広瀬先生 気分変調症について
広瀬先生のセミナー 気分変調症について
1 はじめに
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「気分変調症」という日本語は,ご存じのように1980年のDSM-Ⅲ以後にできた名称だが,英語のdysthymiaという言葉には,実はもっと長い歴史がある。私は,気分変調症という言葉は必ずしもdysthymiaの訳語として適したものではないと思っているので,できるだけdysthymiaと呼んでいる。
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そのdysthymiaは,感情障害あるいは気分障害の中での泥沼地帯といっても言い過ぎではない,非常に混乱した,意見の一致をみない分野であると思う。そのようなテーマについて話をするのは,私としても非常に荷が重いが,泥沼というのは干潟に例えられるのではないだろうか。確かにそこに入っていく人間にとってはあまり気持ちのいいものではないが,有明海の問題でも象徴されるように,そこはいろいろな意味での宝庫で,宝が隠されているともいえると思う。そういう意味で,この分野はこれからますます研究の対象になるべき分野であろう。
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2 Dysthymiaの歴史
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前述したように,dysthymiaという言葉にはかなり古い歴史があり,ヒポクラテスの時代からあったという。Melancholiaというのは,実はphobiaとdysthymiaと一緒にしたものであるという意味で,moodの面はdysthymiaで代表されていたといえるかと思う。Dysthymiaという言葉を近代医学に最初に登場させたのは1844年のドイツのFlemmingで,彼は感情障害という広い意味で使っていた。ちなみに彼はmaniaを「感情と知能の障害」という意味で使ったといわれている。
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Kahlbaumが1863年にdysthymiaという言葉を使っているが,これは慢性のmelancholyという意味であり,彼がはじめて現在と同じく「慢性」という意味で使ったといえる。ちなみに,彼はcyclothymiaやhyperthymiaという言葉も使っている。
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なおKraepelinは,DysthymieではなくVerstimmungを使っている。彼自身はKonstitutionelleverstimmungという意味で使ったのを,英語に訳される段階でconstitutional dysthymiaとなったようである。その用語を使って,体質的な持続性の不機嫌状態,抑うつ的な不機嫌状態を説明している。近年Akiskalがこのあたりを非常に重視し,自分の考えを発展させているといえるほどである。
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1952年には,Weitbrechtがご存じのように,endoreaktive Dysthymieという言葉を使っている。今世紀になって本当の意味でdysthymiaを使ったのはWeitbrechtが最初ということになるが,文字どおり内因性でも,反応性に起こる心気状態を中心としたうつ状態で,うつはわりに軽いというものである。現在ではあまり使われないが,これがその後,Tellenbachの内因論(内因性であっても状況因で誘発されてくるという)の先駆けとなったという意味で,非常に重要な概念といえる。
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そしてそのあと,DSM-Ⅲにはじめてdysthymiaが登場するわけだが,1978年のRDCにchronic intermittent,minor chronicの気分障害という意味で,すでに概念はできていた。それがDSMⅢでdysthymia,そしてそれに対立するものとしてcyclothymiaというふうに分類されてきたのである。ただ,このDSM-Ⅲでは,dysthymiaのところに括弧つきでdepressive neurosisという付記があり,これがDSM-Ⅲ-Rまで続いた。DSM-Ⅱではdepressive neurosisがあり,それを引き継ぐという意味で付記されていたのである。
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3 DysthymiaのDSM-Ⅲ登場へのAkiskalの貢献とその後の変遷
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DSM-Ⅲにdysthymiaが登場する根拠となった論文はいくつかあるが,直接的に大きなインパクトを与えたのが,Akiskalらの1978年の“The nosological status of neurotic depression-A prospective three to four-year follow up examination in light of the primary-secondary and unipolar-bipolar dichotomies”という論文である。また,Klermanらの1979年の“Neurotic depression:A systematic analysis of the multiple criteria and meanings”という論文も大きな影響を与えたといえる。
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表1もかなり有名なデータで,Akiskalらは従来neurotic depressionといわれた基準に厳密にしたがって診断した100例を2,3年フォローアップした。フォローアップの期間は必ずしも長くないが,それでもこの100例のうちprimary affective disorderは40例もある。そしてTypeⅡのbipolarが14例である。Unipolarのほうが22例で多いが,bipolarもそれに近い数字がある。Neurotic depressionというと単極性うつ病との鑑別が昔から議論されたが,bipolarになるということが重要で,neurotic depressionという診断に対する疑義を提出する根拠となったということがいえるかと思う。
