして、その人の「社会力」とか「家庭力」を測ることが大切です。私は、「心理的疲労」という直感的概念を愛用しています。患者さんに図(図2参照)を見せて、「あなたは少し疲れていて、ダムの水でいうとちょっと水位が落ちています」、そういったイメージを共有するように努めています。
図2 Bは、休息療法によって心的エネルギー水準(ダムの水位)が上がると、それまではどうしようもないことに思えていた心的葛藤(水底の岩)が水面下に隠れ、それほど厄介なものとは思えなくなることを示したものです。必ずしも岩をダイナマイトで破壊しないと治癒しないのではないのです。これは一例ですが、患者さんにいかに上手に心理的休息を取らせるか、これが小精神療法を成功させる前提になります。
それから、マイナスのみならず、プラスを計るチェックリストがあればいいですね。「喜びの回復」を計るために、例えば、「朝刊が読めるようになった」、「台所に立つことができた」、などという項目も入れたらどうでしょうか。また、チェックリストだけにとどまらず、症状の背景に、その人の生活や人柄・性格を少しでも知ろうとする努力も不可欠です。認知療法もいいのですが、もう少し患者さんの生活全体を含めた眼が診療室ではほしいですね。
▼うつ病の心理症状の経過予測の試み
-軽症うつ病が薬物療法下で改善する時には一定の傾向が見られる(図3参照)、という先生の説についてお話ください。
私は長い間うつ病の患者さんを診ているうちに、患者さんの心理症状が段階的に消えていくと思うようになりました。図3はその一応の予測経過を階段状に表したもので、しっかりした統計的データではありませんが、私の直感で計って、「あなたはだいたいこの辺でしょう」、「この階段はなかなか通りにくいので2~3ヵ月は我慢しなさい」、というふうに患者さんに説明するために使っています。薬剤を使うときにはエビデンスが必要ですが、常識的な治療は直感的なものでも十分役に立つと私は思います。
▼なぜか時代の流れでうつ病も変化する
-最近、うつ病の軽症化に伴い、不安とうつが混じったような患者さんを診ることが増えたという精神科医の声がよく聞かれます。
昔から「焦燥型うつ病」といって初老期におこる特に激しい不安を伴ううつ病が知られていて、今でも一定数あります。しかし、確かにこのごろはもっと若い年齢でも不安主導のうつ病があります。たとえば、上の図でいうと下から2つ目の「不安」の段階で止まってしまい、ここをなかなか越えられない患者さんです。 一方で、「不安」、「ゆううつ」の段階は越えたが、「手がつかない」、「根気がない」という「おっくう感」の時期が長く続くケースも、これまた多く見られます。このような患者さんに対しては3~4年を覚悟して診ます。そしてある時期から社会復帰活動を始めるための練習を少しずつするよう勧めます。
どちらのタイプも「神経症化した」と言いたくなるのですが、経験によれば5年もすれば大体よくなっていくように思います。
-時代の流れに伴い、精神疾患も変わってきていますか。
▼薬物療法の進歩と、今後の課題としての外来精神科医療
-先生が精神科医になられてから今日まで、精神疾患の治療で一番変わったと思われることは何ですか。
予想した以上に患者さんが治るようになったことでしょうか。いくつか理由があるが、薬剤の進歩をあげないわけにはいきません。脳研究の進歩と連動して、社会脳(social brain)説なども出てきました。薬が奏効すると、診察室での患者さんの社会力が向上する。先にあげた“grazie”などもその一つです。
それから、精神科医が増えたということも治癒率の向上に関係するでしょう。近年の調査では精神科の開業医も今は3千軒くらいだそうですが、私の試算では3万軒くらい確保できれば、国民のメンタルヘルスは維持でき、今話題の自殺を減らせるのではないでしょうか。患者さんの家族の相談にもわれわれの手が回るようになります。
▼将来の精神科医のために
-先生はこれまで、それぞれの勤務地で新しいテーマを見つけて研究されたとうかがっていますが。
大したことではないのです。元来は統合失調症の心理学がライフワークなのですが、それだけでは狭すぎるので、大学生を診る保健センターにいた時には“Student Apathy”(1979年)をテーマにしました。教授職になってからは病棟患者の受持ちになれないので、外来でのうつ病の整理をしました。笠原・木村分類はその一つです。その5年後の1980年にDSM-III、1993年にICD-10が出て世界的に汎用されるようになり、その影にかくれてしまいましたが、やはり文化が違うわけですから、日本には日本の分類があってもよいのではないでしょうか。退官後の今は、日本の保険制度下でいかによい外来医療をやるか、いってみれば「開業医の精神医学」をやっています。
-先生の今後のテーマは、引き続き、地域レベルでの医療でしょうか。
現在、外来診療に見合う一定のマイルドな精神科患者層が日本にできた、と言えると思います。そして診察好きで職人気質の医者なら、保険診療でも開業がなんとか成り立ちます。人生90年の時代です。若い間には公の仕事をし、60歳から開業医になり、地域のメンタルヘルスの向上に尽くしてくださる。そういう先生が今後増えていくことを願っています。
-本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。
<参考文献>● | 笠原 嘉、木村 敏 : うつ状態の臨床的分類に関する研究 精神神経学雑誌 77、715-735、1975 |
● | 笠原 嘉 : 精神科「医院」 精神科医のノート みすず書房、 1976、 174-188 |
● | 笠原 嘉 : 青年期―精神病理学から―中公新書、1979 |
● | DSM-IVによる“Atypical depression”の基準: 1.Mood reactivity (mood brightens in response to actual or potential positive events);2.Significant weight gain or increase in appetite; 3.Hypersomnia;4.Leaden paralysis;5.Long-standing pattern of interpersonal rejection sensitivity |
● | 広瀬徹也 : 「逃避型抑うつ」再考、広瀬・内海編「うつ病論の現在」 星和書店、2005 61-62 |
● | Akiskal H S, Benazzi F: Atypical depression: a variant of bipolar II or a bridge between unipolar and bipolar II? ; J Affect Disord 84, 209-217, 2005 |
● | 貝谷久宣 : 気まぐれ「うつ」病―誤解される非定型うつ病―ちくま新書、2007 |
● | 笠原 嘉 : 精神科における予診・初診・初期治療 星和書店、2007 |
パキシルと気分安定薬
書類では、
パキシルと炭酸リチウム、
パキシルとカルバマゼピンは
それぞれ組み合わせ注意になっている。
バルプロ酸は記載がないようだ。
個人的にはバルプロ酸を使っている。
*****
BPが考えられる症例に
いきなりSSRIだけを出すのは考え物で、
気分安定薬で開始するか、
やむなくSSRIで開始するとしても、
BZPなども考慮しつつ慎重に進めたい。
Montgomery Äsberg Depression Rating Scale(MADRS)の日本語訳
Hamilton rating scale for depressionが最も広く用いられていが、
1979年に,症状の変化を鋭敏に反映させることを目的に
Montgomery Äsberg Depression Rating Scale(MADRS)が作成されて以来,
MADRSがうつ病の臨床研究で広く用いられている。
うつ病の病前性格・心因・状況因
病前性格についての再考
http://jams.med.or.jp/symposium/full/129015.pdf
から採録
概観すれば著者の言うようなことになる
メランコリーもすこし分が悪い
*****
うつ病の病前性格・心因・状況因
坂元薫
うつ病の病前性格研究は,わが国やドイツで行われてきた類型論的研究と英米圏で
行われてきた次元論的研究に大別できる.
