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うつ状態の臨床的分類の流れ


臨床精神医学34(5):573-580,2005
「うつ状態」とその分類
うつ状態の臨床的分類の流れ一伝統的分類と国際分類-
古野毅彦・演田秀伯

1.はじめに
疾患分類学nosologieは症候学semiologieと並んで臨床精神医学の柱である。病気を分類するには何かしらの基準がいる。分類とは病気に対する考えであり,精神障害をどう理解するか,その人なりの立場を示すものである。大きく分けると,症状をもとに類型を抽出するカテゴリー分類と,複数の異なる次元軸を組み合わせるディメンジョン分類があり,それぞれに特色を持っている。本稿では過去から近年に至る,うつ状態における分類の流れを振り返り,その臨床に占める意味を探ることにする。

2.躁うつ病概念の成立
ものごとの概念が明確になってから,それをもとに分類が作られる。Esquirolはメランコリー(部分精神病)を高揚性のモノマニーと抑うつ性のリベマニーに分けたが,後者がうつ病の原型である。Falretはマニー(踊的興奮状態),メランコリー(うつ状態),平穏期の3つの病期を規則的に躁り返す循環精神病を記載し,女性に多く遺伝が濃厚であると述べた。同年Baillargerも,1つの発作中に興奮,抑うつの異なる2つの病相を含む二相精神病を報告した。これらがやがて躁うつ病の概念に発展する。
躁うつ病の概念を確立したのはKraeperinである。教科書4版(1893)までは,パラノイアや周期性精神病と並んで,メランコリーが独立した項になっている。5版(1896)は疾患単位への分類転換を遂げた著作として知られる。すなわち全体が先天性と後天性に二分され,周期性精神病とパラノイアは体質性精神病として前者に,メランコリーは退行期精神病として後者に分類された。躁うつ病は6版(1899)に初めて登場する。ここで躁うつ病とメランコリーが別立てになったことから,退行期うつ病をめぐる議論がはじまる。躁うつ病概念は1910年頃フランスに伝えられ,以後急速に浸透した。
第8版(1909~1915)の噪うつ病は心因性疾患,パラノイア,精神病質人格などとともに体質性の群に入り,「一方にいわゆる周期性,循環性の病気のすべてと,他方には単発性躁病,メランコリーといわれる病像の大部分と少なからぬ数のアメンチアを含む。さらに周期的あるいは持続的な軽い気分の変化を含むが,その一部はより重篤な障害の前駆と見なされるものであり,その他は体質と明確な境界なしに移行していくものである」と記されている。この頃の躁うつ病とは,広い範囲にわたる狂疾folie,精神病lrreseinであった。

表1 精神病性うつ病と神経症性うつ病
図1 Kielholzによるうつ病の分類-ICD-10との対応-

Kraeperinは躁うつ病の病因として遺伝を重くみて,人格や抑圧された欲動などの関与は認めていたものの,心因については消極的な姿勢をとり続けた。しかし最後の分類を見ると,外因・体因性から,原因不明の内因性,遺伝要素の大きな体質性まで,切れ目なく連続している。すなわち躁うつ病も,一方では心因性,他方では内因性の早発痴呆や外因性の器質性・症候性精神障害とも接点を持つことになり,ここにカテゴリーからディメンジョンヘと移行する分類思想の萌芽を読みとることも可能である。

3.病因別の分類
精神医学に神経症が登場するのは1880年頃である。それまで精神医学の対象は,社会からの隔離を必要とする重症の器質性,内因性精神病であり,ヒステリーなどの神経症は一般内科医が診療していた。うつ病の精神病性と神経症性の差異が論じられるのは,これ以降である。神経症性とは力動精神医学に基づく幼少時の葛藤,心因性は具体的な心理要因,反応性は発病の時間的推移におのおの重点を置いた概念であるが,しばしばほぼ同義として用いられる。
Depressionの語は解剖学では低下,陥没(頭蓋

表2 単極性うつ病と双極性うつ病の比較
 
骨陥没など),生理学では抑制(呼吸抑制など)の意味に用いられてきた。メランコリーに代わり,うつ状態あるいはうつ病の意味で精神医学に登場するのは19世紀半ばである。Lange(1928)は一方の極に内因性うつ病を,もう一方の極に心因性うつ病を置いて,これを発病様式,臨床像によって対比させた。精神病性うつ病と神経症性うつ病をめぐる議論はイギリスで長く続いたが,両者の違いを表1に示す。体因性,心因性,内因性の病因別の区分は今日でも考え方の基本になっている。SchneiderはSchelerの考えをもとに感情を層区分して,特定の感覚に結びつかず全身にみなぎる生気感情をとりあげ,その障害である生気性悲哀.vitale Traurigkeitを内因性うつ病の中心に置いた。朝方に強い抑うつ感,生物学的徴候(体重減少,食欲低下),環境に左右されない恒常性,早朝覚醒などである。
Kielholzは図1に示すように,体因を縦軸,心因を横軸にとった空間に,うつ病を体因性,心因

図2 Winokurの感情障害の分類

性,内因性の群に大別し,さらに9つに分けた類型を配置した。この図から,うつ病はどれも心因と体因がさまざまな割合で関与していること,各類型は互いに移行し合うことがわかる。理解しやすいディメンジョン分類である。