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表1 略
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また,non primaryには,non affective disorderとして神経症的なものがあるわけだが、一方でprobable depression,intermittentが10例あり,抑うつ的なもの,特に内科・外科疾患に二次的に起こってくる抑うつも少なくないことがわかる。いずれにしても厳密な意味でneurotic depressionと診断しても,フォローアップするとかなり別なものに変わっていくということが,このデータで示されている。
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DSM-Ⅲでは,dysthymiaは気分変調症として,cyclothymiaとともに脇の方に置かれていた。非特異的な慢性状態として辺縁に置かれていたのが,DSM-Ⅲ-Rになって気分変調症がうつ病性障害,気分循環症が双極性障害に分類され,大うつ病と気分変調症が対立されるような形になってきて,一挙に格上げされた形になった。
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DSM-Ⅲ-Rでは原発性,続発性があったが,DSM-IVではこれがなくなり,その代わりに非定型病像atypical featuresを伴うものが加わってきたが,後述するようにこれがかなり重要な意味をもっていると思われる。
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4 Akiskalの慢性うつ病の分類
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Akiskalが,慢性うつ病を先ほどのフォローアップに続いて,さらに図1のように分類をしたということもかなり有名だが,彼は慢性気分障害をearly onset,late onset,それからその中間というもので分類した。Early onsetはcharacterological depression(性格因性うつ病)といわれ,性格的な問題が中心である。そのうち抗うつ薬に反応しないものを性格スペクトラム障害,反応するものをsubaffective dysthymiaと呼んだわけである。本格的なaffectiveというほどではない,軽いdysthymiaということだろう。普通unipolar dysthymiaと考えるところだが,彼の場合には,ここにsub-bipolar dysthymiaを位置づけて,気分循環性障害あるいはbipolarⅡあたりにまで結びつける,いわゆるbilpolar spectrumという概念となるところが非常に特徴的なわけで,臨床的にはそれに合致するものが確かにみられる。
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図1 略
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表2は,彼のsubaffective dysthymiaとcharacter-spectrum disorderの特徴について記している。前者の家族歴は感情障害が多い。後者の家族歴にはアルコール依存症が多いということである。人格は,前者の方が安定して三環系抗うつ薬にも反応し,予後も良い。REM潜時の短縮があり,抗うつ薬による軽躁がありうる。後者は人格的に非常に不安定で,薬にも反応しない。
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表2 略
図2 Akiskalの概念を中心にした慢性うつ病の経過シェーマ 略
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図2は,彼の考えに基づいたシェーマである。彼は,subaffective dysthymiaは三環系抗うつ薬で躁転があるということを最初のころ述べている。それに対してDSMなどのdysthymiaはうつだけであるという点が異なる。そして,dysthymiaに大うつ病が乗っかるのがdouble depression(重複うつ病)という,Kellelらが1982年に名づけた1つの概念だが,これはまたかなり重要な意味をもっていると思う。それに関しては後述する。
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Primary depressionつまり大うつ病がある程度良くなったあと,完全に良くならずに残遺状態で慢性化するというのはよくあるケースだが,これを彼は慢性のdysthymiaと呼んでいる。
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5 DSM-IVにおけるdysthymiaの経過上の定義
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ところがDSM-IVでは,こういう残遺状態で遷延するものはdysthymiaに含めないとした。大うつ病のあとにこういう軽症うつ病が持続する場合でも,dysthymiaとするには,大うつ病の前に2年以上のdysthymiaの経過がなければいけないということである(図3のC)。Kellerらがdouble depressionと名づけたときの定義を採用しているわけだが,これが2年未満だと,多少前駆症状の軽い抑うつがあっても,これを大うつ病の慢性と呼ぶことになる(図3のB)。
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図3 DSM-IVにおける大うつ病(慢性)と気分変調症 略
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実際の臨床では,こういったものでもdysthymiaとdouble depressionと呼んでいいものがあると思うが,操作的診断なので区切られているわけである。良くなる期間はあるが,これは2ヵ月以内。この期間があまり長いとdysthymiaにならない(図3のD)。そして成人の場合はこの慢性状態が2年以上なければいけないということで,かなり年数で仕切られていることになる。