他者配慮性,几帳面,過度の良心性,責任感の強さ,仕事熱心などの性格特徴から
なるメランコリー親和型性格を基盤として役割の変換や喪失を意味する状況変化のも
とにうつ病が生じることがわが国の臨床家の一般的な見解となっている.しかし近年
では,メランコリー型性格のうつ病特異性に疑義を呈するような計量精神医学的研究
も現れ,この点に関する実証的研究が必要とされている.
一方,弱力性優位のメランコリー型性格に熱中性,凝り性,徹底性という強力性の
標識が混入する度合いが高くなるほど,すなわち執着性格,さらにはマニー親和型性
格の様相を帯びるほど,双極性経過を呈しやくなるという笠原の先見的な示唆は
Zerssen により実証的に確認されることとなった.
こうした類型論的研究に対し,種々の人格特性を個別的に評価する次元論的研究で
は,うつ病患者の病前には有意に高い「神経質neuroticism」得点が見られるが,それ
はうつ病に特異的な所見ではなく,他の精神障害の病前にも広く見られるという所見
が得られている.
うつ病を始め気分障害の発症と病前性格の関連を2 方向から考えてみたい.第一
は,「病前性格はライフイベントの衝撃の拡大鏡/フィルターとなる」という観点であ
る.例えば,「神経質」得点の高い個人は,そうでない個人に比べ,同等のライフイベ
ントからより強い衝撃を受けることになり,それだけ精神疾患に罹患しやすくなるの
であろう.第二には,「気分障害関連遺伝子群が病前性格形成に関与しうる」可能性で
ある.例えば,マニー型性格は双極性障害の生物学的素因が直截に性格面に表現され
たものであり,マニー型性格は一種のsubclinical mood disorder なのかもしれない.
一方,病前性格は,気分障害の遺伝的素因に対する対処スタイルとして醸成されるも
のでもあろう.例えば,メランコリー型性格は,単極性うつ病の遺伝的素因を有する
者の発病に対する防衛努力の結果とみなせるかもしれない.
はじめに
人格を舞台として現象する疾患が精神障害
であり,病者の人格への理解を抜きにした精
神科臨床は考えられない.
種々の精神疾患の病前性格研究の中でも,
うつ病をはじめとする気分障害をめぐるもの
は最も豊かな成果があげられた領域である.
それだけに包含する内容も豊富であるが,本
稿では,まず気分障害と人格の関連に関する
仮説を概観し,いくつかの局面のうち気分障
害の病前性格をどの切り口で検討すべきかを
明らかにしておきたい.
そのうえでわが国やドイツで行われてきた
臨床的直感に基づく類型論的研究の成果を簡
単に整理し,そしてそれらが抱える問題点や
課題を明らかにしてみたい.次に英米圏で行
われてきた計量精神医学的実証性を重視する
次元論的研究の成果と臨床的意義を概観し,
最近の研究動向についても触れて行くことに
する.そのうえで類型論的研究と次元論的研
究の接点を探り,さらに気分障害発症に人格
がどのように関与するのかという本質的な問
題の解答の糸口も探って行きたい.
1.気分障害と人格との関連仮説
Akiskal ら1)は,気分障害と人格の関連につ
いて,以下のような5 つの可能性を示唆して
いる.
1)気分障害の素因としての人格
人格が気分障害発症の重要な成因の1 つと
なっているとする考えであり,病前性格はこ
の意味で用いられることが少なくない.
2)気分障害の病像・経過・予後に影響を
与える要因としての人格
人格障害の合併が,うつ病の治療予後を悪
化させることを指摘する報告は少なくない.
3)気分障害の「合併症」としての人格
気分障害の結果としてある特定の人格特性
が生じるという考え方である.気分障害の
state effect による人格の見かけ上の変化,す
なわち「病中人格」や気分障害を経たことに
よる人格変化すなわちpostmorbid personality
「病後人格」に相当するものである2).
4)気分障害の軽症型としての人格
従来人格とみなされていたものが,軽症の
気分障害である可能性が最近指摘されてい
る.例えば循環病質として人格障害とされて
きたものが,DSM-やICD-10 では気分循環
症として軽症の気分障害に分類されるように
なった.
5)気分障害と直交する次元としての人格
気分障害と人格はまったく無関係であると
いう可能性である.実際にはこの可能性の妥
当性は高くはないが,DSMⅢ以降におけるⅡ
軸設定の理念に見られる「精神障害と人格の
関係を一旦白紙に戻し,両者の内的連関を検
証していく」という姿勢を促進した考え方で
ある.
これらの各局面のうち病前性格研究の臨床
的意義を論じる際に,重要な視点を提供する
ものは,1)と2)である.
2.病前性格研究の意義
うつ病を初めとする気分障害に特異的な病
前性格が抽出できれば,それは気分障害の診
断だけでなく,気分障害の一次予防・早期発
見・再発予防にも貢献するであろう.さらに
病前性格が気分障害の臨床的病像に与える影
響を明らかにすることができれば,それは気
分障害の治療反応性・経過型やさらには長期
予後の予測に資することになろう.
3.類型論的病前性格研究の成果
類型論的病前性格研究は,メランコリー型
性格者がインクルーデンツ,レマネンツ的状
況のなかで内因性うつ病を発症させていくこ
とを繰り返し指摘してきた.そしてこうした
病前性格を有する者が安定する生活空間を模
索するという面からうつ病の発病予防も論じ
られてきた.
図1 に示したのは,気分障害の病前性格類
型の相互関係を著者なりに整理したものであ
る3).他者配慮性,秩序愛,役割同一性,権威
への同一性,精力性の程度などの各標識にお
いてメランコリー型性格とマニー型性格が対
極に位置する.執着性格は,精力性の標識の
配分比重に注目してメランコリー型性格とマ
ニー型性格の間に位置づけてみた.循環気質
は,遺伝規定的な概念であり,メランコリー
型性格,マニー型性格,執着性格の基盤をな
す気質に相当するものと考えた.
笠原4)は,病前性格が気分障害の経過に与
える影響という観点から,早くから重要な指
摘をしている.すなわち弱力性優位のメラン
コリー型性格に精力性の混在する度合いが高
くなるほど,病相にも双極性成分が混入しや
すくなること,つまり(軽)躁病相や非定型
精神病像を呈しやすくなることが指摘され
た.精力性標識の配分比重が臨床像(病像―
経過型)に影響することが示唆されたわけで
ある.またメランコリー型性格に依存性,愁
訴性,誇張性というヒステリー的色彩の混在
する度合いが高くなるにつれて,神経症的な
病像を呈し治療抵抗性となることも指摘され
た.こうした臨床的示唆は,病前性格―発病
状況―病像―経過―治療への反応をセットに
して見るうつ病の笠原―木村分類におけるI
型,II 型,III 型の分類として結実することに
なった.
