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うつ病に効くオンラインゲームの世界 体験談

私がそのオンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)「トリックスター+」に出会ったのは、いまから1年近く前の、2005年6月のこと。私がうつ病で何をするにも気がめいってしまい、家から一歩も出られなくなったことを心配した友人が、家の中ででもできることとして、勧めてくれたのが始まりだった。

 「家にいるなら一緒に遊んでみないか」と言われた。やってみたら、それが意外に楽しかった。

 それまで私は、オンラインゲームなんてやったことがなかった。ゲームも、うつ病になってから、久しぶりに家にしまっていたプレイステーションを引っ張り出したくらい。ただ、そのときたまたま中古で買ってあったRPGのソフトをやって、それまで何をするにも10分も持続すればいいほうだった私が、ほとんど何も食べないで14時間もプレイできたことは覚えている。夜にゲームを始めて、次の日の朝まで。その時、自分がゲームを好きだということには気付いた。なぜならそのとき、「面白い」という感情が初めて戻ってきたから。

 でも、そのオンラインゲームを初めてやったときは、8種類いるキャラクターの区別がつかなかった。自分のキャラクターさえどれだか分からなくて、ゲーム内の周りの人にからかわれたりもした。

 わたしは仕事や家庭のことなど、いろいろなことが積み重なってうつ病になった。だんだん動くことが辛くなって、そのうち布団をかぶって、何をするわけでもなくぼーっと時を過ごしていた。「生きていてもしょうがないかな」--そんなことを考えながら。

 でも、ゲームを始めてから、「ゲームをやるためにがんばろう」と思えるようになった。それから、「アイテムを買うためにがんばろう」「ゲーム内のイベントの日までがんばろう」と、小さな目標に向かって生きられるようになった。

 今思えば、私はとてもラッキーだった。まず、自分がたまたま選んだキャラクターが、初心者でも戦闘で死ぬことが少ないものだったこと。すぐ死んでしまうようなキャラクターだったら、私はきっとすぐ嫌になっていただろう。

 それから、出会った人に恵まれたこと。まだ初心者でゲーム内をうろうろしていたときに、アイテムがフィールドにたくさん落ちていて、そこにいた上級者の人が「全部持って行っていいよ」と言ってくれた。ほかにも、困っていると手を差し伸べてくれる上級者の人がたくさんいた。

 ゲーム内でトラブルらしいトラブルもなかった。もちろん、考え方の違いでほかのプレーヤーと言い合いになることはあったけれども、それはきっとゲームじゃなくても、どこにでもあることだ。

 うつ病になると、人の目が見られなくなる。だから、買い物にも行けない。でも、ネット上なら人に会わなくても、買い物ができる。チャットなら喋れる。それがすごい気楽だった。自分の顔の表情がうまく作れなくても、笑顔マークなら笑っていることになれるから。

 それから、うつ病の症状のひとつに「早期覚醒」というのがあって、朝の3時くらいに目が覚めてしまう。普通ならふとんの中でぼーっと時間を潰してたけれど、ゲームを始めたことで「よし、いまのうちにレベルを1つあげちゃおう」と思えるようになった。早朝に起きてしまった自分を責めなくなって、「起きても平気だ」って思えたら、そのうち起きなくなった。気にするのが一番よくないそうだ。

 逆に、そんな時間じゃないとゲームの中で会えない人もいた。そういう人たちに会えるかなと思うと嬉しかったし、そんな時間にいる人は本当にゲームが好きな人だから一緒に遊んでいても楽しかった。

 そのうち、だんだんプレイ時間が長い人と仲良くなるようになって、「ギルド」と呼ばれるチームを作って一緒にプレイするようになった。オンラインゲームのプレーヤーは学生が多くて、「仕事で嫌なことがあった」とまでは言わなくても、何か辛いことがあったときに「がんばれ」って励ましてくれた。自分でできないことも手伝ってもらえた。

 私は、プレイスキルが低くて、なかなか他の人の役に立てなかった。だけど、ゲームの中ではみんなが待ってくれた。きっと、それは遊びだから。現実の社会ならみんなせかせかしてしまうし、仕事が遅いと陰口を言われてしまう。今は、もしかしたら自分もこれまで仕事の遅い人を責めてしまっていたんじゃないかと思う。

 ゲームの中では表情が見えない分、自分の行動に対して相手がどう思ってるかわからない。だから、どうしたらいいんだろうって考えた。そうしたら、人から何かをしてもらったときに「ありがとう」っていう言葉が自然に出てきた。人には何かをしてあげれたほうが自分も楽しい、って思えた。