4.単極型と双極型
Leonhard(1957)は,内因性うつ病に単極性躁病,単極性うつ病,両者が並存する双極性の3型を区別した。1966年にスウェーデンのAngstとスイスのPerrisがそれぞれ,単極型と双極型は症候学的,遺伝的に異なることを示した。その後,2つの型では発病年齢,生化学,薬物反応性に違いがあり,単極性躁病は双極性に近いことなどの報告がなされた。単極型と双極型のカテゴリー区分(表2)は広く受け入れられ今日に至っている。
Dunnerらは,軽噪とうつの病相を持つものを双極Ⅱ型と呼んだ。Akiskalはこの考えをさらに推し進め,Bipolar Spectrumとして双極Ⅲ型,双極IV型を提唱している。
Winokurは,図2のように器質性,双極性,単極性,分裂感情障害の4つに区分し,単極性をさらに,反応性うつ病,内因・心因性うつ病,神経症性うつ病に分けている。反応性うつ病は近親者の死あるいは自らが身体疾患に罹患した後に続発するもの,神経症性うつ病はアルコール症,反社会性人格の家族歴を持ち,臨床的には「波乱万丈の人生」を送り,人格上の問題・対人関係の不良等で特徴づけられるものである。Depression spectrum disease(DSD)は,アルコール症または反社会性人格の家族歴を持つ患者に生じるうつ病を指しており,反応性うつ病。神経症性うつ病をまず同定し,それらに該当しない単極性うつ病を内因性うつ病とみている。内因・心因性うつ病はfamilial pure depressive disease(FPDD)とsporadic depressive disease(SDD)に分けられる。FPDDは家族歴がうつ病のみで,躁病,アルコール症,反社会性人格などはなく,SDDはこれらのいずれもが家族歴にみられないものを指している。Akiskalらとともに,遺伝的な要素をもとに類型を純化させようとする試みである。

5.包括・多元的な分類
力動精神医学は患者の生活史を重視し,内因性精神病に了解の範囲を拡大した。これを受けて1950年代のドイツにうつ病の発病状況論が起こり,荷おろしうつ病,根こぎうつ病などが


図3Pichotによるうつ状態の分類(文献21による)


提唱された。わが国でも平沢による軽症うつ病,広瀬による逃避型抑うつなどの記載がある。こうした誘発うつ病の概念は,内因性と心因性の境を不鮮明にし,より包括的な分類を構想させることになった。
Tellenbachは,メランコリー親和型性格を提唱し,病前性格と発病状況を包括的にとらえようとした。笠原一木村の分類は,「病前性格一発病状況一病像一治療への反応一経過」を1つのセットにし,心的水準の低下の度合に応じて生じるいくつかの段階を設定した立体的構成となっている。多元的な要素を組み合わせて類型を描き出すとともに,病像の成り立ちの理解や治療方法の選択,予後の推定など臨床的に有用な分類である。
Robinsonらは,脳梗塞後に生じるうつ状態を卒中後うつ病として報告した。卒中後うつ病は,MRIなど画像診断の進歩にあわせて,無症候性脳梗塞と老年うつ病の関連,血管性うつ病の概念などに発展した。体因性うつ病と内因性うつ病の区分を不明瞭にし,ディメンション的な見方をすすめるものである。

6.客観的な分類
うつ病に実証的な研究が現れたのは1950年代後半である。コンピュータの導入が評価尺度を用いた多数例の処理を可能にしたからである。Pichotの分類は図3に示すように,正常悲哀と不安神経症を除いたうつ状態を一次性か二次性で
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表3 DSM-IVによる気分障害の分類
(うつ病性障害)
296.2x大うつ病性障害,単一エピソード
296.3x大うつ病性障害,反復性
300.4気分変調性障害
3U特定不能のうつ病性障害
月経前不快気分障害,小うつ病性障害,統合失調症の梢神病後う
つ病性障害など
(双極性障害)
296.0x双極I型障害,単一顧病エピソード
296.40双極I型障害,最も新しいエピソードが軽顧病
296.4x双極I型障害,最も新しいエピソードが噪病
296.6x双極I型障害,最も新しいエピソードが混合性
296.5x双極1型障害,最も新しいエピソードがうつ病
296.7双極I型障害,最も新しいエピソードが特定不能
296.89双極U型障害(軽噪病エピソードを伴う反復性大うつ病エピソード)
301.13気分循環性障害
296.80特定不能の双極性障害
(他の気分障害)
298.83一般身体疾患による気分障害
物質誘発性気分障害
296.90特定不能の気分障害
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二分し,さらに下位群を細分化する段階的なものである一次性,二次性の二分法はKleinの分類でも用いられているが,一次性とは感情障害以外の精神疾患の既往がないもの,二次性とは感情障害以外の精神疾患あるいは身体疾患に引き続いて起こるものを指している。一次性うつ病は症候学によって生気的な特徴を持つ内因病像endomorphe型と,これを持たない外因病像exomorphe型に分けられている。内因病像型は躁病を伴うものと,伴わない単極型に分けられ,後者はさらに退行期うつ病を考慮し早発型と晩発型に分けられている。外因病像型の下位群は病因(Kielholzをもとに反応性,神経症性,疲憊性)と症候学(自己憐憫,敵意,不安)の双方によっている。
この分類では,うつ病から精神病のニュアンスがぬぐい去られ,単に気分障害あるいは感情病と表現されている。客観性を重視してDSM-Ⅲ(1980)を意識しつつ,伝統的立場にも配慮したバランスのとれた分類になっている。