病前性格と経過型の連関性に関する臨床的
直感に基づくこうした示唆の妥当性は,
Zerssen ら5)によって実証的に確認されるこ
とになった(図2).彼らは,気分障害患者42
例の経過型をブラインドにした上で,それら
の病前性格を病歴に基づいて後方視的に評価
した.そうしたところ,単極性うつ病群(D)
にメランコリー型性格が優位であること,そ
してBipolar II 群(BP II)にはメランコリー型
性格が優位の傾向があること,Bipolar I 群
(BP I)にはそれらと反対の傾向があり,さら
に単極性躁病群(M)では対他配慮性や秩序愛
は全く影をひそめ,自己中心性や支配性が目
立つマニー型性格が優位となることが示され
たのである.つまり,メランコリー型性格者
が単極性うつ病経過をとりやすく,マニー型
性格者が双極性経過を呈しやすいことが示唆
されたわけである.
4.メランコリー型性格は本当にうつ病
の病前性格か?
本来,臨床的直感に依拠する類型論的性格
把握は,操作・計量精神医学的研究にはなじ
みにくいものであるが,メランコリー型性格
の把握の客観化のためいくつかの人格検査が
開発されている.Zerssen らによって作成さ
れたF-list や笠原によるメランコリー型性格
のための質問紙などの自己評価式質問紙であ
る.こうした計量的人格検査を用いてメラン
コリー型性格が本当にうつ病の病前性格であ
るのかを検討した研究について概観すること
にする(表).
ここにあげた7 つの研究のうち,Zerssen
ら(1969,1970),Frey(1977),佐藤ら(1992)
の研究では,単極性うつ病患者のメランコ
リー型性格得点が対照群(神経症,統合失調
症,双極性障害,健常者)よりも有意に高い
ことが報告されている.ただしZerssen らの
研究では,うつ病の重症度をANCOVA によっ
て統制すると有意差が消失することが指摘さ
れている.
またBech ら(1980)やCzernik ら(1986)
の研究では,単極性うつ病患者と双極性うつ
病患者のメランコリー型性格得点に有意差は
見られなかった.
さらに驚くべきことには,最近のFurukawa
ら6)(1997)の研究では,内因性単極性うつ病
患者のメランコリー型性格得点は,健常対照
群よりもむしろ低かったと報告されているの
である.
このように計量的手法による研究では,メ
ランコリー型性格のうつ病特異性に関して完
全な一致が得られていないことがわかる.今
後もこの問題に関してさらに追試が必要とな
るが,その際考慮すべき問題点について次に
検討して行きたい.
5.類型論的研究の今後の課題
次に類型論的研究の今後の課題について検
討してみたい.まず第一に,メランコリー型
性格に関するこれまでの知見や議論を意味あ
るものとするためには,メランコリー型性格
がうつ病に特異的な病前性格であることを次
元論的研究と同様の前方視的研究デザインに
よって実証する必要があろう.しかし,長年
月を要する前方視的研究によりメランコリー
型性格のうつ病特異性が実証されるのをただ
待つだけではなく,メランコリー型性格がう
つ病の病像,経過型,治療反応性,予後にど
のような影響を与えるかという臨床的に重要
な課題をめぐる研究がその間に実施されねば
ならない.メランコリー型性格がうつ病に特
異的であるか否かは別にして,メランコリー
型性格類型に相当する人がうつ病者に少なく
ないことは事実だからである.
また病前性格と単極・双極性経過の連関性
を確認したZerssen ら5)の所見は,もし実証さ
れれば,病前性格における精力性の比重によ
りpotential bipolar を予測できることを示唆
するもので臨床的にも極めて有用なものとな
るため,今後は他の研究グループの追試によ
り彼らの所見の妥当性が実証されることを期
待したい.
6.次元論的研究の成果と臨床的意義
1)次元論的人格モデルの提唱
次元論的人格理論のうち代表的なものとし
ては,Costa & McCrae らによる5 因子モデル
やCloninger による3 因子モデル(後に7 因
子モデルとなった)とがある.
Costa & McCrae ら7)が提唱した5 因子モデ
ルに依拠して開発された自己記入式性格質問
紙NEO-PI-R では,「神経質Neuroticism」,「外
向性Extraversion」,「開放性Openness」,「調
和性Agreeableness」,「誠実性Conscientiousness
」といった5 つの独立した人格特性が評
価される.
一方,Cloninger8)は,人格形成に関与する遺
伝生物学的側面に注目し,遺伝的に相互に独
立で人間の行動の決定に重要な役割を有する
3 つの神経伝達物質系に対応した3 つの人格
次元を仮定した.そうした3 つの気質の次元
として,セロトニン神経伝達系に依存した「損
害回避Harm Avoidance(HA)」,ドパミン神経
伝達系に依存する「新奇性追求Novelty Seeking(
NS)」,ノルアドレナリン神経伝達系が関
与する「報酬依存Reward Dependence(RD)」
が抽出された8).この3 次元人格を評価する
ため,Cloninger によって自記式の3 次元人格
特性質問表TPQ(Tridimensional Personality
Questionnaire)が開発された9).
その後,神経伝達物質と人格特性や行動と
の関連がそれほど単純なものではないことが
指摘され,神経伝達物質と人格特性や行動と
の単純な関連を弱めた形での修正がCloninger
によって行われ,7 因子モデルによる人
格特徴を測定する自記式の気質・性格検査質
問紙TCI(Temperament and Character Inventory)
が開発された10).
2)次元論的人格モデルから見た気分障害
の病前性格
近年の英米圏における病前性格研究は,
state effect や病後人格変化によるバイアス
を排除するために,前方視的手法を用いたも
のが主流を占めるようになった.そしてそれ
らが一致して指摘するのは,「単極性うつ病患
者の病前には有意に高いNeuroticism が見
られるが,それはうつ病に特異的な所見では
なく他の精神障害でも広く見られる」という
所見である.したがって,次元論的アプロー
チによれば,うつ病に特異的な病前性格特徴
は存在しないということが現時点での結論と
いうことになろう.
現時点で次元論的研究がうつ病の臨床にお
いて有用な情報を提供しているのは,高い
Neuroticism 得点がうつ病の不良な予後予測
因子となるという報告以外には見当たらない
ようである.なお,報酬依存(RD)の低得点
あるいは損害回避(HA)の低得点が抗うつ薬
への良好な反応性を予測するという報告があ
るが,まだ予報的段階にあると見るべきであ
ろう.
