脳が脳を診る 脳が心臓を診る
脳が心臓を診察して治療することとは
根本的な違いがある。
一方で根本的な共通点もある。
根本的な共通点としては、科学一般の営みであり、
脳は、他人の脳をひとつの客観的な物質系として取り扱う。
脳と心臓との
根本的な違いは、
お互いに脳だということだ。
対象としての脳と同じ原理が診察者の脳にも働いている。
コンピュータ二台を
ケーブルで結合したような状態であり、
脳が心臓を診る場合とは根本的に異なる。
山内教授のうつのお話-9
司会.老化との関連はいかがでしょうか。
PEY.そうですね、MADの各成分が減少します。したがって躁も躁になりきらず、強迫も強迫になりきらず、うつだけは慢性のうつになる可能性がある、といったところでしょう。各細胞の減少から推定できます。
司会.各個人で、どのような性格の形をしているかで、それぞれの病型に違いが出てくるようですが、数字で、MADの程度を表現する、または測定することはできますか。
PEY.それは今後の課題ですが、やはり、このように、神経回路の場所を無視して、全体に分布する細胞特性に着目するというのは、特殊な発想だと思います。やはり普通は、どこの神経回路が壊れているのかと思うわけですから。
しかしそれだと、うつ病の、広汎な症状に見合わない気がします。全身を巻き込んだ何かで、生きる力そのものを根こそぎ停止させてしまうようなところがある。これは部分の問題ではなく、もっと全体の問題と発想して、こんなモデルを作ってみたわけです。
このMADモデルを使うと、「頑張りすぎたあとにうつになる、しばらく休んでいればいい、自殺だけしないように、大きな人生の決断を待つように」というあたりはぴったり説明できます。
司会.治療としては、いまの細胞分布、つまり性格のままで、運用を工夫するという面をいまお話されましたが、細胞分布、つまり性格を変えるという可能性はありますか?
PEY.外科的な事を考えているならそれは無理でしょう。マニーが過ぎる人、強迫性障害が過ぎる人に何か考えられないこともないですが、なにしろモデルは脳全体のびまん性の話ですから、どこを切ったらいいのか分かりません。
むしろ、薬剤で、脳全体にブレーキを利かせておくのは、理論にかないます。
その場合、MAが焼ききれるまで頑張るのを防ぐことが第一です。「頑張りがきく体質」ではなく、「頑張りを分散させる体質」に変える事です。その意味で、頑張りの上限を設定する薬剤が保護的に作用すると思います。気分安定剤ですね。
もともとてんかんの薬ですから、興奮しすぎるのを予防するわけで、そのことがうつ病発生を予防してくれることは、MAD理論で言えば分かりやすいはずです。
MAが焼ききれるまで頑張るのを防ぐには環境調整も大切です。生活スタイルですね。「仕事がノッテいるから」連日頑張ったり、突貫工事したり、そんな習慣がよくないのです。毎日平均して働き、平均して休み、その日の疲労はその日のうちに睡眠の中で回復する、そんな気分が大切でしょう。
司会.脳神経細胞のMAD分布の特性は生まれつきの他に変化があるでしょうか。
PEY.そうですね、まず何よりも、遺伝的に受け継ぐものだと思います。大喧嘩したりしている親子を見ると、やはり、マニー遺伝子が遺伝していると見えます。
しかしその一方で、副腎皮質ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモンなどが効くのでしょう。
司会.心がけや精神療法で変化させることはできるでしょうか。
そうですね、心がけはかなり有効です。「仕事を一気に一山で片付けよう」と一ヶ月通して頑張るなどとしないで、「山を三つに分けて、三ヶ月で片付けよう」と考えればいいわけです。
また、「一人で一ヶ月」というのではなくて、「部下に分散して、複数の脳で並行処理する」方式を考えるべきです。完全に独創的な仕事はそうは行きませんが。