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実態がどうなのかということの方が重要なはずだが,dysthymiaの定義は経過で決められてしまうという部分がかなり大きい。
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6 Dysthymiaの症状と診断
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DSM-Ⅳの気分変調性障害の診断は,かつて躁病エピソードや軽躁があってはいけないということである。あとでbipolarになるのはいいのかもしれないが,それは明言されていない。
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一方,うつ病によくあるような症状が2つ以上存在することが条件ということは,大うつ病よりも必要な症状の数が少なくなっているということで,内容はあまり変わらない。したがって大うつ病の軽い状態が長く続くものとDSM-IVではとられてしまうが,これでは実態を反映しているとはいえない。
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表3 気分変調性障害の診断基準Bの代案
B.抑うつ期間中に,以下の3つ(またはそれ以上)が存在する
(1)低い自尊心または自信,または不適切であるという感じ
(2)悲観主義,絶望,または希望のなさ
(3)全般的な興味またはよろこびの喪失
(4)社会的ひき・こもり
(5)慢性の倦怠感または疲労感
(6)罪悪感,過去のことをくよくよ考える
(7)いらいらしているという主観的感覚,または過度の怒り
(8)低下した活動性,効率,または生産性
(9)思考困難で,集中力低下,記憶力低下,または決断困難に反映される
(DSM-Ⅳ,付録B,1994)
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付録に代案が示されていて,こちらは自律神経症状などの身体症状があまりなくて精神症状が中心になっている。要するに自信がない,悲観的であるとか社会的ひきこもりがあるなどである。倦怠感,疲労感は身体症状ともいえるが,それ以外はみな精神症状である。集中力の低下,記憶力低下,自責的である,くよくよ考える,いらいらしやすいなどが代案では考えられている。この両方を併せてみると,dysthymiaのイメージがはっきりしてくると思う(表3)。
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7 抑うつ気質(depressive temperament)の復活
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一方,Akiskalがまとめた中核的な特徴は,長期間にわたって動揺または持続する軽症うつ病。軽症うつ病というと少し語弊があるが,抑うつが軽いということであろうか。また,もともと陰うつな性格である,過去のことをくよくよ考え自責的になりやすい,気力低下と疲労,低い自尊心と失敗へのこだわり,悩むことが習慣となっている,などである。
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Kurt Schneiderはdepressive Psychopath,抑うつ型精神病質人格という類型を記載したが,そこに準拠しているということがいえるかと思う。抑うつ気質,抑うつ性格ということが,また復活してきたという感じがある。
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図4 抑うつ気質と気分障害の関係模式図 (Akiskal) 略
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Akiskalのシェーマ(図4)でみると,temperamentが最近復活され,強調されてきたと思う。Temperamentがあって,それからdysthymiaあるいはminor or brief depression,さらにはmajor depressionが生じる,そしてdysthymiaから,あるいはmajor depressionからでも,二次的な障害として対人関係のいろいろな困難な問題,状況が起こってくる。それがさらにうつ病のほうに悪循環をもたらしていく。そういうシェーマである。
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DSM-Ⅳの付録には,抑うつ性人格障害が入っている。本文の方には入らなかったが,これをみると,Akiskalのいった特徴もあるし,非常にdysthymiaに似ている。ただし,「大うつ病エピソードの期間のみに起こるものではなく」,あるいは「気分変調性障害ではうまく説明されない」という但し書きがあってはじめて,抑うつ性人格障害は成り立つわけで,実際には気分変調性障害との区別は非常に難しくなる。一方で,気分変調性障害がうつ病なのか性格・人格障害なのかという疑問は現在なおあるが,これをみていると,それも当然といえよう(表4)。
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表4 抑うつ性人格障害の研究用基準案
A.抑うつ的な認知および行動の広範な様式で,成人期早期までに始まり,種々の状況で明らかになる。以下のうち,少なくとも5項目(またはそれ以上)によって示される。
(1)通常の気分は,憂うう,悲観,快活さのなさ,不幸な感じが優勢である。
(2)不適切さ,無価値観,および低い自尊心についての確信が自己概念め中心を占める。
(3)自分に対して批判的で自責的で,自分で自分をけなしている。
(4)くよくよ考え込み心配してしまう。
(5)他の人に対して拒絶的,批判的で非難がましい。
(6)悲観的である。
(7)罪悪感または自責感を感じやすい。
B.大うつ病エピソードの期間のみに起こるものではなく,気分変調性障害ではうまく説明されない。 (DSMIV,付録B,1994)
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8 Dysthymiaと重複うつ病の有病率