7.今日の国際分類
DSM-IV-TRによる分類(表3)は,病因論を排除し症候学に基づく操作的,客観的な姿勢を目指したDSM-Ⅲを踏襲している。統合失調症が狭くなり,気分障害の範囲は拡大した。単極型と双極型の区分は引き継がれ,うつ病性障害と双極性障害は別のカテゴリーとして分けられている。うつ病性障害は従来の内因性うつ病に相当する大うつ病,気分変調性障害,特定不能からなっている。生気的な要素はメランコリー型として挙がっている。過眠,体重または食欲の増加,気分の反応性などの病像は非定型うつ病とされている。精神病性の特徴は気分に一致するものと,一致しないものに分けられる。前者には罪責妄想,心気妄想,虚無的な妄想,報いとしての処罰など抑うつ性の主題に合致したものが挙がっている。気分に一致しないものとして,抑うつ主題とは直接関係しない被害妄想,思考吹入,考想伝播,被影響妄想などがあり,緊張病症状とともに,これら
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表41CD-10による気分(感情)障害の分類
F3気分(感情)障害
F30噪病エピソード
F31双極性感情障害〔噪うつ病〕
F32うつ病エピソード
F33反復性うつ病性障害
F34持続性気分(感情)障害
気分循環症,気分変調症を含む
F38他の気分(感情)障害
F39特定不能の気分(感情)障害
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を気分障害に含めるべきかについて議論がある。気分変調性障害は従来の抑うつ神経症や神経症性うつ病に相当する。これにはAkiskalによる抑うつ神経症の予後研究から気分障害の項に入れられた経緯がある。また,気分変調症そのものが異質な障害の集合体であるとみなされ,早発性(21歳未満),遅発性(21歳以上)に亜型分類されたが,これもDSMⅣで採用されている。特定不能のうつ病性障害の項には月経前不快気分や統合失調症後の抑うつなどが含まれている。双極性障害には双極I型障害,双極Ⅱ型障害,気分循環型障害が含まれている。気分循環性障害はDSM-Ⅱでは気分循環性人格とされていたものが,DSM-Ⅲ以降は気分障害の項に入れられた。またエピソードの反復を記述する特定用語として季節型,急速交代型などの特定用語が設けられている。
ICD-10による分類(表4)は,アメリカでのDSM-Ⅲ,DSM-Ⅲ-Rが刺激になって生まれた。単極型と双極型に二分しているが,それぞれ初回エピソードと反復したものを分けている。DSM-IV(1994)はICD-10に近づける作業がなされたが,いくつか相違も残されている。体因性うつ病は,気分障害の項ではなく器質性気分障害(F06)に,統合失調感情精神病は統合失調感情障害(F25)にそれぞれ対応する。退行期うつ病は,ICD-8(1964)およびその影響を受けて作成されたDSM-Ⅱ(1968)において退行期メランコリーとして独立していたが,その後の分類では青年期のうつ病の年齢修飾と考えられるようになりDSM-IVでもICD-10でも独立した位置づけはされていない。筆者らは人生後半期のうつ状態を,内因性うつ病の遅発型と妄想性障害としてのメランコリーの2つに分げると理解しやすいと考えている。

8.まとめ
躁うつ病の概念の成立から,最近の国際分類に至る流れを振り返った。分類は人為的なものであるから,どれにも多少とも不備がある。カテゴリー分類は類型のイメージを描きやすいが境界の設定が難しく,それを解消できるディメンション分類には次元軸の適切性が問題となる。分類は新しいほどよいとは限らない。現在用いられる国際分類は,国や文化を越えて誰もが操作的にあてはめることはできるが,類型同士の関連がつかめないので議論が深まらない。伝統的な分類を見直し,DSMに至った流れを知り(汎用されているMINI-DのみでなくDSMマニュアルの序文が役に立つ),それぞれの利点と欠点を把握することは,臨床の場で多様なうつ状態と向き合い,患者を理解する基盤を与えてくれると思う。



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気分変調症

気分変調症
辻 敬一郎
田島 治

1.概念・定義
気分変調症(気分変調性障害)の概念は,ほとんど1日中,大うつ病の診断基準を満たさない軽症の慢性的抑うつ気分が続き,少なくとも2年間(小児の場合は1年間)症状のある日の方がない日よりも多く,その期間中に症状のない期間が2ヵ月以内であり,また発症から2年間(小児の場合は1年間)に大うつ病エピソードがないことと定義されている.

2.疫学
今日の気分変調症の概念は比較的新しいということもあり,疫学的な調査自体が十分に行われていないのが現状である.一般に生涯有病率は6%,時点有病率は3%といわれている.性差別では女性に多いことが一致して報告されており,具体的には男女比は1:2ないし1:3と女性に多いという報告があるが,小児に関しては性差がないといわれている.

3.病因
3-a.遺伝
気分変調症患者は家族歴として大うつ病性障害をもつ割合が多いといわれており,ある調査結果では84%に大うつ病の家族歴がみられ,その内訳は78%が非双極性うつ病,19%が双極I型障害であったという報告がある.また気分変調症の若年発症型と高年発症型の比較では,前者の方が有意に大うつ病性障害の家族歴が多いと報告されている.

3-b.病態
気分変調症の生物学的基盤は解明されていないが,局所脳血流量の測定による研究結果では,内因性うつ病でみられる前頭葉での血流量の低下が気分変調症では認められないことや,dexamethasone抑制試験による気分変調症のdexamethasone非抑制は一般的ではなく,これは正常対照群との間に有意差はなく大うつ病との間に有意差を認めていることなどから,大うつ病とは病態が異なっていることが示唆されている.しかし生化学的にはノルアドレナリンないしドパミン系において非メランコリー性の大うつ病と有意差はなく,セロトニン系においても大うつ病との間に差を認めないという報告もある.また脳波を用いて大うつ病との比較を行った神経生理学的な研究報告が幾つかあり,気分変調症患者の25一50%が大うつ病性障害の一部の患者にみられる睡眠ポリグラフ検査所見を呈すという報告もあるが,これらには一貫した結果が見いだせていない.

4.臨床的特徴

臨床上の特徴は,基本的に大うつ病エピソードの特徴に類似しているが,自律神経症状を呈する頻度は大うつ病に比較すると少ないようである.小児の場合は抑うつ的であると同時に易怒性や気難しさがみられる.また気分変調症はその症状経過からも推測されるように社会機能障害が問題となっており,実際に多くの調査で大うつ病に比べて社会機能が有意に悪いことが報告されている.
Akiskalは慢性うつ病の亜型分類の理念的モデルを提唱しており,気分変調症も原発性か続発性か,若年発症か高年発症かで分類したが,現在は早発性と晩発性の2群に分類されている.DSM-IVやICD-10でも発症が21歳未満か21歳以上かを特定することを明記している.
次に経過,予後についてであるが,気分変調症の定義からも推測されるとおり,その経過,予後は決して良好とはいいがたい.しばしば早期かつ潜行性に発症,大うつ病を併発して初めて受診に至るケースが多い.気分変調症患者の経過を追跡調査した幾つかの報告をみても,大うつ病と比較すると有意に抑うつ症状も社会機能も回復率が悪いという結果が得られている.また大うつ病単独の患者群とdouble depressionを呈した気分変調症の患者群を比較した追跡調査でも,気分変調症患者の方が有意に回復率が悪いという報告もある.これは,double depressionの大うつ病の急性期からは回復したものの,気分変調症としての慢性軽症うつ病が遷延していることが示唆される.