 年齢もぜんぜんちがう人たちと喋れたことも新鮮だった。自分とみんなは違うけれども、みんなもそれぞれ違うんだと分かった。よかった、って思えた。

 ギルドの人たちがブログを書いているのを見て、自分もやりたくなってブログも始めた。最初は文字を書いたり編集したりするのも大変だったけれど、慣れてきて体調も良くなってくると、どんどん書けるようになった。ほかのプレーヤーからコメントをもらえるようにもなって、ブログが一人歩きを始めた。いまではゲーム内で仲良くなった友達とブログや個人サイトでもつながるようになっている。

 文章を書くことで、うつ状態からの快方も見えてきた。コミュニケーションが取れるようになって、病気も落ち着いた。

 そうして少しずつうつを克服した私は、この体験を本にまとめることにした。本を書くことは、ずっと昔からの夢だったから。そして、オンラインゲームは決して悪いものではないということを、知ってもらいたいから。

 私はオンラインゲームを通じて、自分が人とコミュニケーションするのが好きだということに気づいた。文章を書くのが好きということも気づいた。このゲームが生まれた背景の韓国のことも、もっと知りたいと思うようになった。そして、海外のゲームや雑貨を紹介するお店をいつか作れたらいいという夢も持てた。

 確かに、オンラインゲームに熱中してしまって、ほかのすべてを捨ててしまうようなことはあまりいいとは言えないと思う。私はうつ病で数カ月間仕事をやめていたけれど、その後職場に復帰していたので、プレイをしていたのは仕事が終わって家に帰ってからの3時間と、土日だった。オンラインゲームに費やすお金も、月に2000円といったところだ。

 私が書く本を将来手に取ってくれる人や、この記事を読んでいる人に言いたい。「もっと遊びましょう」と。自分が何を好きなのかが分からなかったら、人生なんてつまらない。お金をためたり、目標を達成するために働いても、過労死してしまったら意味がない。そんなにもったいないことはない。自分の好きなことなら、がんばれる。うつ病になる人は、何か無理をしているんだと思う。だから、もっと遊べばいい。

 


心の病と戦う-3

技術者の勤務時間が他の業種に比べ長時間になりがちなことや、SI業務で客先に常駐するケースが多く、顧客先でのプレッシャーが自社内での仕事よりも大きくなりがちなこと、真面目に仕事に取り組むあまり、病状が悪化するまで対策を取らずじまいとなってしまうケースが多いことなど、技術者の心の病には課題が多い。

 とはいえ、いったん病に侵されてしまうと、回復を目指して病気と闘わねばならない。うつ病について、「失われたエネルギーをためている時間」と表現する。つまり、うつ病になった時の対処法は「何もしないことだ」。何もしないことでエネルギーが徐々にたまり、回復に結びつくという。気晴らしに強い運動をする人もいるが、「それよりもゆっくり休養することで、自然にエネルギーをためてほしい」。

 ただし、「うつ病になると極端に悲観的になったり、理想化した観念を抱いたり、自分を過小評価したりと、客観的な視点が失われることもある」と警告。そういった心のゆがみを精神科で治療するのだという。

 「何もしない」--それはつまり休職を意味する。有給休暇さえまともに消化できない技術者が多い中、長期間に渡って休みを取ることをためらってしまう人も多いかもしれないが、無理をして仕事を続けても病状が悪化するだけだ。休職したとしても、「ほとんどの場合、復職できる」というのだから、無理をせずにエネルギーをためる時間を作ってほしい。

復職に向けて 休職中は、「十分期間を取って必要な量の薬を飲み、治療を続けながら様子を見る」というのが鉄則のようだ。復職のためのプログラムも用意しているという高橋氏のこころの会グループでは、復帰に向けたカウンセリングやグループミーティングも行っている。こうして徐々にエネルギーがたまったら、1カ月から半年程度で復職を考えるよう、勧めている。

 「半年程度」と高橋氏が言うのは、半年休めばある程度の回復は見込めることからだ。休職期間が長引けば、復職の壁が高く感じてしまうこともあり、プレッシャーとなる可能性もある。投薬をやめる必要はなく、治療を続けつつ復職を目指してほしいとアドバイスする。

 もちろん、復職後も無理をしてはいけない。復職直後のストレスは非常に大きいためだ。「まず、最初の3カ月程度は、半日もしくは通常勤務の3分の2程度の仕事量に抑え、無理のない復帰を試みるべき」。また、仕事内容も、できれば顧客と直接接する対クライアント案件はプレッシャーが高いため、最初は避けたほうが安全だとしている。