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疫学的には,大うつ病と同じように,dysthymiaは女性の方が大体多く,全体としては表5のような生涯有病率になる。国によってずいぶん違うが,それでも2桁になることはない。
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表6は,重複うつ病と大うつ病との比較での気分変調症の疫学的データである。 Angstらのは地域の一般住民についての調査の疫学データである。KleinらのDSM-IVのfield trialsのデータは外来だけのセンターに来る患者を調べたものである。臨床の場面では重複うつ病は非常に多いが,地域の調査では気分変調症の方が多くなっている。
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表5 気分変調症の生涯有病率の性差
表6 気分変調症の疫学
表7 Double depression
いずれも略
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表7もAngstのデータだが,表6の値よりも少し多くなっている。やはりdouble depressionの方が少ない割合になっている。治療されているかどうかという割合をみると,double depressionが最も治療されやすいということになる。重篤な状態になる可能性のせいで多いのではないかと思われる。よくいわれることだが,大うつ病は見逃されやすいわけである。自殺企図については,ここではdysthymiaではmajor depressive disorderよりも少なく,double depressionで最も多いという結果である。
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入院している例もdouble depressionが多く,dysthymiaのほうがmajor depressive disorderよりも多くなっている。したがって,dysthymiaを軽症うつ病とすると,外来ですむ症例ということになるが,実際はそうではなく,入院している例がかなりあるわけである。普段は外来ですんでいても,突然,自殺企図,過量服薬などで入院してくる例や後述する人格障害を伴っていて,その問題で入院せざるをえなくなる例もあるのだろう。そのようないろいろな事情で入院が増えると思われる。
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9 重複うつ病(double depression)の特徴
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Dysthymiaと大うつ病が併存したのが重複うつ病であり,dysthymiaの8割ぐらいが大うつ病を併存するというデータもある。そうなると,両者は違ったものなのかどうかという疑問が当然湧いてくる。同じものであれば重複うつ病という概念もなくなるわけだが,dysthymiaと大うつ病を別だと考えると,重複うつ病も当然認めなければいけない。そうすると,重複うつ病のいろいろな臨床的特徴が浮かび上がってくる。大うつ病の病相はそれほど長<はないのだが,重いというのが定説になっている。それで自殺企図の危険率も高いということになる。
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大うつ病からの回復はそれほど難しくない。しかし完全に治るのではなくて,もとのdysthymiaのレベルまで回復するという意味である。また,dysthymiaのままでいると,大うつ病が再発しやすく,予後は良くないということになる。Dysthymiaからの完全な回復は非常に難しい。
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Dysthymiaは,DSM-IVでは早発型と遅発型を21歳で分けているが,圧倒的に早発型が多い。小学生の頃から始まっているということも少なくなく,不登校などの若者のdysthymiaを早く的確に治療すれば,大うつ病,重複うつ病になるのを予防でき,予後を良くすることにつながる。若者のdysthymiaに対する我々の診断能力や関心を高める必要があるということがいわれているが,もっともなことだと思う。
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10 Dysthymiaとアルコール依存症とのcomorbidity
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表8は,アルコール依存症との問題をみている。Melancholyを伴うものと伴わない大うつ病とアルコール依存症とのcomorbidity,それからdysthymiaとアルコール依存症とのcomorbidity,no depressionはアルコール依存症だけを意味する。自殺企図は,dysthymiaとアルコール依存症とのcomorbidityで最も多いということになる。その次がアルコール依存症だけということで,大うつ病,特に内因性の要素の強いmelancholy的な色彩をもっうつ病では,自殺企図が最も少ないということがわかる。Dysthymiaはいろいろな病態とのcomorbidity,あるいは人格障害とのcomorbidityというのが問題になるが,アルコールについてもcomorbidityがあり,それが自殺に結びつきやすいということが表8から読みとれる。
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表8 アルコール依存症とうつ病のcomorbidityと自殺行動 略
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11 Dysthymiaと人格障害とのcomorbidity
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表9は,dusterBの人格障害を伴うものと伴わないものの比較である。ClusterBはボーダーライン,ヒステリー的なもの,自己愛的なものというカテゴリーだが,そういうものと併存しているdysthymiaとpure dysthymiaでみると,併存している方が結婚をしていない人が多いが,離婚は有意差がないということになっている。また,人格障害を合併しているものの方が早発であるということもいえる。社会経済的な状態は最も低くなっている。Comorbidityがある方が低い。全体のGAFの得点もこちらが低い。ただし,Hamiltonの得点はだいたい同じようなものである。