5.診断と診断基準
5-a.診断
気分変調症は軽症うつ病と見なされやすく,逆に治療抵抗性のうつ病が気分変調症と診断されるケースも多々見受けられる.また大うつ病と気分変調症が共存するいわゆるdouble depressionの病像も気分変調症の存在が見落とされがちであり,その診断には詳細な病歴聴取が必要とされる.診断基準は持続性気分(感情)障害の稿で示した表1のとおりである.
5-b.鑑別診断
気分変調症と鑑別診断を要する個々の疾患と,その鑑別上の注意点を説明する.
1)大うつ病
気分変調症と大うつ病は類似した症状を呈すことから,それらの鑑別はしばしば困難を伴う.基本的にはその重症度と慢性度に基づいて鑑別される.DSM-III-R以降の気分変調症の診断基準は,発症後2年の間に大うつ病エピソードがないことが前提となっている.発症後2年以降に大うつ病エピソードが出現した場合は,気分変調症に大うつ病が併発したいわゆるdouble depressionと診断される.
2)人格障害
若年発症の気分変調症と人格障害,とりわけ抑うつ性人格障害との鑑別が問題視されている.気分変調症患者において様々な人格障害の診断基準を満たすケースが多々見受けられ,人格障害の分類カテゴリー間の境界の曖昧さが指摘されている.
3)精神病性障害
統合失調症(精神分裂病)や妄想性障害などのいわゆる精神病性障害における慢性期の経過中に慢性の抑うつ状態を呈することがまれならず認められる.残遺欠陥状態をはじめ精神病性抑うつやpostpsychotic depressionなどが遷延しているケースなどとの鑑別が必要である.
4)不安障害
抑うつ状態はしばしば不安症状を伴うことが多い.気分変調症はその診断基準からも軽症のうつ状態を呈すものであり,強い不安が前景となっている場合は不安障害と診断されがちであるため注意が必要である.
5)身体疾患による気分障害
高齢発症の気分変調症では何らかの身体疾患を伴っていることが多く,一般身体疾患による気分障害との鑑別は困難である.これらの鑑別には抑うつ症状の発現と身体疾患の発症との時間的な関連や因果関係,身体疾患の改善に伴う抑うつ症状の変化などが重要なポイントとなる.

5-c.コモービディティー(comorbidhy:共存ないし併存)
気分変調症は前述の鑑別診断としてあげた多くの疾患とのcomorbidityが多くみられる.ある疫学調査では,気分変調症患者の46%が不安障害を,39%が大うつ病を,30%が薬物乱用を合併していたと報告している.大うつ病の合併,いわゆるdouble depressionに関しては,59%が初診時に大うつ病を合併しており,97%が経過中に大うつ病を併発したという調査報告がある.II軸診断のcomorbidityに関しては,気分変調症患者の34%に人格障害を合併しているという報告がある.人格障害のcomorbidityについて気分変調症患者と大うつ病患者の比較を行った2つの調査では,気分変調症の方が有意に人格障害のcomorbidity が多いという報告もある.気分変調症の治療について経験論的にいわれることは,薬物療法および精神療法ともに反応性が悪い,ということである.しかし治療が奏効し速やかな改善が認められれば,気分変調症の診断基準を満たさないわけである。

6.治療
6-a.薬物治療
薬物反応性が不良といわれてきた原因の一つに症状が比較的軽度なため有効投与量以下の抗うつ薬が投与されていたということがあげられており,最近では大うつ病に準じた薬物療法や精神療法を行うことでその治療効果が期待できるという報告が増えてきている.一方,薬物療法の注意点としては,気分変調症は抑うつ症状が軽症ゆえにベンゾジアゼピン系などの抗不安薬の漫然投与が行われているケースが多々見受けられるが,気分変調症に対する治療的有効性も証明されておらず,また依存性の問題もあるため注意を要する.近年,二重盲検比較試験で気分変調症に有効とされる薬剤の報告が幾つかみられ,基本的にはうつ病治療に準じた抗うつ薬の投与により,その種類を問わず同等の効果が得られるといわれている.ここでは各種薬剤の種類別にその特徴も含めて紹介する.
1)三環系抗うつ薬
気分変調症に対する三環系抗うつ薬の効果は,大うつ病に対する効果ほど明らかではないものの,幾つかの二重盲検比較試験で有効性が示されている.しかし副作用の発現頻度は他の抗うつ薬に比較すると多いと報告されている.
2)選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
幾つかの二重盲検比較試験の結果によると,SSRIは効果発現は遅いものの標準的な投与量を用いれば気分変調症に有効であることが示されている.またSSRI投与により短期で効果が認められないケースであっても,増量しつつ少なくとも6ヵ月は投与を継続するべきであるという見解もある.
3)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
SNRIに関する二重盲検比較試験の報告はないが,少数例の予備的なオープン試験ではあるがその有効性を示した報告もある.
4)その他
現在国内では使用できない薬剤であるが,MAO阻害薬の気分変調症に対する効果が三環系抗うつ薬であるimipramineに比して有意に有効であるという報告がある.また,選択的可逆的モノアミン酸化酵素タイプA阻害薬(RIMA)であるmodobemideや,ドパミンD2,D3受容体阻害作用をもつamisulpirideなどの気分変調症に対する有効性も報告されている.amisulpirideと類似した作用機序を有するsulpirideは現在国内での精神科治療に広く用いられており,最近気分変調症に対する有効性が報告された.