精神療法は、主に心理教育になります。理屈を理解していただきます。そのあとは、理論にしたがって、「頑張りすぎ」をチェックして、予防し、がんばりのピークを分散させることです。葛藤で苦しむとしても、「先送りしておくこと」「待てないか考えてみること」「60%でも生きられるのではないか」「雨の日は雨なりに生きること」です。
相手を変えることはできないのですから、工夫して時間を待つことです。
からくりが分かっていれば、こちらが病気にならないですみますから。
司会.なるほど、理論の採用は、心理教育の説明を変えるだけで、
治療の大枠としては変化がないわけですね。
PEY.そうですね。むしろ、心理的な深入りは無用であるという感じです。たったこれだけのことなんですから。ただ、頑張りすぎにならざるを得ない理由というものが、それぞれの家庭にあるものですし、それぞれの人生にあるものです。
それを検討して、なぜそんなも頑張りすぎてしまうのか、精神療法的に取り上げることはいいかもしれません。そこは人間学的なかかわりであり、存在の様式に関わることだと思います。
司会.最近の若年発症、他責型、恐怖症型、身体愁訴型についてはいかがでしょう。
PEY.若年発症は、やはりスキゾフレニーのチェックをしないといけません。スキゾフレニーの病理の一部としてのうつ状態はよく知られています。現代では、スキゾフレニーの軽症化もあり、ほとんどうつ病のように見えるものも増えています。その場合はやはり、病前性格や適応の現状、生育の歴史、エピソードをチェックすることになります。簡単ではありません。時間がかかります。それに、診察室でのそれらの情報をやり取りしている間の、反応特性が重要な情報になります。
他責型は対他配慮の欠如といえるものでしょう。先回りして親切にして他人と関わるという「太陽型」ができなくなって、「後手に回って北風になる」感じでしょう。また、他責型は、被害感が原因になっているケースがあるでしょう。その場合は被害感をまず手当てしなくてはいけません。
恐怖症型については、わたしは、主に「間違った強い学習」理論で考えていますのが、そのようなタイプが一部あると思います。もうひとつは、被害感と関係のある恐怖症ではないでしょうか。
司会.恐怖症について、「間違った強い学習」のお話が出ました。これは次の会の話題となると思います。そのあとは、「時間遅延理論」と続きます。
今日は先生どうもありがとうございました。
PEY.お役に立てれば幸いです。
司会.Smapg-Mozart-Qの用意ができていますので、脳のM細胞の興奮を冷ましていただきたいといと思います。
山内教授のうつのお話-8
司会.簡単すぎるので心配になります。
PEY.ひとつのモデルとしてなるべく単純で広く説明可能なものを提示しました。
しかしこのことで治療が決定的に変わるということもないのです。
MA細胞を保護して回復を待つだけ、それが治療です。
司会.セロトニンの話はどうなったのでしょうか?
PEY.それはMA細胞の機能停止の結果、セロトニンが減少するので、それを補うのだと思います。
睡眠や食欲を整え、自殺を防げるならいいことです。
司会.最近の新しいうつ病にも適用してよろしいのでしょうか。
PEY.当然です。
むしろ、MAD成分の絡みあいが躁うつ病の本質であり、
時代を通して変わらない成分です。
ここまでの話では、社会との関連はまったく言及していません。
これまでのうつ病論は医学論ではなく、途中から検証不可能な社会論になってしまっていたのです。
その時々の流行りものだっただけで、
ネーミングがよければ、人々の印象に残る、その程度です。
世の中全体が頑張りすぎで、
それについていけない人をうつ病と呼ぶとしたら、
それは医学的な病気とは呼べません。
みんなが美白を目指している時に、
色黒の人がいたとして、
それを病気とは言わないわけです。
司会.笠原先生の4軸は、
1.陰鬱気分の持続、2.対他配慮、3.強迫性、4.精力性・強力性です。
