柳澤桂子先生に効いた薬
SSRIでも、SDAでもなかった。
抗うつ剤一覧表
ペインコントロールの立場で、抗うつ剤その他をまとめたもの。
SSRIとリチウムなどセロトニン作用薬との併用は避けるべきである。肝臓のcytochrome P450 (CYP 450)系酵素を阻害する。
当院では原則、リチウム併用は避けている。
しかし、酵素を阻害するということは、お互い少量でコントロール可能かもしれないということで、絶対に禁忌というわけでもない。
『SSRIのプロファイルの違いとその使い分け』
SSRI、SNRIの違いと使い分けについては、各人でいろいろな考えがあるだろう。
どのような患者さんに対して、どのような精神療法をしているかも考え合わせて、
薬剤選択を考え、しかも、他剤との併用も考慮しながら、選択しなければいけないので、
単純に、デシジョン・ツリーが描けるものでもない。
最近ではStar*Dの研究で、第一選択として、シタロプラムを使うことになっていて、
日本の我々としてはかなり特殊な環境にいることを自覚すべきだろう。
この論文では、古い抗うつ剤をも含めた薬剤選択という視点はないようだが、
実際には、三環系、四環系、最近ではSDAも含め、さらにmood stabilizerも含めて、選択しなければならないので、
議論としては不充分である。
うつ状態、不安、非定型などの言葉をいちいち定義していないのは、専門家同士の報告だからであるが、
そこの定義が難しいことも確かで、できれば議論を回避したかったというところだろう。
賦活系 SSRI は投与初期のactivation syndrome 、鎮静系 SSRI は長期服用による無気力 frontal lobe-like syndrome に注意と端的に言及していて、分かり易いが、割り切りすぎともいえる。
*****
臨床精神薬理 10 : 295-307 2007
『SSRIのプロファイルの違いとその使い分け』河田病院 (岡山市)
Ⅰ はじめに
SSRI (selective serotonin reuptake inhibitor) は選択的セロトニン取り込み阻害作用を持つ抗うつ薬である。
世界で最初に上市された SSRI は、オランダの Duphar 社が開発した fluvoxamine (ルボックス) で1983年より臨床に応用されている。ついで fluoxetine (プロザック : 1988年) 、sertralin (ゾロフト : 1990年) 、paroxetine (パキシル : 1990年) 、citalopram (セレクサ : 1995年) 、escitalopram (レクサプロ : 1998年) の計 6種類が上市された。
わが国においては、fluvoxamine (1999年) 、paroxetine (2000年) 、sertraline (2006年) の順に上市された。
2005年度におけるわが国の抗うつ薬および気分安定薬のシェアは、SSRI + SNRI が80%以上を占めている。
各国で公表されているうつ病の薬物治療のガイドラインでは、第一選択の抗うつ薬は SSRI であると記載しているものがほとんどである。今や SSRI はうつ病の急性期治療、維持療法、再発予防いずれの時期にも第一選択薬として使用されているのである。
このたび、わが国においても sertraline が新規に発売され、fluvoxamine 、paroxetine と合わせ 3剤が選択可能になったため、SSRI の使い分けについて考えてみたい。
Ⅱ SSRI の薬理と薬効
セロトニン (5-HT) は生態内では 90%が消化管に、8%が血小板に、1-2%が中枢神経系に存在しており、睡眠、体温調節、性行動、摂食、神経内分泌、認知、記憶、生体リズムなどの生理機能に関与し、不安、攻撃性、衝動性、強迫、気分障害、統合失調症、自閉症、薬物依存などの病態と深く関係していることが知られている。
SSRI はセロトニントランスポーターに結合して、セロトニン再取り込み阻害作用を示し、セロトニン神経の伝達機能を増強する。セロトニンの作用を媒介するセロトニン受容体は、14種類のサブタイプが知られているが、これらの親和性は SSRI各々によってそれぞれ異なっている。
この異なる親和性パターンが臨床効果の違いや個々の患者への反応の違いを生じる可能性もあるが、いかに関係しているかは未知であり今後の研究課題である。
Stahl は fluvoxamine 、paroxetine 、sertraline の各種受容体への作用の中でも、σ受容体との関連を指摘している。σ受容体は、現在のところ内在性のニューロステロイドによって調整される細胞内受容体と考えられている。223個のアミノ酸からなり、主に小胞体膜に存在し、活性化されると他の細胞内小器官や原型質膜に移行する。σ受容体にはσ1 、σ2 のサブタイプが確認されているが、特にσ1 受容体は記憶、学習過程の変調、ストレス、不安、うつ病、攻撃性、薬物依存症、および統合失調症、さらには神経保護作用との関与が指摘されている。
fluvoxamine のσ1 受容体に対する親和性は、他の抗うつ薬に比べて高く、このことが精神病性 (妄想性) うつに対する fluvoxamine の効果の高さを裏づけるのではないかと Stahl は指摘している。
また筆者は、強迫に対しては特に、fluvoxamine の効果は他 SSRI に比べて優れているという印象を持っているが、それもσ受容体への親和性の高さによって説明できるかもしれない。
Ⅲ SSRI の抗うつ作用の比較
SSRI の抗うつ効果は軽症から重症に至るまで発揮される。しかし抗うつ効果のプロフィールがSSRIにより相違が見られるのか、同一であるのかを研究した系統的な報告は見られていない。
Ⅳ 各SSRIの臨床効果の特徴
Stahl は以下のようにまとめている (抜粋)
① fluvoxamine
・うつ状態を合併する不安性障害に有効
・性機能障害が少ない
・fluvoxamine は統合失調症の強迫症状に対して抗精神病薬と併用して有効
・σ受容体での作用で、不安性障害、不眠、精神病性うつ病、妄想性うつ病に対する有効性が説明できる