 「プレッシャーの高い対クライアント案件」がIT業界に多いことは事実で、1回目の特集に登場した中井さんも、「SI企業は建設業界的な部分があり、プロジェクトでクライアント先に出ていると、周りの人はどこから派遣されているのかわからないような状況も多かった」と、混とんとした職場環境に不安をかき立てられたことを指摘している。

 復帰後すぐに以前と全く同じ状況に戻ることは難しい。「復帰には時間がかかることを理解し、企業も復帰のための環境を整えるようにしなければ、同じことを繰り返してしまう。復職に失敗すると、患者が自信をなくしてしまうケースもあり、再度復職を望む際、医師としても診断書が書きにくい。復帰に失敗するのはわずかだが、それは企業側に理解のないケースが多い」と指摘する。

 「IT業界は外資との競争も激しく、ゆとりのあるポストを設ける余裕はないかもしれないが、病状の回復には環境が大きく影響することを理解してほしい。例えば看護士などでも、心の病から復帰する際にはリネンの洗濯係などから始めることが多い。無理のないポストで復職の環境を提供することは、企業にとって大切な要素だろう」と話す。

 技術者に「ゆとりのあるポスト」を期待することは難しいかもしれないが、企業側も、誰が発病してもおかしくない病気だということを理解し、対応を考えていくべきなのかもしれない。

 


心の病と戦う-2

心の病は確実に増加傾向 社会経済生産性本部が2005年に実施した「労働組合のメンタルヘルスの取り組み」に関するアンケート調査の結果によると、68%の労働組合が「心の病が増加傾向にある」と回答した。心の病のため1カ月以上休業している組合員がいる労働組合も、68.1%に上っている。心の病の原因として最も多かった理由が「職場の人間関係」(30.4%)だ。次に「仕事の問題」(18.6%)と続く。職場のメンタルヘルスを低下させる要因としは、「コミュニケーションの希薄化」を挙げる労働組合が49.9%と最も多い。

 「人間は情報処理をする生き物だ。処理可能なキャパシティを上回ると精神的に問題が起こる」

 前回話しを聞いた3名の技術者たちは、仕事のキャパシティが処理可能な範囲を超えたというわけではない。ただ、自分の中で処理しきれない「何か」を抱えていたことは確かである。社会経済生産性本部のアンケートで心の病の理由として多く挙げられた「人間関係」も、うまく処理できなければキャパシティを超えてしまう。

 「単に仕事が忙しいというだけでうつ病になるわけではない。原因はさまざまで、原因がわからないまま長期間うつ病と戦う人もいる」。

 ひと昔前、IT業界で開発技術が日進月歩だった時期には、「プログラマーが昇進し、役職を与えられた際にうつ病に陥る人をよく見た」という。それは、新しい技術が日々登場し、新人の方が技術に詳しいというプレッシャーに加え、そうした部下を管理するという慣れない仕事が増えたことによるもので、「2つのストレスを同時に抱えている人が多かった」と栗原氏は言う。

 技術者の傾向として、「根が真面目で仕事もとことんやる人が多い。また、技術者派遣として客先に出向いて仕事をすることも多く、顧客を相手にすることでプレッシャーやストレスが積もる可能性も高い」と話す。前回登場した中井さんも、復帰時に客先へと派遣され、高度のプレッシャーなどにより完全復帰を果たすことができなかったケースだ。

企業の対応は? 少し古いデータになるが、2002年に厚生労働省が発表した「労働者健康状況調査」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる企業や団体は23.5%となっている。特に、事業所規模が1000人以上の場合は約90%が何らかの対策に取り組んでおり、300人以上の規模では60%を超えている。

 その取り組み内容は、「相談(カウンセリング)の実施」が最も高く55.2%、次いで「定期健康診断における問診」が43.6%、「職場環境の改善」が42.3%だ。こうした取り組みを行う事業所のうち、産業医や保健師、衛生管理者など専門スタッフがいる事業所は約半数の49.8%となった。

 一方で、メンタルヘルス対策に取り組んでいない企業の割合は、事業規模が小さくなればなるほど高くなり、50人~100人未満の企業では67.6%、30人~49人規模では73.4%、10人~29人規模では79.8%。つまり、ほとんどの企業で対策が進んでいないことを示している。