7.気分障害の発症と病前性格の関連
ここでいよいよ,気分障害の発症に性格が
どのように関与するかという本質的な問題
に,神庭ら11)の論考を踏まえた上で,検討を加
えたい.
1)病前性格はライフイベントの衝撃の拡
大鏡/フィルターとなる
性格形成関連遺伝子群により規定され,ま
た養育環境,社会的環境要因による影響を受
けて形成される性格特徴はその個人特有の情
動認知スタイルや対処能力を形成することに
なる.そしてそれらは,通常環境を超える心
理社会的ストレッサー(過度に負荷的なライ
フイベント)が気分障害関連遺伝子群に与え
る衝撃を強化する拡大鏡となることもあれば
逆に緩和するフィルターとなることもある
(図3).
例えば,「神経質」得点あるいは「損害回避」
得点の高い個人は,そうではない個人に比べ,
客観的には同等の心理社会的ストレス度を有
するライフイベントからより強い衝撃を受け
ることになり,それだけ精神疾患に罹患しや
すくなるのかもしれない.その際,どの精神
疾患に罹患するかは,その個人が有する精神
疾患関連遺伝子群の種類によるのであろう.
例えば,気分障害関連遺伝子群を有している
場合には,気分障害の発症へと導かれること
になろう.この仮説は,上述した「うつ病患
者の病前には有意に高い神経質得点が見られ
るが,それはうつ病に特異的な所見ではなく
他の精神障害でも広く見られる」という次元
論に立脚する病前性格研究が一致して指摘す
る所見によっても支持される.
一方,社会適応性に富んだ性格特徴を発展
させ,高い対処能力を備え,さらに良好な社
会的サポートを受ける機会に恵まれているよ
うな個人では,たとえ彼らが気分障害関連遺
伝子群を潜在させ,そのうえに客観的に見て
も過度の心理社会的負荷に曝されたとして
も,気分障害の発症へと至ることはないとい
うことにもなろう.
以上の仮説に立脚すれば,「気分障害に特異
的な病前性格類型あるいは病前人格特性は存
在しない」という,臨床家にとっては予想外
の結果が得られたとしても,なんら驚きには
値しないことにもなろう.
2)気分障害関連遺伝子群が病前性格形成
に関与する
気分障害関連遺伝子群が病前性格形成に関
与する可能性も否定できない.
(1)病前性格はsubclinical mood disorder
である
例えば,マニー型性格は,軽躁的気分や種々
の精力性の標識を基調としており,双極性障
害の生物学的素因が直截に性格面に表現され
たものであり,換言すればマニー型性格は一
種のsubclinical mood disorder であるという
可能性があろう(図4).こうした個人に過度
の状況的・身体的負荷が加わった場合に,臨
床的に躁病と診断される病態を呈するように
なるのではないか.
躁病相だけでなくうつ病相も呈する双極性
障害においては,抑うつ性ならびに躁性の性
格特徴を同時あるいは交互に呈する体質的性
格特徴である循環気質に強く裏打ちされた執
着性格者が種々の負荷的状況下に双極性障害
を発症させる過程は,同様の仮説によって説
明可能かもしれない.つまり,循環気質(病
質)は,双極性障害の軽症型であるとする見
方である.
こうした見解を支持しているのが,DSM-Ⅳ
である.すなわち,軽躁,軽うつを長期にわ
たって頻繁に反復する気分循環性障害は,従
来は人格障害領域に分類されていたが,近年
になり,遺伝学的研究の成果ならびに気分安
定薬の有効性,さらに臨床的経過研究などの
知見により,双極性障害の軽症型であるとい
う見解が支配的となり,周知のように
DSM-Ⅲ以降,双極性障害に分類されるに至っ
たのである.
(2)病前性格は,気分障害関連遺伝子群を
有する者の発病への防衛努力の結果
である
一方,病前性格は気分障害の遺伝的素因に
対する対処活動スタイルとして醸成されるの
かもしれない.例えばメランコリー型性格は,
単極性うつ病の遺伝的素因を有する者のうつ
病展開性への防衛努力の結果,つまり気分障
害の遺伝的素因が間接的に性格面に表現され
たものとみなせるのかもしれない(図5).
つまりメランコリー型性格が包含するいく
つかの人格特性のうちでも,その全体像を最
も強く刻印することになる「他者との円満性
に一貫して腐心する」その姿は,通常環境に
あっても彼らが日々曝される種々の心理社会
的ストレッサーからの衝撃を最小限にくいと
め精神的安定を維持するための必死の防衛的
な対処行動に他ならないのではないか.そう
した防衛努力が無限に繰り返され,いささか
疲弊した彼らが,彼らにとっては閾値上の心
理社会的ストレッサーに襲われた場合,その
対処スタイルは破綻を迎えることになる.そ
の破綻が彼らに潜むうつ病関連遺伝子群を震
撼させ,うつ病発症へと至るのかもしれない.
〔文献〕
1)Akiskal HS, Hirschfeld RMA, Yervanian BI : The relationship
of personality to affective disorders. Arc Gen
Psychiatry 1983 ; 40 : 801―810
2)坂元薫:気分障害と人格.「気分障害の臨床」(神庭
重信,坂元薫,樋口輝彦)星和書店,東京.1999 ;
147―163,
3)坂元薫:気分障害における病前性格の生物学的意
義.精神科2002 ; 1 : 433―443.
4)笠原嘉:うつ病の病前性格について.笠原嘉編
「躁うつ病の精神病理1」弘文堂,東京,1976 ; 1―29,
5)von Zerssen D, Tauscher R, Possl J : The relationship
of premorbid personality to subtypes of an affective
illness. A replication study by means of an operationalized
procedure for the diagnosis of personality structures.
J Affect Disord 1994 ; 32 : 61―72.
6)Furukawa T, Nakanishi M, Hamanaka T : Typus melancholicus
is not the premorbid personality trait of
unipolar(endogenous)depression. Psychiatry Clin
Neurosci 1997 ; 51 : 197―202.
7)Costa PT, McCrae RR. NEO-PI-R : Professional manual.
Psychological Assessment Resources, Odessa, FL,
1992.
8)Cloninger CR : A systematic method for clinical description
and classification of personality variants : A
proposal. Arch Gen Psychiatry 1987 ; 44 : 573―589
9)Cloninger CR, Przybeck TR, Svrakic DM : The tridimensional
Personality Questionnaire : U.S. normative
data. Psychological Report 1991 ; 69 : 1047―1057.
10)Cloninger CR, Svranik DM, Przybeck TR : A psychobiological
model of temperament and character. Arch
Gen Psychiatry 1993 ; 50 : 975―990.
11)神庭重信,平野雅己,大野裕:病前性格は気分障害
の発症規定因子か.精神医学2000 ; 42 : 481―489.