・治療抵抗性OCDに対して fluvoxamine と clomipramine の併用がよい
② paroxetine
・不安の強いうつ病に好まれる
・離脱症状が現れやすい
・弱い抗コリン作用を持つので、抗不安作用、催眠作用が即効性であるが、抗コリン性副作用を持つ
・体重増加や性機能障害が強い
・不安や不眠の患者によい
③ sertraline
・過眠や過食を伴うような非定型うつ病に対する第一選択薬
・パニック発作には他の SSRI より不向き
・プロラクチンへの影響が少ないので、少女・青年女性に対して好まれる
Ⅴ SSRIの用法・用量による抗うつ効果の有効率について
SSRI の作用速度については薬剤間の差異は認められていない。
SSRI については一般に、用量や血中濃度と治療反応との相関性が薄い。副作用については用量との相関性あるかどうか知見は一致していない。
しかし、SSRI の固定用量試験では、十分な観察期間を設けていないことより、SSRIの用法・用量の範囲を超えて用いた場合、有効症例が増える可能性があること知っておく必要はある。
うつ病の維持療法や予防療法について最近は、十分量をさらに長期に用いると患者の QOL と寛解率が高まるという報告が多い。
Ⅵ SSRI の抗うつ作用プロファイルの差異についての見解
3種類の SSRI の抗うつ作用を比較すると、三環系抗うつ薬の作用プロファイルほどには差異は認めない。3剤を鎮静系と賦活系に分ければ、
sertraline < paroxetine <<< fluvoxamine <<<<<<< amitriptyline 、mianserin
という印象を筆者は持っている。
したがって、特に焦燥・不安感の強いうつ病では fluvoxamine が第一選択となるであろう。対して精神運動抑制の強い双極性うつ病、非定型うつ病に対して賦活的な sertraline 、paroxetine がより有効であると考えられるが、そこまでのクリアカットな印象を筆者は持っていない。
Ⅶ SSRI の重症うつ病に対する抗うつ効果
SSRI の抗うつ効果は、重症うつ病に対しては軽症および中等症のうつ病ほどには明確ではないとする報告がある反面、重症のうつ病に対しても三環系抗うつ薬と同等の効果が認められたとする報告もあり、現在のところ見解は定まってはいない。
Ⅷ SSRI の副作用
① 消化器症状
SSRIは従来の抗うつ薬と比較すると消化器症状が多いことが報告されている。服薬によって増加した 5-HT が脳幹や消化管における 5-HT3 受容体を刺激するためと考えられている。
副作用の出現は、投与開始1週間が多く、2~3週間かけて激減する。なんら処置を要しない患者がいる反面、1/3 の患者が服薬を中止してしまうので、sulpiride (ドグマチール) 、domperidone (ナウゼリン) 、metochropramide (プリンペラン) などの予防的な投与も考慮する必要がある。
② Activation syndrome (初期刺激症状)
SSRI の投与初期に現れる不安、焦燥感などを特徴とする中枢神経系の有害事象である。重症となれば、希死念慮、攻撃性、アカシジア、躁状態などが現れることがある。
発現時期は薬物投与開始直後から 1~2週間の比較的早期が多い。
治療はまず、原因薬剤を減量・中止することである。しかし急速な断薬は離脱症候群を惹起する危険性があるので、症状緩和のために他の抗不安薬や気分安定薬の併用が必要な場合が多い。
acivation syndrome の症状が高じて焦燥、不安、自殺衝動が起こるようであれば、入院治療の必要性が生じてくる。
③ 離脱症候群
SSRIを急激に中断したり、減量した場合、気分の悪化、激越、神経過敏、易疲労性、頭痛、めまい、ふらつき、入眠困難などの中断症状が現れることがある。一般的には一過性で軽症であるが、稀に重症となることがある。
英国NHS (National Health Service) の報告によると、paroxetine は fluvoxamine の 11倍、sertraline の 7倍以上の中断(離脱)症状が発現していた。Stahl は、paroxetine について、アカシジア、落ち着きのなさ、悪心なとの消化器症状、ふらつき、知覚異常といった離脱症状が他の SSRI より生じやすいと述べており、多くの患者では、3日間で 50%、さらに残りの 50%を 3日で減量しその後中止するのが良いとしている。
paroxetine の中断症状発現には、セロトニン作用に対するリバウンド、ムスカリン性アセチルコリン受容体拮抗作用、力価の高さなどが関与していると考察されている。
④ 性機能障害
うつ病患者では、もともと性欲の低下やインポテンツ、射精遅延、オルガスムスの欠如などの性機能の低下が見られることが多く、また抗うつ薬が性機能障害を惹起することも知られている。
性機能障害に関する欧米での質問票による調査では、paroxetine 64.7% 、fluvoxamine 58.9% 、sertraline 56.4% といずれも非常に高頻度である。また「射精時間に及ぼす SSRI の影響」の研究報告では paroxetine が最も射精時間を延長させていた。
⑤ 前頭葉類似症候群 (frontal lobe-like syndrome)
Zajeckaは SSRI を長期に使用した場合の問題点の1つに無気力状態 ( anti-depressant associated ashenia ) の出現を指摘している。正常気分であるが、無関心で動機付けが起こらず、疲労感があり、精神的に鈍い感じが残る状態である。この状態を彼は frontal lobe-like syndrome (前頭葉類似症候群) と呼称している。これは、強力な SSRI を長期間使用したために、前頭葉や脳幹のノルエピネフリンやドパミン活性が低下し起こると考えられている。この症状が出現したら 1) SSRI を減量する 2) 午後の服用 3) ノルエピネフリンやドパミン神経の刺激作用のある薬物を用いる などを Zajeckka は推奨している。