早期発見のためにもカウンセリングを 
 早期発見の重要さを強調しており、そのためにも支援を得る手段を多様化すべきだと強調する。「例えば、メールのカウンセリングだけで回復した人もいる。コミュニケーションの手段はさまざまで、窓口も増えてきているのだから、患者にとってなるべく抵抗感の少ないアクセス手段を設け、セーフティーネットを多様化させるべきだ」

 ただ、企業がこうした支援策を準備しても、自主的に心の健康診断を受ける人はどの程度いるのだろうか。日本労働組合総連合会が2004年に実施した「連合生活アンケート調査報告」によると、「仕事上精神的なストレスを感じることがある」と回答した人は、合計77.5%にのぼったが(「常に感じている」18.4%、「感じることが多い」21.8%、「時々感じている」37.3%)、ストレスを感じている人に「メンタルヘルスに関する専門相談機関に相談に行ってみようと思うか」と質問したところ、「思う」と回答した人は13.1%にとどまった。「常にストレスを感じている」と答えた人でも、専門相談機関に相談しようと思う人は25.4%で、相談しようと思わない人(41.4%)を大幅に下回っている。

 「アメリカなどでは精神的なカウンセリングを受ける習慣もあるが、日本人はまだこうしたカウンセリングに対し、抵抗感を示しているようだ」と話す。しかし、「多くの企業が窓口を設け、匿名で相談できる環境を整えているケースが多いので、壁を乗り越えてぜひカウンセリングを受けてほしい」と訴えている。

 心の病は、症状も原因も人それぞれで、発見するのも難しい。しかし、早期発見は病状の悪化を防ぐだけでなく、回復までの時間短縮にもつながる。「自分は大丈夫だと思っている人ほど回復が大変だ。また、IT系技術者の人は仕事熱心で、病状が進行してから医者にかかる人も多いため、回復に時間がかかる」と指摘している。

 前回の取材で話しを聞いた技術者3名は、みな症状が悪化して初めて通院し、長期間治療を続けている。初期段階で適切な治療を行わなかった中井さんは、「病状がひどくなるまで我慢して仕事を続けないほうがいい。その前に休職するなり、対策を考えるべきだ」と語った。

 


心の病と戦う

 社会人にストレスはつきものだ。中でも、「きつい」「厳しい」「帰れない」の3K職場とも言われるIT業界の技術者たちは、過度のストレスを抱えているに違いない。

 多くの人は、ストレスコントロールの方法を自然と見出し、気分転換しながら日々業務を続けている。しかし、中にはどうしてもストレス解消の機会がないまま負のエネルギーが積み重なることや、さまざまな原因から体調、そして心の調子を崩してしまう者もいる。

 心の病は、誰もがかかり得る病気だ。長期的な治療が必要な場合もあるため、何らかの対策を考える企業も多くなった。この特集では、体験談や専門家の意見を元に、心の病について考えてみたい。

23歳にして5社を渡り歩く 静岡県出身の荒木さん(仮名)は23歳。高校入学後から吐き気や下痢などに悩まされる日々を過ごしていたが、内科に通っても異常はなく、大学進学を機に上京した。

 荒木さんが最初にうつ病と診断されたのは2004年夏のことだ。当時荒木さんは、大学のプロジェクトで毎日夜を明かして開発に取り組んでいた。厳しい環境の中、開発が思うように進まず、周りから責められることもあった。

 精神的に追いつめられたと感じた荒木さんは、落ち込んだ気分から抜け出せないのみならず、食欲不振や激しい下痢、不眠に陥った。過去にもこうした体験はあったというが、「症状がこれまで以上にひどかったので、心療内科に行った。そこでうつ病と診断された」と、荒木さんは当時を振り返る。

 その後、投薬とカウンセリングを続けつつ、2005年よりIT企業でのインターンシップや契約社員として開発の仕事に取り組んでいた荒木さん。契約切れのケースもあるが、長くても約半年で職を転々とし、23歳という若さにもかかわらず5社での仕事経験を持つ。しかし、「やはり仕事上追い込まれたり、対人トラブルが起こったりするとうつ状態になる」と荒木さんは言う。

 その後も荒木さんの病状が改善するきざしはなく、2007年4月に契約社員として入社した企業は2カ月で解雇されてしまう。現在では抗うつ剤などを成人投与量の限度に近いほど多く飲みつつ、在宅での仕事を続けているという。

完治しないまま前に進み、退社へ 同じく23歳の原田さん(仮名)は北海道出身だ。うつ状態と躁状態が繰り返し巡ってくる「双極性障害」に悩まされている。

 大学3年終了時の2005年春、原田さんは自分の力を試すべく、大学を休学し、1年間IT企業に勤める決心をする。その企業で原田さんは、1人きりのプロジェクトを任されることとなった。1人きりのため、仕事が思うように進まなくても原田さんは誰も相談する相手がいない。毎日夜遅くまでプロジェクトに取り組み、約2カ月が過ぎた時、原田さんは繰り返し風邪をひくようになる。