6-b.精神療法
次に気分変調症に対する精神療法に関しては,薬物療法以上にその研究は乏しく,現在の見解では標準的な治療とはいいがたい.World Psychiatric Associationのワーキンググループも,気分変調症の精神療法は単独ではなく薬物療法と併用されなくてはならないとしている.しかし気分変調症は治療が長期にわたることがほとんどであり,治療関係を良好に保っという精神療法的配慮は不可欠とも考えられる.気分変調症は多くの異種の病型から成り立っているため,特定の理論に基づく技法が特異的に有効とは考えられず,個々のケースに合わせてより良い精神療法的技法を選択する必要がある.

文献 略



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気分変調症

気分変調症
保坂隆

はじめに●
気分変調症(dysthymia)は比較的若年で発症し,軽症ではあるものの慢性に経過する一群の抑うつ状態に対して提唱されたようであり,わが国で従来より使われていた“神経症性うつ病”や“抑うつ神経症”に相当する概念である.有病率が人口の3%といわれているので,内科臨床の中でも遭遇することはまれではないと思われる.米国では,診断基準DSM-IIまでぱ抑うつ神経症”として神経症圏に含められていたものである.しかし,この抑うつ神経症と診断されていた患者を経過観察したところ,その40%は単極性または双極性障害に移行し,20数%だけが抑うつ神経症のままであったという研究結果から,疾患均一性が問題にされていた.その結果,診断基準DSMⅢ(1980年)からは,抑うつ神経症のかわりに“気分変調症”という用語が使われるようになった(抑うつ神経症はカッコ内に付記されていた)のである.つまり気分変調症とは比較的,新しい疾患概念なのである.
その後は,DSM-ⅢRまでカッコ付きで付記されていた“抑うつ神経症”はDSM-IVでは完全に
姿を消し,呼応するかのように,ICD-9(1978年)の抑うつ神経症も,ICD-10(1992年)では気分変調症にかわった.

気分変調症の診断●
一番新しい診断基準DSM-IVによれば,「気分変調症とは,軽度の抑うつ気分,広範な興味の消失や何事も楽しめないという感じが,長い期間(2年以上)続く状態」をいう.

気分変調症の治療●
気分変調症の治療としては,薬物療法と精神療法がある.
1.薬物療法
気分変調症の薬物療法としては,通常の抗うつ薬,すなわち三環系抗うつ薬やSSRI,SNRIなどでその有効性が確かめられている.しかし,臨床的には薬物療法への反応がわるいケースがあることも事実である.そこでAkiskaHは,気分変調症をその発症年齢と誘因によって,①遅発性の慢性原発性単極性うつ病,②慢性続発性うつ病,③早発性の性格因性うつ病,の3群に分けた.そして,この早発性の性格因性うつ病を薬物への反応によって,準感情病性気分変調性障害と性格スペクトラム障害とに分類した.前者の準感情病性気分変調性障害では,三環系抗うつ薬やlithiumcarbonateなどの気分安定薬に対して反応し,症状としては大うつ病の症状に近く,家族歴にも単極性・双極性障害などがみられた.それに対して,後者の性格スペクトラム障害では薬物療法への反応もわるく,症状も大うつ病障害のそれとは異なり,薬物・アルコール依存などが多くみられる.さらに家族内でもアルコール依存などがみられ,小児期に親を亡くしていることが多く,演技性・反社会性・未熟性・依存性の人格傾向を呈するという.つまり,臨床的に抗うつ薬の効果がある場合と,ない場合が存在するのは,このような臨床的な亜型分類で説明できそうである.言いかえれば,気分変調症は,大うつ病に近い群と,性格的な因子が強い群とに大別できそうである.

2.精神療法
抗うつ薬で治療する場合でも,安定した患者-医師関係の構築と維持のためにも,精神療法が必要であることはいうまでもない.それは,精神疾患すべてにいえることである.さらに,気分変調症の抗うつ薬で反応しないケースでは,特別な精神療法の適応になってくる.気分変調症では,約3ヵ月間の抗うつ薬の服用で寛解する患者は,全体の50%前後にすぎないことが知られ,かなりの患者は抗うつ薬では治らないことがわかっているからである.
さて,気分変調症の精神療法でもっとも効果が期待できるのは,認知(行動)療法である.これまでの報告によれば,認知(行動)療法による寛解率は30~60%であり,これは薬物療法による寛解率に匹敵する.そして,対人関係療法の効果も報告されている.これは,抑うつが対人関係の脈絡で生じることが多いことに注目され,開発された精神療法であり,人格レベルを問題にしないで,あくまでも対人関係に焦点を絞った援助と助言が行われる.

気分変調症の意義●
抑うつ状態の患者の場合,気分変調症と診断する際には,大うつ病と,抑うつ気分を伴う適応障害,薬剤性のものなどが鑑別診断となる.大うつ病とは症状の強さ,適応障害とは明確な誘因の有無と症状の持続期間などから鑑別できる.気分変調症は比較的若年で発症することが多
く,慢性的に抑うつ状態が続くのが特徴的である.このような慢性の抑うつ状態が持続すると,どうしても問題処理能力の低下などがあり,それによる心理的葛藤も出現してくるので,神経症,すなわち抑うつ神経症と診断し,これまでは神経症圏内の疾患を思うことが多かった.その意味で,“気分変調症”の概念は依然として曖昧な部分は残されてはいるものの,神経症圏から気分障害圏に移行したという点は重要である.移行した理由は前述したように,抑うつ神経症と診断されていた患者を経過観察したところ,その40%は単極性または双極性障害に移行し,20数%だけが抑うつ神経症のままであったという研究結果による.そのため,この疾患を疑ったら,しっかりとした抗うつ薬の投与をする必要がある.
さらに,この気分変調症の罹患率は3%と高いため,もう一度,この概念を整理し理解して,日常臨床で抑うつ状態あるいは軽症うつ病の患者を診察する際には,まずは頭に浮かべる必要がある.