Ⅸ SSRI の薬物相互作用
SSRI の代謝は主としてチトクロムP450 が関与するが、citalopram 以外はすべて CYP450 に対する阻害作用を有しているため、他の薬剤の代謝に影響を及ぼす。
fluvoxamine は 1A2 の阻害作用が強い。また 3A4 への阻害作用もやや強いため、BZD系抗不安薬や睡眠薬の作用を増強する可能性がある。
paroxetine は 2D6 の強力な阻害薬である。risperidone や三環系抗うつ薬の作用を増強する可能性がある。
sertraline は 1A2 、2D6 などに対して阻害作用を有するが、その作用は弱いため、fluvoxamine 、paroxetine に比べると薬物相互作用の影響は少ないと考えられる。
筆者の経験では、相互作用で大きな問題を生じたことはなく、むしろ、相乗効果が得られたのではないかと推測される症例も少なからずあり、戦略的な利用はメリットになると考えている。
Ⅹ. まとめ (抜粋)
・SSRI は抗不安作用の強い抗うつ薬である。
・SSRI の抗うつ作用プロファイルの異なりは精神運動抑制に有効な賦活作用と不安・激越に有効な二極に分けると、sertraline 、paroxetine は賦活系に、fluvoxamine は鎮静系に分けることができる。
・SSRI の抗うつ作用プロファイルの違いから、特に賦活系 SSRI は投与初期の activation syndrome 、鎮静系 SSRI は長期服用による無気力 frontal lobe-like syndrome に注意を要するかもしれない。
*****
Ⅸ SSRI の薬物相互作用 の項目で、なぜcitalopram が第一選択なのかを説明していることになるが、既存薬剤で発生する薬物相互作用や、Ⅷ SSRI の副作用 で触れられている副作用については、熟知して、むしろ上手に付き合えばいいものであり、過剰に恐れるべきものではない。
「sertraline < paroxetine <<< fluvoxamine <<<<<<< amitriptyline 、mianserin」
と書いておいて、
「特に焦燥・不安感の強いうつ病では fluvoxamine が第一選択となるであろう。」
とすぐに書くのは、SSRI三剤の中では比較的、ということであって、臨床的には、ためらわず、amitriptyline 、mianserinを使うべきであると、間接的に示唆していることになる。わたしもそう思う。
「対して精神運動抑制の強い双極性うつ病、非定型うつ病に対して賦活的な sertraline 、paroxetine がより有効であると考えられるが、そこまでのクリアカットな印象を筆者は持っていない。」
の一文は、ためらいが感じられ、双極性うつ病、非定型うつ病に対してこの二剤は使ってくれるなとも読める。
わたしなら、SDAか気分安定剤からはじめる。
「消化器症状」について、「服薬によって増加した 5-HT が脳幹や消化管における 5-HT3 受容体を刺激するためと考えられている。 副作用の出現は、投与開始1週間が多く、2~3週間かけて激減する。なんら処置を要しない患者がいる反面、1/3 の患者が服薬を中止してしまうので、sulpiride (ドグマチール) 、domperidone (ナウゼリン) 、metochropramide (プリンペラン) などの予防的な投与も考慮する必要がある。」
と記載がある。sulpiride (ドグマチール) 、domperidone (ナウゼリン) 、metochropramide (プリンペラン) の三者はドーパミン系のブロッカーとしての性格があり、心配もあるので、最近はガスモチンを食前に使うことが多い。ところがガスモチンは「セロトニン作動薬(選択的セロトニン5-HT4作動薬)」であって、作用機序としては、疑問もないではないが、実際には問題なく運用できている。
『Clozapine の薬理』 -主たる作用部位はどこか?-
最初のSDAであるClozapineを主題として、
Kapur らと Meltzer らとの論争。
fast dissociation hypothesisについて。
D2受容体から解離しやすい性質がいいのか、
ぴったりくっついて解離しないのがいい性質なのか、
議論がある。
最近は、適当にくっついたり離れたりするほうが陰性症状の固定化を回避できるのではないかとの論調と個人的には見ている。
これは統合失調症の軽症化や陰性症状化と関係してもいると思う。
*****
臨床精神薬理 6 : 11-19 2003
『Clozapine の薬理』 -主たる作用部位はどこか?- 九州大学
Ⅰ. はじめに
1988年、clozapine は、Kane らにより治療抵抗性統合失調症に対する有効性が報告され、一躍脚光を浴びることになる。
以来十数年間、clozapine の作用機序は何か、また如何に clozapine-like antipsychotic drug を開発するかが、抗精神病薬の薬理学最大のテーマであったといってよい。
事実、risperideone や olanzapine などの clozapine をモデルとして開発された新しい非定型抗精神病薬は、商業的にも大きな成功をおさめ、今日、統合失調症に対する薬物治療の主流となりつつある。
clozapine の薬理の最大の特徴は、ドーパミン D2 受容体遮断作用が弱い点にあり、まさにこの点において 「非定型」 的であるといえよう。
positron emission tomography (PET) を用いた研究から、HPD のような定型抗精神病薬は脳内の D2受容体を約 70%占拠すると抗精神病作用を発揮し、それをやや上回って 80%付近まで占拠すると extrapyramidal symptoms (EPS) が発生することが明らかになっている。
一方、clozapine の占拠率は 50%に達しない。
この所見は、clozapine による EPS の発生が乏しいことを説明する。
では、clozapine の主たる作用部位はどこなのだろうか ?
