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自己愛とネット社会

ノーマルな自己愛またはその延長としてのやや強烈な自己愛の系統ではなくて、
病的な自己愛という意味で分類すると、
次のような案が出ていて、どちらも元はGabbardである。

ざっと眺めて見て、

無自覚型 無関心型 oblivious narcissism は自分が情報発信者となるタイプのようだ。

過剰警戒型  過敏型 hypervigilant narcissism は結構被害的な感じで自分や自分に関係する悪い情報がないか見張っている(vigilant)ような感じだ。妄想性人格障害と似た感じもある。

悪性の自己愛型 malignant narcissism はoblivious型の悪いところと
hypervigilant型の悪いところを複合させたような感じだ。
基本的には他人に無関心で他人を褒めるようなことはないのだが
傷つけられることには敏感で、うぬぼれを傷つけられたときに激しい攻撃をする。
自分や他者に対して攻撃性を表現するときに自己の誇大性を確認するというわけで、
要するに他人と悪く関わり合うばかりである。
人を褒めない、人に褒められて当たり前、けなされると一瞬も我慢ができず
激しい攻撃性を発揮する。攻撃しているときに自分の強さを実感して快感である。
すると相手は根に持って陰に陽に攻撃するので、
ますます人の言葉や態度に過敏になり悪循環が続く。

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おおむね、無自覚型が自分の誇大性を確認したくてネット上で何かを発信している。
過敏型がそれをじっと息を潜めて見守っていて、何かあると打ちのめされる。
ネット上で何かを発信しているから誇大的とか自己愛的とか断定するものでは全くないけれど、
発信している人は過敏型よりは無自覚型に近いはずだ。

無自覚型が一人いれば
そのまわりに過剰警戒型が何人かいて、
さらにその外側に、ネットなんかタダのネットじゃないかという
健全な人たちがいる。
ネットなんか時間を決めてつきあっておいて、
白球を追いかけて、数学の問題を考えて、そんなキミがいいと思う。

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そもそもパソコンというものが特殊だったし、パソコン通信というものも
普通は参入しにくいものだったはずだ。
ましてハードの管理者になったり何かのコミュニティの管理者になれば、
それだけでかなりの自己愛の満足だった。かなり健康な満足だ。

しかしその後ネット社会は大衆化して、
無自覚型に強力な武器を与えた。
被害者になるかもしれないと恐れる過剰警戒型は日々密やかに息を詰めて見守っている。

そのあたりがネット社会が自己愛性の心性を助長しているという表現の内容である。

ビールの自販機が多くなっても大多数の健康な人は問題ないが
一部の人はアルコール症のきっかけになってしまう
自販機がなければアルコール症にもならなかったかもしれない
簡単にアクセスできるのでアルコール摂取年齢層は幅広くなり、男女に及ぶことになったのだろう。

ネット社会に簡単にアクセスできるようになったことで、
一部「無自覚型自己愛パーソナリティ」の人は「はまった」わけだろうし、
性格の一部を拡大してしまったわけだ。
一部「過剰警戒型自己愛パーソナリティ」の人も時間をとられることになったのだろう。

大多数の健康な人にとっては、ただの道具で、
なにも過大に評価する必要はないのだろうと思うが。

しかしその場合、テレビと同じで、精神の発達過程にある子どもの場合には
環境を大人が整えてあげないとよくないだろう。

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もともと無自覚型自己愛パーソナリティの人にネット社会が強力な道具を与えたことは確かで、
ますます性格の一部が拡大された。
Win95と光ケーブルである。

それでは、社会全体としてみて、自己愛人格傾向の人が増加しているかどうかといえば、
やはり、現代情報化社会、消費社会、核家族化、少子化などのいろいろな要因で
自己愛パーソナリティは増加傾向なのだと思う。
その方が生きやすいから、子どもの頃からその方向に向かうのだろう。
大人は驚くけれど、環境に対しての適応という面がある。

ネットショップで最安値でゲームマシンを手に入れて
最新の攻略法を頭に入れて
ゲームにふける子ども。
さらにチャットルームでゲームについて語る。

一方で、たとえば昔ながらのコマ回しや鬼ごっこをする「よい子」。
手作りのコマだったりすると朝日新聞に出てほめられてしまいそうだ。

また一方で、昔ながらの「悪いこと」をする子ども。

いろいろいてどうなるものか。

*****
韓国で最近起きているインターネット規制の議論は
無自覚型自己愛パーソナリティの人がひどい書き込みをして
過剰警戒型自己愛パーソナリティの人が自殺したことを
重く見たとも考えられる。

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1. 自己愛性人格障害のサブタイプ

無自覚型 oblivious narcissism
他者の反応に無頓着
高慢で攻撃的
注目の中心であろうとする
送り手よりも受け手
他者に傷つけられる感情をもつことを受け付けない