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表10は,人格障害をどのくらい伴っているかを,大うつ病とearly onsetのdysthymiaで比較したデータである。これでみると,dysthymiaのほうがdusterBの人格障害を伴っている率が高い。特にボーダーラインとヒステリーで高いことがわかる。また,dusterCでも回避性人格障害を伴うことが多いということになる。
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12 症例提示
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症例は,現在,36歳の男性。妹が分裂病である。彼は帰国子女(妹も)で,5歳のときに父親の転勤に伴ってアメリカに行き,中学校1年のときに帰国している。
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最も影響を受けやすい年齢のときに外国に行って帰ってきたということになるが,高校3年の夏,受験勉強中に抑うつ気分,疲労感が出現し,有名私立大学に入学したものの,疲労感などのために休み始め,精神科の外来に通院。一時,軽躁状態などもあったというが,希死念慮も出て第1回の入院に至った。病棟の環境あるいは医療者の言葉に非常に過敏に反応し,それで抑うつが悪化するのが特徴であった。
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結局,休みが多いということで大学を退学し,就職しようとしたのだが,何をやるかということを考えると抑うつが悪化するため,結局,モラトリアムを長くするということで他の私立大学に入った。そこでも休みが多かったが,6年かけてなんとか卒業をした。しかし就職活動をやろうとすると具合が悪くなり家でひきこもりがちになるということで,外来に通院していたが,本人が来られないこともあった。ただ,小さな甥が来るときには比較的元気に相手をするというように,状況によってうつ状態が変わるという面があった。ただし,良い状態は2週間ともたず,うつ状態が続き,外来に通院できないということで,入院に踏み切ったというケースである。
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今回の入院でも,病棟内での生活に非常にsensitiveになり,挨拶できないと嫌われると思い,それによって気分が変動することがあった。Fluvoxalnine1日150mgの投与で徐々にそういった症状がとれて楽しめるようになってきたが,自己評価は低く,他人からどうみられるかについていつも不安を抱いている。
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ただ,3ヵ月間の入院で将来の展望がみえてきたということで,一応,外来に切り換えた。私は最初の入院のときから18年間関与しており,今回,入院して,ある程度良くなったのだが,今後の見通しについてはなお非常に心許ない。
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この症例はdysthymiaといっていいと思う。しかし,最初に入院したときが重複うつ病の時期とすると,その前の抑うつは2年間はなかったということで,DSMのクライテリアにはあたらない。しかし全体的な経過でみると,やはりdysthymiaといわざるをえないと思う。
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13 Atypical depression(非定型うつ病)について
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Atypical featuresがDSM-IVから加わり,atypical depressionというものが公式にやっと認められたわけだが,実は古い概念で1959年にイギリスのWest&Dallyらが発表したものである。その当時のうつ病の治療はECTが中心だったが,それに反応しない,あるいは当時出てきたMAOIであるiproniazidに反応するということで注目された。不安症状や過食,過眠,性欲充進などの逆転した自律神経症状を示し,あるいは依存的,不安定,ヒステリー性格などの性格病理を示して慢性経過をとるという経過をたどる。
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1982年にはDavidsonらがこの中には矛盾する要素があるということで,不安が強いタイプをA型,逆転した自律神経症状を伴うタイプをV型(reversed vegetative typeの意)に分けた。双極性があって,双極性の場合には抑制が強く,逆転した自律神経症状,いわゆる過眠でひきこもってしまう,というような例である。
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Quitkinらは,atypical depressionにhysteroid dysphoriaを入れたが,このhysteroid dysphoriaはわりに役立つ概念である。拒絶に対する過敏さ(rejection sensitivity)があり,多少精神病理学的な症候を拾っていると思う。そして過食,過眠があったりする。この場合,自己評価はいつも低いのではなく,他人の承認によって左右される。他人に認められると途端に元気になるが,批判されるとすとんと落ちてしまう。そしてヒステリー的な部分があったり,アルコールや薬物の依存・乱用を伴ったり,自殺のゼスチャーとか自傷行為を起こしたりする。ボーダーラインほどの激しさはないのだが,こういう傾向を伴ったうつである。それをhysteroid dysphoriaと呼び,atypical depressionに含められる(表11)。
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DSMIVで非定型病像が取り上げられたが,rejection sensitivityはここでも記載されている。また非常なだるさがあり,これを「鉛のように重く麻癖した」という意味のleaden paralysisという言葉で表している。このだるさは身体症状なのか精神症状なのか,微妙なものがある(表12)。