しかし、同薬は実に数多くの受容体に対して親和性を有し、際立った特異性がないことから、逆にさまざまな作用部位が想定されてきたのであった。
本稿では、clozapine の作用機序に関する代表的な仮説を紹介し、同薬の薬理研究をめぐる問題点について考えてみたい。
Ⅱ. in vitro 受容体結合能
米国の Meltzer らは、clozapine がセロトニン (5-HT)2A受容体の down-regulation を速やかに誘導することを発見し、1989年、EPSが乏しいことで特徴づけられる殆どの非定型抗精神病薬は、D2受容体よりも 5-HT2A受容体に対する結合能が相対的に高いことを報告し、以後の抗精神病薬の開発研究に1つの方針を与えた。
重要な点は、単に 5-HT2A受容体結合能が高いだけでは非定型抗精神病薬の指標とはならないことで、このことから 5-HT2A受容体遮断作用と D2受容体遮断作用の相互作用が、非定型抗精神病薬の作用機序において重要な役割を担っているという仮説 (serotonin-dopamine hypothesis) が提唱され、以後登場する様々な理論のモデルとなった。
さらに、clozapine が D1 、α1 、α2-アドレナリン、ヒスタミンH1 、アセチルコリンM1受容体等にも比較的高い親和性を有することから、これら複数の神経伝達物質受容体を介する相互作用を重視する理論 (multi-receptor hypothesis) も提唱されており、clozapine と同様に多種類の受容体に対する親和性を有する薬物や多剤併用療法 (clozapinization) を推奨する考え方も登場するに至った。
これらの仮説は魅力的ではあるが、実証することが困難で、薬理学的には十分な根拠があるとはいい難い。
Ⅲ. PET研究 : in vivo 受容体結合能
これまでの PET 研究の結果は、clozapine の基底核 D2受容体占拠率を 50%以下と報告している。
一方、RIS や Ola の D2受容体占拠率は、臨床用量の範囲では、定型抗精神病薬の場合とほぼ同等 (60~90%) であった。
この所見は、臨床的に RIS や Ola が、とくに高用量で EPS を生じやすいことを説明しており、clozapine と新しく登場した一連の非定型抗精神病薬の薬理は必ずしも同一ではないと認識されるようになった。
皮質の 5-HT2A 受容体占拠率は、clozapine 、RIS 、Ola のいずれも 90%以上と報告されているが、Que ではやや低い。
しかし、いずれの非定型抗精神病薬も D2受容体と比較すれば、明らかに高率に 5-HT2A受容体を占拠しており、in vitro における受容体結合能と同様の傾向にある。
clozapine の作用機序として 5-HT2A受容体の関与を疑問視する PET研究の報告も出てきた。
例えば、CP も、高用量 (700mg/day) では皮質の 5-HT2A 受容体の大部分を占拠することが報告されている。
また、clozapine で治療された患者の臨床症状の改善と皮質 5-HT2A受容体の占拠状態が相関しなかったという報告もある。
臨床的にも、5-HT2A受容体アンタゴニストには、期待に反して十分な抗精神病作用が見い出されておらず、clozapine の作用部位として 5-HT2A受容体の役割は未だ不明の点が多い。
Ⅳ. Fast dissociation hypothesis
抗精神病薬の臨床的な力価と D2受容体結合能が相関することを発見した Toronto大学の Seeman は、D4受容体を主張していた頃もあったが、1990年代後半には clozapine の作用部位として D2受容体の関与を強調しはじめた。
彼は、benzamide系抗精神病薬 (amisulpride など) が選択的 D2受容体アンタゴニストにもかかわらず、EPS の発生が少ない点について、D2受容体にゆるく結合して、解離しやすい特徴を有するために、内在性のドーパミンと競合して、基底核のドーパミン神経伝達を低下させないのであろうと説明している。
さらに Kapur らは、PET 所見上、Que は投与 1, 2時間後は 60~70%の D2受容体を占拠しているが、12~24時間後は 20~30%の占拠率に低下していることを見出し、clozapine も同様の動態を示すと報告した。
これは、clozapine や Que も、D2受容体から容易に解離しやすい性質を持つためであって、測定に用いる放射性リガンドと競合して、見かけ上の受容体結合が低下しているのであるという。
こうした考えをまとめて、最近、Kapur と Seeman は、D2受容体から急速に解離するという性質が非定型抗精神病薬の臨床的特徴を決定するという仮説 (fast dissociation hypothesis) を提唱し、5-HT2A受容体結合能を重視する Melter らとの間で論争が起きている。
Kapur らの仮説では、5-HT2A 受容体結合能は非定型抗精神病薬に必要ではなく、依然として D2受容体のみが主要な作用部位であると結論付けている。
しかも、従来考えられていたように抗精神病薬は D2受容体を持続性に遮断しなくとも、一過性に遮断するだけでもその臨床的効果を十分に発揮できるのではないかと推測している。
clozapine が D2受容体から解離しやすいという特徴は、同薬の断薬は急激な精神症状の悪化を招きやすい (withdrawal psychosis) という事実も説明する。
Kapur らの仮説は、分子レベルの現象を、実際には複雑な薬物の体内動態が絡む PETで観察される現象に強引に関連付けているきらいがある。
しかし霊長類 (アカゲザル) を用いた PET研究では、彼らの仮説を支持する結果が得られている。
