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『Clozapine の薬理』 -主たる作用部位はどこか?-

最初のSDAであるClozapineを主題として、
Kapur らと Meltzer らとの論争。
fast dissociation hypothesisについて。

D2受容体から解離しやすい性質がいいのか、
ぴったりくっついて解離しないのがいい性質なのか、
議論がある。
最近は、適当にくっついたり離れたりするほうが陰性症状の固定化を回避できるのではないかとの論調と個人的には見ている。
これは統合失調症の軽症化や陰性症状化と関係してもいると思う。

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臨床精神薬理 6 : 11-19 2003

『Clozapine の薬理』 -主たる作用部位はどこか?- 九州大学

Ⅰ. はじめに

 1988年、clozapine は、Kane らにより治療抵抗性統合失調症に対する有効性が報告され、一躍脚光を浴びることになる。
 以来十数年間、clozapine の作用機序は何か、また如何に clozapine-like antipsychotic drug を開発するかが、抗精神病薬の薬理学最大のテーマであったといってよい。
 事実、risperideone や olanzapine などの clozapine をモデルとして開発された新しい非定型抗精神病薬は、商業的にも大きな成功をおさめ、今日、統合失調症に対する薬物治療の主流となりつつある。

 clozapine の薬理の最大の特徴は、ドーパミン D2 受容体遮断作用が弱い点にあり、まさにこの点において 「非定型」 的であるといえよう。
 positron emission tomography (PET) を用いた研究から、HPD のような定型抗精神病薬は脳内の D2受容体を約 70%占拠すると抗精神病作用を発揮し、それをやや上回って 80%付近まで占拠すると extrapyramidal symptoms (EPS) が発生することが明らかになっている。
 一方、clozapine の占拠率は 50%に達しない。
 この所見は、clozapine による EPS の発生が乏しいことを説明する。
 では、clozapine の主たる作用部位はどこなのだろうか ?
 しかし、同薬は実に数多くの受容体に対して親和性を有し、際立った特異性がないことから、逆にさまざまな作用部位が想定されてきたのであった。
 本稿では、clozapine の作用機序に関する代表的な仮説を紹介し、同薬の薬理研究をめぐる問題点について考えてみたい。

Ⅱ. in vitro 受容体結合能

 米国の Meltzer らは、clozapine がセロトニン (5-HT)2A受容体の down-regulation を速やかに誘導することを発見し、1989年、EPSが乏しいことで特徴づけられる殆どの非定型抗精神病薬は、D2受容体よりも 5-HT2A受容体に対する結合能が相対的に高いことを報告し、以後の抗精神病薬の開発研究に1つの方針を与えた。
 重要な点は、単に 5-HT2A受容体結合能が高いだけでは非定型抗精神病薬の指標とはならないことで、このことから 5-HT2A受容体遮断作用と D2受容体遮断作用の相互作用が、非定型抗精神病薬の作用機序において重要な役割を担っているという仮説 (serotonin-dopamine hypothesis) が提唱され、以後登場する様々な理論のモデルとなった。

 さらに、clozapine が D1 、α1 、α2-アドレナリン、ヒスタミンH1 、アセチルコリンM1受容体等にも比較的高い親和性を有することから、これら複数の神経伝達物質受容体を介する相互作用を重視する理論 (multi-receptor hypothesis) も提唱されており、clozapine と同様に多種類の受容体に対する親和性を有する薬物や多剤併用療法 (clozapinization) を推奨する考え方も登場するに至った。
 これらの仮説は魅力的ではあるが、実証することが困難で、薬理学的には十分な根拠があるとはいい難い。

Ⅲ. PET研究 : in vivo 受容体結合能

 これまでの PET 研究の結果は、clozapine の基底核 D2受容体占拠率を 50%以下と報告している。
 一方、RIS や Ola の D2受容体占拠率は、臨床用量の範囲では、定型抗精神病薬の場合とほぼ同等 (60~90%) であった。
 この所見は、臨床的に RIS や Ola が、とくに高用量で EPS を生じやすいことを説明しており、clozapine と新しく登場した一連の非定型抗精神病薬の薬理は必ずしも同一ではないと認識されるようになった。