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表11 Hysteroid dysphoriaの特徴
1.極端な拒絶に対する過敏
a.拒絶に反応して突然抑うつに
b.反応は過食(せ味への欲求)、過眠(床についている時間の方が長い)またはエネルギー喪失(極端な疲労、麻痺したような無気力)
2.過去2年間に拒絶に関連して4回以上のうつ病相
3.自己評価は他人の承認に左右される
4.抑うつは自生的ではない
5.ヒステリー的、派手、でしゃばり、誘惑的、自己中心的で要求がましい等の性質をもつ正常範囲の性格
6.以下のうち最低3つをもつ:アルコール、大麻または鎮静剤を抑うつ時に乱用、中枢刺激剤を時に乱用、正常な時期でも気が大きく活動的、正常体重を維持するために慢性的なダイエットが必要、社会的判断の悪さ、周囲の賞賛に励まされ報いられる思い、抑うつ時にひきこもる、自殺のゼスチャーや脅し、抑うつ時に自傷
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表12 DSM-IVでの「非定型病像が特定される気分障害」の診断基準
A.気分反応性(すなわち何か良いことが起こったり、起こる可能性があることに反応して気分が明るくなること)
B.以下の症状のうち2つ
(1)あきらかな体重増加、あるいは食欲充進
(2)過眠
(3)だるさによる麻痴状態(leadenparalysis:すなわち、手足に重苦しくだるい感じがすること)
(4)長年にわたる拒絶されることに対して過敏な対人関係のパターン(気分障害のエピソードの期間に限定されない)で、これにより社会的、・職業的機能の重大な障害を生じる C.同じ病相期に、メランコリー病像や緊張病像の診断基準を満たさない
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14 「逃避型抑うつ」について
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図5は,私が大雑把なシェーマを描いたもので正確ではないが,気分変調症が大うつ病とかなりオーバーラップすることを示している。また非定型うつ病や双極Ⅱ型とも少しオーバーラップしている。私が以前から提唱してきた「逃避型抑うつ」はわりに非定型うつ病とオーバーラップするが,一部はやはり気分変調症といえる部分もあろうかと思う。
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〔症例提示〕
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症例は逃避型抑うつといえるエリートサラリーマンのケースで,出社拒否,出社困難症の形をとることが多い。31歳までは多少の気分変動があったが,無難にきた。会社でいろいろ責任が増えたり,子どもが生まれたり,ローンの負担の多いマンションを買って転居したり,といったライフイペントが重なったあと,嘔気,発熱などの身体症状を伴い,仕事を先延ぱしにする,仕事を机の中に入れてしまって進めない,上司にも相談しないという状態になった。上司の勧めで会社の医務室を訪れた。「朝,起きられない」「不快」などの理由で欠勤が頻繁となり,会社への連絡は妻にさせて寝込んでしまう。しかし週末は家族とドライブに行くなど比較的,行動的なので,抑制は状況によってかなり違っている。一方,久しぶりの出勤に際しては,会社の近くで足がすくみ非常に強い不安恐怖が起こってUターンしてしまう。これは出勤拒否というより,出社困難である。軽躁状態と思われるときには好調に仕事をこなすこともある。長い経過になってくると,欠勤に至る契機はさまざまである。最初は会社の問題だけか,あるいは上司との問題が中心かと思ったときもあったが,そうではなくて家庭内の問題でも起こったりする。
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図5 気分変調症と近縁の類型シェーマ 略
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Rorschachtestでは,自己中心的で,強い成功願望と父の仕事を継がなかった負い目や失敗恐怖が認められる。自己愛的な傾向があるといえる。
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逃避型抑うつと関連するものとして,先に述べた非定型うつ病(V型)がある。寝込んでしまうわけだが,実際には出社に際しては非常に不安恐怖が出るので,A型の特徴も伴う。この2つのタイプは完全に人によって分けられるということでもなく,1人の人が時期を異にして両方を示すということがあるのではないかと思う。また,双極Ⅱ型,弱力性ヒステリー,自己愛性,境界パーソナリティ構造が,病理を説明するには便利な概念ではないかと思われる。このタイプは女性に非常にもてる。具合が悪い間に結婚することもあるし,あまり離婚にならない。妻が非常に過保護にするということがある(男性性の問題)(表13)。
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表13「逃避型抑うつ」が関連を有するもの
o非定型うつ病(V型、A型、Hysleroid dysphoria)
o双極II型障害
o弱力性ヒステリー
o自己愛性人格障害
c境界パーソナリティ構造(high level BPO)
o(アパシー、退却神経症)
o過保護な養育環境(エリート)
o男性性の問題
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15 境界パーソナリティ構造(borderline personality organization,BPO)との関連
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表14の境界パーソナリティ構造はKernbergが提唱した概念だが,同一性拡散があって仕事や職業に没頭できず,人生の方向性が不確実である。倒錯した性生活というのはあまり遭遇したことはないが,不安耐性や衝動コントロールの欠如,昇華機能の欠如があり,要するに仕事上の安定性がない。しかし高水準,ハイレベルのものは同一性拡散はあっても自我機能が発達して,比較的,適応できるものもある。ときどきそういったぼろが出るという程度である。私が診ていたエリートサラリーマンは,このハイレペルのものなので,一見,問題が目立たないが,先ほどのようなケースとして現れるということである。