Suhara らの研究では、5.0mg/ kg の用量を静注すると D2受容体占拠率は 80%以上に達したが、その後急速に減衰し、半減期は 7.2時間であったと報告している。
以上のように、投与直後には clozapine も定型抗精神病薬と同じくらい高率に D2受容体を占拠するらしい。
Kapur らの主張のように、定型、非定型を問わず、依然として D2受容体遮断作用 - ただしあまり強力でなくともよい - のみが抗精神病薬の必要条件であるとすれば、結局、両者には薬理学的に本質的な差異はないといえる。
このことは、最近、EPS の発生が少ない低用量であれば haloperidol と非定型抗精神病薬の有用性はほぼ同等であると結論付ける総説が発表されてきている趨勢とも符号する。
このように、Kapur らの仮説が非定型抗精神病薬の臨床と薬理について本質的な議論を提起したのは確かである。
しかし、clozapine に限った場合、fast dissociation hypothesis のみで、その臨床的効果のすべて - とりわけ治療抵抗性統合失調症に対する有効性 - を説明できるのかという疑問は残されている。
もし D2受容体を持続性に遮断するよりも、一過性に遮断する方が、むしろ優れているというのであれば、薬物大量投与療法への反省も含めて、臨床的に豊かな示唆を与えるだろうが・・・・・。
逆に、従来のように受容体結合能をもって clozapine の薬理を解明することにはもはや限界があると考えることもできよう。
Ⅴ. Clozapine の薬理作用 : 受容体結合能以外
(省略)
Ⅵ. Clozapine 薬理研究の基本問題
現在の非定型抗精神病薬の薬理は、clozapine を基準にしており、これらの薬理作用を指標に定型と非定型薬物の判別がおこなわれている。
しかしながら実際には、いずれの非定型抗精神病薬も clozapine とまったく同一の薬理作用を有するわけではないのである。
非定型抗精神病薬の基本的な臨床的特徴である EPS の発生が比較的少ない点 1つ取り上げても、それを統一的に説明する共通の薬理学的基礎を見い出すことはできない。
実は、clozapine の薬理学的指標を用いて新しく登場する非定型抗精神病薬の臨床的な clozapine-like effect を根拠づけようとする試みこそが、むしろ clozapine の薬理研究に混乱を招いている感すらある。
というのも、臨床の側からみると、clozapine と同一の効能を有する抗精神病薬は未だ見い出されていないからである。
例えば、治療抵抗性統合失調症に対する有用性に関しては、risperidone も olanzapine も及ばない。
したがって、clozapine は他の非定型抗精神病薬とは全く異なる固有の薬理作用を有している可能性も否定できない。
それどころか逆に、clozapine の抗精神病作用も定型抗精神病薬のそれと本質的には変わらないのではないか、という意見さえある。
Maryland 精神医学研究所の Carpenter は、clozapine に反応する統合失調症は大体 8週間までに精神症状の改善がみられることから、HPD に反応する場合と質的な差異はないのではないか、と指摘する。
確かに、一般に抗精神病作用なるものの実態が明確になっていない以上、clozapine の作用が 「非定型」 的であると断言する明確な根拠があるわけではないということになる。
それを隔週の薬理作用で定義付けること自体、現時点では無理があるのだろう。
今のところ、clozapine の薬理はまだまだ不明な点が多く、Kapur らと Meltzer らとの論争にみるように、その研究の動向からは片時も目が離せない。
近い将来、わが国の精神科臨床においても、ようやく clozapine を手にすることができるようになった暁には、各臨床家の直感によってこの薬物の特性を是非評価していただきたいと思う。
現場の臨床家の手応えの中から、clozapine のより確かな作用機序を解明する手掛かりが必ず得られるように期待している。
*****
日本ではclozapineは発売されず、risperideone や olanzapine の使用が始まった。
しかし製薬会社の研究も、自社の製品の二次代謝産物が clozapine-like effect を持つことを強調するなど、いまだに clozapine は重要であるとの認識である。
各受容体を占拠する働きについても、強さ、持続などが次第に議論されてきており、その特性を生かした臨床的使用が提案されていて、それは合理的であると感じられる。
研究としては、ターゲットとする症状をどのようにして客観的に限定するか、その改善度をどのように測定できるか、私の考える「測定問題」で結局は立ち止まっているように思われる。
臨床応用としては、これはかなり劇的な進歩があったので、各自の経験をいかにして客観的な広場に持ち寄り、比較検討できるか、その工夫が問われると思う。
『三環系・四環系抗うつ薬の現状と役割』
2007年の時点でSSRI、SNRI、三環系、四環系を再考した論文。
*****
臨床精神薬理 10 : 1843-1852 2007
『三環系・四環系抗うつ薬の現状と役割』 橘クリニック (神奈川県)
はじめに
SSRI ならびに SNRI の使用はうつ病治療アルゴリズムの浸透とともに、著しい増加を示しているといわれている。
一方、日本では軽症・中等症うつ病のアルゴリズムガイドラインの上で、ファーストラインに記載されなかった三環系・四環系抗うつ薬あるいは、sulpiride が未だに根強く処方されているという情報もあり、現実はどのような状況になっているのか今回調査した。