 皮質の 5-HT2A 受容体占拠率は、clozapine 、RIS 、Ola のいずれも 90%以上と報告されているが、Que ではやや低い。
 しかし、いずれの非定型抗精神病薬も D2受容体と比較すれば、明らかに高率に 5-HT2A受容体を占拠しており、in vitro における受容体結合能と同様の傾向にある。

 clozapine の作用機序として 5-HT2A受容体の関与を疑問視する PET研究の報告も出てきた。
 例えば、CP も、高用量 (700mg/day) では皮質の 5-HT2A 受容体の大部分を占拠することが報告されている。
 また、clozapine で治療された患者の臨床症状の改善と皮質 5-HT2A受容体の占拠状態が相関しなかったという報告もある。
 臨床的にも、5-HT2A受容体アンタゴニストには、期待に反して十分な抗精神病作用が見い出されておらず、clozapine の作用部位として 5-HT2A受容体の役割は未だ不明の点が多い。

Ⅳ. Fast dissociation hypothesis

 抗精神病薬の臨床的な力価と D2受容体結合能が相関することを発見した Toronto大学の Seeman は、D4受容体を主張していた頃もあったが、1990年代後半には clozapine の作用部位として D2受容体の関与を強調しはじめた。
 彼は、benzamide系抗精神病薬 (amisulpride など) が選択的 D2受容体アンタゴニストにもかかわらず、EPS の発生が少ない点について、D2受容体にゆるく結合して、解離しやすい特徴を有するために、内在性のドーパミンと競合して、基底核のドーパミン神経伝達を低下させないのであろうと説明している。
 さらに Kapur らは、PET 所見上、Que は投与 1, 2時間後は 60~70%の D2受容体を占拠しているが、12~24時間後は 20~30%の占拠率に低下していることを見出し、clozapine も同様の動態を示すと報告した。
 これは、clozapine や Que も、D2受容体から容易に解離しやすい性質を持つためであって、測定に用いる放射性リガンドと競合して、見かけ上の受容体結合が低下しているのであるという。

 こうした考えをまとめて、最近、Kapur と Seeman は、D2受容体から急速に解離するという性質が非定型抗精神病薬の臨床的特徴を決定するという仮説 (fast dissociation hypothesis) を提唱し、5-HT2A受容体結合能を重視する Melter らとの間で論争が起きている。
 Kapur らの仮説では、5-HT2A 受容体結合能は非定型抗精神病薬に必要ではなく、依然として D2受容体のみが主要な作用部位であると結論付けている。
 しかも、従来考えられていたように抗精神病薬は D2受容体を持続性に遮断しなくとも、一過性に遮断するだけでもその臨床的効果を十分に発揮できるのではないかと推測している。
 clozapine が D2受容体から解離しやすいという特徴は、同薬の断薬は急激な精神症状の悪化を招きやすい (withdrawal psychosis) という事実も説明する。

 Kapur らの仮説は、分子レベルの現象を、実際には複雑な薬物の体内動態が絡む PETで観察される現象に強引に関連付けているきらいがある。
 しかし霊長類 (アカゲザル) を用いた PET研究では、彼らの仮説を支持する結果が得られている。
 Suhara らの研究では、5.0mg/ kg の用量を静注すると D2受容体占拠率は 80%以上に達したが、その後急速に減衰し、半減期は 7.2時間であったと報告している。
 以上のように、投与直後には clozapine も定型抗精神病薬と同じくらい高率に D2受容体を占拠するらしい。