 長引く風邪が発端となり、精神的にも落ち込んだ原田さんは、いったんプロジェクトを家に持ち帰り自宅作業を続けることにする。しかし、「体調も気分も回復することはなかった。プロジェクトも結局は続けられず、会社には申し訳なかったが体調不良で会社をいったん辞めることにした」と原田さんは話す。

 原田さんは、退社後も体調回復には至らなかった。その後、双極性障害との診断を受けた原田さんは、何種類かの薬を処方されるが、副作用ばかりがひどく、病状が改善することはなかった。

 2006年には大学に復学したものの、卒業研究中にも何度か病状がひどくなり、研究ができないことも多かったと原田さんは言う。しかし、過去には真面目に勉強に取り組んでいたことが幸いし、成績トップで卒業を果たした。原田さんは、東京のITベンチャー企業に就職が決まり、2007年4月上京する。

 しかし、病気が完治したわけではなかった原田さんが再度その症状に悩まされるまで、時間はかからなかった。5月には再び風邪の連続と気分の落ち込みが続き、6月から休職状態となった。

 原田さんは早く仕事に復帰したかった。「小さな企業で、社長も周りの社員も病気に理解を示してくれた」と原田さんは述べ、会社に全く問題はなかったとしている。休職中は、「ヨガや座禅でなるべく何も考えない状態を作る」「勉強しすぎない」など、安定した状態を保持するための自分なりのルールも見い出した。その結果、2カ月の休職後に無事復職を果たした。

 張り切って復職した原田さんだったが、仕事に集中しすぎたためか、復職3日後に急激な頭痛に襲われる。その際、社長から「病気が完治した際には戻ってきてほしい」という言葉はもらったものの、最終的には退職を勧められ、原田さんはやむなく退社する。

長期間うつ病と戦ったが…… 前出の2人より長期間に渡って仕事復帰を目指していたのは、新潟県出身で30歳の中井さん(仮名)だ。

 2000年に大学を卒業した中井さんは、大手システムインテグレーターに就職した。開発現場で技術者の能力を発揮したいと考えていた中井さんだが、配属されたのは上流工程を担当する「IT戦略室」という部署だった。その部署では、新人の中井さんにほとんど仕事が与えられず、出勤してもすることがないという日々が続いた。入社1年後の2001年5月、不眠状態となった中井さんは心療内科に行き、軽いうつ病と診断される。

 この時点でちゃんとした抗うつ治療を行わなかったことを悔やむ中井さんだが、「当時は軽い安定剤を飲みながら業務を続けた」と中井さん。仕事内容は社内システム関連の雑用が中心だ。最先端の現場で技術者としてばりばり働きたいと考えていた中井さんは、部署の異動を希望したが、それも叶うことはなかった。

 仕事に満足感を得られないまま、うつ状態で業務を続けていた中井さんは2004年11月、仕事以外でも大きな心のダメージを受ける。地元の新潟県で中越地震が発生したのだ。親族の被災などもあり、極度の不眠に陥った中井さんは、会社のカウンセラーと面談、即日休職が決定する。心療内科では重度のうつ病と診断され、抗うつ剤で薬漬けの日々を送ることになる。

 投薬治療で1年8カ月の休職期間が過ぎ、2006年7月中井さんは仕事に復帰する。新たな部署に配属され、まずは短時間勤務から開始、数カ月後には残業なしのフルタイム勤務へと移行する。しかし、同時に急性胃腸炎になり、中井さんはほぼ1カ月間仕事ができない状況となった。結果、その部署でも事実上居場所がないと言い渡された中井さんは、以前に取得していた資格を必要とするシステムインテグレーターに常駐勤務することとなる。

 「上司にはこれがラストチャンスだと言われ、常駐先にもメンタル面に問題があることは伝えられないままだった」と中井さん。プレッシャーと戦いつつ、がんばってみたものの、中井さんの体調は急性胃腸炎以来すぐれず、精神的な不安定さも手伝って、2007年2月にカウンセラーと相談の上、退職という道を選ぶこととなった。

