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児童虐待―現場からの提言

児童虐待―現場からの提言 川崎二三彦著 (新赤版1030)
   
   深刻化する背景は何か
  ――長年の児童相談所での経験から考える

 痛ましい児童虐待事件が、連日のように新聞、テレビで報道されています。先月(2006年7月)にも、福島県で3歳の男児が両親から十分な食事を与えられずに、死亡するという事件が発生しています。しかも、その男児の姉や兄も両親から虐待を受けていたとのこと。この事件に関して、8月3日付『朝日新聞』に読者からの投稿が寄せられています。その読者は、事件を防げなかった児童相談所の対応を問題視し、次のように批判をしています。

 「児童相談所の職員は、自らの仕事をどうとらえているのでしょうか。(中略)児童相談所がそこで(引用者注:親からの反発に対して)一歩踏み込まないで、誰が子どもを守れるというのでしょう。苦しんでいる子どもたちを、一人でも多く救うことが使命だと肝に銘じてください。それくらい責任の重い仕事なのです。」

 このような意見をもっている方は決して少数ではないでしょう。児童虐待事件が発生するたびに、マスコミから批判を受けるのは我が子を危機に陥れる親であり、そして事件を防げなかった児童相談所の対応です。しかし、日本における児童相談所の仕組み、実態についてどれだけの人が認識をしているでしょうか。

 本書『児童虐待―現場からの提言』の著者・川崎二三彦さんは、長年、児童相談所に勤務し、実際に様々な相談に対応されています。そうした自らの経験をもとに、「児童虐待とは何か」といった根本的な問題からはじめ、虐待対応の実態を報告し、真の解決のために必要なものは何かを真摯に考えたものとなっています。そこでは、一般的にはあまり知られていない児童相談所の過酷な状況が浮き彫りにされています。

 昼夜なく次々と寄せられる緊急かつ深刻な相談に、ごくごく限られた人数で対応を任される。親をはじめ保護者からは暴言を浴びせかけられ、暴力の危機に曝されることも珍しくありません。また、児童相談所の職員の多くは、はじめから児童福祉に携わっている人ではありません。自治体内の「人事異動」によって、児童相談所に勤務することになり、そこで悩みながら問題を解決し、経験を積むこととなります。しかも、児童虐待は、児童相談所が受ける相談の一部でしかありません。非行や病気、家族問題などなど、様々な相談が児童相談所に持ち込まれます。こうした困難な状況のなかで、「子どもを救う」というとても難しい課題と向き合っているのが、児童相談所の実情です。

 確かに、児童相談所の職員の対応に問題がある場合もあるのでしょう。しかし、問題はそうした個別的なものを超えた、もっと組織的、本質的なところにあるのだと、本書をお読みいただければ感じることと思います。児童福祉に限らず、日本の福祉行政は諸外国と比べて、質量ともに貧困です。その貧困な福祉行政をさらに、削減しようとしているのが現在の流れです。したがって、児童相談所を批判することでよしとするのではなく、むしろ、児童相談所を含めた日本の児童福祉をどうするか、という問題こそが問われるべきなのだと思います。

 本書では、虐待をしてしまう親の側についても詳しく考察しています。地域や家族の変容によって、いま、親が社会から切り離され、子育てが孤立する現実が現われています。誰にも頼ることのできない子育てのプレッシャー、そして格差社会の進行は経済的にも親を追い詰めています。こうした背景を考えなければ、繰り返される児童虐待を防ぐことは難しいと感じます。「親のせいだ」「児童相談所が悪い」では、児童虐待の本質は何も解決されません。児童虐待を問うことは、この国の子育てのあり方を問うことにほかならないのだと感じます。児童虐待はなぜ深刻化し、繰り返されるのか――。この大きな問題の手かがりをつかむためにも、ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。

(新書編集部 田中宏幸)
     
  ■目次
  
  序 章 児童虐待への取り組みがはじまる  
  法改正をめぐる意見の対立/児童虐待の社会的発見/児童相談所とは/児童福祉の担い手たち/子どもの安全優先への転換/「児童虐待の防止等に関する法律」の成立  
    
  第一章 児童虐待とは何か  
  児童虐待の定義/身体的虐待/しつけと虐待はどこが違うのか/体罰を考える/児童虐待のエッセンス/懲戒権の是非/ネグレクトとは/はじめてのおるすばん/性的虐待について/戦前にもあった児童虐待防止法/児童虐待の定義を改定/心理的虐待/子育ての風土を変革する運動 
    
  第二章 虐待はなぜ起こるのか  
  虐待するのは誰か/虐待を引き起こす四つの要素/過去の傷に苦しむ親たち/被害者から加害者へ/炎天下に放り出された少女/ストレスが高める虐待のリスク/閉ざされた世界で起こったこと/孤立する家族/悪循環の果てに/意に沿わない子 
    
  第三章 虐待への対応をめぐって  
  1 虐待の通告と発見
岸和田事件の衝撃/知られていない虐待の通告義務/虐待の早期発見・通告にむけて/虐待を発見することの難しさ/社会は誤報を引き受けられるのか

2 虐待から子どもを保護する
小山市の兄弟殺害事件/児童相談所長が判断する一時保護/一時保護と子どもの人権/司法の審査/保護者との対立/家庭への立入調査/防刃チョッキで身を守る/警察はどこまで関与すべきなのか/二つの権利の対立
    
  第四章 虐待する親と向き合う  
  1 保護者への指導
揺れ動く子どもの気持ち/児童虐待の解決とは/指導に従わせることの難しさ/大きく違うDV防止法と児童虐待防止法/いびつな枠組みの改善を

2 親子の分離と再統合
キャッチアップ現象/子どもを保護するための司法の役割/非行への対応と虐待への対応/家庭裁判所の勧告/児童福祉施設の実情/里親への委託/親子の再統合
     
  第五章 児童相談所はいま  
  虐待防止の学術集会/カナダの若者に問われたこと/日本の貧しい児童福祉体制/岸和田事件の教訓/遅れる専門性の確保/新人児童福祉司の研修/職員の過大なストレス/一時保護所の実情/全国児童相談所長会の要請/児童心理司の配置も不十分/虐待相談対応を市町村にも拡大 
    
  第六章 児童虐待を防止するために  
  『三丁目の夕日』の風景/今は昔の村八分/ご近所の底力/虐待防止キャンペーン/子育て支援の重要性/体罰を禁止した川崎市の条例/思い切った社会的コストを
     
  あとがき
主な参考文献

  ■岩波新書にはこんな本もあります  
  少年事件に取り組む―家裁調査官の現場から 藤原正範著 新赤版995
幼児期―子どもは世界をどうつかむか 岡本夏木著 新赤版949
子どもの社会力 門脇厚司著 新赤版648
思春期の危機をどう見るか 尾木直樹著 新赤版998
日本の社会保障
 広井良典著 新赤版598
 
*****
児童相談所の職員は実際困っていて、
われわれは児童を守るとともに、児童相談所職員を守る立場にもある。
そうした立場で見ると、現実は実に厳しい。

子供を守る、親を守る、児相職員を守る、みんなが大変になってしまっているのはいったいどうしてなのだろう。

 



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