実際の診療場面では軽症うつといっても SSRI や SNRI だけではうつ病の治療には不十分であるという印象を受けることが多く、新規抗うつ薬の投与量を増やしただけでは改善せず、三環系抗うつ薬あるいは他の治療法が必要になる場合が多いと思われる。
アルゴリズムに則した薬物治療とは言え、あまりに不都合である。
このような不都合はなぜ起こってきたのであろうか。
1つの理由として SSRI や SNRI が本質的にうつ病の治療には力量不足なのではないかという疑問は当然である。
2つ目の理由として診断分類に根本的な原因があるのではないかとの印象が拭いきれない。
SSRI による深刻な副作用や治療上の問題点が顕在化しつつある今、現在のアルゴリズムそのものを見直す時期に来ていると思われる。
Ⅰ. 現状における抗うつ薬の使われ方・使い方
1. 処方の状況について
最近の抗うつ薬の市場について、過去4年間 (2002年 - 2006年) の抗うつ薬の売り上げ金額と、売り上げ錠数を調べてみた。
抗うつ薬市場において、新規型と従来型では、売り上げ実績は、ほぼ 9 : 1 であるが、売り上げ錠数では、5.5 : 4.5 の比率をなしていた。
この売り上げ金額の差は何に由来するのか。
これは新規抗うつ薬の高薬価と、うつ病・うつ病性障害と診断される新たな患者の爆発的な増加にあることは明らかである。
また処方錠数については、従来薬の処方は減少しているわけではなく、むしろ増加している現実がある。
[ 2002年 692百万錠 ⇒ 2004年 722百万錠 ⇒ 2006年 748百万錠]
この実情を見ると、少なくとも日本においては従来型抗うつ薬の使用は根強く、多くの精神科医の従来型抗うつ薬に対する信頼感は高いと思われる。
日本精神科診療所協会が行った全国規模のアンケート調査を示す (平成 17年度会員基礎調査報告書) 。
-- 回答者平均年齢 56.6歳、平均開院年数 13.2年、医師としての平均経験年数 19.8年 --
よく使う薬の第一選択薬群は、paroxetine 、fluvoxamine 、sulpiride 、milnacipran 、amoxapine 、imipramine の順であり、新規抗うつ薬 (特に SSRI) の使用頻度は高いが、一方、第一選択薬群の中に sulpiride や amoxapine が上位に入るというのは、日常の臨床実感に近いデータである。
第一選択薬群から第三選択薬群までの合計範囲においては、fluvoxamine 、paroxetine 、milnacipran 、amoxapine 、sulpiride 、amitriptyline 、clomipramine 、maprotiline という順であり、新規抗うつ薬の使用頻度は高いものの、予想以上に診療所レベルでは従来薬がしようされている事実を示している。
これは各診療所の医師が患者の症状により、柔軟に対応している状況をよく示していると思われる。
2. 精神科クリニックと大学の外来を比較して
ここで抗うつ薬の大学レベルの処方調査を見ると、新規抗うつ薬の圧倒的なシェアと、従来型の抗うつ薬の低い使用頻度が分かる。
(特に paroxetine の使用頻度は 35%近くを占め、新規抗うつ薬の処方率は 3種類合計で 71.6%と著しく高頻度である)
クリニックと比べて大学病院を受診する患者の病状の違いは存在すると思うが、研修する医師に (大学レベルでは) アルゴリズム通りの投与指導が行われており、それから外れる書法を認めていないのではないかと思われるような処方である。
加えて、メーカー宣伝コピーで 「副作用の少ない良い薬ができました」 と言い募る販売戦略の効果や、三環系抗うつ薬の副作用の誇張・強調により大学レベルの医師達は当然として、精神科クリニックの医師達ですら新規の抗うつ薬を優先して使用しているように思える。
ここで再度明確にしたいことは、SSRI や SNRI などの新規抗うつ薬でも副作用は十分に存在することである。
従来薬と比べて単に副作用の種類や出方が異なるだけなのである。
たとえば自殺未遂や自殺衝動などの重大な副作用については、抗うつ薬非使用群との比較で、自殺未遂のリスクは有意に高いというデータが出ている。
更に自殺手法が過激な点も注意すべきことではないかと思われる。
これら地道な検証から見て 「副作用は少ない」 という表現は明らかに不適切であることを認識すべきであろう。
更に、次々に SSRI についての注意点・問題点が国内外から指摘されているが、不思議なことに、国内でこの危険性を指摘するのは一部の医師のみであり、多くの指導的医師や研究者はこの点について少なくとも公的には触れない姿勢をとっている現状は奇妙としか言いようがない。
3. 新規抗うつ薬の限界と新たな問題点について
効果という面では、新薬臨床試験で新規抗うつ薬 3剤の臨床治験の成績は、① fluvoxamine vs. amitriptyline 、② paroxetine vs. trazodone 、③ milncipran vs. imipramine and miansern と比較されているが、新規抗うつ薬で効果が優れていたのは ② の治験のみで、その他の抗うつ薬はいずれも従来薬と比べて効果が優れているわけではない。
また、クリニックでは一定割合で従来型のうつ病 (メランコリー型患者) の中核群の患者が受診にくるが、SSRI などを単独投与してもなかなか好ましい結果が得られない印象がある。
メーカーの勧めで投与量を上限まで増量したところで、SSRI の持つ奇妙で多彩な副作用が出現してしまい、せいぜい 40% ~ 50%くらいの改善率にとどまるという報告もある。
すなわち意欲・気力が湧かず、気分の改善度は低めで不安定のまま社会復帰までには至らない。