1.3.4.はMAD理論でぴったりですが、対他配慮についてはいかがでしょうか。
PEY.それはうつの本質ではありません。
時代精神との相関で、非常に目立つものが、
対他配慮だったということではないでしょうか。
従って、そこはむしろ時代によって変わる部分です。
そこを本質の一部としていたら、
ドイツ・日本が世界の一流国になろうと努力していた時代の、
狭いうつ病だけしかうつ病ではなくなってしまいます。
他のすべては、不全型とか未熟型になってしまうわけです。
そうではなくて、
これまで説明したようなMADのかかわりがうつ病の中核と考え、
各時代を覆う優位な精神が症状を修飾すると考えます。
司会.現代的な特徴といえばどうなるでしょうか。
PEY.非常に多様な社会になっていますから、
一つの特徴で現代のうつを言いあてることも無理なことでしょう。
今までいくつか提案されているような病像は
それぞれによく病像を言いあてていると思います。
私としても、日本全国のすべてのケースを経験しているわけではなく、
「ある場所ではそのような人たちが多い」というのならそうだろうと思うだけです。
施設により治療者により、場所により時代により、
かなり変化しています。
脳が脳を見ているからです。
例えば、脳が心臓を見ているのが循環器科ですが、
そのような場合とは異なり、
治療者の脳と患者の脳が向き合うとき、
複雑なことが起こってしまうわけです。
うつ病の性格構造の基本はやはり、「MAD+対他配慮の欠如(昔に比較して相対的な欠如)」
として記述できるだろうと思います。
しかしこの場合も、人間として当然あるべき対他配慮が壊れているという意味ではありません。
前の時代には確かにあった対他配慮がいまは失われているという意味です。
司会.対他配慮欠如型うつ病と表現していいでしょうか。
PEY.悪くはないですが、
対他配慮がないからうつ病になったのではないんですよ。
みんなが対他配慮のない社会になって、
その中でうつ病になる人は当然、対他配慮欠如型うつ病になるだけのことです。
前の時代との対比をいうならそれでもいいでしょう。
病前性格としても、執着気質やメランコリー親和型から、対他配慮を消去すればいいわけです。
司会.対他配慮がなくなった原因はなんでしょうか。
PEY.一人で生きていけるようになったことです。
配慮しなくても生きていられるならそれでいいわけです。
ただし、もっと大きなものが欲しいとか、
他人の持っていないものを欲しいとか思うなら、
対他配慮が有効です。
相手が低級ならば、対他配慮は損をするだけです。
相手が高級なとき、対他配慮は最善の戦略です。
ただ食べて、コマーシャルを見て、それ以上人生に何も求めないなら、対他配慮は無用です。
司会.基本で申し訳ないんですが、死別反応や失恋とうつ病の違いをMADで説明できますか?
PEY.そうですね、死別のときにMAが活動して疲労するわけではないですからね。
急速に起こりますから、一種の解離反応に近いかもしれませんね、うつというよりは。
MA部分が活動停止する点では似ています。
疲労して活動停止するのではなくて、急激なショックで仮死状態になるわけです。
それはうつ病の一部に似るでしょう。
司会.明らかにうつ病が増えていることに関してはいかがでしょうか。
PEY.昔なら、たくさん労働するといっても、筋肉労働ですから、限界がありました。
頑張りすぎれば、うつ病よりも先に、肉離れとか、アキレス腱を切るとか、
あるいは筋肉疲労の蓄積とか、一般に、休めのサインになります。
しかし現在は、脳から書類やコンピュータへのアウトプットですから、
運動器官の疲労がストッパーになっていません。
せいぜい目が疲れるとか肩が張るとか、そんな程度です。
だから神経ばかりがどんどん疲れてしまいます。
それでうつ病が増えるのだと思います。
司会.自殺はこのモデルで説明できますか?