文献●
1)李圭博ほか:気分変調の研究史.臨精医27:621,1998
2)田島治:気分変調症の薬物療法.臨精医27:645,1998
3)AkiskalHS:Dysthymic disorder:psychopathology of proposed chronic depressive subtypes.AmJ Psychiatry140:ll,1983
4)大野裕:気分変調性障害とパーソナリティー.臨精医27:637,1998
5)佐藤哲哉ほか:気分変調症の精神療法.臨精医27:



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気分変調性障害と大うつ病のcomorbidity

特集抑うつとAXisI/AXlsⅡ
気分変調性障害と大うつ病のcomorbidity-いわゆるdouble depression-
染矢俊幸 塩入俊樹 遠藤太郎

抄録:気分変調性障害の診断および薬物療法についての文献的検討を行うと共に,大うつ病性障害を併発している重複うつ病,いわゆるdoubledepressionにおけるそれらの留意点についても考察した。気分変調性障害の診断に際しては,①大うつ病性障害に比し発症が早いこと,②大うつ病を合併しやすいこと,③大うつ病発症時に初めて医療機関を受診することが多いこと,④経過中に双極性障害やパーソナリティー障害に類似した臨床症状を呈する場合があること,等に留意する必要がある。薬物療法に関しては,①重複うつ病の急性期では,大うつ病性障害に準じて大うつ病エピソードの治療を行う,②薬物の有効性および忍容性の面から,大うつ病性障害を併発していない気分変調性障害の治療では,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を第一選択薬に考え,効果不十分の場合は三環系抗うつ薬(TCA)が第二選択と考える,③セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)については,SSRI同様有効性が高いと思われるが,現状ではエビデンスが不十分である,等が挙げられる。これら薬剤を選択し,十分な期間の維持療法を行うことが,気分変調性障害および重複うつ病の治療として重要である。しかしながら,この障害の実証的研究はまだ十分とは言えず,重複うつ病の急性期治療においても,今後解明されるべき課題は多い。さらなるRandomized Controlled Trialの蓄積が待たれるところである。

はじめに

気分変調性障害は,1980年に米国精神医学会の公式診断基準であるDSM-Ⅲに初めて用いられた疾患単位で,従来,「神経症性うつ病」,あるいは「抑うつ神経症」と呼ばれた病態にほぼ相当する。その最も特徴的な臨床症状は,比較的軽症ではあるが慢性の経過をたどる抑うつ症状とされる。気分変調性障害患者は発症から受診までに相当の期間を要し,大うつ病性障害と比し治療を受ける機会が乏しいが,早期発症者では大うつ病エピソードを併発することが多く(重複うつ病double depression),これが治療を求める契機となる場合が多いとされている。重複うつ病は,気分変調性障害患者の79%に認められるとする報告からも,その経過中に高頻度に認められる病態であり,うつ状態の診断・治療に大きな影響を及ぼすと考えられる。
本稿では,気分変調性障害の診断および薬物療法について,大うつ病性障害との関連も含めて述べる。

Ⅰ 気分変調性障害の診断の留意点

気分変調性障害の発症時期は明確でないことが多いので,診断の際にはその持続期間の問題が生じる。また,気分変調性障害の抑うつ気分は他の精神疾患の併存では説明できないことが前提であり,気分変調性障害の最初の2年間の気分症状が大うつ病性障害の「慢性」または「部分寛解」であってはならないし,また統合失調症のような慢性の精神病性障害の経過中に上記の気分変調が生じても,気分変調性障害とは診断されない。

気分変調性障害の75%以上で併存精神疾患(特に大うつ病性障害,すなわち重複うつ病が多い)があるとの報告もあり,大うつ病性障害が「慢性」あるいは「部分寛解」となり遷延化した場合,気分変調性障害との鑑別を一層困難にする。以上のように気分変調性障害と大うつ病性障害の鑑別は決して容易ではないが,前述したように,①大うつ病性障害を併発しやすいことと,②大うつ病エピソードの発症時に初めて治療的関わり合いを持つことが多いことには留意しておかなければならない。さらに,気分変調性障害には大うつ病性障害とは異なる以下の面があるとされ,診断上有用である。つまり,③気分変調性障害は大うつ病性障害に比し,思春期後期あるいは成人早期から何らかの臨床症状が現れていることが多い(発症年齢の違い)。④気分変調性障害では,経過中に軽躁状態あるいは反抗的な態度を示すような人格面での偏りの存在が示唆されるようなエピソードが存在する事がある(双極性障害あるいはパーソナリティー障害との鑑別)。ちなみに,21歳以前の発症の「早発性」では,特に大うつ病エピソードを生じ易いと言われている。また,気分変調性障害の経過としては,大うつ病エピソードから回復したとしても,もとの慢性うつ状態に戻ることが多く,単なる大うつ病性障害とは縦断的な経過が異なる。本人や周囲の人達に対する心理教育等の心理・社会的なアプローチが重要である。