過剰警戒型 hypervigilant narcissism
他者の反応にひどく敏感
抑制, 恥ずかしがり, 目立つのを避ける
注目の中心になることを避ける
他者の話に軽蔑や批判の証拠を注意深く探す
容易に傷つけられる感情を持つ:恥と屈辱の感情を起こしやすい

悪性の自己愛型 malignant narcissism
他者に無関心
攻撃的・衝動的: 自分や他者に攻撃性を表現するときに自己の誇大性を確認する
他者との情緒的な交流がない
自己評価の満足に歪みがある(現実世界ではなされない)
病的誇大性が傷つけられたときに外傷的感覚を抱き, 怒りや抑うつの発作が起こる
(Gabbard ,1989を改変)

2. Gabbard による自己愛性人格障害の分類
無関心型(oblivious type)   
1 他人の反応に気づかない   
2 傲慢や攻撃的     
3 自分に夢中である      
4 注目の的である必要がある   
5 送信者であるが受信者でない   
6 見かけ上は, 他の人びとによって傷つけられたと感じることに鈍感である      

過敏型(hypervigilant type)
1 他の人びとの反応に過敏である
2 抑制的, 内気, 表立とうとしない
3 自分より他の人に注意を向ける
4 注目の的になることを避ける
5 屈辱や批判の証拠がないかどうか他人の言動に注意する
6 容易に傷つけられたという感情をもつ(羞恥や屈辱を感じやすい)
(Gabbard G O : Two subtypes of narcissist personality disorder)


必要充分な小さな見取図

必要充分な精神医学見取図を頭に描くなら
笠原先生の本を何冊か手にとって見るといいと思う。
新書版は啓蒙のために書かれていて、
特に基礎知識を必要としない。

*****
書物ならば書店で手に取り、
装丁、語り口、値段、出版社、挿絵、写真、それら全部を総合して、
たとえばどんな人たちのための本なのかと推定することができる。
やはり出版社があり、編集者がいるので、それなりの編集意図が感じられる。

たとえば岩崎学術出版でも金剛出版でも医学書院でもみすずでも日本評論社でも
微妙にターゲットの違いもあるけれども、だいたいどのような人を対象に書かれたもので、
どのような内容であるかは、分かることが多い。

ネットの場合はそうではない。とてもきれいに無内容なことも言える。
無骨に重い論を展開する人もいる。
ただ単に子引き、孫引きで済ませている場合もある。

その雑多な様子がいいところでもある。出版社や編集者などは関係ない。
でもそのせいで迷いが大きくなる場合もある。

ーー
研究者同士でいえば、
研究者同士の雑談や私信がとても大事になったりする。
なかなか確かな道しるべになる。

ーー
いずれにしても、自分にとっての必要充分な小さな見取図が必要なのだと思う。
今自分が読んでいるのはどのあたりのことなのか、
住所はどのあたりで拡大率はどのくらいかという意識である。
最近のネットの地図はよくできていて、分かりやすい。
そのような精神医学的な地図帳があればいい。
市橋先生がそのようなタイトルの力作を書いているが
やさしい精神病理学入門とはいうものの
市橋先生は秀才過ぎて、読む人も秀才でないと、
たいていは地図帳として使えないのではないか。

そのためにたくさんの本を読み、毎月出版される精神医学関係の雑誌を眺めるのもいいけれど、
簡便には、笠原先生の新書版をきちんと読んで、
必修版の教科書と、さらに読みたければ、二冊組みの論文集を読み、
それだけでもう満腹になるはずだと思う。

ーー
最近改めて思うが、小此木先生の本は密度が高い。
無駄な文章がない。
かなりたくさん書いていて
重複もありそうなものだが、
見事に無駄がなく
こんなにも内容が詰まっていたのかと
驚いてしまう。

教科書ではないが発想を学ぶ本

笠原先生の秀才に比して、
中井久夫先生や神田橋条治先生は奔放な天才に属する人たちで、
教科書を作ったとしても、スタンダードにはなり得ません。
素人が一読しておもしろく、
玄人が一読してやはりおもしろい。何度読んでもそれぞれの立場で考えることは増える。
論文を読まなくても結論の公式だけ使えばいいというニュートンなどのタイプではありません。


こういった人たちは初学者の小さな地図帳には向かないと思います。
全東京鉄道乗り換え図にはならないでしょう。

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