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表14 境界パーソナリティ構造(borderlinepersonalityorganization)
1.同一性拡散:
a.仕事や職業に没頭できず、人生の方向性が不確実
b.多形に倒錯した幼児的傾向を伴った混乱した性生活
2.自我脆弱性の非特異的現れ:
不安耐性や衝動コントロールの欠如
昇華機能の欠如(仕事上の安定性、・|亘常性、創造性の欠如)
注)ただし、高水準(high level)のものは同―性拡散はあっても、自我機能が発達し、超自我も統合され、よい適応のものがある。 (Kernberg,O.1995)
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表15 パーソナリティ構造の分類 略
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神経症と精神病というように,今までは二分法にしがちだったが,その間にKernbergのBPOを入れるとわかりやすい。逃避型やdysthymiaも一部はそのように考えられよう。現実検討能力はあるが,防衛機制が分裂,splittingを使うということである(表15)。
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そのために危機感がなく,会社を休んでいるときでも,ぬけぬけとしているという感じがある。また同一性の獲得が十分ではないということで,仕事に対する取り組みに問題が起こってくる。前述した18年間具合が悪かった例も,やはりアイデンティティの問題がある。それには帰国子女であったということが影響しているのではないかと思うが,これだけ長くなってしまうと,それだけではなく,遺伝的な体質の問題もあるということになるのだろう。
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16 治療と予後
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Akiskalがdysthymiaを性格的な問題ではなく,うつ病の範囲だという証拠をいくつかあげたが(表16),その一つは家族負因に感情病圏のものがあるということである。大うつ病の負因も結構ある。ただ,大うつ病とdysthymiaの家族負因を比べてみると,dysthymiaの家族もdysthymiaが多いという文献も多少ある。十分ではないが,いずれにしてもこういった生物学的な変化を伴うものが証拠になっているわけで,重複うつ病の経過をとる可能性もあると書いてある。これを除けば,あとのものはむしろ予後がいい証拠ともいえるが,一般的には先に述べたように,予後不良に傾くとみられている。
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表16 Evidence of considering dysthymia as a subaffective disorder
●Familial affective loading
●Phase advance of REM sleep
●Diurnality of inertia,gloominess and anhedonia
●TRH-TSH challenge test abnormalities
●Prospective course complicated by recurrent major depressive episodes
●Positive response to sleep deprivation
●Positive response to selected thymoleptics
●Treatment-emergent hypomania (Akiskal 1994)
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薬が効けば慢性にはならないわけだが,表17によると,imipramineも効いていることが示される。しかし,atypical depressionの最初の定義(ECTが効かなくてiproniazidに効いた)から,atypical depressionではMAO-Aが非常にいいといわれており,表17でもこのような成績なので,わが国でも早くMAO-Aが出るのが期待される。
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しかし,実際には,非常にsensitiveな軽症で慢性のうつ病の人には,副作用という点から考えると,SSRIのほうが使いやすいのではないかと思われる。
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表17 気分変調症に対する抗うつ薬の有効性:主なプラセボ比較二重盲検試験の結果 略
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17 まとめ
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Dysthymiaが性格・人格障害なのか,うつ病,大うつ病と同じではないか,などといろいろな議論がある中で,一応,独立性を認めたうえで大うつ病との重畳(double depression)などを認め,予後がかなり重篤であるといった特性を考慮していくのが,臨床的には大事ではないかと思われる。またcomorbidityの問題では,これがあると予後は悪いし,実際に頻度も多いということで注意しなければいけない。
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また,非定型うつ病の特性をもちやすく,軽躁病相もありうる。Dysthymiaといっても,抑うつ性人格といわれるようなものから非定型うつ病の様相を呈するもの,ヒステリー的な部分もあるようなものまで,かなり幅が広く,heterogenousであって,軽躁病相もありうる。若者に多い病気なので,アイデンティティの問題にも目を向ける必要があるといえるだろう。これはあまり外国ではいわれていないことでもある。