つまり新規抗うつ薬に対して反応性の悪い患者群が少なくとも 50%くらいの頻度で存在している。
これを改善するには、三環系などの抗うつ薬が最初から必要であったと思わざるを得ない。
あるいは最近発売された非定型抗精神病薬との併用を考える必要もあるだろう。
(症例呈示 : 省略)
Ⅱ 抗うつ薬の選択について
DSM診断基準あるいは ICD-10 の診断基準は今更言うまでもないが、操作的なものである。
これについて笠原が述べているものを引用しよう。
「初心者に使いやゆすいし、世界のどこでも通用する利点は大きいものの、診断のラベル貼りで終わることに終始しているようなもの足りなさを感じる部不文もある。特に気分障害のように中長期の治療・予後を考える可能性の生じた対象については、多少仮説的になっても、もう少し原因論に踏み込んでも、また経過の予測が大胆すぎても、別種の診断学があってもよい」
現在の治療を難しくしているもう1つの要因は診断の中味の問題である。
診断基準が患者の述べる表面的な症状に限定されていることである。
患者の雰囲気を感知して、語る口調を読む、あるいは現症を深く洞察するという部分に全く触れられていないことである。
更には背景や原因についての考察を踏まえた上での総合的な診断とは言えないと思われる。
要するに精神科医が持つ独特の感性の部分を外しており、あくまでも統計学的な基準に偏倚したものであることが、診療上厄介な問題をはらんでいる原因であると思われる。
この診断基準に準拠した治療アルゴリズムはいかにも浅薄であり、症状の数合わせのような診断基準であるから、非定型例も 「うつ」 の中に紛れ込んでしまったと感じてしまう。
これでは治療も難しくなるはずである。
誰でもできるうつ病診断・うつ病治療は本質的には存在しないし、操作的診断・アルゴリズムが浸透すればするほど臨床能力の低い医師が増えていくように思えるのは筆者らの加齢現症であろうか。
典型的な狭い意味の 「うつ」 (例えばメランコリー型うつ - 不安焦燥期から始まり抑制症状が残るタイプ) の治療であれば、従来型抗うつ薬と支持的精神療法による治療で対応が可能であり、ほぼそれで妥当であろう。
非定型の 「うつ」 にはおよそ薬は何をしようしても十分な効果は期待しにくいという印象がある。
むしろ SSRI や SNRI という薬は非定型の 「うつ」 に対して多少の効果が期待される程度のものではなかろうか。
現実は 「うつ」 と言われる患者でも実態は他の疾患の初期症状の場合もある。
微妙な病状の把握についてはマニュアルには書かれていない。
ここが正に精神科医の経験や感性から診断を下す部分であろう。
機械的なマニュアル - アルゴリズム治療に頼るしかない医師にとっては治療が困難な時代になってきていると思われる。
今、必要とされているのは科学的な根拠を持ちながら、五感を働かせて、冷静な診断を下すことのできる精神科医ではないか。
プロの精神科医たるものは経験を積むごとに常にマニュアルに対する疑問や違和感を自覚して治療に望みたいと思われる。
アメリカの精神医学界の中に、うつ病治療のアルゴリズムはこのままで良いのかという疑問の声が挙がっている。
この中で語られていることは、アルゴリズムの完成度をもっと上げるべきであり、より科学的で正確な根拠を求めて現実的 (real-world prctice) なアルゴリズムに変えていく必要があるという議論である。
その中で、最初から単剤投与にする意味があるのか、あるいは初期治療を SSRI などに限定するのは臨床的に適切なのかという疑問が呈されている。
彼らの中でも解答はまだ出ていないが、その議論を見て感じることは、常に EBM をより現実に近いものに作り替えてゆく努力の積み重ねが必要であり、現状とズレが少しでも生じた場合には更なる検証と改善を行うべきであるという強い信念である。
2. 薬剤の選択の問題について
現状の一元的なうつ病アルゴリズム通りの処方パターンが席巻している中で、対極にあるのは、症状と副作用のバランスを考えた処方の組み立てである。
症状から抗うつ薬の選択を提唱する森信のアルゴリズムを挙げてみよう。
● 臨床症状からみた抗うつ薬の選択
・抑うつ気分・悲哀感に、不安焦燥感を伴う場合
抗コリン作用耐性 (+)
⇒ clomipramine 点滴 、あるいは amitriptyline ( or amoxapine) と trazodone の併用
抗コリン作用耐性 (-)
⇒ paroxetine と trazodone ( or 抗不安薬) の併用、あるいは mianserin
・ 抑うつ気分・悲哀感に、不安焦燥感を伴わない場合
抗コリン作用耐性 (+)
⇒ clomipramine 、あるいは amoxapine
抗コリン作用耐性 (-)
⇒ paroxetine 、あるいは fluvoxamnine 、あるいは sertraline
・ 精神運動抑制に、不安・抑うつを伴う場合
抗コリン作用耐性 (+)
⇒ amoxapine 、あるいは clomipramine
抗コリン作用耐性 (-)
⇒ milnacipran と 抗不安薬 との併用
・ 精神運動抑制に、不安・抑うつ気分を伴わない場合
抗コリン作用耐性 (+)
⇒ nortriptyline 、あるいは amoxapine
抗コリン作用耐性 (-)
⇒ milnaciplan
-- 臨床精神医学2006年増刊号 341-346 --
この中でうまく副作用を避けながら、更に症状をよく見極めて三環系、四環系、あるいは SSRI や SNRI の区別なく適切に使う、実際の臨床場面での処方組み立てに近いものがあると思われる。
臨床医にとって三環系、四環系の抗うつ薬あるいは SSRI や SNRI という区別は不要であり、症状と副作用のバランスを計った治療戦略を考えるのは当然のことであろう。