Ⅱ 気分変調性障害の薬物療法的アプローチ

1.重複うつ病の薬物療法

我々が知る限り,Duarteらの研究が,重複うつ病のみを対象にした唯一のRandomized Controlled Trial(RCT)である。ここでは,可逆的MAO-A阻害薬(RIMA)であるmoclobemide(300mg,/日)と選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のfluoxetine(20mgy/日)を比較し,偽薬群は設定されていない。結果は,6週間後に17項目のHamiltonうつ病評価尺度(HAM-D)の総得点が50%以上軽減した患者は,moclobemideで71%に達したのに対し,fluoxetineでは38%であった(p<0,05)。しかし,HAM-Dの平均最終得点やClinical Global lmpression scale(CGI)での改善率には有意差は認められず,副作用や忍容性にも両群で違いはなかった。但し,このエビデンスは重複うつ病に対してmoclobemideとfluoxetineが同様の効果を持つことを証明したに過ぎず,重複うつ病に抗うつ薬を用いることが妥当であるかどうかを示しているわけではない。このDuarteらの研究以外は,対象に重複うつ病以外に大うつ病性障害の「慢性」や「部分寛解」を含んだ研究である。1996年以前ではオープン試験しかないものの,三環系抗うつ薬(TCA)やSSRIにより大うつ病相は比較的迅速に回復する可能性が示唆されている。 その後現在までに6つのRCTが行われているが,そのうちの3つの研究は同一グループからのものであり,一連の研究として位置づけるのが妥当であろう。結果としては,sertraline(50~200mg/日)とimipramine(50~300mg/日)が同等に有効で,両薬剤が気分変調性障害の心理・社会的機能障害を軽減し得ることなどが示された。また,最近Thaseらは,sertralineとjmipramineによる12週問の治療に反応しない患者の約半分が,sertralineからimipramine(平均221mg/日)あるいはimipramineからsertraline(同163mg/日)への変更が有効であったと報告している。Smeraldiは,ドーパミンD2およびD3受容体の選択的アンタゴニストであるamisulpride(50mg /日)とfluoxetine(20mg/日)の効果を比較し,両薬剤とも有効で,その改善率や脱落率,有害作用には有意差を認めなかったという。さらにAmoreらの研究では,amisulpride(50mg/日))とsertraline(50~100mg/日)との比較が行われた。4週問後HAM-Dの総得点が50%以上軽減した患者の割合は,amisulprideが63%,sertralineで50%(p<0.02),8週間後でamisulpride82%,sertraline69%(pく0.009)となり,amisulprideが優れていたが,12週間後には両者で有意差なく,忍容性も等しく良好であった。以上から,TCAやSSRI,ドーパミン受容体拮抗薬が重複うつ病に有効である可能性は高いが,前述したように,これらの研究は大うつ病性障害「慢性」や「部分寛解」という,DSM-Ⅲ-R以降,気分変調性障害と区別して扱われてきた病態が含まれているので,エビデンスとしては不完全である。 ところで,上記の研究結果を見ると,重複うつ病の薬剤による改善率が想像以上に高く,KellerらやKocsisらの指摘するように,急性期治療性は重複性うつ病や大うつ病性障害「慢性」などの慢性うつ病のサブタイプによる違いがないとすると,重複うつ病の場合,TCAやSSRI,amisulprideなどの効果は大うつ病性障害とほぽ同程度であると考えることができる。したがって,大うつ病性障害に準じて大うつ病エピソードの治療を行うのが妥当であろう。もちろん,例えば1998年のKellerらの報告17では,確かに重複うつ病は大うつ病性障害「慢性」と同様にHAM-D総点が減少しているが,これは12週目の結果であって,endpointでも双方ともHAM-D総点は13点前後あり,軽うつ状態が持続していることがわかる。重複うつ病では気分変調性障害の治療を考えると,急性期治療以降の薬剤反応性が特に重要であるが,前述した報告ではほとんどが急性期治療に関するもので,急性期治療と同様の治療を続ければ気分変調性障害も改善されるか否かは定かでない。その意味からも,大うつ病性障害のみならず気分変調性障害の症状も有意に改善したとするKocsisらの報告は貴重であるが,さらなるエビデンスが必要である。 2.大うつ病の併発のない気分変調性障害の薬物療法 まず,Limaらのメタ解析刊こついて述べる。彼らは,気分変調性障害患者の薬物対偽薬の使用に注目したすべてのRCTを検索し、抽出された16の試験をメタ解析した。彼らの求めた治療効果の相対危険度(RR),95%信頼区間(CI)および治療効果発現必要症例数(NNT)について表1に示した。その結果,気分変調性障害の治療では,異なったクラスの薬剤の間でも,各クラスの薬剤間でも,有意差なく薬剤は偽薬に比し有効であった。また,治療脱落と有害事象のRRおよび95%CIについても表Ⅰに示した。その結果,TCAは偽薬より多くの治療脱落を起こし,TCA,SSRI,MAOIは偽薬より多くの有害事象を起こしたが,TCAのみ有意に多かった(但し,薬剤問の直接の比較はされていない)。したがって,忍容性という点ではTCAはやや不利と言える。 以上,Limaのメタ解析で用いられた16のRCTからは,気分変調性障害に対する有効性は,TCA(desipramine,imipramine),SSRI(fluoxetine,sertraline),MAOI(phenelzine,moclobeminde),amisulpride,ritanserinで同様であるが,忍容性の面でややTCAが劣るという結果であった。しかしながら,上記の抗うつ薬の中で,現在わが国で使用可能なものはTCAのimipramineのみである。そこで以下に我々が現在|臨床的に使用可能である抗うつ薬であるparoxetineとfluvoxamineを中心に,これまでの報告を提示する。しかしながら,両者ともRCTではないため十分なエピデンスとは言えない。 Paroxetineの気分変調性障害に対する有効性については,Nobneらが,小児および思春期の気分変調性障害患者7名に対してparoxetineを投与,その有効性を示した。さらに,Barrettらは,小うつ病および気分変調性障害の患者241名(内127名が気分変調性障害)を,認知行動療法群,paroxetine群,偽薬群の3群に分け,それぞれ治療を行い,paroxetine群の11週間後の寛解率(80%)は他の2群(認知行動療法群:57%,偽薬群:44%)に比し高いと報告している。また最近,BogettoらはSSRIの退薬症状の発現に関する興味深い結果を示している。