軽症うつ病 2002年の回顧
月刊 精神科治療学
【バックナンバー目次】第17巻8号 2002年8月
■特集 「うつ」は変わったか―評価と分類― (I)
●うつ病の概念を考える:笠原-木村分類(1975)と今日のうつ病臨床
笠原 嘉
1960年代から70年代にかけて増加し始めた精神科外来患者のなかにうつ状態,なかでも軽症のそれが相当数を占めるようになった。それには医師が第一世代の抗うつ薬をようやく自家薬籠中にしたことも一役買ったであろう。この傾向は2000年現在も続いている。
軽症うつ状態の出現はこれまでの診断学の通念を揺さぶった。例えば内因性VS心因性の二分論は重症者に対するときほどの力をもたず,神経症性うつ病という診断名は一層多義的になり使用に耐えなくなった。この現実を踏まえて試みたのがこの分類である。
新機軸として,当時わが国で盛んだった病前性格論を取り入れた多軸診断を試みたり,フランスのNeo-Jacksonismを借用して一層の亜型作成を試みたりした。
五年後に発表されたDSM-(III)がグローバルに「誰でもどこでも」を目指したのと対称的で,経験のある医師による使用を念頭に置いた。また基準項目のいくつを満たすかを数えるそれでなく「理想型」を中心にする古風な診断学であった。筆者は,世界に通じる診断を目指してDSMやICDを多用する今日の風潮を進歩として喜ぶものだが,同時に,将来,文脈を異にする「もう一つの」診断学が併用される可能性にも期待している。
Key words: mild severity of depressive disorders, multiaxial diagnostic classification, premorbid personality, premorbid social function, age at onset
●うつ病の概念を考える:「神経症性うつ病」という概念の行方
松浪 克文
臨床現場ではまず非内因性うつ病が否定されてから「神経症性うつ病」の診断が検討される。このことから,「内因性うつ病」の概念が「神経症性うつ病」概念に論理的に先行していることがわかる。症状,発症形式における「了解性」「反応性」があり,同様の反応が生活史上に多く見られるときに神経症の診断が可能となるが,その場合には外的葛藤よりも内的葛藤に重きがおかれ,人格の病理として理解される。人格としてのうつ病は現代の精神医学で優勢なDSM診断分類ではappenndix Bに採り上げられている抑うつパーソナリティ障害に相当する。DSM体系内では,メランコリー病像を伴わない大うつ病,気分変調症の一部に「神経症性うつ病」に相当すると思われる病態が潜んでいる。前者の場合には,不安性障害の諸病型やパーソナリティ傾向~障害とのcomorbidityの病像に相当するが,躁性の成分の混入も考えられる。後者の場合には慢性軽症のうつ病を二分したAkiskalの提唱するcharacter-spectrum disorderという概念に臨床像が近い。「神経症性うつ病」概念は,集積された精神現象についての事実を帰納的に純化しようとするDSM的思考法とともに,仮説概念によって個々の精神現象の性質を演繹的に特定するという,今日排除されつつある思考法を保持するためのモデルを提供していると思われる。
Key words: neurotic depression, dysthymic disorder, double depression, endogenous depression, character-spectrum disorder
●うつ病の概念を考える:大うつ病の概念
木村 真人 葉田 道雄 森 隆夫 遠藤 俊吉
大うつ病の概念は,Kraepelin以降のうつ病概念の変遷における病因論的枠組みの議論とその限界を背景にして誕生した。多種多様なうつ病の類型化と診断が提案されるなかで,統一した診断基準が求められ,脱理論的アプローチを用いたDSM-(III)診断の成立は歴史の必然と考えられる。数多くの未解決な問題は残されているが,今後の実証的あるいは経験的研究の積み重ねにより,うつ病概念の新たな理論的枠組みが再生されることを期待したい。
Key words: DSM-(III), DSM-(IV), mood disorder, major depression, untheoretical
●うつ病の概念を考える:大うつ病(DSM-(IV))概念の「功」
佐野 信也 野村総一郎
DSM-(IV)による大うつ病概念は,うつ病診断学の歴史的知見を十分吸収した妥当なものであり,DSM-(III)からDSM-(IV)に至るまでに大きな修正を要さなかったことから,完成度が高いと考えられるという私見を述べた。操作的基準による大うつ病カテゴリーの明確化は,誤診(過剰/過少診断)を減らすことによって治療的恩恵を広く行き渡らせ,他の病態との関連性を探求する契機を提供し,人類に共通の生物学的本態への接近の道具となっているだけでなく,教育場面での情報伝達においても有力な海図を提供している。しかし臨床使用にあたっては,この海図はいわば大縮尺の世界地図のようなものであって,特定の狭い海域の入り組んだ湾内の変化に通暁している地元の水先案内人のような完全性を備えているわけではないことに留意する必要がある。
Key words: major depression, psychiatric diagnosis, DSM-(IV)
●うつ病の概念を考える:大うつ病(DSM-(IV))概念の「罪」
中安 信夫
「うつ」は内因,心因,外因とさまざまな成因によって生じ,それに従って病像と経過も多様な疾患群である。旧来の「うつ」診療はこれら成因による状態像の差異を分別して疾患診断に到達し,それによって個々に応じた肌理細やかな治療を展開してきたが,成因を棚上げし,結果的に成因的には特定度の低い,いわば‘ごった煮’の「状態像」とでも称すべき大うつ病エピソードの特定を旨とするDSMの気分障害の分類以降,「うつ」の診断ならびに治療には誤った単純化・平板化が生じ,破壊されたものとなった。この点を,(1)成因への考慮なき治療がありうるのか?,(2)抑うつ反応はどこへ行ったのか?,(3)身体疾患(脳器質性,症状性,薬剤性)に基づく抑うつ状態が見逃されないか?という3つの疑問形の形で問い,それらを大うつ病概念の「罪」と断じた。
Key words: major depressive episode, major depressive disorder, DSM, endogenous depression, depressive reaction
●うつ病の概念を考える:うつ病理解にいま精神分析が貢献できること
藤山 直樹
うつ病が脳の機能異常であることが知られ,その臨床が操作的診断基準と薬物療法のアルゴリズムを中心に語られる現在,精神分析がうつ病理解と臨床的介入に貢献できるのはどのような点であるかを論じた。Freudの喪の仕事という概念が,抑うつ的心性を心的成長の重要な側面であるととらえていたこと,対象関係論が抑うつポジションという概念によって人間的なこころの本質的要素として抑うつ的心性を考えていたこと,うつ病は真の抑うつ心性に入らないための停滞の局面であり,「躁的防衛」や「病理的組織化」といった概念がそうした病的な喪の仕事の基礎を説明することを記述した。このような人間的仕事としての喪の仕事の不全という見方でうつ病をみることが,とくに難治の人格障害的ニュアンスをもつうつ病の臨床に有益であることを示唆した。