 Kapur らの主張のように、定型、非定型を問わず、依然として D2受容体遮断作用 - ただしあまり強力でなくともよい - のみが抗精神病薬の必要条件であるとすれば、結局、両者には薬理学的に本質的な差異はないといえる。
 このことは、最近、EPS の発生が少ない低用量であれば haloperidol と非定型抗精神病薬の有用性はほぼ同等であると結論付ける総説が発表されてきている趨勢とも符号する。
 このように、Kapur らの仮説が非定型抗精神病薬の臨床と薬理について本質的な議論を提起したのは確かである。
 しかし、clozapine に限った場合、fast dissociation hypothesis のみで、その臨床的効果のすべて - とりわけ治療抵抗性統合失調症に対する有効性 - を説明できるのかという疑問は残されている。
 もし D2受容体を持続性に遮断するよりも、一過性に遮断する方が、むしろ優れているというのであれば、薬物大量投与療法への反省も含めて、臨床的に豊かな示唆を与えるだろうが・・・・・。
 逆に、従来のように受容体結合能をもって clozapine の薬理を解明することにはもはや限界があると考えることもできよう。

Ⅴ. Clozapine の薬理作用 : 受容体結合能以外

(省略)

Ⅵ. Clozapine 薬理研究の基本問題

 現在の非定型抗精神病薬の薬理は、clozapine を基準にしており、これらの薬理作用を指標に定型と非定型薬物の判別がおこなわれている。
 しかしながら実際には、いずれの非定型抗精神病薬も clozapine とまったく同一の薬理作用を有するわけではないのである。
 非定型抗精神病薬の基本的な臨床的特徴である EPS の発生が比較的少ない点 1つ取り上げても、それを統一的に説明する共通の薬理学的基礎を見い出すことはできない。

 実は、clozapine の薬理学的指標を用いて新しく登場する非定型抗精神病薬の臨床的な clozapine-like effect を根拠づけようとする試みこそが、むしろ clozapine の薬理研究に混乱を招いている感すらある。
 というのも、臨床の側からみると、clozapine と同一の効能を有する抗精神病薬は未だ見い出されていないからである。
 例えば、治療抵抗性統合失調症に対する有用性に関しては、risperidone も olanzapine も及ばない。
 したがって、clozapine は他の非定型抗精神病薬とは全く異なる固有の薬理作用を有している可能性も否定できない。

 それどころか逆に、clozapine の抗精神病作用も定型抗精神病薬のそれと本質的には変わらないのではないか、という意見さえある。
 Maryland 精神医学研究所の Carpenter は、clozapine に反応する統合失調症は大体 8週間までに精神症状の改善がみられることから、HPD に反応する場合と質的な差異はないのではないか、と指摘する。
 確かに、一般に抗精神病作用なるものの実態が明確になっていない以上、clozapine の作用が 「非定型」 的であると断言する明確な根拠があるわけではないということになる。
 それを隔週の薬理作用で定義付けること自体、現時点では無理があるのだろう。

 今のところ、clozapine の薬理はまだまだ不明な点が多く、Kapur らと Meltzer らとの論争にみるように、その研究の動向からは片時も目が離せない。
 近い将来、わが国の精神科臨床においても、ようやく clozapine を手にすることができるようになった暁には、各臨床家の直感によってこの薬物の特性を是非評価していただきたいと思う。
 現場の臨床家の手応えの中から、clozapine のより確かな作用機序を解明する手掛かりが必ず得られるように期待している。

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日本ではclozapineは発売されず、risperideone や olanzapine の使用が始まった。
しかし製薬会社の研究も、自社の製品の二次代謝産物が clozapine-like effect を持つことを強調するなど、いまだに clozapine は重要であるとの認識である。
各受容体を占拠する働きについても、強さ、持続などが次第に議論されてきており、その特性を生かした臨床的使用が提案されていて、それは合理的であると感じられる。
研究としては、ターゲットとする症状をどのようにして客観的に限定するか、その改善度をどのように測定できるか、私の考える「測定問題」で結局は立ち止まっているように思われる。
臨床応用としては、これはかなり劇的な進歩があったので、各自の経験をいかにして客観的な広場に持ち寄り、比較検討できるか、その工夫が問われると思う。



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