PEY.自殺についてはよく分かりません。
動物モデルが難しいようです。
多分、自殺をするという意思は、未来の予測や意志に関係していて、
そのように未来を構想できるのは、人間の脳だけではないかと思います。
そして、未来をよく考えて、死んだ方がいいと結論するというのは、
やはり判断というか、脳の中の天秤がずれているのだと思います。
その点で精神病ですね、ひとつには現実検討が正確ではないかもしれない。
自己破産したとしても、その後生きていくモデルはたくさんあるわけで、
そのあたりをもっと共有できればいいですね。
「申し訳ない」気持ちばかりが先にたつのだと思います。
時代との相関があり、地域の特色もある現象ですから、
MAD理論のような、単純な生物学的なものではなくて、
もっと高次な、人間学的な現象だろうと思います。
(つづく)
山内教授のうつのお話-7
最近言われている、
bipolar spectrumの場合は、
M成分を横軸にして、連続体として並べて考察しています。
bipolarⅠはM成分がM(つまり大)であるのに対して、
bipolarⅡはM成分がそれよりも小さいMm(つまり中)となります。
ADについてはいろいろな大きさになります。
それに対応して、
bipolarⅠは症状としては躁状態を、
bipolarⅡは軽躁状態を呈するわけです。
つまり、このモデルによれば、純粋マニーなどというものは考えにくく、必ず、
A成分とD成分の影響を受けて、症状が修飾されているのです。
純粋マニーはMadとなるはずですが、
人間の脳を構成する神経細胞は大部分がDの性質を持っているはずだと
わたしは思っていますので、
少なくとも、MaD程度になるはずだと思います。
*****
大雑把に言えば、M成分の多い人がくり返し刺激を受けると、
Mが機能停止して、つまり疲れ果てて、
うつ状態になります。
これは観察とよく合います。
A成分の多い人は、問題集を端っこから順番に片付けるような事を始めます。
これもA成分が機能停止してしまいます。それが疲れ果てる感覚です。
結果としてうつ状態になります。
これも観察とよく合います。
疲れ果てると言っても内容が少し異なっているわけです。
うつ成分であるDはMやAとは違います。
もともと一、二回で休止する細胞群ですので、休止することが本来のあり方なのです。
MとAが活動してダウンしたとき、必然的にうつになるわけです。
(続く)
山内教授のうつのお話-6
メランコリータイプのうつ病は
最初の性格としてはmADになります。
mAD
この人が几帳面に責任感強く仕事をして、しかし年にも勝てず疲れ果てたとき、
A成分がダウンして、
maDとなります。これがうつ状態です。
(つまり執着気質の途中からの経過に重なるわけです。)
また治癒は、mADまで回復すれば回復となります。
(執着気質ではもうひとつその先、MADまで回復してやっと元通りということになります。)
maD
治療は、基本的に神経細胞を休ませることです。
そのために薬剤も生活調整も精神療法も役に立ちます。
ディスチミア、つまり気分変調症はこうなります。
これが基本性格で慢性的につづいていますので、
なりそうな状態といえば、ほんの少しの頑張り、環境変化、思い違いで、
うつになりやすいわけです。
非定型うつ病については、
過食、過眠、鉛様の麻痺 (leaden paralysis)、拒絶への過敏さ
などが特徴ですが、そのほか、
自責の念,早朝覚醒,午前中の抑うつ気分の悪化を訴えることが少なく,
極度の疲労感,恐怖症や転換ヒステリーの既往,周囲の出来事に対する過剰な反応
などが言われます。
また、
hysteroid dysphorics
自己顕示性人格,非抑うつ時の活動とエネルギー水準の亢進,拒絶時の抑うつ状態へのなり易さ,過食,過眠,極端な疲労感,抑うつ時の気分の反応性で特徴付けられるうつ病の亜型
などがあります。
これらの一群については、M細胞群が多いことは分かりますが、
hysteriodという命名でも分かるように、反応性の成分も多く、MAD理論での波と症状ではない成分が大きく影響としていると考えられます。
(つづく)
山内教授のうつのお話-5
細胞量を縦軸に、M→A→Dの軸を横軸にすれば、
各個人ごとに、どのタイプの細胞が多いのか、示すことができます。
