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新聞の忘れ易さを訂正する方法

ジャーナリズムの忘れ易さを防止するために、
こうしたらどうだろう。

テレビはもう仕方がない。
日々起こることを伝えて、
たとえば洞爺湖ホテルの絵を流し続ければいいのだろう。
テレビ独自の説得力があり、
NHK特集で国民は多くものもを学ぶはずであるが、
それもまあ、どのような基準でテーマが選ばれるのか、不明である。

新聞については、こうしたらどうだろう。
ある案件について、重要度、どうなったら追跡完了なのか、追跡期間、報告実績と一覧表にしておく、
通知表のようなものだ。
それまでの一覧表があり、新しい事件が起これば、そこに付け加わり、
紙面が限られているので、相対的に割り振られる紙面は少なくなる。
紙面の割合を、この一覧表で確定しまおうというものだ。
だから、発生の時点で重要事件であっても、その後進展がなく、
なんとなく大事なことなのに、報道がなくなってしまう例がたくさんあるが、
それを防ぐことが出来る。
過去に重要であった事件は、紙面が割り振られ、何も書くことがなければ、
現時点での要約をして、埋めておくことになる。それでも充分にいいことだ。
感心は持っていること。進展がなければないと明確に伝えること。

今取り組まなければならない課題はなんであり、
にもかかわらず日々の報道を占有しているのはなんであるか、
分かるようになる。

スピード社の水着の枠はどれくらいで、
東海大地震の問題の枠はどれくらいなのか、
タクシー不正の枠、
建築偽装の枠、
防衛省スキャンダルの枠、
裁判制度の改正、
弁護士の人数、
官僚人事の問題、
日銀総裁でもめていた問題。
それぞれの重みが分かるようになる。

*****
それにしても、どの問題についても、
特段の解決なく先送りし、
次のニュースが到着してしまう、
この状況はどうだろう。

チベットもギョーザもガレキの下になり
というのを見かけた



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バブルの動向

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バブルがはじけるといっても、
元に帰るだけなんだな

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自殺統計

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諸国でそろって増加傾向。
シンガポールだけは別。
なぜだろう。

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自殺統計

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ハンガリーの自殺の秘密は、
ハンガリー語に埋め込まれている(ビルトイン)のだと思う。

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精神医学の諸側面

朝日新聞の書評で精神医学関係の記事を二本読んだ。
どちらも記事の存在価値がよく分からない。
記事をきっかけとして本を読もうとする人はまずいないだろうという書き方であり、
しかし、公の場での記事である以上、あからさまな
無価値との断定ではない。

精神医学は各方面に関係があって、
ざっと考えると、
医学、
心理学、
哲学、
ジャーナリズム。

医学は身体医学のことであり、
精神医学は脳科学に翻訳されつつある。
しかし翻訳不可能だろうとの思いは当然あり、
脳科学の極限に、
精神医学の独自の、特権的な地位が待っているような気がする。

心理学はいつの時代にも
身体医学と、精神医学を土俵にして綱引きをしてきた。
ドイツ精神医学と精神分析学と脳神経回路と神経伝達物質と精神薬理学。
最近は心理学は押されっぱなしだが、
認知行動療法という堡塁を築き、立てこもりつつある。

哲学にはラカンとその弟子以降、あまりショックを与えていないように思う。
むしろ、脳科学者の用語を哲学が採用しつつあるのではないかと思う。

ジャーナリズムに関しては、やはり一般の人が新聞や図書館で触れるのが
ジャーナリズムの文章であり、
そこでまず疾患についての理解や誤解や先入観が構成されるのだろうから、
重要である。
精神疾患についての教育を中学生くらいで一度きちんとしておけば、
あとあとずいぶん理解が違うように思う。

治療の最先端とアカデミズムの最先端にはやはり方向の違いがあり、
それぞれを伝えるジャーナリズムのことばにも方向の違いがあるようだ。

*****
医学、心理学、哲学がどうであっても、患者さんにはあまり関係がないかもしれない。
しかしジャーナリズムが精神医学にどう反応しているかに関しては、
患者さんの病像にも治療にも大いに影響すると思う。

すごく好きという人でない限りは、
反感を持っていたり、問題だと感じている人の方が、
文章を書くものだと思う。
それを読む人たちは、当然、精神医学に潜在的な反感を持つのだと思う。