Key words: depression, depressive position, mourning work, psychoanalysis
●臨床実践の視点から:薬の選択と初期評価
田中 克俊 上島 国利
うつ病治療における薬剤の選択と評価は,有効性と安全性の両面から総合的に判断されなければならない。副作用プロフィールや種々の相互作用など薬剤の安全性や忍容性については比較的十分なエビデンスやコンセンサスが得られているものの,薬剤による有効性の違いについては,これまで海外を中心に行われてきた多くの無作為割り付け比較試験(RCT)やメタアナリシスでも未だ断定的な結論には至っておらず,今後本邦においても優れたRCTの集積が待たれるところである。治療計画の再アセスメントを行うための初期評価の際にも,治療の有効性と安全性について幅広く情報を収集しバランス良く判断を行う必要がある。これらの判断の重要な参考資料として,今後EBMに基づくより優れた治療アルゴリズムの作成が期待されているが,目の前の患者については,多くのメタアナリシスよりもその患者に関する1事例研究がもっとも優れたエビデンスである点はこれまでと変わるものではなく,臨床実践においてもこの視点の重要性に変わりはない。
Key words: depression, antidepressant, algorithm, evidence-based medicine (EBM), evaluation
軽症うつ病について
月刊 臨床精神薬理
【バックナンバー目次】第6巻2号 2003年2月
●軽症うつ病について
笠原嘉
軽症のうつ状態に注目を促す動きは比較的最近のもので,3つくらいの淵源があろう。1)日本で最初に「軽症うつ病」(1966)と題する書物を発行した平沢一は,1958年から1965年までの間の某大学病院精神科外来でのうつ病診療を集大成した。ここでの軽症とは「精神科外来で治療可能な程度の(躁うつ病性の)うつ病」であった。以降,今日まで続く軽症うつ病概念の中心にある。その背景には精神科外来患者の増加,薬物療法の進歩,メンタルヘルス運動の高揚などがあろう。2)もう1つの動きは,米の心身医学から1970年ころ導入された「仮面うつ病」であろう。前面に出た身体症状ないしは身体愁訴がその背後にある軽度の心理症状をマスクするという巧みな表現で,従来の「うつ気分のないうつ病」をより明確に特徴づけた。精神科よりも内科をはじめ一般診療でより有用な概念である。3)最後に神経症性・人格障害性などの「非精神病性うつ病」がある。元来,時代により文化により論議の絶えない領域だが,今日,たとえばdysthymia,cyclothymia(DSM―IV),soft bipolar spectrum(Akiskal),非定型うつ病などという新しい概念が生れている。今日では心理的治療のみならず,薬物療法の適否の再検討を要する領分にもなっている。話は変わるが,分類上ICD―10(1993)はうつ病にはじめて軽症,中等症,重症の区別をもうけたし,DSM―IV(1993,p719)も大うつ病のクライテリアを満たさない「小うつ病」を検討課題に挙げる。筆者はさらにメンタルヘルスの見地から,世間に残る偏見を一段と排除する目的で非精神病性を明示する「軽症うつ病」が市民権を得ることを切望するものである。丁度「統合失調症」と同じように。
Key words : mild degree of depression, minor depression, masked depression, anhedonia, chronic stage of mild depression
■特集 軽症うつ病の治療を巡るcontroversy
●軽症うつ病の診断的位置付け
坂元薫 鈴木克明
笠原―木村分類のI型を「うつ病」の中核とみなすことを前提として,軽症うつ病概念が包含する種々の病態を批判的に概観し,軽症うつ病診断のありかたを検討した。軽症うつ病として第一に挙げられるのは,DSM―Ⅳの大うつ病性障害軽症型やICD―10の軽症うつ病であるが,症状数による重症度分類の問題性を指摘した。その他,軽症うつ病に相当するものとして気分変調性障害,非定型の特徴を伴うもの,特定不能のうつ病性障害(小うつ病性障害)をとりあげ検討した。明白なストレス因子によって誘発された「うつ病」が抑うつ気分を伴う適応障害と診断されうることに注意を喚起した。また不安障害に併発するうつ状態の成因論的鑑別の重要性を論じた。軽症うつ病診断がその多義性ゆえに「使用に耐えなくなる」事態を避けるためには,大うつ病性障害軽症型(DSM―Ⅳ),軽症うつ病(ICD―10)をその中核に据えるべきことと,「小うつ病」診断基準の充実が望まれることを指摘した。さらに,「うつ病」の早期に見られる軽症うつ病に対する適切な診断と対応が,軽症うつ病診断の最も重要な課題となりうることも指摘した。
Key words : mild depression, mild severity of major depressive disorder, dysthymic disorder, minor depressive disorder, adjustment disorder with depressive mood
●軽症うつ病の生物学――うつ病の発症メカニズムにおけるストレスの役割――
穐吉條太郎
うつ病の発症メカニズムにおけるストレスの役割について,最近になってさらに盛んに研究されるようになってきた。その研究規模も拡大し,対象数が数千人でかつ双生児を用いた研究もある。今回は数十年間のうつ病とストレスに関する研究を文献的に考察した。研究項目としてストレスのタイプと質(ストレスの慢性化と期間,ストレスの時期とうつ病の発症,ライフストレスの領域,ストレスの質),変数(性格・ライフイベント・社会支援・遺伝子・性),ライフイベントとうつ病の経過(重症度とエピソードの期間,再燃と再発),ストレスとうつ病のタイプ(産後うつ病,症候群のタイプ,不安とうつ病)について言及した。
Key words : anxiety disorder, depression, life event, stress, twin study
●プライマリ・ケアを受診するうつ病
佐藤武
プライマリ・ケアにおける大うつ病,軽症うつ病,気分変調性障害の本邦および諸外国の有病率を紹介した。特に軽症うつ病の臨床特徴として,本邦では腰痛,頭痛,頸部痛などの身体症状として表現されることを紹介した。軽症うつ病に使用される治療手段として,抗不安薬(alprazolam・etizolam・tandospirone),抗うつ薬(SSRI・SNRI),抗精神病薬(sulpiride)などが一般に用いられるが,さらに漢方薬,セントジョーンズワートに関しても紹介した。最後に,軽症うつ病では,薬物療法に限らず,精神療法の重要性を強調し,特にWHOが推奨する問題解決療法,最近注目を集めている短期療法として解決志向療法を紹介した。最後に,軽症うつ病(または気分変調性障害)が重症うつ病(抗うつ薬が無効,自殺の可能性が高いなど)に移行することもあり,その際,専門医との連携が必要とされ,入院治療へ繋げることの重要性を強調した。