決して人ごとではない ここに登場した3名は、みな高い志を持ってIT業界に飛び込んだ熱心な技術者で、心に病を抱えていなければ今でも日々熱心に仕事に打ち込んでいたに違いない。しかし、対人関係がきっかけでメンタルな問題に発展してしまう人もいれば、仕事内容や体調、その他の要因が組み合わさってうつ病となる人もいる。

 「仕事がきつかった」「長時間勤務が耐えられなかった」というのが3Kと呼ばれるIT業界でうつに陥る典型的な理由なのではないかと、漠然と考えていた筆者にとって、この3人との出会いは衝撃的だった。少なくともこの3人は、仕事の厳しさや長時間勤務が原因で発病したわけではないからだ。「もちろんそうした理由でうつに陥った仲間も多く見てきた」と、比較的社会人経験の長い中井さんは述べているが、今回話しを聞いた3人はむしろ、皆勉強熱心で、IT業界での仕事も技術者でいることも自分の意志で選択し、今後もそうありたいと願っている。最新技術に興味を持っており、できれば最先端の現場で働きたいと考えているのだ。

 何がきっかけとなって発病するかは人それぞれだ。自分でも原因がわからないままの人もいる。しかし、こうした心の病は人ごとではない。前向きに仕事に打ち込む人でさえ、ふとしたきっかけで病に陥ってしまうこともある。


うつに気づく方法と対処法

放置すると危険なうつ病 前回も書きましたが、うつ病は、薬物治療や十分な休養などの正しい治療を早期に受ければ、7割以上の人が3カ月以内に回復します。一方で、「こころの風邪」と呼ばれる程身近な病気になったものの、気付かれないまま放置されやすい病気でもあります。どうしても見逃されやすいうつ病ですが、そのまま放置して重度化してしまうと回復までに想像以上に時間がかかります。

うつかな? と思ったら 「自分はうつ病ではないか?」と思った時には、初期の段階でそのことに気づき、適切な対処をすることが重要です。今回はその「気づき」と「対処」について、それぞれの5カ条をお話ししましょう。まずは、気づきから……

気づきの5カ条

その1:同僚・上司・家族に聞いてみる うつは自分ではなかなか気づきにくいものです。自分だけの判断に頼らずに、周囲の人に「僕って最近何かおかしいと思う?」など、聞いてみるとよいと思います。特に家族は異変に気づきやすいものです。

その2:健康診断を受ける うつ病になると、心の不調に先行して体の不調が出やすくなります。「最近疲れやすい」「寝つきが悪い」「頭痛・肩こりがひどい」といった体の不調はその一例です。このような体の不調を感じたら、「単なる疲れだろう」と軽視しないで、一度健康診断を受けてみて下さい。

その3:体重を計る うつ病になると、体重が1カ月間で5%以上減少すると言われています。心の変化は目に見えないのでわかりにくいのですが、体重の変化であればわかりやすいですよね。ダイエットをしているわけでもないのに、体重の減少が著しい場合は要注意です。

その4:スケジュール帳をチェックする これは特に社会人の方にお勧めです。社会人であれば、自分の行動をスケジュール帳にメモしていると思います。その内容から自分を振り返り、忙しすぎて「疲れている」だけなのか「うつ」なのかを見極める1つの指標としましょう。

その5:これまで興味のあったことに興味が沸かない うつ病になると意欲が低下し、新しいことへのチャレンジはもちろん、これまで興味があったことにすら関心を示せなくなります。男性であれば、性欲が減少することもあるようです。

対処の5カ条 

うつ病に気がつくことができたら、次は当然対処が必要です。どのような対処があるのでしょうか? 代表的な5つの項目を紹介します。

その1:十分な休養をとる うつ病の時は元気な時と比較して、体や心のエネルギーが3分の1程度になると言われています。エネルギーを補給するため、十分な休養を取って下さい。

その2:自分を責めない うつ病の症状が強いときは、「自分は駄目な人間だ」「うつになったのも自分のせいだ」といったように自分を責め、すべてに自信をなくしてしまうことがあります。しかし、自分を責めてしまうのはうつ病のせいなのです。治療と服薬を続けていればうつ病は治るので、自分を責めないで下さい。

その3:焦らない うつ病の回復過程では、良くなったかと思うと再び悪くなるといったような「波」を繰り返します。その波を繰り返しながら徐々に良くなっていくのです。調子が悪くなった時に「治らないのでは!?」と焦ってしまい、さらに調子が悪くなることがあります。調子が悪いときは焦らずに、また調子が上向きになるまで待ってみましょう。