三環系や四環系の抗うつ薬と SSRI や SNRI は異なったスペクトラムを持っており、それぞれの長所を生かす処方を組み立てる時期ではないかと考える。
初診の患者に処方する場合、何に最も注意して処方を組み立てるのか、概略を述べれば SSRI を躊躇する理由は投与初期の嘔気や胃のもたれ感である。また初期にその副作用を訴えない患者も、4週目や 5週目になって初めて 「常に胃がもたれているようで、どうも気持ちが悪い」 「なんとくなく吐き気がある」 という人もいる。
副作用頻度報告を見ると胃腸障害の頻度はせいぜい 7-14%くらいとそれほど高くない。
胃薬を同時に処方してしまえば消えてしまうという意見もあるが、消えてしまう人とそうでない人と大体半々くらいの印象がある。
胃腸障害が消えないで苦しいと述べる人は結局 SSRI は中止するのだが、この減量の仕方に工夫が必要で、これも使用上厄介なポイントと考えてよいと思われる。
次も著者らの臨床的印象であるが、従来の三環系抗うつ薬と SSRI などの新規抗うつ薬の効き方を比べてみると、三環系の方が効果発現が早く自然な治り方と感じるのに比べて、SSRI などの新規抗うつ薬は効果発現が遅く、ようやく効いてきてもどこか無理やり背中を押されて突き動かされているような不安定な回復をする印象があり、SSRI は不自然な効き方ではないかと感じるところがある。
(症例提示 : 省略)
1997年に報告された162編の RCT の meta-analysis では、副作用発現率は三環系抗うつ薬と SSRI とは差が無く、種類が異なっていただけであり、また治験からの脱落率も有意差を認めていない。
更に SSRI は副作用は服薬早期のみの問題とされ長期的な忍容性は高いと言われているものの、EBM に乏しく相互作用の問題などを考慮すると SSRI が副作用の面で特に優れていると言えないのが現状である。
上述のように、「副作用の少ない良い薬が出てきた」 という宣伝コピーは不適切であり、十分に副作用はある。
一方の三環系・四環系の薬は初期に胃腸症状が出てくることは少なく、宣伝されているほど副作用は気にならない場合が多いように思われる。
筆者らの疑問は、なぜこの時期に従来型抗うつ薬を販売しているメーカー各社は新規抗うつ薬メーカーの治療成績に対して反論しないのかという点があり、これほど一方的な市場も珍しいのではないかと考えるものである。
商業主義の敗者は臨床上の敗者でないことを銘記したい。
世界中の抗うつ薬治療において、ほとんどの国々は SSRI を初めとする新規抗うつ薬を主体とした治療が主流であるが、これが果たして正しい治療法なのかどうか、今後の研究の流れをしっかりと見定めたいと思う。
Ⅲ まとめ - 予想される今後のうつ病薬物療法の展開について
おそらく今後数年以内に、アルゴリズムに示された薬物治療法は見直しが必至と思われる。
1つ目の理由は、SSRI と従来型の三環系とは副作用の種類は異なるものの、起こることにかわりはないということ。
2つ目は、薬価のことについてもう少し医師は敏感になるべきではないかという点。
特に SSRI の 3種類は異様に高いと思われる。
近い将来、先発発売された SSRI もパテントが切れるのでその時にどうなるかは不明だが、全体として医療費抑制政策の中でうつ病治療費のみ突出した伸び率などは容認されないであろう。
SSRI は最近、精神科医外の診療科でもよく使われており、一種の社会現象といってもよいくらいの流行である。
これはいかにも目立ち過ぎの感は否めない。
3つ目として、根本的なことではあるが、そもそもなぜ画一的な単剤スタートなのか。単剤投与もよいが、もうそろそろ現実に似合った見直しをしてもよい時期ではないのか。
多剤は副作用が出やすいとか、どの薬が効いているのか分からないとか、あるいは訴訟で不利になるという話もあるが、十分検討しながらの投与であれば、過度にそれを恐れる必要はないであろう。
augmentation として多剤になってしまうケースもありうる。
結果として多剤になるのと、最初から意図してそうするのは本質的に違うという声もあると思うが、型にはまらぬフランクな姿勢で治療に取り組んでみて、結果として多剤になってしまったら、これは仕方ないと思われる。
4つ目は、このまま現在のアルゴリズムを浸透させてしまうと、効果の期待できる三環系抗うつ薬を放棄して、使用利用が不明確な新規抗うつ薬を第一選択にすることになり、そのような指導を受けている若い精神科医の臨床能力を著しく削いでしまう結果を引き起こすのではないか。
確実な効果の期待できる三環系などの従来薬を見直すべきであり、はじめから固定的に考えない姿勢が求められると思われる。
我々が抗うつ薬としての SSRI という薬を使用した経験から唯一学んだことは、単一のレセプターしか影響しないといわれる薬ほど薬効の乏しい抗うつ薬はないということではなかろうか。
精神科医同士の雑談の中でしばしば冗談のように語られているが、各医師が頭の中で症状をターゲットにしてレセプターをイメージしながらカクテルを作るような処方がお勧めかもしれない。
5つ目として、現在のアルゴリズムの中に、うつ病の軽症、中等症という分類を作ったことが原因の 1つであり、医療機関を受診してくるような 「うつ」患者を診たら、すべて重症のアルゴリズムを念頭に置いて対応することにより、いままで述べた問題のいくつかは解決できるのではないかと思われる。
これは医療の常道として極めて常識的な結論に立ち返ることであり、臨床医としての基本的な心構えではないかというのが筆者らの提言である。
*****
大切な警鐘である。
森信のアルゴリズムにはわたしは部分的にしか賛成しない。
もっと深い診断が本質的に重要なことには賛成。
精神科の薬の効き方には精神療法との関連が重大であり、そのことについて、今後論じて欲しい。