Key words : depression, dysthymic disorder, prevalence, medication, psychotherapy
●内科診療における軽症うつ病の診断と治療
中野弘一
心療内科におけるうつ病は軽症ないし中等症の特定不能と分類される病態が大部分である。ICD―10で不安障害に分類されている混合性不安抑うつ障害も多く認められる。内科診療においてもうつ病の頻度は高く,また悪性腫瘍に先行する症候や意識障害との鑑別も必要となる。慢性内科疾患管理の中でノンコンプライアンスやコントロール不良は抑うつのサインである場合がある。また診断過程においては悪性腫瘍を疑わせる症候を有するものの臨床検査で異常のない場合は,抑うつを想起する必要のある病像である。SSRIによる薬物治療には少なくなったとは言え抵抗はいぜん存在する。抑うつへの病態理解は気分障害としての部分のみならず広く日常の気分の変調としてとらえアプローチすべき病態も多い。これらの軽症病態には薬物というより言葉による介入が不可欠である。心理的対応もエビデンスが存在している有力な治療手段である。言葉を用いての個別性への対応なしにはぺトスとしての抑うつをいやしえない。
Key words : mild depression, psychosomatic medicine, antidepressant
●メンタルクリニックを受診する軽症うつ病
渡辺洋一郎
CMI(コーネル・メディカル・インデックス)における抑うつ項目の回答と診断との関係を調べたところ,自覚的抑うつ症状は全体の67.6%にみられ,診断は多岐にわたっていた。一方,気分障害でも21.4%は抑うつ症状を示していなかった。DSM―Ⅳの基準をもとに軽症うつ病を規定し,該当症例の経過を調べたところ,軽症例の治療が容易とはいえず,患者の病識,治療への抵抗をめぐる問題,誘因となった心理的要因への対応や心理療法併用の可否,就労などに関する問題など軽症であるがゆえの治療的課題がいくつか認められた。これらのことより,精神科医への新たなるニーズ,症状や質問紙法のみに頼って安易にうつ病を診断することの危険性,軽症うつ病の診療には相当な経験と見識が必要であること,軽症うつ病を狭く規定したとしてもなおさまざまなバリエーションが存在し,治療者の心構えのためにも,治療法の決定や,予後予想に役立つ分類のさらなる検討が臨床的に有意義であることを指摘した。
Key words : mild depression, psychiatric clinic, CMI(Cornell Medical Index), dysthymia, depressive state
●軽症うつ病の薬物療法再考
岩川美紀 寺尾岳
軽症うつ病の定義は未だ明らかとなっておらず,薬物療法の効果も十分検討されているとはいえない。今回我々はDSM―Ⅳで気分変調性障害,特定不能のうつ病性障害に含まれるもののうち小うつ病性障害,反復性短期うつ病性障害,月経前不快気分障害,さらに閾値下うつ病とされるものを軽症うつ病の対象とし,各疾患においてevidenceに基づいた検討を行い,薬物療法が効果的か否か判断した。その結果,軽症うつ病の中でも気分変調性障害,月経前不快気分障害においては薬物療法の有効性が示された。他の疾患については今後さらに研究を重ねて検討していくことが必要である。
Key words : mild depression, dysthymia, premenstrual dysphoric disorder, pharmacotherapy, SSRIs
激務でうつ病発症 解雇は無効 東芝に賠償命令 赤旗 朝日
激務でうつ病発症 解雇は無効 東芝に賠償命令 東京地裁
長時間過密労働によってうつ病にかかり、休職したのを理由に解雇したのは無効として、東芝の労働者が解雇無効と損害賠償を求めていた裁判の判決が二十二日、東京地裁でありました。
鈴木拓児裁判官は、月九十時間を超える時間外労働があったとして「業務上の疾病」と認定。療養中の解雇を制限した労基法一九条に違反し、安全配慮義務にも反しているとして、解雇は無効とし、未払い賃金や慰謝料など総額二千八百万円の支払いを命じました。
弁護団によると、業務上の疾病による解雇無効の判決は初めて。訴えていたのは、埼玉県の深谷工場の技術職、重光由美さん(41)。二〇〇〇年から生産ラインの立ち上げプロジェクトに従事し、残業や休日出勤が激増。〇一年四月、抑うつ状態と診断されましたが、次々と業務を担わされ症状が悪化。同年九月から療養生活を余儀なくされ、〇四年九月、休職期間満了を理由に解雇されました。
東芝では、成果主義賃金のもとで長時間労働がまん延し、精神疾患が増加。重光さんの携わるプロジェクトでは同僚が二人も自殺しました。しかし、熊谷労基署は過重労働と認めず、労災不支給を決定。裁判でも東芝側は、過重労働ではないと主張していました。
判決後、記者会見した重光さんは、「当たり前のことが認められるまで長い道のりだったが、うれしい。東芝は職場に問題があったことを認めて二度と悲劇が起こらないようにしてほしい」と語りました。
川人博弁護士は、「過重労働が原因でうつ病になった労働者を一方的に解雇するケースが多いなかで、企業に重大な警告を発するものだ」と強調しました。
東芝広報室は「主張が認められず遺憾だ。控訴手続きをとった」とのコメントを出しました。
2008年4月23日(水)「しんぶん赤旗」
*****
特に新しい情報も観点もないようだけれど、赤旗もずいぶん平明に書いている。ですます体である。
*****
「うつ病で解雇」は無効 東芝に賃金支払い命令 東京地裁
2008年04月22日19時34分
「東芝」(東京都港区)の工場で働いていた重光由美さん(41)が、長時間労働が原因でうつ病を発病したのに解雇したのは違法だと訴えた訴訟で、東京地裁(鈴木拓児裁判官)は22日、解雇を無効とし、未払い賃金など約2700万円を支払うよう東芝に命じる判決を言い渡した。
代理人の川人博弁護士は「業務が原因で精神疾患にかかった従業員の解雇が、判決で無効だと認められたケースは初めて。過労でうつ病を発症する人は多いが、裁判で戦い続けることが難しい現状もある。経営者に警告を発する画期的な判決だ」と話す。
重光さんは、埼玉県にある工場内の液晶生産ラインの技術者だった。01年10月にうつ病の診断書を東芝に提出して休職。04年9月に休職期間が満了したとして解雇されたという。
判決は、重光さんがうつ病になった01年4月までの時間外労働は月平均90時間に上ったと指摘して、うつ病と業務との因果関係を認めた。さらに会社側が重光さんの業務を増やしたことが症状を悪化させたとし、「心身の健康を損なわないような配慮をしなかった」と述べた。
判決について東芝広報室は「会社の主張が認められなかったことは大変遺憾で、直ちに控訴の手続きをとった」とするコメントを発表した。
(朝日新聞)
*****
どこも特別な情報はないようで、同じような文章だ。
パワハラで自殺2審も認定…名古屋高裁「心理的負荷でうつ病」
パワハラで自殺2審も認定…名古屋高裁「心理的負荷でうつ病」
中部電力社員だった夫(当時36歳)がうつ病になり自殺したのは、過労や上司のパワーハラスメント(職権による人権侵害)が原因だったとして、愛知県内に住む妻(43)が名古屋南労働基準監督署長を相手取り、遺族補償年金の不支給処分の取り消しを求めた訴訟の控訴審判決が2007-10-31日、名古屋高裁であった。