その4:「うつ病だから仕方ない」と思う うつ病になると、これまでできたことができなくなったり、できたとしても非常に時間がかかったりします。このようなことが、職場でもプライベートでもさまざまな場面で生じます。しかし、これもすべてうつによるものです。自分を責めたり、何とかしようとジタバタ焦らず、「うつだから仕方ない」とあきらめて、どっしり構えてみて下さい。

その5:医療機関を受診する うつ病が疑われたら、すぐに受診することをお勧めします。うつ病は受診が遅くなればなるほど、回復に時間がかかってしまいます。うつにもさまざまな種類があるので一概には言えませんが、この病気は治療法が確立されているため、治療で治る確率が高いのです。自己判断に陥ることなく、一度医療機関を受診してみましょう。

 


幻覚妄想状態 銅鐸の謎の解釈

統合失調症の場合、
症状を手っ取り早く伝えるとき、
たとえば、救急車の隊員に、
「幻覚妄想状態で興奮しています。措置入院が必要です。」
といえば、よく分かってもらえるだろう。

しかし、私の考えでは、
幻覚と妄想はかなり距離の遠い関係で、
それを一緒にして語るのはとても不都合であるような気がする。
幻覚妄想状態という熟語は不適切である。
時間遅延逆転状態および世界モデル齟齬状態とでもいえば正しい。

一般に、幻聴といえば、誰にも聞こえていないものが、その人にだけ聞こえているのである。
妄想といえば、誰もそうは思わない事を、その人だけがそう思っているのである。
どちらも、訂正不可能である。

だから、「ありもしない事を確信していて、訂正できない」事態が、
聴覚で起これば、幻聴で、
思考で起これば、妄想と言っていいように、
一見思える。共通性はあるように思える。

また、陽性症状と言うくくり方があり、
このことも事態を分かりにくくさせていると思う。

*****
わたしのモデルでは、smapg-time -delay-model ver.2008 
にあるように、
幻覚、たとえば、幻聴は、11.と12.の出力が到着するタイミングのズレによって起こる。させられ体験などと同じ部類に入る。治療はタイミングをずらすこと。
一方、妄想は、本来、世界モデルのズレなのであって、パーソナリティ障害などと同じ部類に入る。治療は世界モデルを訂正すること。

*****
幻聴と一言でいうものの、いろいろな幻聴がある。
そのことは、聴覚経路を考えてみれば分かることだ。

鼓膜→聴神経→聴覚野→さらに高次の処理 といった経路の、
どこかで、誤入力が起こればいいわけだ。
それはてんかん発作のような入力でもいいし、
近くを走る血管からの影響でもいい。
聴神経に腫瘍が出来ても、起こる。

しかしそんなのは珍しい例で、
末梢で発生するノイズは、
やはりノイズとして認識されるようだ。

幻聴の多くは
高次処理の場面で起こる。
さらにその中にいくつかのタイプがあるようだ。

フィルター障害といわれているものは、
たとえば、エアコンの音に交じって人の声がするとか、
シャワーの音に混じって電話の音がするとか、
そんなもの。
それはノイズに混じってはいるが、ノイズとは認識されない。
ノイズに混じった重要な音と認識される。

ここがおもしろいところである。
それが重要なのは、重要なものが埋まっているのではなくて、
自分にとって重要な情報を投影しているのだから、
重要に決まっているのだ。
自分が投影しているとは思わないところに、
かすかな時間遅延を読み取ることが出来る。
自生体験に近いもので、一種のさせられ体験ともいえる。

時間遅延型の幻聴は、本来自分の考えたことが、
外来の声のように聞こえるという形をとる。
すると、自分しか知らない事をなぜか知っている、ということになる。

あるいは、幻聴が聞こえているという「妄想」である場合もある。
そんな細かい違いを議論してもあまり実りはないのだが、
一応違いを考えることは出来る。

あるいは、言語習慣が不正確で、正確な表現の習慣がない人は、
自生思考を幻聴と言っている場合もあると思う。

そのほかにもあるかもしれない。

そんな中で、私が中核と考えるのは、時間遅延型の幻聴である。
これはさせられ体験と自生思考を両極端とする体験構造で、
その中間のどこかに位置する。

*****
妄想というものも、一言で定義できるものではない。

たとえば、常に他人に見張られているという感覚を持つ人の場合、
つまり、被注察感というが、
その場合、どうして自分は24時間誰かに見られているのだろうと
説明を付けたがる。
説明を考えているうちに、見張っているのはCIAで、
自分は国連事務総長であるなどと結論を出す。