表記をMADのようにし、
たとえばMについてはMM,M,Mm,m,mmなどと大きい順に示します。
(これは分かりにくいですね、M1,M2,M3,M4,M5のほうがいいかもしれません)
1.MAD(MもAもDも多い人)循環気質
2.MaD(MとDがおおい、Aは少ない人)
3.mAD(Mが少なくて、AとDが多い人)執着気質
4.mAd(MとDが少なくて、Aが多い人)強迫性性格
5.maD(MとAが少なくて、Dが多い人)ディスチミアタイプ
6.MmAaD(MとAが中等量で、Dが多い人)双極Ⅱ型の病前性格
以下同様にいろいろなタイプができます。
それぞれに5段階をつくるだけで5*5*5で125通り、
三段階ではなく無限段階で、
しかもすべてについて連続的ですから無限のバリエーションができます。
さて、うつ病には昔から有名な病前性格というものがあり、
たとえば執着気質が有名ですね。
執着という言葉が入っている通り、気分が持続するわけです。
これは「MAD+対他配慮(大)」と提示できるものです。
まず最初はこんな感じの人です。
対他配慮の成分については、
MADなどよりももっと高級な機能性分ですから、
少し次元が違います。
対他配慮とか状況意味認知とかは
いろいろな機能が組み合わされた結果の複雑機能です。
*****
試みにこの「MAD+対他配慮(大)」のタイプの人の発病のプロセスを説明しましょう。
仕事やプライベートで頑張りすぎたとします。
すると、M細胞は最初どんどん頑張りますが、耐え切れなくなり、休止するわけです。
するとMがお休みに入って、下のバターンになります。
この場面では、几帳面さ(A)と抑うつ(D)が前景に現れていることになります。
さらに頑張って、Aもダウンすると、
となり抑うつ(D)だけになってしまいます。
回復には、MとAが機能回復することが必要で、多分3ヶ月くらいかかるでしょう。
これが執着気質型うつ病の説明になります。
(つづく)
山内教授のうつのお話-4
PEY.さて、一つの神経細胞を取り出して、くり返し刺激して、反応がどうなるか、調べます。
小さな神経についてはかなり難しいのですが、大きな神経ならば、ガラス電極というものを用いて測定する方法があります。
反復刺激があまりに近接していると、先に述べた、不応期の問題があり、
刺激に反応しません。
これはたとえば、あまりに矢継ぎ早に刺激が繰り返されたとき、細胞活動が停止することに対応しています。仮死状態と言ってもいいようなものでしょう。
さて、横軸に反復刺激をした時間経過を取り、縦軸にそれに対する反応を取ります。
例えば、猫の尻尾を1分に1回ずついじるとしてみます。
猫ははじめは反応していますが、
そのうちいじられても、反応しなくなります。
危険でないと分かり、新奇さがなくなり、慣れて行きますから、
反応してもムダだと知ってしまえば、放置するわけです。
一方、毒物や天敵に関しての反応は、
「慣れ」てしまってはいけません。猫は死んでしまいます。
実験の具体例で言えば、
神経細胞をひとつ取り出して、
一定の時間間隔で繰り返し電気刺激を与え、
結果として出力される反応を測定すればいいわけです。
いろいろな刺激が考えられますが、
動物に対しての大部分の刺激は、
反復されているうちに、無反応になるはずです。
しかし一部分は、
繰り返せば繰り返すほど反応が大きくなる種類のものがあります。
*****
分類してみましょう。
一定時間の間隔を置いて繰り返し同じ刺激をしたとき、
どんどん反応を大きくするタイプの細胞があります。
(1)
これをManie-cell タイプと呼びます。躁タイプです。
刺激を続ければそれに応じて頑張って反応も大きくなるタイプです。
しかしいつまでも反応を増大させることはできないことなので、
いつか休止に追い込まれます。
これは頑張ったあとにうつになってしまうという
我々の観察に一致しているわけです。
学習という面では、どんどん新しい変化に対応しているので、有利な細胞でしょう。
反応を大きくすることで
刺激が中止されることも多いので、
これはこれで有用です。
これはつまり、あまりにしっぽが痛いと猫は驚いて逃げますから、刺激から遠ざかることができるわけです。
