うつ病の今日的病型と病態解明の意義 松浪先生
うつ病の今日的病型と病態解明の意義
松浪克文先生 虎の門病院精神科
Bulletin of Depression and Anxiety Disorders Volume 5, Number 1, 2007
新型うつ病のいくつかについて、松浪先生が紹介していますので、お勉強。
逃避型抑うつ: 20 歳代後半から40 歳代の,いわゆるエリートサラリーマンが,多くは職 場の配置転換などの発病状況の下に,制止症状主体の抑うつ状態を呈するもの。自責的では なく,責任を他へ転嫁し,希死念慮の訴えはない。入院すると制止症状が比較的短期間に軽 減し,他患との交流も円滑かつ活発となる。しかし復職が問題になると出社恐怖の状態が出 現する。広瀬は,この抑制主体の病像を「―冬眠というよりも―驚愕反応としての擬死反射 に通ずる要素が強い」,すなわち「ヒステリー性要素の混入がある」と論じている。
未熟型うつ病:保護的にかわいがられて育った末子が,基本的には協調性を保つ循環気質者 として育ちながらも,依存的,わがまま,自己中心的,顕示的な性質を加え,自分の望みが かなわない状況下で不満とともに不適応を繰り返し,内因性のうつ病の病像で発症する。病 相を反復すると,不安・焦燥,パニック発作,身体的愁訴が病像に加わり,強い自殺衝動が 出現することがある。他責的で,自己愛的傾向が認められる。病前性格にマニー型ほどの精 力性はないが,いわゆる双極スペクトラムに属する。
阿部隆明のいう未熟型うつ病についてですね。
職場結合性うつ病:加藤は,仕事量が増大しスピードを要求される現代において職業的負荷 と密接な関連をもって発症するうつ病の型に注目した。不眠・心身疲労,頭痛・肩こりなど の身体不調,いらいら,不安・焦燥などの症状で発症する。患者は仕事をこなそうとする姿 勢,こなさなければならない状況のなかで呻吟し,突然の自殺企図,パニック様発作,過換 気発作のために救急外来を経由して精神科を受診する。加藤は,「能力の限界を感じる」と いう言葉は「決定的な無能力の確信」にあたり,この型のうつ状態も実際は「内因性うつ病 」であるとしている。
身体で悩むのか、精神で悩むのか、違いがあります。
双極スペクトラム論:内海は,双極II 型障害を,双極I 型障害とも境界型PD とも異なる様 態として捉える視点を提出している。内海は昨今のこの概念の提唱者Akiskal とも論を異に し,双極II 型障害に代表される双極スペクトラムを,あらゆる意味で境界を越えていくエ ネルギーをもったものとして捉えているようである。疾患と性格,病理性と創造性,近縁病 態との境界を越境していく可能性をもつ,ある種の新たな人間様態の視点を開こうとしてい るようにみえる。
双極スペクトラム論は新しい展開を見せています。薬の使い方も、変えていこうと、アメリカでは提案されています。
現代型うつ病とは,表1に示すような特徴をもつ病型のことである。35 歳以下の比較的若 年のサラリーマンに多い制止主体の内因性うつ病である。組織への一体化を拒否し,固有の 領域を侵されることに忌避感をもって育ち,会社企業や組織の一員としてのアイデンティテ ィの形成に必要な律儀さや几帳面さを発揮しない姿勢で社会に参入する。したがって,会社 での公的生活よりも私的領域の趣味活動が生活の重要なペースメーカーになっている。多く はRemanenz 状況(能力に比して負荷が過大となるだけでなく,仕事をこなせば新たに負荷 を作り出してしまって負債が増大する状況)に突入するところで,比較的早期に受診する。 したがって,症状は不全型で,うつ病症状が十分に形成されていない,あるいは出そろって いない。軽症のうつ病であるが,心因性の発症ではなく,些細なミスや失敗が続くことに当 惑し,その不可解さ,違和感を抱いて「出社できない」「能率が低下しているんじゃないか と思う」と制止症状を述べる。
表1 現代型うつ病の特徴
① 比較的若年者
② 組織への一体化を拒絶しているために,罪責感の表明が少ない。むしろ当惑ないし困惑
③ 早期に受診 → 不全型発病
④ 症状が出そろわない:身体症状と制止が主景
cf) 選択的制止(広瀬),SSD(SSD:subsyndromal symptomatic depression Judd ら)
⑤ 自己中心的(にみえる):対他配慮性が少ない
⑥ 趣味をもつ:cf) 逃避型(広瀬)
⑦ 職場恐怖症的心理 + 当惑感
⑧ Inkludenz を回避:几帳面,律儀ではない =Remanenz 恐怖:締め切りに弱い
Remanenzというのは、下に出てくる、Inkludenzとともに、ドイツの偉い先生の使っている言葉です。「負目性(Remanenz)」「封入性(Inkludenz)」などと翻訳、Tellenbach先生の原著を木村敏先生が翻訳しました。Remanenzは 精神医学以外の分野では残留という訳語が多いようです。
筆者が「従来型うつ病」と呼んだ旧来のうつ病と,この現代型うつ病との相違は,発症の仕 方において顕著である(表2)。従来型I 型うつ病は,わが国の経済が発展する時代の病型 で,几帳面で堅実に働くことがまさに適応的であった職場環境において,適応過剰を通して 発病する。患者は自分の几帳面さが発症の要因であったことを洞察できないことが多い。従 来型II 型うつ病は,安定成長時代に入って,成果主義やオフィスのOA 化などの状況の変化 が生じ,几帳面さが適応力を失って適応障害に陥り発症する。患者は発症を通じて,自分の 几帳面さが職能のなかに生かされなかった,むしろ適していなかったということを実感して いる。現代型うつ病は,几帳面さの不適応性,あるいは短期の適応の後に破綻する運命を見 据えて,職場状況の変化についていけないほどの職場論理との密着を避けようとしている。 つまり,Inkludenz を回避しようという態勢にある。しかし,職能と負荷の関係は,原理的に臨界点に達することが避けられないので,Remanenz 状況が到来するのは時間の問題で あることを知っており,密かに恐れているのである。現代型うつ病と従来型うつ病の比較を 表3 に示す。このような病態の差異を通じて筆者が導き出したのは反復性という強迫の時間 的局面の病理である。
図1はうつ病の診断の範囲が広がり、灰色部分のところを、いろいろな言い方でいろいろな人が描写しているという図です。
新型であるといいつつも、どれもやはり「うつ病」であるというのですから、
ずっと変わらずにあるうつ病の根本があるはずだと論じています。