最初にフロイトやユングを読んだ人はまた別の先入観を持っていると思う。
一種の親しみを持ってくれるのではないか。
それくらいフロイトは強力であるといまも思う。

映画や小説で登場する精神病や精神医療、思想としての精神医学。
そして身近で体験する、一時的な精神病やアルコール症、老年期認知症。
その体験から来る、無力感。
医学の場合に、最終的には全員死ぬのであるから、敗北主義の下地は強く存在する。
ある場合には逆に全能感の幻想。

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近親相姦とアダムのことばと発祥の地アフリカ

ディエゴ・マラーニの小説「通訳」で扱われている精神病患者は、
「原初言語の妄想」を抱いている。

ウンベルト・エーコに「完全言語の探求」があり、
あらゆる言語の祖語としての「アダムのことば」がテーマになっている。

確かに、通訳をしていれば、言語相互の共通性に注意が行くだろう。

そして話はさらに「言語療法」につながり、
外国語を習得することによって精神療法をしようという話になる。

一方で、複数の言語を操れば、精神が不安定になるに決まっているとの意見も紹介している。

言語は、歯ブラシと同様、
各人が自分のものだけを口に入れるべきであると
語る。

登場する治療者は、症状に応じて、外国語を処方する。
希少言語はショック療法として、
ドイツ語は鎮静剤として。

曜日ごとに七か国語を使い分ける人も登場する。

外国語を学ぶことは、精神にとって毒なのか、薬なのか。

*****
そんな話があって、アフリカの話題が最近あり、
改めて、人類の発祥の地の問題に触れると、
「アダムのことば」が当然あったはずだという話になるし、
そうなれば、近親相姦の話題にもなる。

多分、最初は近親相姦をそうとは認識していなかったのだろうと思う。
妊娠と出産の始まりとしてのセックスに関して、
因果関係として明確に認識したのはいつ頃なのだろう。

最近やっと、おばあちゃんが口移しで赤ん坊に食べものを与えると虫歯が感染すると判明したが、
そのことが将来、当然のタブーになるまで、かなりの時間がかかるだろう。

*****
同じ言葉を話す人間とセックスをして
子供が生まれるのは、かなり近親相姦的な事態なのだと思う。

また、男性にとって、自分の子孫を残せるということは、
かなり特権的な事態だったのだろうとも推定できる。

強い者が何を独占したいか、
権力が成立するとしてその実体は何かといえば、
ひとつは食料についての権利であり、
ひとつは生殖についての権利だっただろう。

*****
食料についての権利は、土地の権利と直結しているだろう。
権利を維持するのは権威と暴力である。
部族の由来の神話を語りながら人殺しをする。
人間であることは難しいことだ。

古い習俗に、処女の性教育に部族の長が当たるという場合がある。
すでに妊娠した状態で、婿が指定される。
遺伝子を管理し、婚姻を管理する、そのような権力が成立するだろうことは
この例からも容易に推定される。

現代では、あらゆる特権は金銭に還元される傾向があり、
身分がどうであっても、金を払えば、いろいろなサービスを特権的に享受できるという
ケースが多い。
そうなると妄想的な人間は預金額の確認だけでかなり満足したりする。

アメリカ人はカジュアルであること、特権的でない事、貴族ではないことを
無理に表現する癖があり、
わざわざノーネクタイで足を組んで、You know,,と砕けた感じで話し続ける。
彼らにすれば、EUの内部がかなり貴族的でエリート主義的であることが
気になっていることだろう。
EU貴族の内部で家系図を気にし始めて自慢を始める事態になったら
アメリカは本気で戦争をするかもしれないと思う。

身分も出自も関係ないという思想は
人類にとってはとても新しい思想である。
それはヨーロッパとの対決の構図である。

お金持ちになることが人生の目標というのも
とても特殊で、最近のことだ。
そもそも金持ちといっても、
食糧は腐るものだし、
子供は成長してそれぞれに生きる。
女は衰える。建物も朽ちる。
金銀があっても、交換しなければつまらない。
交換可能にするためには信用が必要で、
信用はつまり、支配層を壊すことではなく
支配層に組み入れられることである。

お金があればホテルに泊まれる現代では、
そんなことはない。
気楽になったが誰も信用できないともいえる。
信用が薄まって広がったとも言える。

発祥の地アフリカから遥か遠くまで来たものだ
わたしたちは科学を発達させた代わりに人間の本来の能力を忘れ続けてきたともいえるだろう
出生率が低下し人工妊娠技術が発展するなど
その方向のことだろう
自分の中に眠っている能力を発掘できないか考えてみてもいいように思う

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