(2)次は、反復刺激に対して、冷静に一定の反応を返し続ける細胞です。
これをAnankastic-cellと呼びます。強迫タイプの細胞ということです。
同じ刺激に対して、同じ反応で返すタイプです。
しかしこの細胞にも反応の終りがきます。
反応する際には老廃物や疲労関係物質も蓄積するので、それを片付ける時間が必要になります。
その限度を超えて入力があると、やはり休止します。
(3)次に、一、二回程度反応して、あとは興味をなくしてしまうもの。
Depressive-cellです。うつタイプです。
これは上記二者に比較して、とてもおとなしく、すぐに諦める細胞です。
実際の話は、MやAのように神経が反応しても、筋肉は反応できません。疲れるからです。
D細胞は、筋肉細胞の特性をよく反映していますから、
筋肉を動かす細胞としては適しています。
アキレス腱が切れたり、肉離れしたりする前に、神経が反応を中止してくれれば、
筋肉としては助かります。
以上、MADと、反復刺激に対する一個の細胞の反応特性を、
3タイプに分類して上げてみました。
*****
さて、これらの神経細胞が脳にどのよう分布しているか、考えて見ましょう。
実際は、脳のどのあたりにどの特性の細胞が多いのかによって、
脳の機能としてかなり様子が違ってくるのですが、
今、場所は問わず、大きく全体の細胞数を考えましょう。
*****
ここで参考に、三種類だけではなく、多くの中間型も考えましょう。
たとえばひとつだけ例を挙げます。
最初はMに似た反応でしばらくするとAになり、最後はDになるというものであれば、
という形になるでしょう。
また、神経細胞には、軸索からの突起がいくつもあるのですから、
それぞれの突起で違う特性を示すこともあるでしよう。
また、ホルモンの影響などがあれば、本来その細胞の持つ特性とは別の特性を示すこともあるでしょう。
実際にはそのように複雑になっているはずです。
*****
そのような事を全部含めて、しかし話を単純化してしまいましょう。
脳に分布する細胞を分類して、縦軸に細胞数を取り、M→A→Dの軸を横軸にすれば、
各個人ごとに、どのタイプの細胞が多いのか、示すことができます。それが性格です。
(つづく)
山内教授のうつのお話-3
生体内では、たとえば次のように存在しています。
近赤外微分干渉顕鏡を用いて、神経細胞を細胞内染色する手法を用いたものです。
さて、実験で使いやすいのは、イカの巨大神経です。
樹状突起に刺激を与えて、軸索に伝わる反応を見るわけです。
それを電気刺激で拾ってもいいし、最終的なセロトニンの分泌で見てもいいのですが、電気的測定のほうがしやすいので、そのような方法を採用しましょう。
すると、普段は-70くらいの電位が、-55の敷居を越えて、+40のピークに達し、
そのあと過分極などが見られています。そのあとに不応期が来て、
そのときに新しい刺激が入ってきても、反応しません。
これを不応期といいます。
ひとつは過分極が残っているためであり、ひとつには、敷居値が高くなるので、
反応しにくくなるわけです。
これは実際の現実界で、過剰な反応を抑制するために必要な仕組みだと思います。
さて、ここまでは理解できたでしょうか。
質問があれば、どうぞ。
司会.皆さん生物学で習っているようですね。
PEY.では、ここからがうつ病の話になります。
うつ病というのは、みなさんの印象では、しょんぼりしている、しなびている、枯れている、
悲しい、元気がない、などではないでしょうか。
失恋したり肉親がなくなったり、ショックで、しばらく脱力しているのも、うつという言い方をするでしょうね。それらを「反応性のうつ」と呼んでいます。反応性のうつもうつ病の一種ですし、そうではなくて、原因がはっきりしないタイプのうつ病もあります。
実際は、イライラして怒りっぽくなったりするタイプがあり、これがうつかご家族は驚いたりすることがあります。
うつ病の場合には、不眠になることが多いのですが、ときに過眠になることもあり、また、食欲不振になることが多いのですが、食欲亢進することもあります。
実は、うつ病についての正確な定義はまだありません。
正確な定義を作るための作業委員会がデータを蓄積し解析するために定めた分類ならばあります。DSMやICDといわれるものです。しかしその暫定的診断基準によって決めた場合に、何を含んでいるか何を含んでいないか、いろいろと問題があるのです。