彼らは,fluoxetine,あるいはparoxetineによる8週間の治療に反応した気分変調性障害患者97名に対して,その後の退薬症状を比較検討し,全体の26.8%に症状が認められ,内84.6%がparoxetineであったとした。彼らの結果からは,paroxetineの退薬症状の発現率は他のSSRIよりも高いことになり,薬物中止時には十分な注意が必要となろう。 FluvoxamineについてはRabe-Jablonskaが,気分変調性障害を呈する青年に対象を限定し,その効果を見た報告がある。それによると,fluvoxamineの投与4週目に48%が,8週目に56%,さらに26週目には44%の患者で改善が示されたという。その他fluoxetineについては,de Jongheらの報告がある。彼らは,気分変調性障害26名を含む中等度うつ病外来患者48名を対象に,maprotiline,あるいはfluoxetineのいずれかを投与し,投与後6週目には両群共に改善したが,その改善率は29%と控えめであったと報告した。 最後に,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)について述べる。気分変調性障害に対するSNRIの効果についての研究はvenlafaxineのみで,本邦で使用可能なmilnacipranのものは残念ながら存在しない。Joffeらは880名の大うつ病性障害と気分変調性障害(全体の3.3%に当たる30名)を対象として,venlafaxineを8週間投与し,臨床的な有効性や忍容性は良好であることを証明した。また,Hellersteinらはvenlafaxineを投与した気分変調性障害17名中13名(76.5%)にHAM-D総得点やCGIの改善が見られたとし,気分変調性障害に対するSNRIの有効性を示唆している。Ballusらは,24週間にわたりvenlafhxineとparoxetineとのRCTを行い,有効性や忍容性の点でvenlafaxineはparoxetineよりも優れていると結論した。しかしながら,これらの研究ではすべて対象群に問題があり,さらなる検討の必要がある。SNRIについては,これまでの研究は極めて不十分であるし,なおかつ使用可能なminacipranのエビデンスは未だ存在しない。しかしながら,SNRIの抗うつ薬効果と副作用の少なさという特性から,気分変調性障害の治療薬としての可能性は高いと思われる。 以上をまとめると,大うつ病性障害を併発していない気分変調性障害の治療には,その有効性や忍容性に関するこれまでのエビデンスを総合して,SSRIが第一選択薬,効果不十分の場合TCAが第二選択となろう。SNRIについては,SSRI同様有効性が高いと思われるが,現状ではエビデンスが不十分である。 3.気分変調性障害の維持療法 気分変調性障害に対象を限定した,継続・維持療法に関するメタ解析は存在しない。そこで,内的妥当性が比較的高いと思われるRCTを紹介する。いずれも,抗うつ薬を中止後の6ヵ月間に,再発が頻発することが警告されている。Kocsisらは,気分変調性障害患者(但し,56%は重複うつ病)に対してdesipramineを用い,10週間の急性期治療を行い(平均最終投与量:230mg/日,その中から急性期治療後16週間再発がない寛解患者をdesipramine群と偽薬群の2群に分け,経過を観察した。その結果,desipramine維持群では偽薬群に比し有意に再発が少なかった。また,再発のほとんどは最初の6ヵ月に起こっていたという。しかし,対象に重複うつ病が含まれており,純粋な気分変調性障害に対する有効性については明言できない。Kocsisらの最近の研究では,先の研究19で10週間のdesipramine急性期治療に反応し,しかも4ヵ月の継続療法中にも改善を保持した27名の気分変両性障害患者を対象とし(重複うつ病は除外),2年問の維持療法中の再発をdesipramine維持群14名と偽薬群13名で比較している。結果は,サンプルサイズは少ないものの,偽薬群の6名に対しdesipramine維持群では再発はなかった。また,偽薬群で再発した6名のうち5名が最初の6ヵ月で再発していた。したがって,Kocsisらのグループの2つのRCTからは,重複うつ病の併発に関わらず,desipramineは気分変調性障害患者の継続・維持療法として有効であることが証明された。継続・維持療法の期間に関しては,再発を考慮すると少なくとも6ヵ月問,できれば2年間ほどの長期のフォローが必要となるものと考える。 4.抗うつ薬の増強療法 我々の調べた限り,大うつ病性障害の治療でしばしば推奨されるLithiumや甲状腺ホルモン等による増強療法を,気分変調性障害に試みたRCTは存在しない。ちなみに,Kaplanの教科書では,気分変調性障害の薬物療法の項目に,実証性はないとしながらも,治療的試みが失敗した場合の選択肢として,Lithiumや甲状腺ホルモンによる抗うつ効果増強が推奨されている。Lithiumについては,Akiskalらのオープン試験が参考となるであろう。彼らは,慢性軽症うつ病を,desipramine,nortriptyrine,lithiumへの反応性の違いから,これらの薬剤への反応性が良好な準感情性気分障害と,反応性に乏しい性格スベクトラム障害に分類することを試みた。さらに翌年には,2年以上症状が持続している軽症慢性のうつ病を4型に分け,治療(抗うつ薬・気分安定薬と現実的な精神療法)への反応性の違いを調べた。すると,患者部の45%が治療に反応し,その反応群の一つが1型,すなわち,①単極性あるいは双極性の気分障害の家族歴を持ち,②25歳未満の発症の,③間歌的あるいは慢性のうつ病であった。これは,後に気分変調性障害とDSMで定義される病態に極めて近く,気分変調性障害にほぼ近い一群の中でlithiumが奏効する者が存在することを示している。 一方,甲状腺ホルモンについては,最近Rudasらが,治療抵抗性うつ病に対する高用量thyroxine(T4)の増強効果を8週間のオープン試験で調べている。結果は,9名のうち重複うつ病の4名と気分変調性障害1名は,いずれもT4によって部分寛解あるいは反応良好と評価された。しかしながら,対象が余りにも少なく,参考の域を出ない。 おわりに この障害の実証的研究は途についたばかりであり,急性期治療においては,薬剤の選択順位・投与量・投与期問・無効な場合の変更方法・増強療法の有効性の有無,維持療法においては,大うつ病性障害より長期に維持すべきか否かなど,今後解明されるべき課題は多い。さらなるRCTの蓄積が待たれるところである。 文献 1)Akiskal,H.S.,RoseJlt]la1,T.L.,Haykal,R.F.etal.:Characterological depressions.Clinical and sleep EEG findingss 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