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薬物療法ではSSRIへの期待がもてる病態であるということがいえる。
心の理論
そうではなくて、ある特定の問題を指し示す言葉である。
何の問題かと言うと、他者の心の状態を類推する心の働きをいう。
心の理論なんていわないで、
他者心理類推論とでも言っておけばいいのだけれど、
なんとなくかっこいいというので、
そのままになったらしい。
その程度の未熟な話である。
サリーとアン課題という有名な課題があって、
これは検索するとすぐに出る。
実際すぐに出たので、ペーストしておくと、以下のようである。
サリーとアン課題
- サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいました。
- サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
- サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移しました。
- サリーが部屋に戻ってきました。
- 「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」と被験者に質問する。
正解は「かごの中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える。
スマーティ課題
- 前もって被験者から見えない所で、お菓子の箱の中に鉛筆を入れておく。
- お菓子の箱を被験者に見せ、何が入っているか質問する。
- お菓子の箱を開けてみると、中には鉛筆が入っている。
- お菓子の箱を閉じる。
- 「この箱をAさん(この場にいない人)に見せたら、何が入っていると言うと思う?」と質問する。
正解は「お菓子」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「鉛筆」と答える。
多くの場合、4、5歳程度になると、この2問に正解できるようになるが、心の理論の発達が遅れていると、他者が自分とは違う見解を持っていることを想像するのが難しい為に、自分が知っている事実をそのまま答えてしまう。
心の理論の障害が想定される自閉症の子供は、高年齢になっても誤答する割合が高い。ただし、知的障害を伴う低機能自閉症の場合、質問の意味自体を理解できていない場合もある。
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簡単に言うと、
「その人の心になって、考えて感じてみる能力」であり、
その人はまだこのことは知らないのだから、こうするはずというような推理が出来るのが
心の理論が働いている状態である。
この部分が欠損していると、
上のような質問でおかしな結論を語る。
また、日常生活で、おかしな言動が起こる。
集団生活を送る上で役に立つ機能である。
他人の心が推理できて共感できるのは大変基本的な機能だからだ。
神経基盤について要素的に説明したがる学派と、
そんなことには興味のない学派があり、いろいろな意見がある。
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同じ会場で
メンタリゼーションについても議論されていた。
これもあとほんの少しでいいから限定的な形容詞を付けてくれるといいと思うけれど。
他者に心的状態を認めたり、その状態を推論したりすることをメンタライジングという。
心の理論と同じようなこと。
他者に心的状態を認めたり、というのは、おもに子供の発達心理学だから、このようないい方になる。
メンタライジングは、人が円滑な社会的生活を営む上で重要な能力となる。メンタライジングの萌芽は、乳児期初期の社会的知覚だと考えられる。すなわち、ヒトの持つ特有な刺激に対する選好に始まり、母子関係に代表される二項関係、さらに第三者もしくは対象物を含む三項関係の成立、そして他者の誤信念を理解する「心の理論」の成立へと続く。
というようなわけである。
心についての説明の物語
「うつ病についての科学的物語」に取り囲まれて生きている。
考えてみれば、いろいろなタイプのうつ病は昔からあったに違いないのだ。
それなのに、それにふさわしいような名づけはなかったし認識もなかった。
そして対処法もなかった。
あるいは違う対処法をしていた。
たとえば、大切な人を失ったときはしばらくの間休養をとることが作法であった。49日など。
またたとえば、大切な人を失った場合、あだ討ちが認められていて、そこで心理的な補償が働いたりもした。
いろいろなタイプの人がいたと思うが、なかにシャーマンという人たちがいて、ユタやイタコとして活動していた。
霊感の強い人が今よりずっと活躍していた。
遺伝性については認識が早くからあって、
おじいちゃんの生まれ変わりだなどと的確に認識していた。
神社でのお払い。
お寺でのお経。
そういった対策で人々は納得していたものだろう。
納得できる物語があったのだ。
世界観があったのだ。
そしてその世界観はよく共有されていたので、
専門家が言うことに納得が行かないからと
怒る人もいなかっただろう。
共有された世界観の中ですべては説明され、納得され、感情の波立ちも、静まってゆく。
個人の生活史の中で起こるうつやその他の精神障害について対処するとすれば、
対処する人とされる人とが同じ理解の基盤を持っていることはとてもよいことだ。
しかし現代では、多少のズレがある。
薬を飲むことをすぐに納得する人もいれば、
「私の心は弱くないから薬はいらない」と語る人もいる。
「心の問題が薬で解決するはずはない」と語る。
そうであるなら、とりあえず睡眠と食欲を整えるために飲んでもいいはずだと思うが、
頑強に拒否する。
薬は心に関係しないのだから飲んだっていいはずなのに。
いろいろと考えているのだろう。
世界を広く、なるべく公平な目で見てみるとして、
聖書を信じている人、バチカンを信じている人、コーランを信じている人、
ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルやアメリカン・ジャーナル・オブ・サイカイアトリーを信じている人。
いろいろいるわけで、どれかの領域の人が、その外部の領域の人に向かって説明をするときには、苦労することになる。
いずれの場合にも、背景にある世界観の体系が何であるかと同じくらいに大切なのは、
人格である。
この大事な問題に関して、
自分の理性は充分にすばやくついていけない、
その場合、目の前にいるこの人間の人格を信じて、その結論を受け入れるかどうか、
決断が求められる。
結局そのようなことが起こっている。