反応性のものをどうするか、子供のケースはどうするか、他の病気との関係が疑われるけれども、因果関係がはっきりしない場合、これらのもので、意欲がなく、興味もなく、ないてばかりいて、死にたいと言っているとき、それをうつ病と言うのかどうか、まだはっきりしていません。
おおむね、DSMでいううつは広すぎるのですが、それにも理由があり、アフリカのうつも南米のうつも中国のうつも採録すると、DSMみたいな感じになるわけです。日本で従来診断されている狭い意味でのうつ病はある程度一時期の日本に固有のものだった色彩もあるのです。
世界中を見渡して見て、「憑き物」とか「シャーマン」とか、そういった文化・地域・歴史的なものは多いわけです。例えば、何かの鳥が現れたら、一ヶ月くらい泣いてばかりいるとか、そんな反応もあるわけで、そのような文化の中で生きているとしか言いようがありません。
はっきりさせるためにも、うつ病の原因を突き止めることが必要なわけです。少なくとも、一部のうつ病はこんな原因で起こるのだとわかれば、違うタイプのものは、どこからが共通なのか、共通でないのか、違いは何に原因していて、どのような違いが現れるのか、そんな風に話は進むでしょう。
うつ病の原因は現状では謎なので、いろいろに説があります。セロトニン仮説にしても、また他の神経伝達物質のことに関しても、原因なのか結果なのか、決め手がありません。セロトニンが原因であるうつ病もあるかもしれませんし、結果としてセロトニンに異常が起こるうつ病もあるのかもしれません。
ここでは私の説を紹介したいと思います。神経細胞を反復刺激したときの反応で神経細胞を特徴付けて、それを基盤にして、躁うつ病を説明します。
司会.いよいよですが、ここで休憩を取りましょう。
山内教授のうつのお話-2
司会.神経細胞の実際の形まで分かりました。続きを名誉教授にお願いいたします。
PEY.神経細胞には小さなものから大きなものまで、短いものから長いものまで、様々あります。体の隅々まで神経が張りめぐらされ、脳とつながっているわけです。
上が脳神経や自律神経の回路です。
脳から心臓、脳から胃、などずいぶん長いものもあります。
運動神経も、脊髄から筋肉まで、たとえば、足の先までを考えればかなり長いものです。長い上に、ひざの裏などを走っているので、しばらく正座をしたりするとしびれてしまいますね。
背の高いバレーボールの選手やバスケットボールの選手は、脳から神経を通って、筋肉までの距離が長いから大変なわけです。
運動系では、大脳運動野とは別に、小脳の支配もあります。小脳回路の研究はだいぶ進んでいる分野です。
これも後で大切なので覚えておいて下さい。
さて、こうした経路のそれぞれで働きが悪くなる病気があって、
血管が詰まった場合とか、
神経細胞そのものが変性した場合などに見られます。
すると直接、その場所の機能が失われて、その場所がどんな機能を担っていたのかが分かります。
まっすぐ歩けなくなったり、吐き気がしたり、手が震えたり、ものが二重に見えたり、食事をするごとに涙が出たり、いろいろなことが起こります。
もうひとつ、その機能があるので抑制されていた下位の機能が現れるという事情もあり、症状の観察を難しくします。ジャクソニスムと呼んでいます。
よく、脳血管障害で片麻痺になったことの膝蓋腱反射をやってみたりしていますね。ひざを打鍵基で叩くと、普通以上にポーンはねてしまうわけです。そういうのが脱抑制症状ですね。
それでかなりのことは説明できるんですが、うつ病、躁うつ病、統合失調症、てんかんなどは正確な病気のしくみがまだよく分かっていません。
そこで、今日は躁うつ病について、すこし解説してみようと思います。
司会.ここでお昼ですので、食事のあとにもう一度はじめましょう。
山内教授のうつのお話-1
山内.理論は空です。癒すのは人格です。話すことは本当はなにもないのです。
司会.いえいえ、いつもの謙抑には恐れ入ります。あとでモーツァルトの弦楽四重奏曲を生演奏してくださるとのことで、高校生の方々がお待ちです。
山内.最近は少しばかり思うところを。短時間だけ。
司会.ではどうぞ。Professors emeritus Yamauchi.