その結論だけを聞くと、「自分は国連事務総長である」と語りつつ、
子供たちにつれられて精神病院に来ているのであり、
現状で「表向きの」身分は、小さな会社のサラリーマンである。
典型的な妄想になる。
しかし辿って行けば、被注察感が根っこにあるのだ。
被注察感の由来も時間遅延モデルで説明できそうである。
したがって「国連事務総長妄想」は二次的妄想というべきである。

このようなタイプの妄想がひとつ。つまり、不思議な現象につじつまをあわせて納得するためのもの。
これはこじつけと言うべきものであって、本来、妄想と言うべきではない。

次にたとえば、妄想着想といわれるもの。
これは黒い猫が通って、「黒い猫が通った」という事実にはまったく認知の問題はないのに、
その意味付けがずれていて、「それは世界の破滅の始まりだ」というような考え。
これをその人は、「黒い猫が横切ったから、世界の破滅が始まる」などと言う。
これは多分、「黒い猫が横切る」と「世界の破滅が始まる」の間には
関連はないのだろうと考えられる。
「とにかく、世界の破滅が始まったのだ」という結論だけが提示されていて、
そのことはもう動かしようがなく説得しようもない。

これは思考プロセスの障害というものでもない。
思考プロセスの障害ならば、ひとつひとつ分解して、どこがずれているか、間違っているか、
指摘し、訂正できるはずだからである。

プロセスを辿るタイプの思考ではないのだ。
むしろ結論が一挙に与えられる。

こうした事情はまさに世界モデルの存在を考えさせる。
そしてその世界モデルがズレているから、
否応なしに一挙に間違いのままで確定されてしまうのだろうと思う。

*****
治療として、時間遅延モデルに由来する二次妄想ならば、
時間遅延を治療すればいいはずで、ロナセンなどのSDAで良いだろう。

妄想着想のタイプならば、
まず世界モデルの訂正が必要なはずで、
それは生活訓練が必要である。
生活の中で、外界現実と内部世界モデルを比較照合し、差があれば、訂正する。
そのような地道なプロセスが必要である。
どうしても訂正できないというのがよくあるケースなのだが、
訂正し易いように、薬剤を使い、場面設定をし、くり返し、一種の行動療法的に反復する。

*****
幻聴に対しての治療は、それが時間遅延モデルで説明できるタイプならばやはり薬剤である。
そして患者教育をして、病理のメカニズムを理解していただく。
フィルター障害タイプの幻聴に対しても、多分、薬剤が有効。

*****
このあたりの細かい事情について、
主観的体験としてはどうかを詳細に聞きたいのであるが、
明細化することは、体系化、いいわけ化、結晶化、固定化、などを推進することになる可能性があり、
ためらわれるところでもある。
細かく聞かなければ、そこまで細かく固く考えなかったものを、明細化したから、
いよいよ固い妄想になってしまったということも、ないではない。
だから、薬剤や環境などの設定をしっかりして、慎重に聞く、そんな態度が必要ではないかと思う。

やっぱり幻聴だったよ
といって発見を喜ぶのもいいが、
未分化な体験を幻聴に分化させてしまったのではないかとの危惧も
持つべきではないか、
そのように昔から言われている。

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人の声が聞こえる幻聴はかなり典型的としても、
耳鳴、頭鳴り、などの表現になると、かなり様々である。
よく話を聞くと、頭の中で円盤があって、回転している、そんなめまいだという。
それのどこがめまいなのか、今度はこちらが想像力を動員する。
頭の中でガチーンという金属音がするというような例も少なくない。
現代芸術のビデオのような具合であるが、
ことばで伝えるのはなかなか難しいらしい。
これらは幻覚妄想ではなく、めまいとか耳なりとか自分たちでは言っているようだ。
物理的に他の誰にも聞こえない音が聞こえているのだから、
簡単に言えば、録音して再生できない音が聞こえているのだから、
一種の幻聴に違いないが、耳鳴ということが多い。
やはり他人の声が意味のある事をいうのが幻聴というイメージのようだ。
金属音というのは、どういう音なのだろう。
「金属」音という表現が多いのはどうしてなのだろう。

金属というものがなかった昔はなんと言ったものだろう。
金属音は自然にある音ではないだろうから、
ある日突然体験した、これまでにない状態を表現するにはちょうどいいのかもしれない。

銅鐸の謎があれこれ言われる。
先日新聞で読んだ。
人間はずっと不可解な音に悩まされていて、
銅鐸が出現したとき、「ああこの音だ」と思ったのではないか。
それゆえ神秘的な力があると信じられたのではないか。
そのようにして呪術の道具になっていったのではないか。


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