満田明彦裁判長は、「業務が原因でうつ病を発症し、そのために自殺しており、不支給処分は違法」と述べ、不支給処分の取り消しを命じた1審・名古屋地裁判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。
判決によると、夫は1999年8月に主任に昇格した後、うつ病を発症。同年11月、乗用車内で焼身自殺した。妻は翌年、労災認定を申請したが、労基署は「業務が原因のうつ病ではない」として申請を退けた。
判決は、「主任昇格は、夫にとって心理的負荷が強かった」と指摘。さらに、上司の「主任失格」「おまえなんかいなくても同じ」といった言葉や、上司が結婚指輪を外すよう命じたことについて、「合理的な理由のない、指導の範囲を超えたパワーハラスメント」と認定し、こうした心理的負荷からうつ病を発症し、自殺に至ったと結論付けた。
愛知労働局労災補償課の話「国側の主張が認められず残念。今後の対応は、判決内容を検討の上、決めたい」
教諭自殺は公務災害 高裁逆転認定
教諭自殺は公務災害 高裁逆転認定
うつは仕事が原因
県西部の小学校養護教諭だった尾崎善子さん(当時48歳)が自殺したのは公務災害だったとして、母親(82)が地方公務員災害補償基金県支部長の石川知事を相手取り、公務災害の認定を求めた訴訟の控訴審判決が24日、東京高裁であった。浜野惺(しずか)裁判長(渡辺等裁判長代読)は「(尾崎さんが)うつ病に関係の深い性格だから公務災害としなかったのは、到底理解できない」とし、請求を棄却した1審・静岡地裁判決を取り消して公務災害とした。
判決などでは、養護学級で障害児2人を担当していた尾崎さんは、別の養護学校の児童が体験入学し、暴力を振るうなどの行動を取るようになったことが原因で、うつ病を発症。2000年4月から約3か月間特別休暇を取ったが、同8月に自殺した。
1審判決では、体験入学によるストレスとうつ病の因果関係は認めたが、ストレスは「公務自体というより、体験入学に過剰な拒否反応を抱いたから」と判断した。これに対し、控訴審判決は「几帳面(きちょうめん)な性格で柔軟性に欠けていても、20年間に十分な勤務実績があった」とし、ストレスは「体験入学による重圧がかかりすぎたから」とした。
逆転勝訴を受け、原告側代理人の塩沢忠和弁護士は「うつ病が本人の性格でなく、仕事によるものと判断した意味は大きい。うつ病を最先端の医学的見地からみている」と評価した。
善子さんの弟、正典さん(54)は「精神疾患が職場で一般的に語られ、科学的な論点でものが言われるような社会になってほしい」と語った。同基金の藤原通孝副支部長は「判決内容を精査して対応を検討する」との談話を出した。
(2008年4月25日 読売新聞)
高機能自閉症の何をどう治療するのか
【高機能自閉症における具体例】
含みのある言葉の本当の意味が分からず、表面的に言葉通りに受けとめてしまうことがある。
会話の仕方が形式的であり、抑揚なく話したり、間合いが取れなかったりすることがある。
たとえば、私の知っている例でいえば、「カウンセラーに、父親とキャッチボールをしなかったから、病気になったといわれている。僕はキャッチボールをしなかった」という人。カウンセラーは、言葉のキャッチボールとか、こころのキャッチボールとかの説明をしたはずで、実際に野球のボールを、グローブに投げなかったことが病気の原因になったはずはない。
この人は知能が低いのかといえばそうではなくて、某有名大学のゴルフ部だった。
「大学のゴルフ部で、タイガー・ウッズみたいな才能のある人っているのかな?」と聞くと、むっとした様子で、とてもプライドを傷つけられたようなしぐさをして、「わかってませんね、全然、タイガーはもう全然違うんです……」と話し始める。落第もしないで、進級して卒業、父の後をついで社長になる予定で修行しているのではないかと思う。
○ 興味や関心が狭く特定のものにこだわること
強いこだわりがあり、限定された興味だけに熱中する。
特定の習慣や手順にかたくなにこだわる。
反復的な変わった行動(例えば、手や指をぱたぱたさせるなど)をする。
物の一部に持続して熱中する。
これは診察室でも良く見られるし、特徴的なので印象に残る。
【高機能自閉症における具体例】
みんなから、「○○博士」「○○教授」と思われている。(例:カレンダー博士)
他の子どもは興味がないようなことに興味があり、「自分だけの知識世界」を持っている。
空想の世界(ファンタジー)に遊ぶことがあり、現実との切り替えが難しい場合がある。
特定の分野の知識を蓄えているが、丸暗記であり、意味をきちんとは理解していない。
とても得意なことがある一方で、極端に苦手なものがある。
ある行動や考えに強くこだわることによって、簡単な日常の活動ができなくなることがある。
自分なりの独特な日課や手順があり、変更や変化を嫌がる。
なんでもそつなくこなす秀才ではない。
偏った分野のとんでもない天才の印象を受ける。
しかし困ったことに、現代では、コンピュータを叩けば、その程度の知識は検索できてしまい、
実際的な価値は低くなっている。
○ その他の高機能自閉症における特徴
常識的な判断が難しいことがある。
動作やジェスチャーがぎこちない。
常識がないことはしばしばで、目の前にいる人間が何を感じているかに、まったく気付かない。
3. 社会生活や学校生活に不適応が認められること。
当然不適応になるはずで、その適応の悪さを聞いていると、一見、いじめにあっているのか、
知能が低いのか、何かあるのかと思ってしまう。しかし知能は高く、周囲は意地悪をしているわけではなく、ただ、本人が、常識に欠け、特に他人の気持ちを推定することができない。
他人の気持ちが分からないのは当然といえば当然である。
人間は、自分の内側の心をモニターして、こんなときはこんな感情が生まれるのだと観察している。
それを他人の心を推定するときに思い出して、応用している。
ところが、そのモニターしている自分の心があまりにも世間一般とずれているので、
それを適用しても、うまく推定できないことが分かる。
すると、手がかりを失い、特定の習慣や手順にかたくなにこだわることになる。
自分の得意なことだけはやるけれども、そのほかについては、
自分がやってもうまく行かないし、うまく行かない理由も分からないというのが実際だろう。
それは心のモデルが壊れているからだ。
*****
このように観察してくると、
治療に当たっては、SSTのように、「良肢位での固定」といったものも考えたい。
世間を渡るための最低限の防波堤である。
柔軟な対処は無理。
むしろ、硬直した対処を通してもいい環境を作ること。
その環境からはみ出ないようにして、
半ば習慣に「こだわり」つつ生きていけるようにすること。
その方がいい。
労働力としては、ときに抜群の力を発揮するので、
環境を整えてあげることが大事。
職場で誰かに嫌われて、低次元のいじめを受けたりすると、極端に弱い。
有用性を知り、才能を理解してくれる人にめぐり合うことが大切である。
さて、そのようにして、定職までは一応たどり着くことができる。
しかし、家庭生活を築くとなると、配偶者選択が問題である。
上手にお付き合いして、幸せになれるようなお相手を見つけられるかどうか、
それはなかなかの難問題になる。
しかしまた、そこだけを工夫すれば、あとは安定した職場で、安定して仕事ができるタイプの人たちなので、
ひと安心である。
ご両親とご兄弟の力を借りたいところだ。