ドイツ語ならProfessor emeritiert Yamauchi.PEYと略称して記載します。
PEY.いま紹介にあずかりました山内でございます。今日は皆さんの勉強の進み具合も分からないので、まったくの基礎からということにいたします。
うつ病は脳の病気だということはご存知ですね。
脳というのは、頭蓋骨の中にあるもので、こういうものです。
脳だけを示すと、これです。色はもっと白っぽい感じ。
ざっくり部分に分けるとこんな感じ。
いろんな動物に脳があります。
見ただけでは、何をしているのかよく分かりません。
しかし、脳のある部分をピストルで傷つけられたり、
脳腫瘍で細胞をとってしまったりした後で、
どんな症状が出るかを調べると、
どの部分がどんな機能に関わっているのか、
おおよそ分かってきます。
優位半球というのは、
利き腕を支配している半球のことで、
右利きの人なら、左半球ですね。
交差しています。
おもしろいですね、どうして交差しているのでしょう。
右半球と左半球と二つあるのはどうしてなのか、
これは猫でもマウスでもありますから、
どうしてなのか、何の役に立っているのか、
よく分かりません。
でも、肺も腎臓も二つありまして、
むしろそのほうが自然ですね。
心臓や肝臓がひとつだけだということが、不思議なくらいです。
ひとつだけあるとすれば、左右が融合して、真ん中にあるはずで、
心臓や肺は、真ん中あたりにできて、内蔵全体が回転したわけです。
司会.なるほどそれで対称性が崩れているわけですか。
PEY.そうですね。しかし脳は、形は左右対称ですが、機能は左右対称ではありません。左右対称に似たところもあります。そのあたりはまたあとで考えてみましょう。
さて、この脳というものは、なんでできているのか、どのような仕組みになっているのか、知りたいと思いますね。手で触っていても、お豆腐のようなもので、よく分かりません。そこで、顕微鏡で見ます。見えやすいように、染色します。電子顕微鏡で見るときは、凍結させてそれを割ったりします。すると、脳は神経細胞でできていることが分かります。
ここでは染色して見やすくした神経細胞を示しましょう。
脳は脳神経細胞からできています。情報を伝達したり、計算したりするわけです。
そのほかに、神経細胞に栄養を補給したり、傷つけられた細胞を修復したりしたり、髄鞘(ずいしょう)といわれる神経細胞の軸索(じくさく)の周りを包んでいる絶縁体を作る細胞があります。
樹状突起というほうから情報が入力されて、
内部で処理されて、
つまり、細胞の中で、こっちの情報のほうが大事だ優先だとか、
この二つの情報が来たから、反応はこうしようとか、
あの情報の後でこの情報が来たから、無視しようとか、
そんな「判断」や「処理」みたいなことが起こります。
処理された信号が軸索方向に伝達されます。
軸索の最後は、別の神経細胞の樹状突起に接していて、
そこに微妙な隙間があって、シナプス間隙といいます。
シナプス間隙を神経伝達細胞の、
セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン、GABAなど、いろいろな物質がつないでいるわけです。
下は小脳の図で、かなり研究が進んでいます。
いつものように自動車に乗り、急ブレーキをかけたりしているのも、この部分です。
司会.どうして直接電気信号でつながないのですか?そのような生物のほうが能率がいいのではないでしょうか。そもそもそうなれば、シナプス部の異変として考えられている病気がなくなるわけですね。
PEY.まあ、そうかもしれませんね。
司会.あ、分かりました。病気があったとしても、シナプスがあったほうが、もっと利益があるんですね。
PET.結局、このような神経細胞を混み合わせて、現在の脳の機能が全部説明できるだろうという説と、そんなことはとてもできない、神経細胞は単に神経細胞で、どのように集めても組み合わせても、自意識や道徳意識、信仰の意識が発生するとは思えないとする説まで、いろいろです。こんな細胞を階層的に組み合わせ、脳の機能を発生できないか、コンピュータ関係の人たちはトライしています。かなりの成果もあるようです。
司会.ちょうど時間となりましたので、休憩を挟んで続けたいと思います。
弱いところに症状が出る
体力と気力が衰えたとき
たとえばヘルペス、じん麻疹、
また下痢、胃痛、頭痛、肩こり、腰痛、
うつ、幻聴、
大体同じ場所に同じ症状が出ることも多い。
一方で、逍遥すると言われるように、
出る場所が次々に浮動する場合もある。
つらくなった時に同じ行動をする人も多い。
つらい時に限ってパチンコで大金をなくしたり。
つらい時に限って結婚してもっとつらくなったり。
人は繰り返すのである。
繰り返しているうちにますますくり返しやすくなる。
履歴現象であり、キンドリングであり、アルコール症も、リストカットも、過食嘔吐も、そうである。
以外に少ない行動レパートリーを何回か繰り返して、人生は終わる。
実際に終わる。
終わってみて、単純なからくりだったなあと思う。
これから本気で生きようと思ったのにと思ったりしている。
終わらないうちに古典を読みたい。